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2008年2月11日 (月)

ブルックリンご近所探索・17

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僕の住んでいる地域は、近くにある公園(かつては軍隊が駐屯した砦)の名前を取ってフォート・グリーン地区という。このあたりを散歩していて、公園の北と南では街の表情がまったく違うのに気づいた。

公園の南側は上の写真のように、静かな住宅地が広がっている。落ち着いた褐色砂岩の3~4階建ての建物が並んでいて、その多くは100年以上前に建設されたものだ。

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住宅街に対して直角に走っているデカルブ・アヴェニュー(写真上)にも、古い建物が並んでいる。このアヴェニューの商店やデリやカフェは個人営業の、いわゆる「パパ・ママ・ストア」がほとんどで、大きなスーパーもなければ、マックもスタバもない。僕の行きつけの2軒のカフェもここにあり、どちらも個人営業の店だ。

この一帯には、昔ながらのコミュニティーがそのまま残っているように感じられる。事実、僕はこの通りを歩いていて、見知らぬアフリカ系のおばちゃんから挨拶されたことがある。古い建物におしゃれなレストランやワイン・セラーが入り、古びていた街が再び活気づいてきたのは、ここ5年くらいのことらしい。

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その住宅街の反対側になる公園の北側には、1950~60年代に建設されたと思しい茶褐色のレンガ造りの中層アパートが二十棟近く並んでいる。すべての建物が同じ外観を持ち、慣れないとどこに住んでいるのか分からなくなってしまいそう。1階部分に店舗はなく、鉄格子のはまった窓ばかり。夜になると人影が途絶え、ひとりで歩くのは不安になる。

ここはウォルト・ホイットマン・レジデンス(田園詩人の名が冠されているとは皮肉)といい、ニューヨーク市住宅局がつくった低所得者向けの公共住宅だ。レジデンスの向こうにはブルックリンとクイーンズを結ぶ高速道路が走っている。

地図を見ると、南北に走るストリートがこのレジデンスがある地域だけ分断されているから、かつてはここにも公園の南側と同じ褐色砂岩の住宅が並んでいたのだろう。その名残りのように、アパート群の脇に1891年建設のカソリック教会がぽつんと残されている(写真下)。

このレジデンスに入っているのは大部分がプロテスタントのアフリカ系のようだから、カソリック教会の信者たちはどこかへ散ってしまったんだろう。

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現在のニューヨークの都市構造をつくった男をロバート・モーゼスという。

資産家の家に生まれたモーゼス(自ら運転する必要がなかったので、一生、車を運転できなかった)は、市の公園局長となった1930年代から60年代までニューヨークの都市計画の実権を握った。

マンハッタン島の外周に高速道路を張りめぐらせ、いくつもの橋を架けて郊外まで高速道路を伸ばし、ニューヨーク市内と郊外を結んだ。そのことによって、上・中流階級が郊外に家を持ち、車で市内に通勤するというライフ・スタイルが可能になった。

ちなみにモーゼスは中・下層階級の足(僕にとっても)である地下鉄を重視せず、ほとんど投資しなかった。現在のニューヨークで地下鉄のインフラが古く貧弱なのは、遠くそこに原因がある。

またモーゼスは市内の「再開発」を積極的に推しすすめた。スラムや空き家の多くなった地域を取り壊し、その後に大規模公共建築や中高層公共アパートを建てた。

(後記:これらの公共住宅は通称「プロジェクト」と呼ばれる。高祖岩三郎『ニューヨーク烈伝』によると、「プロジェクト」は1943年に建設が始まったイースト・ヴィレッジ北のスタイブサン・タウンを皮切りに、1950~60年代にかけてコレアーズ・フック、ハーレム、北ハーレム、モーニングサイド・ハイツ、コロンバス・サークル、コロンバス・サークル、ここフォート・グリーンなど10の「プロジェクト」が建設された。)

彼のやり方は現在では、地域のコミュニティーを破壊し、貧しい者を外へ(マンハッタンからブルックリンやブロンクスへ、さらにその郊外へ)と追いやる結果になったと批判されている。また、コミュニティーが破壊された後に建てられた公共アパート群が、ドラッグや銃撃など60~80年代の荒廃の舞台ともなった。

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ウォルト・ホイットマン・レジデンスがいつ建設されたかは正確には分からないけど、こういう都市再開発の流れのなかでつくられた公共アパートであることは確かだろう。想像するに、レジデンスの背後を走るブルックリン・クイーンズ・エクスプレスウェイが建設された時に、ここも同時に「再開発」されたのかもしれない。

ちなみに、ここと同じレンガ造りの画一的な中高層アパート群は、マンハッタンのダウンタウンやブルックリンの他の地域でも頻繁にお目にかかる。例えば僕が毎日乗る地下鉄Qラインでイースト・リバーを渡り、マンハッタンに入ってゆくと、高架の左右にこのレジデンスと同じ、しかもより大規模な、暗い感じのアパート群が目に入ってくる。

このホイットマン・レジデンスの前を走るマートル・アヴェニューにもかつては「パパ・ママ・ストア」がたくさんあったんだろうけど、現在では敷地の一角につくられた集合店舗のなかに、いくつかの店が押し込められている(写真上)。

