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2007年11月

2007年11月29日 (木)

『ザ・ミスト(The Mist)』

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こんな救いのない映画を見たの、いつ以来だろう? たいていの映画はどんなに重く、暗い作品でも、ちょっとしたセリフの一言やワンショットに救いを見つけることができるものだ。でも、この映画はそうじゃなかった。

スティーブン・キングの原作を僕は読んでないけど、小説の最後の部分に「希望」という言葉が使われているという。ところが映画では逆に、やるせないエンディングだなあと思わせるシーンから、さらに2度、主人公と観客を絶望の側に突き落とす。だから見終わった後の気分はきわめて良くない。いや、作品の出来が悪いんじゃなく、良くできているからこそ、そういう気分を味わわせられるんだけど。

アメリカの小さな町で、激しい雷の後に深い霧が立ちこめる。一寸先も見えない霧に、主人公の父子はじめ数十人がスーパーマーケットに閉じ込められる。霧のなかから叫び声が聞こえ、顔から血を流した男が駆けこんでくる。やがて、霧のなかのモンスターが姿を現し、スーパーを襲いはじめる……。

『ショーシャンクの空に』(記憶に残る映画でした)、『グリーンマイル』と、スティーブン・キングのホラーではない小説を映画化してきたフランク・ダラボン監督が、1980年代に映画化を構想して以来20年たって遂に実現した企画。それだけに力のこもった映画になっている。

構想から20年後に映画化するに当たって、ダラボン監督が原作につけ加えたのは「2007年のアメリカ社会」という寓意じゃないだろうか。

物語の舞台になるスーパーマーケットというものが、そもそもアメリカを象徴する場所であることは誰も異論ないだろう。霧に閉じ込められ孤立したスーパー=アメリカのなかで、得体のしれないモンスターに脅えた客たちは、いくつかのグループに分解してゆく。

霧のなかから逃げてきた男の警告を信じないグループが、まず店を出てゆく。やがて外へ出たグループのリーダーの腰に巻きつけたロープが動かなくなり、店内に残った主人公たちがロープを引くと、血まみれになった下半身だけが戻ってくる。

それを見た中年の女がバイブルを片手に、ハルマゲドン、この世の終わりが来た、この霧をはらすには犠牲が必要だ、と憑かれたように説教を始める。最初は賛同する者も少なかったのが、モンスターが姿を現し、スーパーを襲いはじめると、恐怖に駆られた客たちは徐々に女の言葉を信じはじめる。遂にはひとりの兵士(霧とモンスターは、軍の極秘プロジェクトの失敗によって生まれたらしい)をいけにえとして、スーパーの外に放り出す。

この女と彼女を信ずる客たちのグループが、アメリカ社会で影響力を増しているキリスト教ファンダメンタリズムを指しているのは明らかだろう。とすれば、孤立したスーパーマーケット=アメリカの周囲に立ちこめる霧と、そのなかの得体のしれないモンスターとは、さしずめ「テロの恐怖」という言葉に象徴されるものかもしれない。

ハルマゲドンを信ずる女のグループは、やがて正気を保っている主人公たち少数のグループにも牙をむいてくる……。

残念なのは、こういう寓意がいささかナマすぎてアメリカ社会批判という次元にとどまっていることじゃないかな。アメリカ人でない者にとっては身を切る痛さではないから、それ以上に人間存在の深いところまで映画が届いてこない。そこがもどかしい。

もうひとつ残念なのは、ホラー映画としての出来、特にモンスターの造形がいまひとつだったこと。僕はホラー映画が好きじゃないからほとんど見てないけど、その僕から見ても、1980年代の『エイリアン』や『遊星からの物体X』のレベルを超えてなかったように思う。

監督に言わせれば、本当に怖いのはモンスターじゃなく人間だ、ということかもしれないけど、モンスターが登場するホラー映画はそこが命だものね。巨大タコの脚みたいな生物も、巨大昆虫も、最後に出てくるモンスターも、その動きはどこか機械じかけの人形みたいな滑稽感を伴ってて、皮膚が粟立ちぞくぞくする気持ち悪さに欠ける。

(以下、ネタばれです)ラストシーン、アメリカの田舎町が、いきなり戦場のような風景になる。さらにエンドロールの間じゅう、ヘリコプターや軍用車両の音が背後に流れている。これを見たたいていのアメリカ人はイラクを連想するだろう。ここでも監督の意図は明らかだった。

よくできた映画だけに、つい不満ばかり並べてしまった。でも、冒頭から最後まで、一瞬たりとも目を離せない緊迫した映画であることは確かです。

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2007年11月28日 (水)

