ニューオリンズ空港からダラス経由でエルパソ行きの飛行機に乗り、雲が切れると見渡す限りの砂漠だった。一面の土色のなかに、汚れた緑の斑点のようなものが無数に張りついている。ときおり道路が一直線に走っている。
やがてロッキー山脈の最南端フランクリン山脈の岩山が見えてきて、その麓にあるのが国境の町エルパソだった。
エルパソはテキサス州の西の端にあり、町なかを流れるリオ・グランデ川を渡ればメキシコになる。
エルパソのダウンタウンにあるサンハシント公園の木陰に座りこんで途方に暮れてしまった。この町は、自分流の旅の仕方ではまったく歯が立たないな。
自分流といっても、要するにただ歩きまわるだけのこと。初めての土地に来たら、できるだけ自分の足で歩きまわることにしている。1日、2日と歩いているうちに、匂いや空気が肌になじんでくる。その町がなんとなく自分のなかに入ってくる、ような気がする。
ところがここは摂氏42度。この1カ月、まったく雨が降っていない。「焼けるような」という表現があるけど、ほんとに焼けるような陽射し。5分と歩いていられない。
ニューオリンズは「ホット&ヒューミッド」だったけど、エルパソでは「ヒート&ドライ」と言う。「ホット」でなく「ヒート」だから、そのなかを長いこと歩こうというのが土台無理なのだ。
ジジイの旅は悲しいもので、歳を取るとトイレが近くなり、初めての土地での町歩きはまずトイレ探しから始まる。特にアメリカは公衆トイレが少ないから大変だ。公園から2ブロック西の観光案内所に清潔なトイレがあることが分かってひと安心したけど、そこまで炎天下を200メートルほど往復しただけでぐったり疲れてしまった。
風も強くて、町の外から運ばれてきた砂が顔に当たり、遠くのフランクリン山脈が埃に霞んでいる。
おまけにここのダウンタウンは、小生が勝手に思い込んでいたのとは少し違うみたい。国境の町だから国際色豊かでにぎやかだろうと思っていたら、人も商店も少ないし、感じのいいレストランやカフェの1軒もない。
気を取りなおして、ともかく公園の周りを一回りしてみることにしよう。
観光案内所でもらった「エルパソの歴史的建造物」によると、ここは「アクメ・サルーン」という有名な酒場だった。
エルパソは西部劇の時代から1920年代まで、ギャンブルと売春の町として有名だったのだ。
そう思ってみれば建物の曲線も艶めかしいけど、今はディスカウント・ショップになっている。

これも歴史的建造物で「ステート・ナショナル銀行」。かつての繁栄をしのばせる建物だけど、「リオ・グランデ・ファッション」という衣料品スーパーになっている。
これが内部。元銀行だけに、天井の装飾がやけに目立つ。
近くの建物の壁に「エルパソ・ボクシングの殿堂」と題した絵が描かれている。ひときわ大きく描かれているのは元世界チャンピオンのオスカー・デ・ラ・ホーヤ。6階級制覇したメキシコ系の名ボクサーだけど、エルパソと関係あったのか。
最近はあまりボクシングを見なくなったけど、若いころは大好きで、メキシコ(系)のボクサーも何人か記憶に残っている。なかでも鮮烈なのは51戦無敗49KOで世界チャンピオンになったルーベン・オリバレスで、金沢和良が挑戦したタイトルマッチは、あんな壮絶な試合は後にも先にも見たことがない。

20分ほど歩いてぐったり疲れたので、またサンハシント公園まで戻って木陰を探す。散水器から水が撒かれている。砂漠のなかでこの緑を維持するのは大変だろう。
肉体的な疲れに加えて想像していた町と違うので気落ちし、ホテルに戻ろうかと思ったけど、もう一度気を取りなおし、ともかく国境まで歩いてみようと決める。
エル・パソ通りを10分ほど南へ歩くと国境だと聞いたので、日蔭を伝い歩き。
公園からは見えなかったけれど、エル・パソ通りに入ると両側にびっしりと商店が連なり、こんなに人がいたのかとびっくりするほどのメキシコ人がにぎやかに買い物をしている。
飛びかう言葉はすべてスペイン語だし、かなりの音量で競いあうように流している音楽もメキシコのものだ。町のたたずまいもカラフルで、アメリカというよりメキシコふう。
そうか、こっちが今のダウンタウンだったんだ。

リオ・グランデ川の向こうはシウダー・フアレスというメキシコの町になっている。もともとシウダー・フアレスとエルパソはひとつの町だったけれど、アメリカ・メキシコ戦争(1849)の結果、町なかを流れるリオ・グランデ川が国境になり、町は2つの国に分かれてしまった。
今、アメリカはメキシコからの不法入国者を厳しく取り締まっているけれど、シウダー・フアレスの住民はそういう経緯があるからだろうか、IDを見せるだけで簡単に国境を越えられるみたいで、気軽にアメリカまで買い物に来ていた。
物価はメキシコのほうが格段に安い。だからフアレスの住民は安いものを求めて国境を越えて来るのではない。メキシコでは手に入らないものや、デザイン的に洒落たものなんかを買いにくるんだろう。
ま、日本人の感覚からすればそんないい品とは思えないけど。ジーンズ9ドル99セント。
店員にメキシコ人だけじゃなく東洋人が多いなあと思っていたら、後で聞いたところ、この通りの店の大部分は韓国人経営で、メキシコ人を従業員に雇っているのだそうだ。うーむ。アメリカ合衆国の南の果て、国境の町に来て韓国人のパワーを実感。そう言われれてみると、マネキンの顔も韓国人に見えてくる(暑さのせいか?)。
エルパソ通りの終わり、国境検問所の始まりの地点にたどりつく。リオ・グランデ川にかかるサンタフェ橋の、フェンスに覆われた歩道を歩いていくと国境がある。エルパソで買い物をすませたメキシコ人が続々と帰ってゆく。
明日は国境を越えてみよう。
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