フィラデルフィアの旅・3
フィラデルフィア市街地の北のはずれ、フィラデルフィア美術館から歩いて5分ほどのところに元イースタン州刑務所(Eastern State Penitentiary)がある。もちろん今は使われてなくて、内部を見学することができる。
ここに興味を持ったのは、チャールズ・ディケンズ『アメリカ紀行』(岩波文庫)を読んだから。
ディケンズは1842年にアメリカを訪れ、半年にわたって東部と中西部を旅した。
この旅で彼はフィラデルフィアも訪れているけれど、町そのものと独立史跡にはほとんど興味を示していない。
旧宗主国のイギリス人としていささか面白くなかったのか、あるいは碁盤の目のような「クエーカー教徒的」都市計画に嫌悪を感じたのか、「フィラデルフィアは壮麗な都市だが、人を当惑させるほど画一的である」(伊藤弘之他訳)と切り捨てている。
そのかわり、彼はこの刑務所について多くのページを費やした。翻訳本で言えば、フィラデルフィアについて書かれた33ページのうち、実に28ページがイースタン州刑務所の記述という具合。
「私たちは……大きな部屋に入った。そこから7つの通路が放射状に延びている。それぞれの通路の両側には低い独房の長い長い列があり、一つ一つ番号がついている」
1829年につくられ「ペンシルバニア・システム」と呼ばれた放射状の刑務所は、その後、世界中に影響を与え、各国で同じ様式の刑務所がたくさんつくられた(金沢刑務所、網走刑務所もその例)。
フランスの哲学者ミシェル・フーコーは『監獄の誕生』のなかで、近代社会の管理システムの原型として「一望監視装置(パノプティコン)」というものを考えている。そのモデルは中央に監視塔があり、その周囲を独房が囲む円形の刑務所で、これは机上プランで実現されなかったが、「ペンシルバニア・システム」はその変形というべきもの。
受刑者(人々)は監視者の姿が見えないけれど、常に監視されていることを意識して自らの行動を律しなければならず、そのことによって受刑者(人々)は強いられた規則を内面化する、ってことですね。
フーコーの説に従えば近代社会のモデルともいうべき建築が、ここフィラデルフィアで初めて現実につくられた。
独房の扉。
ディケンズはもちろん「一望監視」という現代思想っぽい視点からこの刑務所を問題にしてるわけじゃなく、この刑務所の、全員を独房に閉じ込める「独房監禁」というやり方を問題にしている。
受刑者を独房に閉じ込め、他人との接触を一切断って監禁するやり方がいかに非人間的で精神的に残酷なものであるかを怒っている。
「数年に及ぶ恐ろしい懲罰が受刑者に与える、想像を越えた責め苦と苦悶を推し量ることのできる人はまずほとんどいるまい」
独房内部。広角で撮ってるから広く見えるけど、3畳ほどの狭さ。ベッドがあったから、動ける空間はほとんどない。
ディケンズが書いたように、受刑者を独房に閉じ込めることによって、受刑者同士の、あるいは看守による暴力的支配は減ったけれども、受刑者の精神的・感情的障害という別の問題が生まれることになった。
天井に開けられた60センチ×10センチほどの窓。ここからだけ、わずかに外光が差し込む。受刑者はどんな気持ちで空を見上げたろう。
理髪室。
この「ペンシルバニア・システム」の刑務所は、ヨーロッパ、アジア、ラテン・アメリカでたくさんつくられたが、本家のアメリカではその後、ほとんどつくられなかった。なぜか。
独房棟の廊下。
アメリカは当時、労働力不足に悩んでいた。また刑務所にかかるコストも莫大なものがあった。そこで受刑者を働かせることにしたのだが、独房システムでは、ひとりひとりが独房で作業することになり効率が悪い。
そこで受刑者を独房に閉じ込める「ペンシルバニア・システム」ではなく、刑務所内に工場をつくり、そこで受刑者を働かせるシステムの刑務所がつくられることになったという。いかにも生産効率と大量生産のフォード・システムを考案したアメリカ的な話。
暗い独房棟から中庭に出ると、棟と棟のあいだに、わずかな広場がある。受刑者はここで束の間、野球やフットボールを楽しんだ。
暖かな日差しに、ただの見学者にすぎない僕もほっとする。
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コメント
ぅわーぉ、なんかすごくカッコいい写真なんですけど。文を読んだら、刑務所ですか!?
投稿: aya | 2008年4月18日 (金) 00時55分
私も最初の写真を見ててっきりfort(砦)跡かと思いましたよ。
投稿: yucca | 2008年4月18日 (金) 10時38分
>ayaさま
>yuccaさま
フィラデルフィアまで出かけて刑務所を見に行くなんて、我ながら酔狂というか。朝、市内地図を見てたらたまたま見つけて、ディケンズが書いてたことを思い出したんですね。
でもけっこう見学者もいましたよ。刑務所の写真をプリントしたTシャツも売ってて、おみやげにとも考えたんですが、さすがに止めました。
投稿: 雄 | 2008年4月18日 (金) 11時17分