ブルックリンご近所探索・11

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アパートの近くにもう一軒、いきつけのカフェができた。スムーチという店。よく行くカフェ、ティリーズより近いし、こちらの店のほうがオーガニックなメニューや、モノクロ写真をあしらった内装などこだわりが強い。流している音楽も好みがはっきりしていて、ときどきジャズがかかる。月に何回かはライブもやっている。

ティリーズもそうだけど、客はみなノートパソコン(圧倒的にマック)を持ち込んだり、本を読んだりして長時間すごしている。店の人たちもそれを当り前のように見ているから、居心地がいい。僕もたいてい本を読んで1時間以上は店にいる。

夕方、本を読み疲れて目を上げると、枯葉の舞う歩道を学生ふうの若いカップルや老人が背を丸めて歩いていくのが見える。暗くなりはじめ、赤みがかった空に、ちょっとセンチメンタルな気分になる。

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こちらはスムーチとは反対方向のアトランティック・アベニュー。もう冬も近い。

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2007年11月24日 (土)

『ゴーン・ベイビー・ゴーン(Gone Baby Gone)』

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この映画を見ようと思ったきっかけは二つある。

ひとつには、原作のデニス・レヘイン『愛しき者はすべて去りゆく』を以前に読んだことがある。

私立探偵パトリックと恋人アンジーのカップルが主役のハードボイルドだけど、ボストンのダウンタウンを舞台に事件を追いかける2人の関係がけっこう危うくて、別れたり、また撚りを戻したりが時に事件そのものよりもはらはらさせ、そこが読みどころにもなっているシリーズだった。ついでに言えば、レへインはクリント・イーストウッドが監督した傑作『ミスティック・リバー』の原作者でもある。

映画を見ようと思ったもうひとつの理由は、俳優のベン・アフレックが初めて監督したこの映画、けっこう評判が良かったことがある。もっとも僕の情報は「ヴィレッジ・ヴォイス」と「タイム・アウト」、それに「web版ニューヨーク・タイムス」に限られている。「ヴィレッジ・ヴォイス」も「タイム・アウト」もけっこう好みがきついから、一般的な評判についてはよく分からない

俳優としてのベン・アフレックの印象は、正直のところほとんどない。と思ったらそのはず、調べてみたら『恋におちたシェイクスピア』も『パールハーバー』も、ベンが主演した映画は1本も見てなかった。僕の見るアメリカ映画も好みが偏ってるから、そういう映画には出てない、ってことだろう。

ハリウッドの俳優としてはあんまり個性を感じさせないベンが、初監督作品にマイナーでクセのあるハードボイルドを選んだってところが面白い。しかも自分ではなく、弟のケイシー・アフレックに主役の探偵をやらせている。ベンを有名にした『グッド・ウィル・ハンティング』ではマット・デイモンと共同で脚本も書いてるから、もともと俳優より脚本・監督の仕事に興味があったのかもしれない。

映画はハードボイルドの典型的スタイルである1人称、探偵の独白で始まる。今のハリウッド映画は導入部に派手なアクションや衝撃的なシーンを据えて客をつかむのが常套手段だけど、冒頭、ボストンの貧困地区の街並み(『ミスティック・リバー』と同じ地域)や風景描写から、静かに映画に入っていくのが監督の姿勢を感じさせる。一言でいえば、古風。

一人の少女が誘拐され、パトリックとアンジーが捜索を依頼される。少女の母親はジャンキーで、子供はほったらかしにされていたらしい。パトリックとアンジーが手がかりを求めてダウンタウンを質問して回り、そんな彼らの行動が新たな波紋を巻き起こして、少しずつ真相に肉薄していくあたりもハードボイルドの定石を踏んでいる。

僕の誤算は、ストーリーをよく覚えていなかったこと。セリフの英語がうまく聞き取れなくても、かつて読んだ本だから何とかなるだろうと思ってた。でもそれは大間違いで、ある時期、浴びるように読んだハードボイルド小説の筋なんて、10年近くたてばなんにも覚えてない。覚えているのは、印象的な一場面やセリフ、あるいは小説の空気だけ。

後半、プロットが複雑に2転、3転していくあたり、あれれ、こんなだったっけと思いつつ、ディテールは例によってよく分からないところが多かった。最後に真犯人(?)が分かったところで、ああ、そうだったな、と思い出す。

『ミスティック・リバー』と同じように、結末はやるせない。自分が探偵としてちゃんと仕事をしたことが、逆に少女を不幸にしてしまったのではないか。パトリックが少女を言葉もなく見つめるラストシーンが印象的だ。

