『イースタン・プロミセズ(EASTERN PROMISES)』
デヴィッド・クローネンバーグ監督の新作『イースタン・プロミセズ(EASTERN PROMISES)』を見た。クローネンバーグらしいといえばらしい、一方、クローネンバーグらしからぬところもある、そんな映画だった。
最初、日本語字幕なしでどこまでついていけるか不安だった。そして、せりふの細部が(観客が笑う部分に限って)悔しいことに理解できないんだけど、大筋は分りやすい映画なのが助かった。
この映画が「分かりやすかった」ことには説明がいる。
理由のひとつは、僕の英語力の問題。登場人物の大部分がロシア・東欧系のマフィアという設定なので、彼らがネイティブのものではない、それだけに理解しやすい英語を話している。おまけに彼らはしばしばロシア語で会話し、そこには英語字幕が入る。僕らの世代の英語教育はもっぱら読み書きに特化してたから、英語字幕があるとぐんと楽になる。ロンドンを舞台にしたイギリス英語であることも、僕らの世代には分りやすい。
もうひとつは、スタイルの問題とでもいうか。助産婦のナオミ・ワッツが救急で運び込まれた娘の出産を手がけ、赤ん坊は助かるが娘(娼婦)は死んでしまう。ナオミが死んだ娼婦の身元を調べはじめることでストーリーが進行する。
娼婦がつけていた日記(マフィアの秘密に触れている)を読むかたちでナレーションが入り、それが事件の背景を説明することになる。でもナレーションの説明的な効果は、時に映像それ自体の喚起力を奪う。この場合も、ナレーションを入れて「分かりやすく」なった分だけ、クローネンバーグらしさが削がれたような気がする。
「分りやすかった」いまひとつの理由は、映画のテーマにもかかわってくる。『イースタン・プロミセズ』は、意外にもヒューマンなラブロマンスという側面も持つ映画なのだった。
こっちはまさかクローネンバーグがラブロマンスを撮るとは思わないから、そして途中まで映画はそんな気配を見せないから、凡百のハリウッド映画みたいなハッピーエンドで終わるわけではないけど、ちょっと肩すかしを食ったような気がした。それが、クローネンバーグらしからぬ、と感じた理由だろう。
もちろん、クローネンバーグらしさは画面全体にあふれている。
ナイフで喉を掻ききる。カッターで手指を切断する。素っ裸のヴィゴ・モーテンセンとナイフを持ったギャング2人が公衆浴場で激しく格闘し、ギャングがナイフで目を突きさされて死ぬ。銃で殺すのではない、肉体を痛めつけて見る者の感覚を逆撫でするクローネンバーグらしい残虐シーンが続く。
ヴィゴ・モーテンセンが体中にタトゥを入れて秘密結社のメンバーになることを許される東方的な秘儀(イースタン・プロミセズ)のシーンも、いかにもクローネンバーグ好み。
そしてロンドンのロシア人街なのだろう、煤けたダウンタウンの雨の夜。入口は普通のドアなのに、中に入ると一転して深紅のビロードの椅子が印象的なロシア・レストラン、しかもそこがロシア・マフィアの巣窟でもあるという、カードを何枚もめくるようなクローネンバーグのたくらみ。
それだけでもたっぷり楽しめるんだけど、やや不満が残ったのは、前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の印象が強烈すぎたからだろう。
『ヒストリー』の冒頭から漂っていた、異様な静けさのなかの暴力の気配。絵にかいたような幸せな家族の背後にある隠された過去。過去から再び現在に帰ってきたヴィゴ・モーテンセンと、それを迎える家族の表情。クローネンバーグのなかでも好きな1本だっただけに、そして「ヴィレッジ・ヴォイス」や「タイム・アウト」誌のレヴューも『ヒストリー』を引き合いに出していただけに、期待が大きかったのだ。
もちろん、クローネンバーグらしさを十分に楽しめる。ただ、ヒューマンなドラマという側面を持ったぶん、ちょっとだけ普通の映画に近づいたかも。
ジーンズ地の黒いコートでバイクにまたがるナオミ・ワッツが素敵だ。オールバックで無表情に決めたヴィゴ・モーテンセンは、かつてのジェレミー・アイアンズみたいに、クローネンバーグ映画の空気を一身に体現してる。
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コメント
字幕なしの映画って、飛行機のなかで時々体験しますが、わかりずらい・・・・。
クローネンバークって、蠅男でしたっけ?スパイダーマンも?ナオミ・ワッツは、いい映画によく出る割に、特徴のない女優さんですね。やや乾燥気味で水分足りない感じするんですが。
台詞の微妙な部分はわからないまま筋書きを追って、結末まで見てしまうって、英語力のない私にはもったいないです。娯楽作品ならいいかな。
投稿: aya | 2007年9月22日 (土) 14時01分
なにが悔しいって、周りが笑ってるのに自分ひとりが笑えない、こんな悔しいことはありません。一緒に笑えるようになれればいいんですが、さて?
クローネンバーグの蠅男は最高でしたね。スパイダーマンはつくってないと思うけど。あと「戦慄の絆」とか、ヘンな映画ばっかり。
投稿: 雄 | 2007年9月23日 (日) 01時24分
バルセロナから帰りの機内で、ウディアレンの「マッチ・ポンプ」をやってて、ファンとしてはよだれが出ました。字幕なしだったけど、見始めて、すぐやめちゃった。彼の魅力って、台詞が大きいでしょう。そこが分んないで見てもしょうがないと、我慢しました。ウディアレン、最近スカーレットヨハンセンに入れ込んでるのね。しょせん、ウディもおやじキラーに弱いんダな。スカーレットは、ソフィアコッポラに嫌われたみたいなのにね。
スパイダーマンの監督も、やや変っぽくなかった?
投稿: aya | 2007年9月24日 (月) 12時50分
『マッチ・ポイント』ね。アレンの皮肉な目が生きてて面白かった。確かに彼の映画は、せりふが分からないと面白さが伝わらない。それにしてもヨハンソンはエロい女優ですね。
『スパイダーマン』はサム・ライミかな。『死霊のはらわた』の監督だから、こっちも相当ヘン。
投稿: 雄 | 2007年9月25日 (火) 05時48分