メトロポリタン通い・5
(Florine Stettheimer「The Cathedrals of Broadway」・1929)
冬の季節のメトロポリタン通いも、前回ですべての展示を回ったことになる(もっとも、展示してあるのは所蔵品のごく一部だけど)。残ったのは、少なくとも1度は見たことがあるセクション。で、今日は「モダン・アート」「19・20世紀ヨーロッパ絵画」と、始まったばかりの特別展「クールベ」へ。
「モダン・アート」では、去年の秋に見られなかったエドワード・ホッパーが展示替えで見られるかと期待してたんだけど、やはり展示されていなかった。
Florine Stettheimerがニューヨークを象徴するアイコンを描いた大作「カテドラル」シリーズが、いかにもアメリカ的な色づかいとポップな画面で印象に残った。「ウォール街」「ブロードウェー」「5番街」など4点。「ブロードウェー」(写真)は1929年というから、大恐慌のその年に描かれている。
僕らが知ってる大恐慌のイメージは、粗末な服を着た人々が職を求めて路上に並んでいるような写真だけど、それとは正反対の世界がブロードウェーの虚構のなかで繰り広げられていた。解説には「打ちひしがれた人々はブロードウェーのエンタテインメントに逃避した」とある。
「19・20世紀のヨーロッパ絵画」では、部屋から部屋へ次々に登場する印象派の画家たちのこれでもかというほど多数の作品を見ていると、20世紀初頭、アメリカの富豪たちがフランスへどんなに憧憬をもったかが分かるし、これだけの作品を収集した富の蓄積のすごさをも感じてしまう。
クールベをちゃんと見たことはない。印象派より一世代前のリアリズム画家、程度の通り一遍の知識しかなかった。でもこれだけまとまって見ると、クールベのリアリズムがどんなものだったか理解できるし、人間としてもなんとも興味深い男だったことが分かる。
いくつもある自画像を見れば、彼が反逆的なアーティストの魂をもった男だったことは一目瞭然。肖像画は、時に19世紀のリアルを超えて現代的なセンスさえ感じさせる(娘を描いたものなど)。
古典主義絵画に対するアンチとして描かれた女性ヌードはどれもリアルで、レズビアンを主題にしたものなど、当時どんな反響があったんだろう。女性性器をアップにしたものもあるけど、これは江戸の浮世絵画家たちもたくさん描いているから、画家としては当然のことか。
風景画で興味深かったのは、当時、瞬間的な動きを捉えられるまで発達してきた写真との関係。クールベの絵画には、写真を下絵に使ったものがいくつもある。打ちよせる波の動きを捉えた作品なんかも、明らかに写真を意識したものだろう。
光が差し込む森を素材にした作品と、同じテーマの写真が並べてあるのを見ると、レンズを通した、人間の目とは異なった視覚が似ているだけでなく、色についても、白から墨に至るモノクロームの諧調で表現された写真の描写を、そのまま色彩の世界に移し替えて、くすんだリアルさを出しているのがよく分かる。
クールベは政治的にも過激でパリ・コミューンに参加、逮捕された。後に亡命してスイスで生涯を終えている。
前回見たジャズパー・ジョーンズの「グレイ」展といい、これといい、メトロポリタンの特別展はどれも面白い。
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