地味な映画だけど、好感がもてる。でもベン・アフレックがそんなに人気があるとも思えないし、日本ではきっと公開されないんだろうな。

昔、ロードショー公開されずにいきなり新宿あたりの2番館、3番館にかかった映画を、期待せずに見にいったら意外な掘り出し物だった(『砂漠の流れ者』とか『800万の死にざま』とか)。そんなタイプの映画だね。

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2007年11月22日 (木)

テネメント博物館

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(2、3階が博物館として保存されている)

ニューヨークは17世紀にオランダ東インド会社がレナピー族の土地を騙すようにして手に入れ、次いでイギリスが支配権をえて植民を始めた。でも移民の歴史は意外に新しく、1840年代にアイルランドやドイツから最初の大量の移民がやってきた。

貧しい移民たちはロウアー・イーストサイドにかたまり、テネメントと呼ばれるレンガ造りの集合住宅に住んだ。そのテネメントを当時のまま保存しているのがロウアー・イーストサイド・テネメント博物館だ。

ひとつのテネメントは平均20戸ほどからなる。1戸には3部屋あり、窓があるのは1部屋だけ。あとの2部屋は暗く、狭い。1戸に平均11人(家族と間借人)が住んでいたという。当時、テネメントには照明、暖房、水道、風呂、トイレはなく、裏庭にトイレと水道があるだけだった。

ボランティア女性の説明を聞き、玄関ホールを入ると、まずその暗さと狭さに愕然とする。いや、今は小さな電球がついているから、当時はもっと暗かったのだ。体を傾けなければすれ違えないほどに狭い廊下と階段。5階に住んでいれば水を運ぶにもトイレに行くにも、この階段を何度も上下しなければならなかった。

当時のままに再現された部屋には家具らしい家具もなく、粗末なテーブルとベッドのほかには調理用ストーブがあるくらい。太陽光が入らず、換気もできない部屋にたくさんの家族が住んでいたから、結核が流行した。20世紀初頭のこの地域の乳児死亡率は40%だったという。

このテネメントは1935年に閉鎖され、1988年までそのままの状態で放置されていた。だからこそ、いま博物館として保存されているわけだけど、この周囲にも、19世紀の建物がそのまま改造されながら使われ、今も人が住んでいるテネメントがいくつもある。住民は中国系とカリブ海のヒスパニックが多い。もっとも最近ではそのテネメントも壊され、その跡にはたいていコンドミニアムが建設されている。

1990年代以降、この街のあちこちで進行している古い住宅の取り壊し(住民は立ち退きを余儀なくされる)とアッパーミドル向けコンドミニアムの建設による「高級化現象」を「ジェントリフィケーション」という。「ジェントリフィケーション」によって街は安全で清潔になったかもしれないけど、土地の記憶ともいうべきものが、この博物館のように意識して残さなければどんどん消えてゆく。

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2007年11月20日 (火)

ゴスペルを聴く

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日曜日の午後、ゴスペルの無料コンサートがあるというので、近くのブルックリン・タバナクル(礼拝堂)に出かけた。

ここは劇場のような礼拝堂で、ステージに説教壇と、その背後にゴスペル・コーラスが座る階段がしつらえられている。この教会の信者がつくるザ・ブルックリン・タバナクル・コーラスは全米でも有名な存在で、グラミー賞ゴスペル部門のベストアルバム賞を取ったこともある。

今日のコンサートの主役はバビー・メイスン(Babbie Mason)。彼女も何枚ものCDを出しているゴスペルの歌い手だ。

……と書いてくれば、普通のコンサートのように思うかもしれないけど、実はまったく次元のちがう宗教行事だったのだ。「音楽を聴きに」来たのはおそらく僕くらいのもので、礼拝堂を埋める数百人の人々は、バビー・メイスンやブルックリン・タバナクル・コーラスとともに「神を讃えるために」ここにやって来た。

まずアフリカ系牧師が説教壇に上って説教をはじめると、それが自然に神を讃える歌になり(素晴らしくうまい)、後ろのコーラスと客席の信者たちがコール・アンド・レスポンスで応え、またたくまに礼拝堂全体がひとつの宇宙になってしまった。

ステージ脇にはブロードウェーの劇場のようなオーケストラ・ボックスがあり、電子オルガン2台、エレキ・ベース、ドラムスにサックス・プレイヤーがいて、今ふうな伴奏をつけている。

土地柄アフリカ系が多い信者たちは、手を挙げ、体を左右に揺すり、牧師の言葉に叫ぶようにして答え、歌っている。

信者でない者としては彼らの邪魔にならないよう、といって彼らと同じに手を挙げるわけにもいかないから、できるだけ小さくなっているしかない(排他的な空気はまったくない。誰でも入れるし、写真もOK)。

