『マリッド・ライフ(Married Life)』
第二次世界大戦後、1940年代後半から50年代のアメリカ映画は、アメリカも映画も輝いていた黄金時代の記憶として繰り返し反芻され、参照されているみたいだ。
空前の繁栄を謳歌していた反面、赤狩りの時代でもあったこの時代の重苦しい空気を反映したフィルム・ノワールは、今でもジャンルとしてしっかり残っているし、インディペンデント系映画館で当時の作品がしょっちゅう特集上映されている。
この時代に盛んだったもうひとつのジャンルであるメロドラマも、フィルム・ノワールほどでないにしても、昔の作品がときどき上映されているし、数年前には若いトッド・ヘインズ監督が当時のメロドラマを下敷きに『エデンより彼方に』をつくった。
この『マリッド・ライフ』も、そんな1本。2組の男女が絡みあう典型的なメロドラマの設定を基本に、コメディやスリラーの要素も取り入れながら、Ira Sachs監督(1965年生)はそれらのジャンル映画の定型と戯れている。
会社を経営し、郊外の上品な家で家庭を営むハリー(クリス・クーパー)には、若い愛人ケイ(レイチェル・マクアダムス)がいる。ハリーは友人の独身男リチャード(ピアース・ブロスナン)にケイを紹介するのだが、彼はハリーを出し抜いてケイに言い寄り、彼女を奪おうとする。
一方、ハリーは妻のパット(パトリシア・クラークソン)と離婚するよりは、いっそ彼女を殺してしまおうと毒薬を買い求める。ところがパットはパットで若い男がいて……といった具合に、話がこんがらかってゆく。
設定は1949年。髪型もメイクもファッションも、車やテレビなどの家具も、いかにも当時のアッパー・ミドル・クラスの生活を再現しているのが、アメリカ人には懐かしく感じられるんだろう。
若い愛人ケイの髪はブロンドだけど、演ずる女優レイチェル・マクアダムスの写真を見ると、どうも地毛はブルネットみたいなんですね。だから、ここでもアメリカ人が夢見る「ブロンド美人」をつくりこんでるんだと思う。
ケイが最初に登場するシーンで、彼女はブロンドの髪をアップにし、深緑のワンピースを着ているけど、これは明らかにヒッチコック『めまい』のキム・ノヴァクの髪型・服装を意識してる。
彼女が次に登場するとき、今度は髪をおろしてマリリン・モンローそっくりの髪型になる。頬にほくろがあるのもモンローによく似てるから、これも明らかに意識してるんだろう。ま、キムとマリリンを足して2で割ったというより、4で割ったくらいの魅力でしたけどね。
ハリーによる妻のパット殺しは成功するのか? ケイはハリーからリチャードに心変わりしてしまうのか?
そんなふうにメロドラマやコメディやスリラーといったジャンル映画の典型的なシーンを連続させながら進むのがこの映画で、それ以上でも以下でもなかった。
どこかでそういう定型を逆転させるたくらみがあるのかと期待してたけど、そのまま50年代ふうな中産階級のモラルに回収されてしまう。ラストシーンもいかにもで、じゃあ、この映画を今つくる意味はなんなの? と、一言言ってみたくもなる。
例えば『エデンより彼方に』では、それが成功しているとは思えなかったけど、ゲイの問題や白人女性とアフリカ系男性の恋といった50年代メロドラマにはありえない設定を取り入れて、メロドラマの現在化を図ろうとしていた。
この作品にはそういう試みはまったくない。ちょっとビタースイートで懐かしい映画だったね、でお終い。いや、もちろん小味な映画として楽しみましたけどね。
日本では公開されるんだろうか?
蛇足。こちらで見たアメリカ映画のなかで、この映画、いちばんよく英語が聞きとれた。1940年代に白人中産階級が話していたクセのない英語を再現してたからだろう。
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