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2008年2月16日 (土)

『カッサンドラズ・ドリーム(Cassandra's Dream)』

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ウッディ・アレンの映画はコメディやブラック・ユーモア、あるいはひねりを利かせた作品が多いから、内容だけでなく映画作法にも遊びやひねりが多いような印象を持っていた。

でもそれは間違いだったと、この作品を見て気づいた。ウッディ・アレンの映画作法は実にストレートで、古典的と言ってもいいくらい。脚本の構成、カットとカットのつなぎ、音楽の入れ方など、1950年代以前の映画のテイストに通ずるものがある。きっちりしたモンタージュのリズムなど、もっと昔の無声映画みたいな感じさえする。

『カッサンドラズ・ドリーム』は、ユアン・マクレガーとコリン・ファレルの兄弟の犯罪心理劇だけど、例えばよく似たテーマをもつ『ビフォア・ザ・デビル・ノウズ・ユウ・アー・デッド』(日本未公開)の場合、過去と現在の時制を入り組ませ、カメラが複数の登場人物の視線に転換するなど、複雑な語り口をもっていた。

それは今ではハリウッドはじめ、世界のどの国の映画でも当たり前のように採用されてる映画作法だけど、『カッサンドラズ・ドリーム』は正反対。

過去から未来へと、時間は一直線に進む。カメラはきっちり据えられた客観3人称で、ごくオーソドックスな映像を積み重ね、人を驚かすようなつなぎは一切ない。音楽も、フィリップ・グラスの古いようで新しいストリングスの曲が、要所要所で控え目に入ってくる程度で、現実音だけで処理されている場面が多い。すべてが端正につくられている。

ウッディ・アレンの映画がクラシックな側面を持っているのは僕には新しい発見だったし、好感がもてるんだけど、そういう構造に目が行ってしまったこと自体が、この映画の出来を物語っているかもしれない。

美しい舞台女優に惚れたユアン・マクレガーと、賭博で借金を抱えたコリン・ファレルの兄弟が金に困り、アメリカから来た裕福な伯父に援助を求める。すると伯父は、彼の不正を告発したビジネス・パートナーを殺してくれるなら、と交換条件を出してくる。2人はその「仕事」をうまくやったのだが……というお話。

セリフの英語がよく理解できなかったので、ウッディ・アレンらしいジョークや皮肉がどこまで散りばめられているのか分からないけど(観客はあまり笑っていなかった)、『マッチ・ポイント』みたいに作品の構造が全体としてブラック・ユーモアになっているわけではない。

いかにも彼の映画らしく、心理の歪みや精神の失調がドラマをつくりだしている。強い母と弱い父という構図も出てくる。ウッディ・アレンの映画はたいてい、それらが歪んだ笑いや自虐的なユーモアになるわけだけど、ここではそうではなく、彼の映画が時々そうなるように重苦しい犯罪心理劇に終始する。

兄弟が買ったヨットで海に遊びに出るシーンとか、兄弟と伯父が雨を避けて木の下で密談するショットなど印象に残る場面もあるけど、全体としては期待はずれだったな。

なにより人間が生きてないと思った。強く偽善的な兄と、弱くて兄に引きずられる弟。ユアン・マクレガーもコリン・ファレルも、そんな図式的な絵解きを演じているだけのように見える。兄弟がほとんど同じ関係に設定されていた『ビフォア・ザ・デビル…』のフィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホークのほうが、はるかに生々しく感じられた。

それに舞台女優になるサリー・ホーキンズも端正な美人だけど、『マッチ・ポイント』のスカーレット・ヨハンソンみたいなエロティックな存在感に欠ける。そこでもまた映画の肉体性というか、画面を圧する存在感が足らないな。

やっぱりウッディ・アレンは、老人といっていい歳になっても惚れた女優を使ったときのほうが魅力的な映画になるみたいだ。新作『Vicky Christina Barcelona』はまたスカーレット・ヨハンソンらしいから、こっちのほうが期待が持てるかも。

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