登場したバビー・メイスンも、自分の体験から神を讃える語りを交えつつ、ゴスペルを歌った。彼女が登場して少しはコンサートらしくなり、ほっとしたのも事実。

僕も多くの日本人の例に漏れず宗教的人間でないから、この歳になるまで、こんなふうに宗教が集団として生きている場面に遭遇したことがなかった。その意味で、いろいろ考えさせられる日曜の午後だった。

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2007年11月19日 (月)

ブルックリンご近所探索・10

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ブルックリン美術館で興味深い絵に出会った。フランシス・ガイという画家の「ウィンター・シーン・イン・ブルックリン」(1819-20)。

200年近く前のブルックリンのダウン・タウンを描いたものだ。灰色の雲が画面の半分以上を占めている、寒そうな日。道路には雪が積もり、家々の煙突からは暖房の煙が出ている。

港に近いこのあたりは既に家が立ち並んでいる。画面の手前には薪と石炭が積んであり、人々がそれを運んでいる。男たちが話しこんでいる。女たちが買い物に出ている。坂道で転んでしまった男がいる。犬たちがたむろしている。

200年前とは思えない日常の風景。解説を読むと、この絵に描かれた通りの名前も、商店も、描かれている人物が誰かも、すべて特定されているらしい。寒い日にもかかわらず、画面全体から温かさが感じられるのは、画家と描かれた人々との間に親密な関係があったからだろう。

美術館の「アメリカン・アート」のパートでは、国際的にはほとんど無名の画家たちの作品によって(僕が知っていたのはホッパーとオキーフくらい)、新大陸植民から独立戦争、そして現代にいたる400年が展望されている。

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ブルックリン美術館の前まで来たことはあるけれど、入ったことはなかった。アパートから地下鉄で3駅ほど。歩いても30分はかからないだろう。

ここは普通の美術館と違って、西洋以外の民族アートのコレクションに特徴がある。アフリカ、南北アメリカのネイティブ・インディアンのアートが面白い。古代エジプトの美術も充実している。今回は駆け足で一回りしただけだったけど、これから時間をかけてゆっくり見ることにしよう。

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紀元前7世紀のエジプトの浮彫りレリーフ

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2007年11月18日 (日)

W・マルサリス&リンカーン・センター・オーケストラ

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ウィントン・マルサリスが芸術監督を務めるジャズ・アット・リンカーン・センターの秋のプログラムはビッグ・バンドとラテン・ジャズ。そのうちの「Best of The Big Bands」に出かけた。

2004年にオープンしたローズ・ホールに入るのは初めてだ。ステージの後ろにも客席があり、ステージを客席が楕円形に囲んでいる。2階、3階はテラス席になっていて、円柱がしつらえられ、ヨーロッパの歌劇場をモダンにした雰囲気と言ったらいいか。

夜8時。ウィントンを先頭に、17人のミュージシャンが入ってくる。プログラムを見てはじめて知ったけど、トランペットにウィントンだけでなくライアン・カイザーというもう一人のスターがいる豪華編成なんだね。

この日のプログラムは、大恐慌から第二次世界大戦にかけてのヒット曲集。この1930年代前後は、言うまでもなくデューク・エリントン、カウント・ベイシー、ベニー・グッドマンらビッグ・バンドの黄金時代だった。

僕の好みはビバップ以後のモダン・ジャズで、だからビッグ・バンドはエリントン以外あんまり聴かない。でもサックスにトロンボーンとトランペットが重なり、バンドがゆったりスイングしながら「ビギン・ザ・ビギン」のメロディーを紡ぎだしはじめると、一瞬にしてあの時代(自分で体験してるわけじゃない。映画やドキュメンタリーで見る「ジャズ・エイジ」)にタイム・スリップしてしまう。うーん、なんて切れのいい音なんだ。

といって、バンドは30年代のスイング・ジャズをノスタルジックに再現するわけじゃない。ソロパートに入ると、ホーンもピアノもそれぞれのプレイヤーが思いっきり現代ジャズのインプロビゼーションを繰り広げる。ドラムスもベースも複雑なリズムを刻む。全体として見事な、今の時代のスイング・ジャズになってる。

ゲストはアーネスティン・アンダーソン、フレディ・コールと、2人の歌い手。

アーネスティンは介護者に支えられて登場したけど、「センチメンタル・ジャーニー」を歌いはじめると、そんなことはまったく忘れさせる声量。若いころと変わらない歌いっぷりだね。

