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2007年10月

2007年10月31日 (水)

カード・キーの顛末

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(歩道で見かけた工事中の看板。日常のデザイン感覚とささやかなユーモアが素敵だ)

僕が住んでいるアパートは100世帯ほどが入っている16階建ての建物で、正面玄関はフォト・スワイプ・カードというカード・キーで開ける。カードの持主の写真が入ったカードを、玄関のカード受けに挟んでスライドさせると、そばにある小さな赤ランプが緑に変わってドアを開けることができる。

かみさんが遊びに来て10日ほど滞在したので、彼女のフォト・スワイプ・カードをつくってもらいにアパートのオフィスに出かけた。これが難物でしたね。

かみさんが来たのが土曜だったので、オフィスに行ったのが月曜日。これまでの経験から、用事が一度ですめばかなりの幸運に恵まれたことになると分っている。話をすると、すぐにつくってくれそうだったので、これはうまくいきそうだ、と思ったのがそもそもの間違い。

ソニーのデジタル・カメラで写真を撮り、それをセキュリティ・システムにつないでカードをつくるんだけど、どうもうまく動かないらしい。アフリカ系の女性が何度か試したあげく首を振って、明日また来てくれと言う。

翌日の火曜日。オフィスに行くと、かみさんの写真だけでなく、僕の写真も新しく撮るという。僕はカードを持ってると言ったけど、なぜかよく分からないが新しくつくりなおすんだという。

僕が持っているカード・キーには緑色のバーコードがついていた。でも、できあがった新しいカードには2枚とも赤いバーコードがついている。新しいキーと古いキーを交換したとき、なんだかいや~な予感がした。

そのまま外出し、夜遅くに帰ってキーを開けようとしたら、悪い予感てなぜ当たるんだろう、何度やってもドアが開かない! 僕のだけじゃなく、かみさんのカードで何度試してもだめ。幸い顔見知りのドアマンが内側から開けてくれたけど、彼が休憩にでも行っていたら、しばらく締め出されるところだった。

水曜日。今日も出かける予定があるので、玄関のキーがないと困る。オフィスに行ってドアが開かないと説明すると、昨日の女性がカードを受け取り、しばらくシステムをいじった後で一言。「なんで開かないのか、私には分らない」。

結局、後で部屋に届けるからということで、部屋で待つことになった。2時間ほどして、セキュリティの男性がキーを届けてくれた。今度こそ大丈夫だろうと思って、出がけに試してみると、僕のは開くけど、かみさんのがまたしても開かない! 

オフィスのセキュリティ・システムには、玄関と同じようなカードをスライドさせる装置がついていた。不良品をつくりなおした後で、動くかどうか確認もしてないんだろうか? そのあたりの感覚がよく分からない。

木曜日はオフィスが開いている時間に行くことができず、結局、かみさんのカード・キーが出来上がったのは金曜日、日本に帰る3日前だった。

かみさんは「この国はどうなっているの?」とあきれていたが、こんなことでいらいらしても始まらない。それに、僕がこの国で普通のアパート暮らしをしてみようと思ったのは、口はばったい言い方になるけど、そういう小さなトラブルも含めてすべてを楽しんでみようと思ったからでもある。

8月にアパートに入居したとき、2、3日でつながると言われたインターネットが10日もかかって友人にこぼしたら、10日かかっても一度でつながったんだからいいと思わなきゃ、と言われた。その意味がよく分かる。

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2007年10月30日 (火)

オープン・マイク

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友人のMさんがNYに遊びに来た。Mさんはクラシックの歌手で、日本歌曲を得意にしている。公演旅行でたびたび外国へ行っているが、公演以外に、たいてい飛び込みでどこかで歌を披露する。

今回は純然たる遊びだけど、彼女の希望で行きつけのカフェ、ティリーズのオープン・マイクという催しに参加した。NYに着いたその日に歌いたいというんだから、そのエネルギーにはいつも感心。もっとも彼女に言わせると、歌わないと体調が悪くなるらしい。

ティリーズのオープン・マイクは月に2度、その場で登録すれば誰でも音楽を演奏したり、詩を朗読することができる。

夜9時。カフェのいちばん奥にマイクと簡単なアンプがセットされている。40代ほどの長髪の男性が、パフォーマーを簡単に紹介する。今日の登録は8人で、1人が使える時間は約10分。音楽なら2~3曲といったところ。

ギター(エレキ、アコースティック)の弾き語りが多い。詩の朗読が2人。アフリカ系の高校生くらいの女の子のヒップホップ。自作の装置で、ラジオの音声をミックスしたノイズみたいな音を聞かせ、ひとこともしゃべらず、1度も観客に顔を向けなかった若い男の子もいた。

