『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン(No Country For Old Men)』
コーエン兄弟は色んなジャンルの、でもテイストはいつも彼らの映画以外でありえない強烈な作品をつくってるけど、『ファーゴ』や『ミラーズ・クロッシング』が好きなら、この作品はきっと気に入るだろうな。
僕も、どちらかといえば彼らのコメディ系作品より、こういう犯罪スリラー系作品のほうが好み。テキサスの荒野をシンプルな構図で切り取ったファースト・シーンから、すっかりはまってしまった。
ハンターのモス(ジョシュ・ブローリン)が狩りをしていて、麻薬取引のトラブルから双方が撃ち合い全員が死んでしまった現場に出くわす。そこには大量のヘロインと200万ドルが残されていた。
モスがその200万ドルを持ち逃げするところから、2重、3重の追跡劇が始まる。彼を追うのはマフィアの殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)と、田舎町の保安官ベル(トミー・リー・ジョーンズ)。映画の後半になると、もう一人のマフィアの代理人も登場する。
逃げるモス、彼を追う殺し屋と保安官。とりわけ殺し屋シガーとの追いかけっこ、銃撃戦がすさまじい。
いかつい顔とマッシュルームカットの髪が不釣り合いなシガー(ポスターで顔が大写しになっている)はモスを追いながら、出会った住民を、家畜を屠殺する圧搾空気銃で無表情に殺していく。銃撃戦で負った傷を手当する薬を手に入れるため、ドラッグストア前に駐車していた車を爆破してドラッグストアに侵入する。手に入れた薬と用具で、撃たれた脚の肉のなかから銃弾の破片をこともなげに取り出す。
映画の後半までほとんど言葉を発せず、人間的感情をまったく表わさないシガーの不気味さが、この映画全体を支配している。
追われるモスはベトナム帰還兵で、貧しいトレーラーハウスに住んでいる。戦場から帰って、社会にうまく適応できていないらしい。いかにもこの時代(設定は1980年)のアメリカ南部にいたろうなと思わせる存在。彼もまた狙撃のプロで、シガーと追いつ追われつの銃撃戦を繰り広げる。
モーテルの隣室同士で壁をはさんで向かい合ったモスとシガーが、沈黙のうちに互いの気配を察し、一瞬後に撃ち合いになる。その静けさと銃撃戦の緊迫感が圧倒的だ。『ミラーズ・クロッシング』でも森の静寂と、静寂を切り裂く1発の銃弾が印象的だったけど、静から動へ、動から静へ、その見事な映像とリズムはコーエン兄弟ならでは。
一方、保安官ベルは、行方不明になったモスの妻を探し当てて話を聞くくらいで、ほとんどなす術がない。ストーリー的には必ずしも重要な存在じゃないけど、新米の保安官助手とのかけあいが笑いを取り、さらにトミー・リー・ジョーンズの年老いて疲れた表情そのものが、この映画には必要だったんだろう(映画のタイトルも彼の存在から来ている)。
ところで。彼らの話すテキサス訛りのセリフが、なんとも聞き取れない。だから物語がアクションによって進行している間はいいんだけど、銃撃戦の末に死体がころがり、アクションが終わったそこから後の結末が、実はよく分からない。コーエン兄弟のことだから、並のハリウッド映画のようでないことは確か。
え、ここで終わるの? というところで映画が終わってしまった。日本語字幕でもう一度見なければ。ってところが我ながら悲しいね。
公開初日に見たけど、金曜の午後早い時間、映画館はほぼ満席だった。観客も、いかにも映画好きと分かる人種もいたけど、大多数はふつうのおじちゃん、おばちゃん。日本ではコーエン兄弟の映画は単館ロードショー系のマイナーな存在だけど、考えてみればこういう残酷なバイオレンスと笑いの結合は、奇妙なテイストではあるにしてもアメリカ人好みなのかもしれないな。
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コメント
ここ最近、コメディが続いていたコーエン兄弟ですが、やっぱり犯罪スリラーが一番しっくりきますよね。
『ブラッド・シンプル』や『ミラーズ・クロッシング』を観たときのじわじわと忍び寄ってくる恐怖と衝撃は忘れられません。
日本の缶コーヒーのCMですっかりおバカっぽいイメージがついてしまったトミー・リー・ジョーンズも注目ですが、ハビエル・バルデムの怪演も要チェックですね。
日本公開(来年3月)が待ち遠しいです。
投稿: おみ | 2007年11月19日 (月) 10時13分
私のまわりにはコメディ系が好きという人も多いのですが、やっぱりコーエン兄弟は犯罪スリラー系がいいですね。皮膚がざわざわ騒ぐような恐怖感がなんともいえません。この映画もハビエル・バルデムに尽きます。
投稿: 雄 | 2007年11月20日 (火) 10時55分