フレディの「ソリテュード」や「ザット・オールド・フィーリング」も、年季のはいった柔らかな声にバンドがやさしく寄り添って、う、う、涙が出そう。

最後にウィントンが、ディジー・ガレスピーの曲を超絶技巧と思いっきりの高速で吹ききる。スタンディング・オベーション。

僕は正直なところ、ウィントン・マルサリスがそんなに好きなわけじゃない。天才トランペッターとしてデビューした当時、コンサートにも行ったけど、うまい、すごい、とは思ったものの、その演奏に心を動かされなかった。それ以来、リンカーン・センターでの活動をテレビで見る程度で、本気になって聴いたことはない。

でもこのビッグ・バンドはいいね。ウィントンのプロデューサー、バンド・リーダー、編曲者としての才能がきらきら光ってる。

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ローズ・ホールのロビーから見たコロンバス・サークル。

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2007年11月17日 (土)

クイーンズに行く

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yuccaさんの案内で、はじめてクイーンズに足を踏み入れた。

クイーンズに入ると地下鉄7ラインは地上に出て高架を走る。窓から眺めた第一印象は、似たようなレンガ造りのアパートがどこまでも並んでいて、同じ住宅地でもブルックリンみたいな古い町ではなく、新開地だなという感じ。

もっとも、町というのは上からはあまりきれいに見えないし(上からの視線を計算してつくられてるわけじゃないから)、第一印象はおうおうにして間違える。

クイーンズは、地域によってそれぞれのエスニックがかたまって住んでいる。まずはサニーサイドへ。この一帯は80年ほど前につくられた赤レンガの2階家が並んでいて、国の歴史保存地区に指定されている。

サニーサイドにはアイリッシュが多い。どの家も裏に庭を持っていて、まるで郊外へ出たみたいに閑静な街。

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地下鉄で2駅ほど、ジャクソン・ハイツへ行くと、ここは対照的に色鮮やかでにぎやかなインド人街。インド映画がかかっている映画館もある。

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インド系スーパー。聞いたことのない名前の何十種類ものスパイスや、ルーが揃っている。

このあたり、インド以外にもバングラデシュや、メキシコ、ドミニカなどラテン系のコミュニティがあるようだ。

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2007年11月14日 (水)

ブルックリンご近所探索・9

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アパートから200メートルほどのところに、フォート・グリーン公園がある。フォート(砦)だから、もとは軍隊が駐留していたんだろう。全体が小高い丘になっていて、かつて栄えたブルックリンの港ににらみを利かす位置にある。

秋も深まり、紅葉した樹木、緑のままの樹木が入り混じって、散歩が快い。高校生がジョギングやサッカーをしていたり、お母さんが小さな子供を遊ばせていたり、皆、思い思いに短い秋を楽しんでいる。

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(公園入口前の交差点)

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2007年11月11日 (日)

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン(No Country For Old Men)』

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コーエン兄弟は色んなジャンルの、でもテイストはいつも彼らの映画以外でありえない強烈な作品をつくってるけど、『ファーゴ』や『ミラーズ・クロッシング』が好きなら、この作品はきっと気に入るだろうな。

僕も、どちらかといえば彼らのコメディ系作品より、こういう犯罪スリラー系作品のほうが好み。テキサスの荒野をシンプルな構図で切り取ったファースト・シーンから、すっかりはまってしまった。

ハンターのモス(ジョシュ・ブローリン)が狩りをしていて、麻薬取引のトラブルから双方が撃ち合い全員が死んでしまった現場に出くわす。そこには大量のヘロインと200万ドルが残されていた。

モスがその200万ドルを持ち逃げするところから、2重、3重の追跡劇が始まる。彼を追うのはマフィアの殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)と、田舎町の保安官ベル(トミー・リー・ジョーンズ)。映画の後半になると、もう一人のマフィアの代理人も登場する。

逃げるモス、彼を追う殺し屋と保安官。とりわけ殺し屋シガーとの追いかけっこ、銃撃戦がすさまじい。

いかつい顔とマッシュルームカットの髪が不釣り合いなシガー(ポスターで顔が大写しになっている)はモスを追いながら、出会った住民を、家畜を屠殺する圧搾空気銃で無表情に殺していく。銃撃戦で負った傷を手当する薬を手に入れるため、ドラッグストア前に駐車していた車を爆破してドラッグストアに侵入する。手に入れた薬と用具で、撃たれた脚の肉のなかから銃弾の破片をこともなげに取り出す。

映画の後半までほとんど言葉を発せず、人間的感情をまったく表わさないシガーの不気味さが、この映画全体を支配している。

追われるモスはベトナム帰還兵で、貧しいトレーラーハウスに住んでいる。戦場から帰って、社会にうまく適応できていないらしい。いかにもこの時代(設定は1980年)のアメリカ南部にいたろうなと思わせる存在。彼もまた狙撃のプロで、シガーと追いつ追われつの銃撃戦を繰り広げる。

