『ボーディング・ゲート(Boarding Gate)』
アーシア・アルジェントという女優をはじめて見た。調べてみると、イタリアのアカデミー賞に相当する賞の最優秀女優賞を2度受賞し、女優業だけでなく自ら監督として映画をつくり、小説も書くなど、才能もキャリアもすごい女性なんですね。
『ボーディング・ゲート』は、まさしく彼女のための映画だった。うなじと下腹部にタトゥーを入れた元娼婦。金のために男を操り、そのあげく無慈悲に男を殺してしまう。かと思うと、傷つきやすいヴァルネラブルな心を持っていて、時にその表情が苦痛にゆがむ。
そんな複雑な役を演じて、なんとも存在感がある。黒い下着姿で男を誘惑し、サディスティックな行為のあと後頭部にためらいなく銃を撃ち込むシーンは、この映画の最高の場面だね。
監督はフランスのオリヴィエ・アサイヤス。テイストはB級アクション映画なんだけど、時どきカメラが据えっぱなし長回しになり、おやB級らしからぬショットだなと思っていると、途中から舞台は香港に飛び、ここから後は文字通り香港ノワールの世界になる。英語とフランス語と中国語が飛び交い、今ふうの無国籍映画に仕上がっている。
もっとも1本の作品としてのまとまりはなく、色んな要素がばらばらに放り出されたまま。おまけにB級テイストらしく、ストーリーもなんともご都合主義なんですね。
北京でクラブ経営を夢見るサンドラ(アーシア・アルジェント)は、元愛人だったファンド・マネジャー(ミシェル・メドセン)を誘惑して金を引き出そうとする。麻薬密輸に手を染める中国人貿易商レスター(カール・ン)の愛人でもある彼女は、ファンド・マネジャーを殺し、香港に逃亡するのだが、そこでもまた命を狙われて……。
要するに香港ロケしたかったんだよね。前半の舞台であるロンドンでは動きの少なかったカメラが、香港へ来てからのアクション・シーンでは手持ちでぐらぐら揺れたり、左右に激しく振られたりしながら路地裏やビルのなかをこれでもかと動き回る。
この監督の映画を見るのははじめてだけど、キャリアを見るとB級映画の監督ではなく、どちらかといえばアート系。香港の女優マギー・チャンを主役にすえた作品を撮っているし、台湾のホウ・シャオシェン監督を追ったドキュメンタリーもある。中国語圏の映画が大好きなんですね。
おまけに、元カイエ・ド・シネマで批評を書いていたと知って、ははんと思った。
かつてカイエ・ド・シネマで批評を書いていたジャン・リュック・ゴダールが50年代ギャング映画やアクション映画を解体・再構築して『気狂いピエロ』をつくったように、アサイヤスも香港ノワールやウォン・カーウァイ、ホウ・シャオシェンの映画を換骨奪胎して、現代的なファム・ファタールを主役に彼流の『気狂いピエロ』をつくろうとしたんじゃないかな。
(以下、ネタばれです)もっとも、ラストシーンは『気狂いピエロ』の伝説的なシーンのようにはいかず、香港ノワールがこと男女のことに関してはけっこう純愛(?)であるのを反映してか、アーシア姉さん、最後の最後で並の女に戻ってしまうのが残念。
ま、映画は特にどうという出来ではないけど、アーシア・アルジェントだけは記憶に残ります。
「ヴィレッジ・ヴォイス」の映画評も指摘してたけど、喉を絞ってセリフを口の中でもごもごとしゃべる表情は、女マーロン・ブランドみたい。彼女、美しいというのではないけれど、切羽詰った黒い瞳でじっと見つめられると、身体をぎゅっと掴まれ身動きできなくなる感じがする。
まさしくこの時代のファム・ファタール、そんなオーラが出ている女優だね。
日本でも公開されるらしい。
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コメント
アーシア・アルジェントはパンクでゴシックぽい頽廃的な雰囲気を持つ女優ですよね。
「王妃マルゴ」、「最後の愛人」といったフランス映画やxxxなどのアメリカ映画でも危ないファム・ファタールな役を演じていました。
フランス映画が大好きな私ですがこの映画のストーリーにはあまり印象を残しませんでした。
アーシア・アルジェントのタトゥーが施された胴体には印象深かったですが。
投稿: 台湾人 | 2009年10月30日 (金) 18時05分
アーシア・アルジェントだけでもっているような映画でしたね。モニカ・ベルッチの色っぽさを引き出すためだけに撮ったような映画『ダニエラという女』を思い出しました。どっちも、タイプは違うけどヨーロッパの退廃を感じさせる女優ですね。
投稿: 雄 | 2009年11月11日 (水) 12時09分
モニカ・ベルッチ、アーシア・アルジェント、ヴァレリア・ゴリノ、ステファニア・ロッカなどのイタリア人女優はフランス語が堪能でフランスの映画界でも活躍されているので凄いなと思います。
ちなみに私は英語で手一杯なのでドイツ語、フランス語、イタリア語やロシア語などの外国語は門外漢で全く出来ません。(トホホ)
投稿: 台湾人 | 2009年11月12日 (木) 17時58分
イタリア語とフランス語はまあ親類みたいなもんでしょうから、そういうことができるんでしょうね。私は英語すらおぼつかないですよ。
最近は台湾、香港、韓国、日本の俳優やスタッフがそれぞれの国の映画で活躍していて、楽しいですね。最近は、韓国のペ・ドゥナが日本で『空気人形』という映画に主演しました。台湾の『海角七号』に田中千絵が出ているようですね。
投稿: 雄 | 2009年11月15日 (日) 15時03分
そうですか。私の宿願はいつか台湾を抜け出してフランス語を習得し、外国で悠々自適な生活を送ることです。
クリスティン・スコット・トーマス、ジェーン・バーキン、ジャクリーン・ビセットやシャーロット・ランプリングみたいにエレガントで気品のある人間を目指して頑張りたいと思います。
投稿: 台湾人 | 2009年11月16日 (月) 00時19分
エレガントで気品。素晴らしいですね。私も好きな女優ばかりです。特にシャーロット・ランプリングは。
投稿: 雄 | 2009年12月19日 (土) 19時10分
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