« 1カ月の生活費 | トップページ | コニー・アイランドへ »

2007年10月 7日 (日)

『色/戒(LUST, CAUTION)』

Photo_2

今年のヴェネツィア映画祭で金獅子賞(グランプリ)を受賞した『色/戒(ラスト、コーション)』は、賛否が大きく分かれている映画だ。グランプリが発表されたときも、審査委員長がアン・リー監督と同じ中国系のチャン・イーモウだったこともあってか、ブーイングが起こったという(ブーイングはなかった、と書いている業界人ブログもある)。

実際どうだったかは分からないけど、アン・リーは一昨年も『ブロークバック・マウンテン』でヴェネツィアのグランプリを取っているし、去年のグランプリも中国映画『長江哀歌』だった。もしあったとしたら、そのことも関係していたかもしれない。

アメリカでの評判は、僕の読んだ限りあまりよくない。

「ヴィレッジ・ヴォイス」は「セックス描写の過激なスリラーだが、セクシーでもスリリングでもない」と辛辣だし、「タイム・アウト」誌も「熱くヘビーなラブ・ストーリーなのに、うそ寒い」と結論づけている。「ニューヨーク・タイムス」も、作品の正面からの評価は避け、主役に抜擢された女優タン・ウェイについて書いていたと記憶する。

で、僕の感想はといえば、とにかく長い。長すぎる。2時間37分を退屈はしなかったけど、映画的興奮に乏しく、『ブロークバック・マウンテン』の静謐な緊張感が鮮烈だっただけに残念。2時間程度まで短くすれば、ずいぶん印象が変わるはずだけど。

見ていて、似たような内容を持つ『ブラック・ブック』(ポール・バーホーベン監督)を思い出しましたね。どちらも、敵のもとに送りこまれた女スパイが、敵を愛してしまうお話は共通している。

『ブラック・ブック』は、手練れのハリウッド職人が、戦争の時代を生きぬいた女スパイの一生を快調なリズムでエンタテインメント性たっぷりの作品に仕上げていたのに対し、『ラスト、コーション』は作家的なディテール描写にこだわったためか、ストーリー展開は単調だし、トニー・レオンとタン・ウェイの愛もいまひとつ説得力に欠けるように思えた。

原作は、張愛玲(チャン・アイリン)の事実に取材した短編小説。

時代は日本占領下、1940年代の上海。レジスタンスに参加した学生演劇グループの一員タン・ウェイが、秘密警察の長であるトニー・レオンを暗殺するために、実業家の妻を装ってトニーの一家に入り込む。タン・ウェイら学生グループは過去にも香港で、日本に協力する実業家だったトニー・レオン暗殺を狙って失敗したことがある。

香港と上海の上流家庭。戦争などどこふく風、優雅なチャイナ・ドレスに身を包んで麻雀に明け暮れる夫人たち。そこに入り込んだタン・ウェイが、トニー・レオンと香港以来の再会を果たす。タン・ウェイはトニー・レオンの愛人となって、暗殺の機会を待つ……。

ざっとこんなストーリーなんだけど、いちばん肝心なトニー・レオンとタン・ウェイの愛と葛藤が、見る者の心に食い込んでこないんだなあ。

再会した2人。トニー・レオンは、密室で誘いをかけるタンウェイを突きとばし、ほとんどレイプのようにして関係を持ちはじめる。そこからタン・ウェイが、敵であるトニー・レオンにどんなふうに惹かれてゆくのか。どんな反発と、どんなためらいがあったのか。

その描写がこの映画の要なんだけど、そして随所に美しいショットが差しはさまれるんだけど、トニーに傾いてゆくタン・ウェイの心に、『ブロークバック・マウンテン』のときのようには入りこむことができなかった。激しいセックス・シーンもそこだけが浮き上がって、2人の心の揺れが過激な描写とどう関係してくるのか、いまひとつ判然としない。

タン・ウェイには学生グループの元恋人がいるんだけど、この3人の関係にも映画は深入りしない。元恋人からトニー・レオンへと、タン・ウェイはさしたる葛藤もなく心を移していったように見える。

もっとも、映画に入り込めなかったことに一つだけ留保をつけておけば、この映画、全編が中国語で、そこに英語の字幕が入っている。僕の語学力では、ひとつの字幕を読みきれないうちに次の字幕に移ってしまうことがよくあったから、そのせいもあるかも。

とはいえ、もちろん見どころはたくさんある。

ひとつは、ロケとセットとSFXが融合して、1940年代の香港と上海が見事に再現されていること。アン・リー監督はこの映画のために巨大なセットを組んだらしい。SFXもほとんどそれと分からず、技術が成熟したってことかな。

そしてロドリゴ・プリエトの、ため息の出るような美しい撮影。このメキシコ人カメラマンが撮るショットの数々は、初めて見た『アモーレス・ペロス』から『バベル』まで、いつも艶っぽくて素敵だ。彼の画面を見ているだけで僕は満足した。

トニー・レオンのダブルのスーツ、タン・ウェイの何着ものチャイナ・ドレスと、当時のファッションも女性にはよだれが出るだろう。

そしてもうひとつ、セックス・シーン。タン・ウェイとトニー・レオンの絡みはかなりな描写で、トニー・レオンの女性ファンは茫然としてしまうかもしれない。

|

« 1カ月の生活費 | トップページ | コニー・アイランドへ »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