モーテルの隣室同士で壁をはさんで向かい合ったモスとシガーが、沈黙のうちに互いの気配を察し、一瞬後に撃ち合いになる。その静けさと銃撃戦の緊迫感が圧倒的だ。『ミラーズ・クロッシング』でも森の静寂と、静寂を切り裂く1発の銃弾が印象的だったけど、静から動へ、動から静へ、その見事な映像とリズムはコーエン兄弟ならでは。

一方、保安官ベルは、行方不明になったモスの妻を探し当てて話を聞くくらいで、ほとんどなす術がない。ストーリー的には必ずしも重要な存在じゃないけど、新米の保安官助手とのかけあいが笑いを取り、さらにトミー・リー・ジョーンズの年老いて疲れた表情そのものが、この映画には必要だったんだろう(映画のタイトルも彼の存在から来ている)。

ところで。彼らの話すテキサス訛りのセリフが、なんとも聞き取れない。だから物語がアクションによって進行している間はいいんだけど、銃撃戦の末に死体がころがり、アクションが終わったそこから後の結末が、実はよく分からない。コーエン兄弟のことだから、並のハリウッド映画のようでないことは確か。

え、ここで終わるの? というところで映画が終わってしまった。日本語字幕でもう一度見なければ。ってところが我ながら悲しいね。

公開初日に見たけど、金曜の午後早い時間、映画館はほぼ満席だった。観客も、いかにも映画好きと分かる人種もいたけど、大多数はふつうのおじちゃん、おばちゃん。日本ではコーエン兄弟の映画は単館ロードショー系のマイナーな存在だけど、考えてみればこういう残酷なバイオレンスと笑いの結合は、奇妙なテイストではあるにしてもアメリカ人好みなのかもしれないな。

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2007年11月10日 (土)

R・キャパ「これが戦争だ!」展

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ICP(国際写真センター)で新しい展覧会が始まった。ロバート・キャパの「This Is War !」展を中心に、スペイン市民戦争の写真が特集されている。

キャパ展は、スペイン市民戦争(1936-39)のほかに、抗日戦争の中国(1938)とノルマンディー上陸作戦(1944)。「崩れ落ちる兵士」から「Dデイ」まで、キャパの名作がほとんど網羅されている。

写真集や新プリントの写真展で何度も見た作品も多いけど、縁が欠けたり折れたりしている当時のプリント(キャパが戦場から送ったフィルムを「LIFE」編集部などが焼いたんだろうから、オリジナル・プリントとは呼べないのかも)を目の当たりにすると、当時の空気に触れたような気がして、ちょっとした感慨がある。

それ以上に興味深いのは、「崩れ落ちる兵士」や「Dデイ」のベタ焼きに、キャパの手紙・メモ類、加えて作品が発表された雑誌・パンフレットが展示されていること。

キャパ展以外に、やはりスペイン市民戦争に参加して戦死した女性写真家ゲルダ・タロ(GERDA TARO)の写真や、人民戦線側の雑誌・パンフレット・ポスター類も展示されている。

それらも併せて、キャパの写真を独立した「作品」として鑑賞するのではなく、人民戦線の政治的武器として使われた写真という媒体の意味、またそれを可能にした雑誌編集や印刷技術の発達など、その時代のパースペクティブのなかに戻してみようとする展示になっていたと思う。

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2007年11月 8日 (木)

紅葉を見にいく

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Hさん夫妻に誘われ、遠出して紅葉を見に出かける。

ニューヨーク州北部にあるモホンク・マウンテン・ハウス。ニューヨークから北へ車で約2時間、ハドソン河西岸に広がる山地のなかにある古いリゾート・ホテルだ。ここは広大な敷地を持っていて、敷地内の山や谷が一面の紅葉になっている。

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逆光でうまく色が出てないのが残念。向こうの山もホテルの敷地。

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山頂の展望塔からの風景。

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ホテルは1869年に開業し、200室以上の部屋を持っている。泊ってみたい気もしたけど、冬は雪が積もると聞いて、ちょっと『シャイニング』を思い出してしまった。

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2007年11月 6日 (火)

ブルックリンご近所探索・8

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こちらへ来て、まだブルックリン橋を渡っていなかった。20年前に来たときは、この橋を渡るのがNY旅行の目的のひとつだった。

ウォーカー・エヴァンスが撮ったこの橋の写真が好きだったのと、ゲイ・タリーズのノンフィクション『ブリッジ』で、吊り橋をつくる男たちの話と都市開発の実相を読んだからだった(取り上げられていたのはブルックリン橋ではなく 、僕のアパートから見えるヴェラザノ・ナロウズ橋だったが)。

