DAIDO MORIYAMA展
チェルシーのスティーブン・カッシャー・ギャラリーで森山大道「THE 80s VINTAGE PRINTS」展が開かれている(6月7日まで)。
ニューヨークでは確か7、8年前にメトロポリタン美術館で大規模な森山大道展が開かれ、そのすぐ後にも70年代のニューヨークを撮影した作品展があったはずだから、それ以来になるだろうか。
1980年代に森山が雑誌『写真時代』などに発表した作品のヴィンテージ・プリント(雑誌入稿用原稿)80点が展示されていた。
写真そのものは当時の雑誌や、その後まとめられた写真集で見たものが多いけど、面白かったのは印画紙に書かれた印刷所向けの指示がそのまま生かされていたこと。
赤のフェルトペンで写真脇に書かれた「①」「トル」「②見開き」「↑天」「左右カットは均等に」といった指示や、時に写真の上に直に書き込まれたカットを指示するラインなども、いわば「作品」の一部として展示されている。
ちなみに元編集者の私にはなじみ深い用語ばかり。
「トル」は文字通り削除の指示、「見開き」は1点を左右2ページに大きく印刷する指示、「↑天」は矢印が向いている方向が上であることを示す(印刷所はときどき上下を間違えるので)、「左右カットは均等に」とは、フィルムの縦横の比率と雑誌の縦横の比率が異なる場合、上下あるいは左右をカットしなければならないので、どうカットするかの指示を意味する。
この展示方法がギャラリーの発案なのか森山のアイディアなのか分からない。でも森山は、自分の写真は印刷されたときにこそリアリティを持つと常々語っているから、印刷用原稿であることを利用したこの展示は、彼にとっても望むところだったろう。
余談だけど、単行本をつくっていて編集者としていちばん楽しいのは「ゲラ」と呼ぶ試し刷りが出てきたときだ。特に絵や写真を使ったヴィジュアルな本をつくっているときは、「色校」と呼ぶ試し刷りが何とも言えず嬉しい。
8ページあるいは16ページ分が1枚の大きな紙に刷られ、印刷面の脇には裁断位置を示す罫が引かれたり、黄赤藍などインクの色見本が刷られている。
著者やデザイナーとともに色校を検討し、「よごれトル」とか「藍もっと強く」とか書き込んで印刷所に戻すわけだけど、別のセットを折りたたんでカッターで1ページ1ページ切り離しているときが、ああ、本が出来てきたな、と感ずる至福の時だ。本が出来上がっても「色校」が捨てられなくて、押入れにはそういう「色校」がいくつも眠っている。
それはさておき。
最近は写真とアートの境目がなくなって、写真の上に何かを描いたり(アラーキーがやるように)、脇に文字を書いたりする手法も多いから、この展示は、森山が最初から意図したものでないにせよ、期せずしてそういう文脈のなかに置かれることになる。
アメリカ人にとっては日本語も意味のない「図形」として認識されるだろうから、ギャラリーとしてはそういう面白さも考えたろう。
ここしばらくのアメリカの写真を見ていると、アートとの境界がなくなって以来、大なり小なりコンセプチュアルな仕掛けがほどこされているものがほとんどだ(好きか嫌いかはともかく)。
今回の展示は、入稿用の指示が「仕掛け」に相当するわけだけど、にもかかわらず写真そのものの圧倒的な力と質感がそういう仕掛けを突きぬけて迫ってくるのが、やはり森山大道は森山大道だと感じさせるのだった。
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