Mさんは「涙そうそう」「アメージング・グレース」など3曲をアカペラで歌う。アマチュアのなかに1人プロが混じったかっこうで、さすがに人を惹きつける力が違う。大きな拍手。

最後に司会役と思っていた長髪の男性がおもむろにギターを取りだし、60年代ふうの懐かしのカントリー・ロックを歌いだしたのには、にやりとしてしまった。

アメリカには脈々とストリート・ミュージックの伝統があるけど、今日のオープン・マイクみたいな場からビートニクやボブ・ディランも出てきたんだろう。その一端に触れた気がした。

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2007年10月28日 (日)

冷房こわい

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(JFK空港近くのハワード・ビーチ駅から)

急に寒くなった。雨模様、最高気温15度。

友人が来るのでJFK空港まで迎えに行ったけど、空港内を移動するエア・トレインはまだ冷房が入っている。いつまで冷房を効かせるのかと思っていた地下鉄も、さすがに今日は切っていたのに。

半袖シャツ1枚で乗っている白人男性は寒くないんだろうか。こっちは厚手のレザージャケットにマフラーと、もう冬支度なんだけど。

10月も下旬になって、まだ冷房の入っている地下鉄やレストランがある。こちらの人の皮膚感覚はどうなっているのかと思う。

2カ月間に2度、軽い風邪を引いた。2度とも、冷房のぎんぎんに効いたレストランで食事をした後だった。ジャケットを用意していったにもかかわらず。だから、こちらで生活していて何がいちばん怖いかと聞かれれば、ホールド・アップではなく冷房がいちばんこわい。

体格の差は、無論あるよね。二の腕が僕の3倍ありそうな男性(女性もたまにいる)の脂肪は、こちらよりシャツ2枚分くらい余分に着ている勘定になるんじゃないか。

それと、アメリカ人は高温だけじゃなく、湿度が高いのをとても嫌う。テレビの天気予報を見ていても、humid(蒸し蒸しする)って言葉が頻繁に出てくる。

僕の感覚では、ニューヨークは日本に比べてかなり乾燥している。夏はひんぱんに水分を補給しないと熱射病になりそうだし、今の季節でも、夜に喉が乾いて目が覚める。でも、アメリカ人に言わせると、ニューヨーク(東海岸)は湿度が高くていやなんだそうだ。

だから地下鉄やレストランでいつまでも冷房が入っているのは、温度だけじゃなく湿度にも関係ありそうだ。

ともあれ、風邪を引きそうになった経験から、冷房が入っていることを想定して暖かめの服を着て、暑かったら脱ぐことにしている。

それにしても、来週は11月。いつまで冷房が入っているのか。

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2007年10月25日 (木)

ブルックリンご近所探索・7

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アパートから歩いて15分、高級住宅地のブルックリン・ハイツを抜けるとイースト・リバー沿いの公園に出る。夕方から空が暗くなる時間にかけて、ここから見る対岸のマンハッタンの風景は何度見ても息を飲む。右がブルックリン橋、左はウォール街の摩天楼。人々はベンチに座って語らったり、ジョギングしたり、犬を散歩させたり。

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2007年10月23日 (火)

ブルックリンのポーランド人街

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yuccaさんに案内していただいて、ブルックリンの最北端、マンハッタン・アヴェニュー沿いに広がるポーランド人街を訪れた(後記:yuccaさんのご指摘で誤りを直しました)。

チャイナ・タウンの中国語やリトル・オデッサのロシア語みたいにポーランド語の看板が氾濫しているわけではないが、ポーランド料理のレストランやポーランドのハム・ソーセージ店、パン屋などが軒をつらねている。

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ポーランド料理のレストラン「ロムツィニアンカ」で昼食。上はボルシチ・スープと、つけあわせのザワークラウト、ニンジン、赤キャベツ、ビート。どれも甘酸っぱい味が共通していて、胃にやさしい。

下はポーランド・プレート。上から時計回りにピエロギ、肉の煮込み、ポテトサラダ、ソーセージ、ロールキャベツ。

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肉屋。ポーランドの何十種類ものハム・ソーセージがつるされている。

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2007年10月20日 (土)

チャイナタウンでラーメン餃子

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ラーメンというのは本場中国にはない食べ物で、和製中華料理と言っていいかもしれない。特に、この10年ほどでスープの取り方やら何やらさまざまに進化(?)したラーメンは、もはや中華ではなく独立したジャンルの食物だろう。そんな日本のラーメンの元になったのは蘭州拉麺だという説がある。