ブルックリン側の歩行者渡り口はアパートから歩いて10分ほどのところにあるけど、地下鉄でマンハッタンに行き、向こう側から渡ることにする。

午前中にニューヨーク・シティ・マラソンがあった日曜の午後、NY市役所そばから橋を歩きはじめる。マンハッタン側から渡る人より、ブルックリン側から渡ってくる人が多いのは、マンハッタンの住民が僕みたいに地下鉄で反対側に行って戻ってくるからだろう。ウォーク・ボードの左側は自転車用通路。

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吊り橋であるブルックリン橋の美しさは、石造の橋脚とともに、橋を支える何千本もの鋼鉄ケーブルがつくりだす造形にある。

『ブリッジ』を読むと、1950年代につくられたヴェラザノ・ナロウズ橋でもケーブルを渡すのは機械ではなく男たちの仕事で、水面から数十メートル上空での作業は時に死者も出る危険なものだった。橋梁専門の労働者がいて、彼らは橋の現場から現場へと、流れ者のようにアメリカ中を動いてまわった。

ブルックリン橋は1883年の建設で、こんな大規模な橋の建設は初めてのことだったから、いっそう大変な作業だったろう。

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橋の上は歩行者・自転車用、下は自動車用になっている。

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ガバナーズ島とブルックリン側の河岸。この上が高級住宅街のブルックリン・ハイツと、マンハッタンの摩天楼を望む公園になっている。

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ブルックリン側の橋のたもとにあるチョコレートの有名店ジャック・トレスでホット・チョコレートを。冷えた体を温めながら、いま渡ってきた橋をしばし眺める。

帰り道、寒さが増してきた交差点で信号待ちをしていたら、70代くらいの老婦人が背中のデイバックから帽子を取り出してかぶり、「あなたが帽子をかぶっているのを見て、あたしもかぶることにしましたよ」と話しかけてきた。見知らぬ他人にこんなふうに話しかける文化が、ブルックリンにはまだ残ってるんだね。

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2007年11月 5日 (月)

窓からの眺め

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(窓からの眺め。朝)

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(窓からの眺め。夕焼け)

この数日、急に気温が下がって、空気が澄んできた。風が冷たく、乾燥していて、肌にぴりっとくる。でも太陽が出ている日中は寒くはない。並木が色づいて、落葉が風に舞う。こういうのを「ニューヨークの秋」って言うんだね。

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2007年11月 4日 (日)

『その土曜日、7時58分(Before The Devil Knows You're Dead)』

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『ヴィレッジ・ヴォイス』の映画欄をながめていて、懐かしい名前にぶつかった。

シドニー・ルメット。今年83歳になるアメリカの映画監督。1957年のデヴュー作『12人の怒れる男』は社会派映画の古典だし、僕らの世代にはアル・パチーノの『セルピコ』や『狼たちの午後』、フェイ・ダナウェーの『ネットワーク』といった70年代の映画が記憶に残る。

このところあまり彼の名前を聞かなかったけれど、新作『ビフォア・ザ・デビル・ノウズ・ユア・デッド(邦題:その土曜日、7時58分)』が公開されている。主演はフィリップ・シーモア・ホフマン、イーサン・ホーク、アルバート・フィニーと個性派揃い。

これは見に行かなければと、ヴィレッジのアンジェリカ・フィルム・センターに出かけた。こういう単館ロードショー系の映画は、たいていアンジェリカか、リンカーン・センター近くのリンカーン・プラザにかかる。両館ともシニア料金は62歳以上、学割はなく、どちらも使えないのが残念だけど、ここでしかやってないんだから仕方ない。もっともアダルト料金11ドルは、日本で見ることを考えれば安いものだ。

映画を見終わって、うーん、唸りましたね。『ヴィレッジ・ヴォイス』も『タイム・アウト』誌も「シドニー・ルメットの復活」といった評を載せてるけど、それもうなずける出来。意味深なタイトルのこの新作は緊迫した犯罪映画であり、同時に家族劇でもある(両誌ともギリシャ悲劇を引き合いに出している)。

シーモア・ホフマンとイーサン・ホークの兄弟が金に困って両親(父はアルバート・フィニー)の宝石店強盗を思いつく。ホフマンは、やり手のビジネスマンだけど実はヤク中、妻のメリサ・トメイは弟のホークと不倫している。

誰も傷つけないはずの強盗が、計算が狂って母親を殺してしまい、そこからすべてが暗転して、悲劇が悲劇を生んでゆく。ふとした偶然から地獄に向かってまっしぐらにころがってゆくのは、『狼たちの午後』と同じ。だからこの2本の映画、30年をへだてて対になっていると考えていいのかも。

