September 27, 2018

上野で展覧会二つ

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雨模様の一日。上野で展覧会を二つ、はしごした。

まずは東京芸術大学美術館陳列館で「台湾写真表現の今」(~9月29日)。1960年代以降に生まれた写真家8人の作品が展示されている。スナップショットはなく、なんらかのコンセプトに基づいて撮られたもの。そこから、変貌する台湾の風景や、移民として入ってきたアジア人との混血や、傷ついたジェンダーの問題などが見えてくる。布に印刷された写真に刺繍をほどこすような、伝統とのマッチングもある。

僕が写真雑誌の編集者をしていた1990年代、台湾の写真といえば古典的な風景写真しか紹介されなかった。大陸でもぼつぼつ新しい写真が出てきていて、台湾にもあるはずだと思っていたけど、当時は分からなかったこういう若い世代の試みが今や主流になっているんだろう。

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お茶を飲んで一休みし、東京都美術館で「藤田嗣治展」(~10月8日)。

10年ほど前、竹橋の近代美術館で没後はじめての大がかりな藤田展を見て彼の戦争絵画に興味をもった。近代美術館は自分のところや貸し出しで小出しに見せるけど、戦争絵画全体を見せることはしない。今回は、戦争画は代表作「アッツ島玉砕」「サイパン島」の二点のみ。その前後、戦前のパリ時代と南米旅行、戦後のアメリカ滞在とパリ時代の絵がたくさん集められている。

図録は買わなかったけど、展示を見る限り、戦後、藤田が画壇で戦争責任を問われてパリに脱出し、日本国籍を捨てレオナール・フジタとなったことと彼の晩年の作品との関係といったものには関心が払われていなかった。あくまで日本人・藤田嗣治の偉大な業績。

写真に写っているパリのカフェの絵は、藤田が日本を捨て、でもフランスに入国できずに滞在したニューヨークで描いたもの。華やかなりし時代の記憶に基づいて描いた作品で、追憶と寂寥がひしひしと伝わる名品でした。


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May 22, 2018

横山大観展へ

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生誕150年と謳う「横山大観展」(~5月27日、東京国立近代美術館)へ行ってきた。今週いっぱいで終わるので混んでいる。

僕は近代日本画についてほとんど知らないけど、横山大観に興味を持ったのは柴崎信三『絵筆のナショナリズム』を読んだことから。この本は、第二次大戦の「総力戦」の一環として戦争絵画を描いた二人の大家、洋画の藤田嗣治と日本画の横山大観を取り上げていた。

藤田が「アッツ島玉砕」など西洋の歴史画を下敷きにした作品を描いたのに対して、大観はひたすら富士山と桜と海の自然風景を描いた。富士山や桜や海がただの自然風景でなく戦前の国粋主義のなかで象徴的な意味を付与されていたことを、大観はもちろん理解していた。それを見てみたかった。

戦争画の代表作は「山に因む十題」「海に因む十題」シリーズ。これは破格の値段で軍需産業に買い上げられ、大観はその代金で四機の戦闘機を軍に献納した。シリーズから7点が出品されている。絵そのものは、ひたすら美しい日本。むしろ戦後に描いた、富士と北斎のような波と龍の「或る日の太平洋」のほうが「神国日本」ふうなイデオロギーの匂いがする。

戦後、富士山や桜がナショナリズムの象徴から平和の象徴へと読みかえられたのは、大観の問題である以上に受け取る日本人の問題だと柴崎は書いていた。大観はそんな日本人の意識に黙って乗っていたと言えるだろうか。大観が描きたいように描けば、受け取る側はそれを読みたいように読んでくれる。藤田は追われるように日本国籍を捨てたが、大観は大家として生をまっとうした。

もっとも戦争期の絵画は少なく、明治・大正期のものが多い。大観という画家がどんなふうに生まれたか、全体像がよく分かる。新しい日本画を創造しようとする意欲が「朦朧体」と呼ばれるスタイルを生みだした。若いころの作品は西洋絵画に刺激を受けている。印象派のような筆づかいや、逆に伝統のデザイン的な琳派ふう、大観流の南画、なんでもやってきた人、なんでもできた人なんだな。

常設展で、写真の部屋でロバート・フランクが、別の一室で藤田嗣治や猪熊弦一郎(泰緬鉄道の建設場面。初めて見た)の戦争絵画が展示されているのが興味深かった。


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February 14, 2018

追悼・末永史

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memory of Suenaga Aya

漫画家の末永史が亡くなった。そう知り合いから連絡が来た。

実は昨年秋、末永さんとメールのやりとりが中断したままになっていた。10月、彼女も出品する「拝啓つげ義春様」展のオープニングに来ませんかと誘いがあった。その日は僕が1週間ほど入院する予定の期間中で、どうにもならない。別の日に行きますとメールしたら、「調整するからちょっと待って」と返事があり、そのまま音沙汰がなかった。

なんでも10月末に自転車で転び、脳に大ケガをして手術を受けたそうだ。自宅でリハビリをつづけていたが、年が明けてすぐ、急に亡くなった。そうか、それで連絡が途絶えたのか。亡くなってはじめてその理由を知った。

今では末永史の名を覚えている人は、そんなに多くないかもしれない。1970年代、マニアックな劇画誌『ヤングコミック』に「いつから捨てたの」「夜明けを抱いた」といった作品を発表し、一部で「ポルノ劇画を描く女性漫画家」みたいな騒がれ方をした。暗く重苦しい絵はお世辞にも上手とは言えないけれど、女性版つげ義春みたいな雰囲気が独特の魅力を湛えていた。彼女と会ったのはそのころ。僕は週刊誌記者で1ページのインタビューを書いた。