TBコメント有難うございました。
以前ちょっと覗かせて頂いた際に、写真と記事を読ませて頂いて、勝手にアメリカは観光でお出かけと思い込んでおりました!
お住まいとは!!
これからは雄さんのNYライフも楽しみに読ませて頂きたいと思います。
『ラスト、コーション』はそうですか! 
私もあらすじを読んだ時に『ブラック・ブック』が頭をよぎりまして・・。それにしては予告編を見る限りのタン・ウェイのお顔があまりに幼く、聞けば新人との事なので、揺れる女心の微妙な表情を上手く表現出来るのか?一抹の不安を持っていましたが・・。感想を読ませて頂く限り、益々不安が。。
まあでも百聞は一見にしかず、来春に自分の目で確かめてからまたこちらにお邪魔致しますね。
その前に、こちらでは東京国際映画祭で『シルク』を鑑賞予定です。 「SAYURI」のような日本になってないと良いのですが。

投稿: マダムS | 2007年10月 9日 (火) 17時41分

そうですね。新人のタン・ウェイでは表情の微妙な変化で感情を表すことがむずかしく、ちょっと荷が重かったかもしれません。

でも映画の受け取り方は百人百様ですから、僕も自分の感じ方に自信があるわけではありません(語学力のこともあるし)。いずれ、ご覧になったときのエントリを楽しみにしています。

投稿: | 2007年10月10日 (水) 07時33分

「ブロークバック・マウンテン」のsexシーンもかなりなものでしたっけ。男同士、「あらあらあらー」という感じだったけど、やっぱ「おおっ」という風なのかな。この監督は、別に同性愛者ではないんですよね?

投稿: aya | 2007年10月12日 (金) 16時03分

アン・リー監督自身は別にゲイではないと思うけど(情報を持ってない)。この映画、監督のなかでは『ブロークバック』とつながっているんだろうと感じます。2本とも、愛とセックスについての映画ですね。

投稿: | 2007年10月13日 (土) 08時03分

TB&コメントありがとうございました。
アメリカでは去年のうちに公開されていたのですね。
三大映画賞にからんだ作品は、アメリカでは早く公開されることに
なっているのでしょうか。

ともあれ、この作品は肝心なところで演出に遠慮したような
印象を受けました。体はOKで心はNGという展開になれば、
当時の日本と中国との関係とシンクロしたと思います。
もしキム・ギドクが手がけたならば、もっと面白い作品に
なったかもしれませんね。

投稿: 丞相 | 2008年2月12日 (火) 00時09分

3大映画祭がらみ、どうなんでしょう? そういえば「エグザイルド」も去年の秋に公開されました。「4Months, 3Weeks and 2Days」も公開中だし、ミニシアターが少ない割には早いかもしれませんね。

身体はOKで、心はNG。なるほど当時の日中関係の比喩としてメッセージ性を持ちますね。キム・ギドクだったら、そこからどんどん『悪い男』逆バージョンふうになったりして。

投稿: | 2008年2月12日 (火) 10時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『色/戒(LUST, CAUTION)』:

» 『ラスト、コーション』〜めちゃSトニー〜 [Swing des Spoutniks]
『ラスト、コーション』公式サイト 監督:アン・リー出演:トニー・レオン タン・ウェイ ワン・リーホン ジョアン・チェンほか 【あらすじ】(goo映画より)日本軍占領下の1942年の上海。傀儡政府のスパイのトップであるイーは、かつて香港で出会った女性ワンと再会する...... [続きを読む]

受信: 2008年2月11日 (月) 00時56分

» 『ラスト、コーション 色|戒』 [Rabiovsky計画]
ラスト、コーション 色|戒公式サイト WISEPOLICY | ラスト、コーション 監督: アン・リー 原作:チャン・アイリン 出演:トニー・レオン 、タン・ウェイ 、ワン・リーホン 、ジョアン・チェン 2007年/アメリカ・中国・台湾・香港/158分 おはなし Yaho...... [続きを読む]

受信: 2008年2月11日 (月) 23時51分

» ラスト、コーション [シャーロットの涙]
ヴェネチア映画祭グランプリ受賞作品 [続きを読む]

受信: 2008年2月16日 (土) 15時13分

» 『ラスト、コーション』 [ラムの大通り]
(原題:戒|色 Lust Caution) ----これは知ってるよ。 アン・リー監督の映画。 性描写がスゴいんだよね。 「うん。 でもけっこうボカしがはいってたからなあ。 これ、映画館で観たわけだけど 試写だったらどうだったんだろう」 -----でも、それだけだったら いわゆるポルノと変わらないよね。 話題になるにはそれだけの理由があるんでしょ。 ヴェネツィアで金獅子賞に輝いたくらいだし。 「うん。じゃあ、まずお話を。 戦時中の日本占領下において 日本に協力し、抗日運動家を次々と死に至らしめてい... [続きを読む]

受信: 2008年3月 4日 (火) 10時13分

« 1カ月の生活費 | トップページ | コニー・アイランドへ »