『潜水服は蝶の夢を見る(Le Scaphandre et la Papillon)』
最初は、ずいぶんトリッキーな映画だなあと思いながら見ていた。冒頭からカメラが主人公の目そのものになって、彼の目に見えている映像だけで物語が語られてゆく。
どうやら主人公は、何日も失っていた意識をようやく取り戻したところらしい。でも、自分がどういう状況にあるのかが飲み込めない。映画は観客にもそれ以上説明しないから、僕らも主人公とともに、彼が徐々に自分の置かれた状況を理解していくのにつきあうことになる。ミステリアスで、実験的で、いかにもフランスの若い監督がやりそうな手法だなあ(後記:これは誤りで、監督はアメリカ人。コメント参照)。
フランス『エル』誌の編集長として奔放に生きてきたジャン・ドゥ(マチュー・アマルリック)が脳梗塞で倒れ、左目以外はまったく自由がきかなくなる。意思の疎通は左目のまばたき--1回が「イエス」、2回が「ノー」--でしかできない。最初は絶望にうちひしがれ、でも妻のセリーヌ(エマニュエル・セイナー)や3人の子供たちに囲まれて生きる意欲を取り戻し、やがてまばたきによって自伝を書くことを決心する。
そのあたりから、カメラ=主人公の目に映るもの--太陽の光や木々のそよぎや青い海--がなんとも軽やかで美しいのに惹きつけられ、気がついたら映画にのめりこんでいた。やっぱり、カメラが主人公の目そのものになる必要があったんだと思った。
フランスでベストセラーになった実話をもとにしたこの映画、カメラ=主人公の目が見た映像のみずみずしさと官能性がすべてといっていい。彼の目に映る自然や、風にそよぐ妻の髪や、風にめくられて覗く太腿や、父親(マックス・フォン・シドー!)と過ごした記憶や、そういうものすべてが生きる喜びにあふれている。そんな映像に身をゆだねているのが心地よい。
繰り返しインサートされる、潜水鐘(Le Scaphandre)に入ったジャン・ドゥが海底に沈んでゆくイメージが、意識は完璧にありながら身体の自由がまったく利かない彼の姿を象徴してる。
トム・ウェイツやU2やルー・リードの音楽が素敵に使われてるのもいいな。
ジュリアン・シュナーベル監督はこの映画でカンヌ映画祭の監督賞を得た。日本でも近々、公開されるようだ。
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コメント
「ジュリアン・シュナーベル」って、確か前衛画家で奥さん(離婚してなきゃ)共々、お金持ちのセレブでない?外国ファッション雑誌で、カッコいい人たちだなぁーと憧れて見た記憶あります。タイトルはフランス語なのか・・・。
投稿: aya | 2007年12月14日 (金) 17時33分
ジュリアン・シュナーベルはアメリカ人です。
フランス人の物語なのでフランス語で撮る必要があった、と語っているそうです。
私も見ましたが、素晴らしい映画だと思いました。
投稿: はる | 2007年12月15日 (土) 04時38分
>ayaさま
僕は知らなかったけど、彼は映画を撮る前に画家としても有名だったんですね。
英語タイトルは「The Diving Bell And The Butterfiy」。邦題は、ちょっとひねりすぎかも。
>はるさま
ご指摘ありがとうございます。僕はこの監督の映画を見るのがはじめてだったので、てっきりフランスの監督かと。でもフランスの役者を使ってフランス語で撮って、不自然さをまったく感じさせませんでしたね。アメリカ映画はどこの国を舞台にしても、みな英語を話すヘンな作品が多いですけど、そういう意味でもちゃんとしてますね。
投稿: 雄 | 2007年12月15日 (土) 08時15分
遅くなりました;
私はこういう映像作品がまさに大好きでありまして。語りも詩的なんだけど、それ以上に映像が詩的さに溢れていて、もろドツボにはまりました。原作を上手く映像化してあったようにも思えます。監督の感性には痺れまくり、過去作品等も見ましたけどそれらもとても気に入りました。
エレガントなのにユーモアもあるし、生きることってこんな状況でも素敵に見えるんだなって思えてきました。
投稿: シャーロット | 2008年1月16日 (水) 18時13分
シャーロットさんの好みはよく分かります。昔、ルネ・クレマンの『生きる歓び』って映画を見ましたが、この映画を見てそのタイトルを思い出しました(クレマンの映画は政治のからんだ恋愛ものでしたけど。バルバラ・ラスが可愛かったなあ)。
私もこの監督の映画、探してみようと思います。
投稿: 雄 | 2008年1月17日 (木) 08時24分