チャイナタウンに、その蘭州拉麺の店が数軒並んでいる一角がある。今日はチャイナタウンで夕食を取ることにしたので、日本でよく食べたラーメン餃子と行くことにする。

あいにく蘭州拉麺の店の表に掲げられたメニューには餃子がない。ところが同じ通りに、以前にyuccaさんに教わった餃子の店がある。で、ハシゴをすることにして、まずは餃子の興旺鍋貼へ。

テイクアウトの客と、5~6人でいっぱいになるカウンターで食べる客が半々くらい。学校帰りの中国系女学生がカウンターで餃子を頬張っているのがかわいい。

焼き餃子5個で1ドル。皮が薄くて、日本の餃子を思い出す。具は肉が中心。1ドルとはいえ、これがけっこういける。食感も味も、今まで食べたなかで日本の餃子にいちばん近いかも。

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餃子にかなり満足して、大通りのカナル・ストリートを渡り20メートルほど先の蘭州拉麺へ。

メニューには豚、牛、羊、骨つき、骨なしなど、肉の種類がいろいろある。期待した叉焼がなかったので、豚肉の拉麺(4ドル)を頼む。

やってきた拉麺、ご覧のように豚肉とほうれん草が載っている。スープは何で取っているのか分からないけど、確かに醤油味に近い。麺は太く、腰はない。スープ麺としての味は、よく行く利口福なんかのほうがずっと上。結論を言えば、日本のラーメンとは似て非なるものでしたね。

ともかくもラーメン餃子という言葉を実現して、舌よりも頭で満足。

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2007年10月19日 (金)

ブルックリンご近所探索・6

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今日は、アパートから西方向、まだ行ったことがないアトランティック・アヴェニューとコート・ストリートあたりを歩く。有名な高級住宅街であるブルックリン・ハイツ方面へ行くとき、途中で西方向を見ると、けっこうにぎやかな街並みが続いている。それが気になっていた。

アトランティック・アヴェニューを歩いていると額縁屋があり、19世紀のブルックリンの鳥瞰図が額装されている。近くに寄って見ると、いま歩いているこのあたりは繁華な町並みで、近くのイースト・リバー川岸には何艘もの船が停泊している。少し奥に入った僕のアパートがあるあたりは、まだ森のまま開発されていない。

そうか。海運が物流の主役だった時代には、イースト・リバーの河口に当たるこのあたりが港町として栄えていたんだ。そういえば、さっきのぞいた中東系食料品を扱うスーパーは「Importing Co.」と看板が出ていた。かつての港町の名残りかもしれない。

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アトランティック・アヴェニューからコート・ストリートに入ると、かつてはもっとにぎやかだったんだろうと思わせる低層の商店街がつづいている。大きな教会もある。一歩奥へ入れば、古い住宅が並ぶ閑静な町並み。

カフェでひと休みする。午後6時、窓の外では、そろそろ暗くなってきた街を勤め帰りの人が急ぎ、老人が犬を連れて散歩し、母親が子供と遊んでいる。

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2007年10月17日 (水)

ご近所の中華料理

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自炊が面倒になったとき、たいてい近所の大衆的な中華料理店「利苑」に行く。

自炊していると、どうしてもあっさり和食系の料理が多くなる(つくるのも簡単だし)。玄米ご飯に味噌汁も、夕食を家で食べると朝晩2食になり、あまりつづけていると飽きがくる。そうすると、10日に1度くらい無性に脂っこいものが食べたくなって、この店に来る。

「利苑」は中国人経営の店で、店構えも味も、日本のどこにでもある来々軒とか何とかいうラーメン屋に近い(もっともスープ麺がメニューにないのが、この店の最大の難点)。ちょっとしつこいけど、脂っこいものがほしくなったとき行くんだから、ちょうどいい。

十数卓あるテーブルがいっぱいになることはなく、さほど繁盛しているとも思えない。商売っ気がないというか、夜は7時になると入口の鍵をかけてしまう。近所に住む中国系やアフリカ系の住人が主な客。

頼むことが多いメニューは、

野菜炒めライス         5.35ドル

五目チャーハン         5.75ドル

叉焼やきそば(写真)   5.95ドル

海老とブロッコリー炒め 7.50ドル

など。いちばん高いメニューが「蟹と海老炒め」の8.50ドルだから、タカが知れている。安くて、アメリカのことだからご覧のように量も多い。餃子や麻婆豆腐もあるけど、まだ試してない。高級な中華料理より、こういうところの味が性に合うのは育ちのせいかな。

