『マイ・ブルーベリー・ナイツ(My Blueberry Nights)』
ニューヨーク。暗くなった街路の高架を、光の箱のような電車が通り過ぎてゆく。それをスローモーション気味に下から広角で見上げるショットは、いかにもウォン・カーウァイ好みだなあ。
と思って見ていたら、あれ、この電車、僕が毎日のように乗る地下鉄Qラインではないか。高架を走るQライン、舞台になるレストランがロシア名前とくれば、ロケ地はブルックリンの「リトル・オデッサ」と呼ばれるロシア人街、ブライトン・ビーチに違いない。
ところで、映画のオープニング・タイトルで共同脚本がローレンス・ブロックとあったけど、ハードボイルド作家のローレンス・ブロックのことだろうか。私立探偵マット・スカダーを主役にしたシリーズは大好きだったけど、彼はもう引退してニューヨークからフロリダに移ったと聞いている。
引退と言っても、やめたのは小説で、今度は映画に進出ってことかな? それともウォン・カーウァイもブロックが好きで、ストーリーはウォンが書き、英語のせりふをブロックに頼みこんだんだろうか? そう思ってみれば、ジュード・ロウとノラ・ジョーンズの洒落たせりふのやりとりは、いかにもローレンス・ブロックだなあ。
でもウォン・カーウァイはなんでシネマスコープにこだわるんだろう? 横長のシネスコ・サイズは空間の広がりを描写するには強いけど、狭い空間で人間を撮るには向いてない。ウォンは広い空間を使って風景を撮ることはあまりせず、どちらかといえば『花様年華』みたいに狭い空間が好きなのに。
実際この映画でも、レストランやバーといった狭い空間のシーンが多く、ニューヨークからメンフィスへ、さらにラスヴェガスへという空間移動は、期待したほど描写されてない。
もっとも、シネスコ・サイズで監督やカメラマンがみんな悩んだあげく(黒澤明も加藤泰も増村保造も)必殺技を繰り出した2人の会話の切り返し(リヴァース)は、顔のアップでなくバスト・ショットを多用し、背景にウォン・カーウァイらしい色彩のマジックを使って実にうまく処理されてる。
文字が書かれたり外の風景が反射しているガラス越しのショットが多いのも、色彩の効果や立体感を狙ってのことだろうか。とすると、彼にとってのシネスコは、広い空間を描写するためではなく、狭い空間を広く立体的に描写するためにこそ必要だったのかも。
『マイ・ブルーベリー・ナイト』を見ながら、本筋とは関係ない、そんなとりとめもないことを考えていた。
なぜかといえば……。この映画は見ていてとても心地よい。すべてが、「決まって」る。
ファンにはたまらない、『恋する惑星』と似た設定やウォン・カーウァイならではのショットの数々。ノラ・ジョーンズがジュード・ロウや旅先で出会った男たち、女たちと交わす会話がきわまり、ここで音楽というタイミングで、ちゃんとノラ・ジョーンズはじめオーティス・レディング、カサンドラ・ウィルソンなんかの素敵な音が入ってくる。さらにライ・クーダーとくれば、これはもう『パリ・テキサス』。
すべてが「決まり」すぎていて、心地よいけれど、ときどき退屈なのだった。もともとウォン・カーウァイはその気味があるけど、スタイルだけが残った、とでも言えばいいのかな。
そういえば、こちらのブルーベリー・パイは甘すぎて、どうも僕の口には合わない。
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コメント
こんにちは。
この作品、アメリカでの評判はどうなんでしょう?
アメリカ人の好みっぽい感じはしませんが。
でも、私はやっぱり所変われどもウォン・カーウァイな世界が大好きで、本日二度目の鑑賞をしましたー。
純然たるブルーベリー・パイって、こちらではあまり見かけず、ブルーベリーチーズタルトを持ち込みました♪
投稿: かえる | 2008年4月23日 (水) 01時07分
こんにちは。
この映画、残念ながらこちらではあまり評判になってないようです。2館で公開されてますが、公開4日目の午後に行ったときの観客は20人ほどでした。映画評も、私が読んでいる「Time out」と「Village Voice」のはあまり芳しくありません。
大多数のアメリカ人の好みは、もっとドラマが凝縮されてるタイプの作品(アン・リーみたいな)なんでしょうね。かえるさんおっしゃるように、ウォン・カーウァイはどこで何を撮ってもウォン・カーウァイですね。
投稿: 雄 | 2008年4月23日 (水) 08時15分