例によってセリフがよく分からない(のにストーリーはよく分かる)ので、中身とは別のところで感想を。

僕が現に住んでいることもあるけど、舞台になるニューヨークの風景がなんとも生々しい。

つい先日も歩いた47丁目の雑踏。つい先日まであったコントラストの強い夏の日差しが照りつける街路。ホフマンが住む、ニューリッチのコンドミニアム。離婚したホークが住む、みすぼらしいアパート。両親が住む郊外の一軒家。どれも僕が毎日見ている風景で、そのすぐ隣で物語が進行しているみたいだ。

そういえばルメットの映画は、『質屋』『セルピコ』『狼たちの午後』とニューヨークを舞台にしたものが多い。ニューヨーク出身で、ハリウッドに移らずニューヨークを拠点に映画をつくってきたルメットは、だから、ジョン・カサヴェテス、マーチン・スコセッシ、スパイク・リーといったニューヨークにこだわりつづける「ニューヨーク派」の先輩格でもあるわけだ。

もうひとつ、この映画が緊迫したスリラーになったのは、時制と語り手を複雑に入り組ませたスタイルがうまくいったからでもある。

映画は、犯罪の4日前から当日、そして犯罪後といった時間を行きつ戻りつしながら進む。同じショットが、繰り返しストップモーションで提示される。ストップモーションの前と後では、語り手が変わる。

例えば、それまでシーモア・ホフマンの視線で語られていたのが、ストップモーションの後ではイーサン・ホークの視線になる、といった具合。この2人のほか、アルバート・フィニーとメリサ・トメイの主に4人の視線で語られることで、同じショットが意味するものがぐっと陰影深くなる。ストップモーションも古典的なものでなく、デジタル処理され、デジタル的な音が伴っているので、スピード感がぐんと増す。

とても83歳の監督の映画とは思えない。

フィリップ・シーモア・ホフマンが外見はリッチだが腐りきった兄役を、イーサン・ホークが打ちひしがれ、兄に引きずられる弟役を、アルバート・フィニーが衝撃的なラストシーンを演ずる父親役を熱演している。

兄弟関係だけでなく、兄の妻と弟の不倫や父子関係が濃密に描かれていることが、この映画をギリシャ悲劇に近くしているんだろう。もっとも監督自身は、「メロドラマにしたかったんだよ」と、『タイム・アウト』のインタビューに飄々と答えてるが。

日本では公開されるんだろうか。シャンテかガーデン・シネマあたりでやってほしいな。

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2007年11月 3日 (土)

美術館・博物館巡り

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かみさんと友人のMさんが遊びに来たので、3人で美術館・博物館巡り。これはグッゲンハイム美術館の天井。ユニークな外観は工事中のため見られず。

特別企画のリチャード・プリンス回顧展が、アメリカ消費社会のアイコンを使いながら苦い笑いを誘って面白かった。

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アメリカ自然史博物館のイカ。なんでこんな写真を撮ったかといえば、去年、『イカとクジラ』という地味ながら心にしみる映画があって、ラストシーンがこの自然史博物館だったから、というだけの話。

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クジラを見上げるフロアにはなぜか入れなかったので、上の階の隙間から。『イカとクジラ』の、離婚した両親との関係に疲れた少年になったような気分で。

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MoMA。企画展でスーラのドローイングをやっていた。おぼろなモノクロ写真のように黒と白の人物や風景が浮かび上がる彼のドローイングは、有名な点描の油絵より素敵だ。

写真セクションの企画展「NEW PHOTOGRAPHY 2007」ではTanyth Berkeleyの、毒と美しさが同居しているポートレートに惹かれた。

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5階のカフェ・テラス・ファイブ。さすがにMoMAはどこを切り取っても絵になる。

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2007年11月 1日 (木)

ハロウィーンのパレード

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ハロウィーンの夜、グリニッチ・ヴィレッジで催された恒例のハロウィーン・パレードに出かけた。

夜7時半、6番街は定番の妖怪だけでなく、思いっきり奇抜な扮装をした人、それを見物する人たちでごったがえしている。

ハロウィーンはもともと、ケルト民族に伝えられた収穫と死者の蘇りを祝う行事がキリスト教に取り入れられたもの。死者の国の妖怪がこの世に現れるので、自らも死者に扮して彼らから身を守るのだという。あるいは、仮面をかぶることによって、妖怪と目を合わせないことで身の安全を守るのだともいう。

アイルランド移民によってアメリカに伝えられ、今のようなにぎやかなお祭りになったのは意外に新しく、1950年代らしい。

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