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2007年10月16日 (火)

ブルックリンご近所探索・5

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日曜日は朝から掃除と洗濯。昼過ぎにようやく終え、温かいそうめんを食べて散歩に出る。アパートそばのフォート・グリーンリイ公園。太陽が出ていると温かいけど、朝晩は寒いくらいで、木々もようやく色づきはじめた。

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行きつけになったカフェ、ティリーズ。パソコン(マックが多い)を持ち込んでいる人や、五線譜におたまじゃくしを書いている人、本を読んでいる人、勉強している学生と、日本と変わらない風景。ポール・オースター編『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を読む。

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フォート・グリーンリイ公園から見た風景。右奥はアパート向かいのロング・アイランド大学学生寮、左は近くの病院の煙突。

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2007年10月15日 (月)

ホイットニー美術館

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(カラ・ウォーカーの切り絵。パンフレットから)

こちらへ来て、美術館にあまり行ってない。クロイスターズ美術館と、昨日行ったフリック・コレクションくらい。映画やジャズ・ライブはそのとき限りだけど、美術館にはいつでも行けるという安心感があって、つい後回しになってしまう。

これはいかんというわけで、土曜日、予定がなかったのでホイットニー美術館へ。メトロポリタン、MoMA、グッゲンハイムという大どころは昔見たことがあるので、どうしても初めてのところに足が向く。

ここはやはり、エドワード・ホッパーとオキーフ。

ホッパーは「陽光のなかの女」「青い夜」の2点、オキーフは白い花の花弁をアップに描いた1点が常設展に展示されていた。

ホッパーを間近に見て気がついたことがひとつ。彼が描く人の顔は、目がたいてい黒く塗りつぶされている。それが、ホッパーの人物がどこかうつろで、孤独な雰囲気を漂わせているのと関係あるかもしれないな。こんなこと、ホッパー好きの間では常識かもしれないけど。

企画展はカラ・ウォーターというアフリカ系アーチストの「My Complement, My Enemy, My Oppressor, My Love」。切り絵や、切り絵を使った幻燈、パノラマ、昔の印刷物のコラージュ、昔売られていたスタイルを模したリトグラフといった多彩な手法で、奴隷時代のアフリカ系アメリカ人の歴史を物語っている。

もうひとつ、写真家ダニー・ライアンの作品が見られたのが嬉しい。1970年代前半、僕が写真雑誌の駆け出し編集者だったころに、「コンテンポラリー・フォトグラファーズ」として登場した一群の写真家のひとり。当時は印刷物でしか見られなかったのを、初めてプリントで見た。

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地下のレストラン「サラベス」でオムレツのランチ。

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2007年10月13日 (土)

フリック・コレクション

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単行本の編集者をしていた8年前、ある本に掲載するために、フリック・コレクションからフェルメール「女主人と召使」の写真を借りたことがある。できあがった本を送ったら型通りではない丁寧な礼状が返ってきて、このプライベート美術館に好感を持った。

こちらへ来たからには本物に対面しなきゃということで、セントラル・パークに面したフリック・コレクションへ。なにしろここは、フェルメールを3点も所蔵している。

学割5ドルで入れるのが嬉しい(大人15ドル)。

受付を入ってすぐ右に折れたら、階段下の暗い通路にさりげなくかかっている小さな絵が2点。うわっ、フェルメールではないか(「兵士と笑う娘」「中断されたレッスン」)。こんなところにフェルメールがと、まだ心の準備ができていなかったのでびっくり。

代表作のひとつである「女主人と召使」は、さすがに奥の広い部屋に展示されている。

ターナーの風景画を、これだけまとめて見たのも初めてだった。

フリック・コレクションは、ピッツバーグの鋼鉄王だったヘンリー・フリックの個人コレクション。富豪が金にまかせて集めたというより(もちろん莫大な財産を持ってたけど)、絵画の趣味が優美な好みで一貫しているのが、このコレクションの価値を高めているんだろう。

もともとフリックの邸宅であるこの美術館のもうひとつの面白さは、建物それ自体と家具調度品にある。

邸宅は総大理石で、隅々まで、アルハンブラみたいに細かく装飾されている。館の中央に天窓から自然光を取り入れた室内のパティオ(中庭)があり、植物と噴水が擦りガラスを通した柔らかな光に映えている。部屋にはシノワズリ(中国趣味)の陶磁器や家具が置かれている。