まあ、あまり散歩して楽しい場所ではないね。でも都市の構造が見えてくるという意味の面白さはある。

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マートル・アヴェニューは、かつては道路の上を高架鉄道が走る繁華街だったけれど、今はちょっとさびれた感じの商店街になっている。それでも新しいレストランやカフェが少しずつ増えてきているようだ。

そんな1軒、タイ料理の「Thai 101」でパッドを食べて、今日の散歩はおしまい。

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コメント

以前のNY滞在で、マンハッタンを出たのは、朝の散歩でウィリアムズバーグ橋を歩いて渡った時と、クイーンズのイサム・ノグチ美術館に行った2回だけです。ブルックリンもなかなか良さそうですね。今度、是非行ってみたいですね。
 散策された写真では窺えませんが、そちらは相当寒いんでしょう。こちら(九州の地)は、一歩一歩春の気配が近づいてきています。
 10日は、近くの酒蔵の蔵開きで、したたか飲んできましたし、今日2階で仕事をしていると、庭のシマトネリコの木に目白が20匹ほど飛んできて木の実をつついていました。
 ところで、グラミー賞の発表があり、ハービー・ハンコックの「リバー~ザ・ジョニ・レターズ」がアルバム・オブ・イアーとジャズ部門のベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバムを受賞しましたね。丁度、今、そのアルバムを聴きながらメールしています。
 昨年、5年ぶりにアルバム「シャイン」を出したジョニ・ミッチェルの復帰を祝して、このアルバムが企画されたということですが、「シャイン」がまたいいんですよ。ジョニ・ミッチェルは今年11月で65歳ですよ。この年齢にして持ち続ける瑞々しい感性は驚きですね。

 

投稿: TO | 2008年2月11日 (月) 21時29分

Wikipediaにマートルアベニューの歴史が簡潔にまとめられていましたので、ご参考まで。
http://en.wikipedia.org/wiki/Myrtle_Avenue_(New_York_City)
一時はMurder Ave.と呼ばれていた面影は今も多少残っていますが、ハイエンドなお店も増えてこの辺のレントもぐっと上がっているようです。

投稿: yucca | 2008年2月12日 (火) 05時46分

>TOさま

今朝は零下11度で、最高気温も0度以下という寒さでした。これまであまり寒いと感じなかったのですが、これがNYの冬か、という感じです。アパートを出て地下鉄駅まで1分足らずですが、もう下半身が冷えてきます。

ジャズが最優秀アルバム賞を獲ったのは「ゲッツ/ジルベルト」以来だとか。ハンコックもさすがに嬉しそうでしたね。僕はまだ聴いてないのですが、さっそく聴いてみます。


>yuccaさま

へえー、マートルはMurder Av.と呼ばれてたんですか。確かに、レジデンス近くのマートルを歩いているとき、フルトン周辺のダウンタウンを歩くのとはちょっと違う緊張を感じました。

ちょうど「デカルブ化」「ウィリアムズバーグ化」の過程にあるんでしょうね。

投稿: | 2008年2月12日 (火) 10時00分

2度目のコメントです。

プロジェクトにはそんな歴史があったのですね。いつもながら勉強になります。
私は訳あってプロジェクト住宅に暮らしています。
勿論高級アパートのような美しさはないですが、スーパーもちゃんといるし、普通のアパートと変わりないので、最初は低所得者向けの住宅ということを知りませんでした。
ほぼ毎日のように近所のおばちゃんたちがロビーにたむろしてパトロールと称したおしゃべりやゲームをしていたり、クリスマスにはロビーでパーティーがあったりして、フレンドリーな雰囲気が私には居心地がよいです。
市営というだけあってそういった地域活動を心がけているのかもしれません。

投稿: ラニ | 2008年2月13日 (水) 07時53分

このアパート群を「プロジェクト」と呼ぶんですね。きっと建設当時は大規模な再開発だったんでしょう。

プロジェクトにお住まいとは、ほんのご近所ですね。僕のように散歩で外から見るのと、ラニさんのように中に住まわれているのとでは、見え方がずいぶん違うでしょう。フレンドリーな、居心地のよさ、その通りだと思います。

投稿: | 2008年2月13日 (水) 13時14分

あ、でも私の住んでいるのはブルックリンではなく、マンハッタンのプロジェクトです。よく友人に「危なくないの?」なんて聞かれますが、そういうことはなく(一度別の階で空き巣がありましたが。。)、特にここ数年でぐんと治安がよくなったそうです。
この状態が長く保たれるといいなーと思っております。

投稿: ラニ | 2008年2月14日 (木) 03時34分

ブルックリンだけでなく、同時期に各所でつくられた公共アパート群を「プロジェクト」と呼ぶのですね。

ちょっと調べたら、1951年から1964年までに、ここフォート・グリーンやハーレム、モーニングサイド・ハイツ、コロンバス・サークルなどで11の「プロジェクト」が建設されたようです。

投稿: | 2008年2月14日 (木) 13時17分

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