ニューオリンズの旅 1
冷房の効いたホテルの部屋からニューオリンズの町に一歩足を踏みだした瞬間、うわ、すごい湿気だな、と思った。気温32度。6月になったばかりだけど、蒸し暑さは真夏の東京と変わらない。
ニューオリンズの人々はこの地の気候を「ホット&ヒューミッド(蒸し蒸しする)」と表現する。
「ホット&ヒューミッド」、特に「ヒューミッド」はたいていのアメリカ人が気候に関していちばん嫌う言葉だと思う。その嫌いようは、温暖湿潤の地に慣れたわれらには想像もつかない。
ニューヨークでも、暖房の季節が終わってようやく暖かくなってきたと思うと、地下鉄やレストランに冷房が入りはじめる。冷房が苦手のこちらにはたまらない。暖房も冷房も使わない時期が、日本なら春秋にそれぞれ2カ月近くあるけれど、こちらではその期間がごく少ない。冷房は「クール」だけじゃなく「ドライ」のためにこそ必要みたいだ。
その「ホット&ヒューミッド」のなかを、覚悟を決めて歩きはじめた。
ニューオリンズでは、まずミシシッピ川を見たかった。もちろんジャズ発祥の地、フレンチ・クォーターもあるけど、フレンチ・クォーターが活気づくのは夜だから、そちらは後のお楽しみ。
ミシシッピ・クルーズのナッチェス号に乗り込む。
船が桟橋を離れると、すぐにニューオリンズのシンボル、セントルイス大聖堂が見えてくる。港町の建築だから、正面を川に向けて建てられているのがよく分かる。
ニューオリンズは、18世紀はじめにフランス人によって建設され、その後、スペインに譲渡された。だから建築も食べ物も文化もフランスとスペインの影響が大きい。この聖堂はスペインふう。
さすがに大河で、対岸まで100メートル以上ありそうだ。昨日見た大地の赤土が流れ込んでいるんだろう、赤茶けた滔々たる流れを下ると、左手に製糖工場が見えてきた。
ニューオリンズは18世紀から現在までアメリカ有数の港町でありつづけているけど、かつてこの町を支えたのは砂糖、たばこ、綿花だった。
ニューオリンズの背後にはそれらのプランテーション農家が広がっていて、アフリカから連れてこられた黒人奴隷の労働のうえに成り立っていたのはいうまでもない。現在では主に砂糖プランテーションが残っているようだ。
壊れたままの桟橋。3年前のハリケーン・カトリーナでやられたんだろうか。
さらに下ると、石油精製工場が見えてくる。
石油精製と備蓄は、現在のニューオリンズを支える最大の産業。ここからミシシッピ川をさかのぼって、沿岸の都市に石油が供給される。
すれちがったパナマ籍貨物船の船員たち。
対岸には、プランテーション農家の大きな邸宅がつづいている。
川は物資を運ぶだけでなく、人を運び、ということは文化も運ぶ。ジャズがミシシッピ川を北上したのは、ジャズ・ファンにはおなじみの挿話だよね。
川と港町は異文化の出会いの場でもある。
ニューオリンズでジャズが生まれたのは、この町に奴隷貿易最大の市場があり、多くのアフリカ人奴隷がここを経由して南部プランテーションに散っていった交通の要所だった、というのが大きな理由であることは言うまでもない。
彼らがアフリカから持ってきたメロディやリズムと、ヨーロッパから来た白人の大衆音楽が混じりあってブルースが生まれた。そこからジャズが生まれるには、さらに別の要素が必要になる。
ひとつは、南北戦争が終わり、南軍の軍楽隊の楽器が大量に放出されたこと。それによって黒人たちがコルネットや太鼓など安価な楽器を手に入れることができるようになった。
もうひとつは、ニューオリンズにはクレオールと呼ばれるフランス人と黒人の混血が多く、彼らの多くは裕福で、きちんとした教育を受け、ヨーロッパのクラシック音楽の素養を持った人が多かったこと。
そういう条件が重なって、要するにニューオリンズでアフリカとヨーロッパが出会ってジャズが生まれた。ジャズというと黒人音楽的要素が強調されることが多いけど、ヨーロッパという媒介がなければジャズは誕生しなかった。
ここで生まれたニューオリンズ・スタイルのジャズは、ミシシッピ川を北上してメンフィス、セントルイス、カンザスシティ、そしてシカゴにまで行きつき、それぞれの土地のスタイルを生んで、やがてモダン・ジャズが誕生する。
モダン・ジャズが生まれる前後の空気はロバート・アルトマンの映画『カンザス・シティ』やクリント・イーストウッド監督の『バード』なんかを見るとよく分かる。
以上、教科書のおさらいでした。
デッキの隣に座っていた家族。
クルーズ船が発着する桟橋はフレンチ・クォーターのそばにあるけど、町と桟橋の間に高さ3メートルほどの壁が連らなっている。最初は気がつかなかったけど、これミシシッピ川の氾濫から町を守る防波堤なのだった。
ちなみにフレンチ・クォーターは市内でもいちばん標高の高い場所にあり(といっても水面すれすれ)、ハリケーン・カトリーナの際にも無事だった。
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