20世紀初頭のアメリカの富豪は、こんな邸宅に住んでたのか。ヨーロッパの宮殿をミニチュア化したような建築、ヨーロッパ近世絵画のコレクション、ヨーロッパの流行を追ったシノワズリ。そこここからヨーロッパへの憧憬が漂ってくる。

絵画はもちろんだけど、建物も一見の価値がある。もっとも、こういう建物に住みたいとは思わないけどね(住めないって!)。

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近くのカフェでひと休み。1週間前まで夏みたいな暑さだったのに、昨日から急に冷え込んできた。木々も色づきはじめている。

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2007年10月12日 (金)

モンク・ピアノ・マラソン

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「MONK AT 90」というセロニアス・モンク・トリビュートのピアノ・マラソン・コンサートに行った。

ワールド・ファイナンシャル・センターが主催する無料コンサート。無料といっても出演者は錚々たるメンバーで、クラシック畑の5人を含む19人のピアニストが、4時間半にわたって休みなしでソロ・ピアノを繰り広げる(そういえば、ソロ・ピアノはモンクが好んだスタイルでもあった)。

僕が聴いたことのあるのは、ランディ・ウェストン、シダー・ウォルトン、ジェリ・アレン。この3人を同時に聴けるなんて、こっちにいてもめったにないことじゃないかな。

1人のピアニストの持ち時間は15分。1曲だけの場合もあるし、3曲弾いたミュージシャンもいた。モンクの曲か、モンクにちなんだ曲。もっともクラシックのピアニストでモンクを弾いたのは1人だけだった(18歳の中国のピアニストがシューベルトのピアノ・ソナタを弾いたけど、これはどう考えてもモンクと関係なさそう)。

会場は、ダウンタウンにあるワールド・ファイナンシャル・センターのウィンター・ガーデン。建築好きには有名な場所だね。2つの高層ビルをつなぐ、ガラス張りの巨大なアトリウム(吹き抜け)。なかには大きな椰子が茂っている。

午後5時、西日を浴びながら始まったコンサートは、空が刻一刻と赤く染まっていくなかで進んだ。こういう大都会の風景に、モンクの曲は実によく似合う。

何という映画だったか、ニューヨークが廃墟になるSFで、生き残った主人公が自分の部屋に戻ってひとりモンクを聴くシーンがあった。大した映画じゃなかったけど、そのシーンだけは印象に残っている。

やがて空が暗くなり、対岸の高層ビルに灯りがつく。その風景を見ながらピアノを聴いていると、モンクが都会の音楽であることを改めて感ずる。

ランディ・ウェストンが弾いたのはモンク・メドレーで、もしモンクがいま生きていたら、きっとこういう演奏をするんじゃないかな、という現代的プレイ。

シダー・ウォルトンも、極めつけの名曲「ラウンド・ミッドナイト」を中心にしたメドレー。いつもながら地味なピアノだけど、彼のピアノはじわっと心に沁みこんでくる。

ジェリ・アレンは、ものすごいスピードとパワーでモンクを駆けぬけた。圧倒される。

ほかに、Helio Alves、Frank Kimbrough、Rodney Kendrick、Fred Herschの演奏にも惹きつけられた。

4時間半。こんな充実したコンサートを無料で聴けるなんて素晴らしい。

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帰り道、9・11で崩壊した世界貿易センターの跡地脇を初めて歩く。

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2007年10月10日 (水)

ブルックリンご近所探索・4

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大通りのフラット・ブッシュ・アヴェニューをマンハッタン方向に歩いて行くと、建設中のコンドミニアムがある。今、マンハッタンばかりでなく、ブルックリンも高層コンドミニアムの建設ラッシュ。アパートの窓からは、建設中のコンドがいくつも見える。

地下鉄車内にこのコンドの広告が出ていた。「マンハッタンなら100万ドル、ここなら60万ドル(数字はうろ覚え)」「マンハッタンからの眺めはこれ(ブルックリンのフラットな景観の写真)、ここからの眺めはこれ(マンハッタンの摩天楼)」と、露骨な比較広告だった。

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今日の散歩の目的地は、マンハッタン橋とブルックリン橋にはさまれた、イースト・リバー沿いのブルックリン・ブリッジ・パークとエンパイア・フルトン・フェリー・ステート・パークという2つの公園。アパートから10分ほど歩くと、鋼鉄製のマンハッタン橋の橋脚が見えてきた。

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2つの公園はほとんどつながっていて、右を見ればマンハッタン橋と遠くにエンパイア・ステート・ビル、

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左を見ればブルックリン橋とウォール街の摩天楼という絶景。休日の午後に、ここで時間を過ごしたら気持ちいいだろうなあ。今度、来てみよう。

