エディソンへドライブ

映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は、石油を掘り当てて富豪になった主人公の血塗られた「アメリカン・ドリーム」を描いた資本主義裏面史とも言うべき作品だった。
「発明王」トーマス・エディソンの生涯を見ていると、彼もまたもうひとりの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の主人公であり、アメリカ資本主義生成史の重要な一駒であることが分かって面白い。
ジョセフ・スワンが発明した白熱電灯のフィラメントを竹を使って改良して事業化・普及に成功し、結果的に電灯の「発明者」と呼ばれ、
「電話」の実用化をめぐってはグラハム・ベルと特許戦争を繰り広げ、
直流での電気送電を主張したエディソンに対し、彼の部下で後に世界標準となる交流を主張した天才的発明家、ニコラ・テスラと確執の結果、袂を分かち、
シリンダー型の「蓄音器」を発明したエディソンに対し、それを円盤のディスク型に改良しグラモフォン社(RCAビクターの母体)を設立したエミール・ベルリナーと熾烈な販売競争をして敗れ、
晩年は降霊術を信じ、死者との交信の研究に没頭した。
小学校で習った「偉人伝」には収まりきらない、ひと癖もふた癖もある人物だったようだ。
友人Iがドライブに誘ってくれて、ニュージャージー州エディソンあるメンローパーク博物館と邸宅を見てきた。エディソンは、彼にちなんで名前がつけられた町。
上の写真は博物館とエディソン記念塔。
エディソンが「発明」した白熱電灯。
シリンダー型蓄音器の最初のモデル。
エディソンのノート。
蓄音器(フォノグラフ)のポスター。
同じニュージャージー州のウェスト・オレンジにエディソンの邸宅が残っている。19世紀末に建てられた、クイーン・アン様式の29室をもつ邸宅。
1887年、西海岸から東海岸に移った彼はここウェスト・オレンジに研究所をつくり、この豪邸を買った。同時に「エディソン・ジェネラル・エレクトリック」社(後のGE)を設立している。
エディソンはこの家に再婚した妻と3人の子どもと住んだ。富豪にしては絵画や陶磁器のコレクションもなく、エディソン自身の個性や好みをあまり感じさせない家ではある。
近所には研究所も残っているが、今は公開されていない。
エディソンの部屋。ここで死者との交信を試みたんだろうか。
現在は広大な敷地の一部が分譲され、エディソン邸ほどではないが大きな邸宅がいくつも並び、公道からの出入りは1台1台チェックされるゲーティッド・コミュニティーになっている。
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