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公園の近くで、古いビルを改装した素敵な書店を見つけた。写真集を中心に、アート本、児童書を置いている「パワーハウス・アリーナ」。ウォーカー・エヴァンスのようなクラシックから、イラク戦争やダルフール紛争の写真集まで多彩。壁面を使って、写真展も開催している。この日はJamal Shabazzというアフリカ系写真家の「Seconds of My Life」。

この一帯は今、再開発が盛んらしく、古いビルの1階が洒落た家具の店やスシ・レストランになっている。

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2007年10月 9日 (火)

コニー・アイランドへ

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日曜の午後、ご近所のyuccaさん夫妻に誘われてコニー・アイランドからブライトン・ビーチへ。この日も暑かったけれど、夏も終わり、駅前は閑散としている。

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駅前にある元祖ホットドッグの店、ネイサンズのオリジナル・ホットドッグ。ソーセージはやや塩がきついけど、オニオンとザワークラウトが利いている。

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コニー・アイランドの象徴みたいな観覧車。ここの遊具類を一新する計画があり、本決まりになれば、浅草花屋敷みたいな懐かしくうらぶれた風景も今年で見納めになるかもしれない。

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観覧車から見たコニー・アイランドの浜辺。

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ブライトン・ビーチまでボードウォークを歩く。遊泳禁止の旗が出ていたが、夏を惜しむ人が浜で遊んだり、太陽を浴びたり。

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ブライトン・ビーチの町は「リトル・オデッサ」と呼ばれるロシア人街。高架(地下鉄)の両側、商店街の看板は、みなロシア文字だ。とびかう言葉も、英語よりロシア語が多い。

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ロシア系スーパーにはロシアの食材がいっぱい。スープがおいしそうだ。

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きれいだけど、見ただけでお腹いっぱいになる。

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2007年10月 7日 (日)

『色/戒(LUST, CAUTION)』

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今年のヴェネツィア映画祭で金獅子賞(グランプリ)を受賞した『色/戒(ラスト、コーション)』は、賛否が大きく分かれている映画だ。グランプリが発表されたときも、審査委員長がアン・リー監督と同じ中国系のチャン・イーモウだったこともあってか、ブーイングが起こったという(ブーイングはなかった、と書いている業界人ブログもある)。

実際どうだったかは分からないけど、アン・リーは一昨年も『ブロークバック・マウンテン』でヴェネツィアのグランプリを取っているし、去年のグランプリも中国映画『長江哀歌』だった。もしあったとしたら、そのことも関係していたかもしれない。

アメリカでの評判は、僕の読んだ限りあまりよくない。

「ヴィレッジ・ヴォイス」は「セックス描写の過激なスリラーだが、セクシーでもスリリングでもない」と辛辣だし、「タイム・アウト」誌も「熱くヘビーなラブ・ストーリーなのに、うそ寒い」と結論づけている。「ニューヨーク・タイムス」も、作品の正面からの評価は避け、主役に抜擢された女優タン・ウェイについて書いていたと記憶する。

で、僕の感想はといえば、とにかく長い。長すぎる。2時間37分を退屈はしなかったけど、映画的興奮に乏しく、『ブロークバック・マウンテン』の静謐な緊張感が鮮烈だっただけに残念。2時間程度まで短くすれば、ずいぶん印象が変わるはずだけど。

見ていて、似たような内容を持つ『ブラック・ブック』(ポール・バーホーベン監督)を思い出しましたね。どちらも、敵のもとに送りこまれた女スパイが、敵を愛してしまうお話は共通している。

『ブラック・ブック』は、手練れのハリウッド職人が、戦争の時代を生きぬいた女スパイの一生を快調なリズムでエンタテインメント性たっぷりの作品に仕上げていたのに対し、『ラスト、コーション』は作家的なディテール描写にこだわったためか、ストーリー展開は単調だし、トニー・レオンとタン・ウェイの愛もいまひとつ説得力に欠けるように思えた。

原作は、張愛玲(チャン・アイリン)の事実に取材した短編小説。

時代は日本占領下、1940年代の上海。レジスタンスに参加した学生演劇グループの一員タン・ウェイが、秘密警察の長であるトニー・レオンを暗殺するために、実業家の妻を装ってトニーの一家に入り込む。タン・ウェイら学生グループは過去にも香港で、日本に協力する実業家だったトニー・レオン暗殺を狙って失敗したことがある。

香港と上海の上流家庭。戦争などどこふく風、優雅なチャイナ・ドレスに身を包んで麻雀に明け暮れる夫人たち。そこに入り込んだタン・ウェイが、トニー・レオンと香港以来の再会を果たす。タン・ウェイはトニー・レオンの愛人となって、暗殺の機会を待つ……。

ざっとこんなストーリーなんだけど、いちばん肝心なトニー・レオンとタン・ウェイの愛と葛藤が、見る者の心に食い込んでこないんだなあ。

再会した2人。トニー・レオンは、密室で誘いをかけるタンウェイを突きとばし、ほとんどレイプのようにして関係を持ちはじめる。そこからタン・ウェイが、敵であるトニー・レオンにどんなふうに惹かれてゆくのか。どんな反発と、どんなためらいがあったのか。

その描写がこの映画の要なんだけど、そして随所に美しいショットが差しはさまれるんだけど、トニーに傾いてゆくタン・ウェイの心に、『ブロークバック・マウンテン』のときのようには入りこむことができなかった。激しいセックス・シーンもそこだけが浮き上がって、2人の心の揺れが過激な描写とどう関係してくるのか、いまひとつ判然としない。

タン・ウェイには学生グループの元恋人がいるんだけど、この3人の関係にも映画は深入りしない。元恋人からトニー・レオンへと、タン・ウェイはさしたる葛藤もなく心を移していったように見える。

もっとも、映画に入り込めなかったことに一つだけ留保をつけておけば、この映画、全編が中国語で、そこに英語の字幕が入っている。僕の語学力では、ひとつの字幕を読みきれないうちに次の字幕に移ってしまうことがよくあったから、そのせいもあるかも。

とはいえ、もちろん見どころはたくさんある。

ひとつは、ロケとセットとSFXが融合して、1940年代の香港と上海が見事に再現されていること。アン・リー監督はこの映画のために巨大なセットを組んだらしい。SFXもほとんどそれと分からず、技術が成熟したってことかな。

そしてロドリゴ・プリエトの、ため息の出るような美しい撮影。このメキシコ人カメラマンが撮るショットの数々は、初めて見た『アモーレス・ペロス』から『バベル』まで、いつも艶っぽくて素敵だ。彼の画面を見ているだけで僕は満足した。

トニー・レオンのダブルのスーツ、タン・ウェイの何着ものチャイナ・ドレスと、当時のファッションも女性にはよだれが出るだろう。

そしてもうひとつ、セックス・シーン。タン・ウェイとトニー・レオンの絡みはかなりな描写で、トニー・レオンの女性ファンは茫然としてしまうかもしれない。

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2007年10月 5日 (金)

1カ月の生活費

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(アパート前の芝生にいたリス)

8月下旬にニューヨークへ来て、6週間近くたつ。8月中は、こちらで生活するために最低限必要なものを買いそろえる費用がかかったけど、9月は普通に生活していくらかかるか試してみた。なにしろお金が潤沢にあるわけではないし、1年の予定で来てるけど、資金が底をつけばその時点で帰らなきゃならない。

以下は大雑把な結果。

食費              487ドル

映画・ライブ・美術館    134ドル

本・雑誌            115ドル

交通費             76ドル

TV・電話・ネット       129ドル

電気代前金          85ドル

その他             185ドル

家賃             1200ドル

計               2411ドル

いくつか補足しておこう。

食費は、スーパーなどでの買い物と外食費を合わせたもの。スーパーの買い物にはいくらかの日用品も含まれている。でも大部分は食材だし、細かくメモしているわけではないので食費とした。朝は完全に自炊、昼は土日以外は外食、夜は週に5日前後は自炊している。

夜の外食で、ちゃんとしたレストランでのディナーは2度。それぞれ50ドル前後かかっている(それ以外に1度、ごちそうになった)。名の知られたジャズ・クラブだと、ドリンク1杯だけで税・チップを含め40~50ドルかかる。ブルックリンやハーレムのジャズ・クラブなら、食事をしても20~30ドル。

それ以外の外食は、自分でつくるのが面倒になって、近所の中華料理屋での食事。6ドル前後の安い野菜炒めライス、炒飯、焼きそばなど。ちょっと脂っこいけど、これがけっこういける。

映画・ライブ・美術館は、学割(学校に籍を置いているので学生証を持っている)か、シニア割引があるのが助かる。大きな出費はソニー・ロリンズを聴きに行った50ドル。

交通費は、地下鉄の1カ月フリーパス代金。これがあれば地下鉄とバスにいくらでも乗れる。この街は地下鉄と自分の足さえあれば自由に動きまわれるのがいい。結局、タクシーには一度も乗らなかった。

本・雑誌は、紀伊国屋で買った「芸術新潮」と「CASA」のニューヨーク特集(56ドル)が大きかった。定期的に買っているのは、週刊の情報誌「Time Out」(3ドル)。

TV(ケーブル)・電話・インターネット代金は、タイム・ワーナー社との一括契約。それ以外に、こちらでも使える日本の携帯電話を持ってきている。この費用は日本の口座から引き落とされるので、計算外。

その他の項目で大きな出費は、毛布と浄水器を買った89ドル。水は最初、ミネラル・ウォーターを買っていた。でも飲用、料理用をすべてミネラル・ウォーターでまかなうとけっこう高くつくし、重い1ガロン・パックを2つ、2~3日おきに運ばなきゃならない。

今、ニューヨーク市は水道水がちゃんと飲めることをPRしてるし、yuccaさんが勧めてくれたBRITAという簡易浄水器を使うことにした。大都市の水道水としては例外的にうまい東京とまではいかないけど、大阪の水道水くらいのレベルかな(ゴメンナサイ、20年前の話です。今は大阪の水もおいしくなってるかもしれない)。ほうじ茶も、いちおう香りは立つ。

家賃には水道代、ガス代が含まれている。

合計で1カ月の生活費が約2400ドル。予算は月2500ドルだったので、なんとか範囲内に収まっている。

映画・ライブ・美術館などは、もっと行くことになりそうだし、ここをけちるつもりはない。でも、ほかに節約できるところもなさそうだし、どこにどう使うか頭を悩ますことになるね。

   

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2007年10月 4日 (木)

ハーレムの「ソウル・スシ」

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ハーレムのジャズ・クラブ「デン(The Den)」へ。地下鉄2・3番ライン135丁目のホームには、いかにもハーレムらしいタイル絵がある。

暗くなってからハーレムをひとりで歩くのは初めて。安全になったとはいえ、そして大通りを歩いているとはいえ、場所によっては1ブロックほど人影がなく、ちょっと緊張する。

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友人のカンナ・ヒロコさん(当ブログでは人名をイニシャルにしてるけど、ここでは本人の了解を得て名前を出す)。このクラブの常連のバンドから声がかかり、今日がこの店での最初のライブ。後から彼女のご主人Rさんも来てセッションに加わり、盛り上がる。

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「デン」は、客のほとんどがアフリカ系のしゃれたクラブ。メニューに「ソウル・スシ」が6種類あり、そのうちの「ザ・ラスト・ドラゴン・ロール」を頼む。アボガド、ベーコン、クラブケーキが巻いてあり、その上にフライド・チキンが乗っている。ソースは香辛料のきいたマヨネーズ味。ザ・ラスト・ドラゴンの味は? うーむ、なんとも言いがたい。想像してください。

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音楽に合わせて体をリズミカルに動かしながら働いていたウェイトレスのお姉さん。

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2007年10月 2日 (火)

ザンケル・ホール

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カーネギー・ホールのなかにあるザンケル・ホールへ行く。

イェール大学主催の室内楽コンサート。同大学で教えている東京カルテットと、その助手を務める若いアリアンザ・カルテット、ピアノのクロード・フランクの出演。

高校時代の友人Iが東京カルテットのメンバーで、来ないか? と誘ってくれたのだ。

まず女性3人に男性1人のアリアンザ・カルテットが激しく、若々しくベートーベンを演奏し、次に東京カルテットがクロード・フランクとともに繊細に、円熟してブラームスを聞かせる。

休憩の後、今度は2つのカルテットが一緒になるという珍しい編成で、メンデルスゾーンのオクテット曲。8人それぞれに聞かせどころがあって、室内楽でこんなに興奮したのは初めてかも。誘ってくれたIに感謝。

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2007年10月 1日 (月)

ロング・ビーチへ

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夕方からHさん夫妻に誘われて、ロング・アイランドのロング・ビーチへ。ロング・アイランドへ行くのは初めてだと言ったら、旦那のRさん、「初めてじゃないよ。ブルックリンもクイーンズもロング・アイランドなんだから」。ああ、そうか、僕はロング・アイランドの端に住んでるんだ。

渋滞のロング・アイランド・エクスプレスウェイを東に行き、途中で降りて南下すると、やがて夕陽に輝くロング・ビーチの潟が見えてきた。

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ロング・ビーチのボードウォークを歩く。老人やカップル、若者たちがおしゃべりしたり、ギターを引いたり、自転車に乗ったり。

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浜辺はゴミひとつなく清掃されている。この後、近くのイタリア・レストラン、ニック・ディアンジェロで夕食。

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