それを気に入ってくれたのかどうか、しばらくして、福生に米兵が集まるバーがあるから遊びに行かないか、と電話があった。バーに行くとこちらには見向きもせず、彼女は深夜まで米兵と飲んでいたのだが……。そんなことから、つきあいが始まった。といっても艶っぽい話では全くなく、奔放な妹と一緒にいる感じで時々会い、飲んではしゃべった。互いにどこか共鳴するところがあったのだと思う。

その後、彼女は幸せな結婚をし、作品を発表しなくなった。再び筆を執ったのは10年後の1980年代。伝説的な雑誌『COMICばく』に「家庭の主婦的恋愛」などを発表した。描く線は成熟し、作品の完成度は格段に高くなった。どこにでもいる家族とその家庭を素材にしているけれど、若いころ抱えていた魂の問題が形を変えて生きているのがわかった。

末永史のこれらの漫画は『二階屋の売春婦』(ワイズ出版)、『家庭の主婦的恋愛』(新潮社)、書下ろしの『銀恋』(ワイズ出版)にまとめられている。

最近の彼女は漫画家としてだけでなく、エッセイストとしても仕事していた。元文芸誌の編集長のもとで文章の勉強もしていたらしい。去年6月にもらったメールには、「2年かけてやっと褒めてもらえるようになりました」とある。まだまだやりたいことを抱えていた末永史。その生が突然に中断されたのが悔しい。

上の絵は2012年、彼女が初めての個展に出品した「風のたより」(1973)の原画。わが家の壁にかかっている。合掌。

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January 27, 2018

「ルドルフ2世の驚異の世界」展へ

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神聖ローマ帝国の皇帝として君臨したハプスブルグ家のルドルフ2世が蒐集した絵画やモノを集めた展覧会(~3月11日、渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアム)。芸術家でなく、権力と富によって世界中の文物を招き寄せたコレクターを軸にしたところが面白い。

16世紀末から17世紀初頭。プラハのルドルフ2世の宮廷には画家のアルチンボルド、ヤン・ブリューゲル(父)、天文学者ケプラーらの才能が集まっていた。大航海時代以後、世界中の辺境から珍しい動植物がもたらされた時代。アルチザンとアーティスト、錬金術や占星術と科学が、未分化だった時代。その混沌から生まれた、博物学と絵画が一体となったような作品が並んでいる。

野菜と花によって描かれたアルチンボルドの「ルドルフ2世像」。四季の花を一つの壺に活けたブリューゲルの「小さな花束」。男装した女王が女装したヘラクレスを誘惑するスプランガ―の「ヘラクレスとオムパレ」。ケプラーの書物。望遠鏡や天球儀。イッカクの牙(ユニコーン伝説を生んだ)。貴金属や宝石をちりばめた時計や杯。こういうのを一堂に集めた「驚異の部屋」で、ルドルフ2世は自身の好奇心を満たしていたわけだ。

上の写真は現代アーティスト、フィリップ・ハースの特別展示。アルチンボルドにインスパイアされた「春・夏・秋・冬」。


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December 01, 2017

「怖い」2本立て

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昨日の午後は「怖い」映画と展覧会をつづけて。

まずは日比谷でアメリカ映画『ノクターナル・アニマルズ』。この作品については後で書くつもりだけど、デヴィッド・リンチふうな味つけのスリラー。現実と仮構世界と、両方で「怖い」物語が展開する。好きだなあ、こういうの。

雨が降り空が暗くなってきたなかを上野へ行き「怖い絵」展(~12月17日、上野の森美術館)。人気があると聞いていたが、入場まで20分待ち。ロングセラーになった中野京子『恐い絵』を基に、彼女が作品を選んだらしい。18~19世紀の写実的な絵画を中心に、テーマにあわせ有名無名とりまぜて集めている。

神話や聖書の物語。悪魔や地獄や妖精。歴史画。戦争や処刑。恐怖を忍ばせた崇高美学など。目玉であるドラローシュ「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は恐怖とエロティシズムが同居して見ごたえがある。フューズリ「夢魔」(よく印刷で紹介されているのは別バージョンらしいが)はこんな小さな絵だったんだ。

混雑する会場には若いカップルもたくさん。「怖~い」「グロ」「エロいね」と囁いてる。この時代の絵画は職人(工房)の仕事も多く、教訓や宗教的教えや歴史的事件の絵解きだったり、今でいえば写真やイラストやポルノでもあったから、芸術を鑑賞するというよりいろんな物語のなかに置いて楽しむのは正解かも。


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November 20, 2017

「驚異の超絶技巧!」展へ

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「驚異の超絶技巧!」展(~12月3日、日本橋・三井記念美術館)へ行ってきた。キャッチは「明治工芸から現代アートへ」。超絶技巧による七宝、陶磁、木彫、牙彫、金工、漆功などの明治工芸と、その技巧を受け継いだ現代アートが100点以上展示されている。

浮き彫りというより猫の頭や菊の花の立体を貼りつけたような大型花瓶(明治)と、蛇の頭が飛び出した蛇皮模様の七宝ハンドバッグ(現代)が並んでいる。皿の上に骨が露出した秋刀魚の食べ残しが載った、信じられないような一木作りの木彫(現代)。うっとりするような色彩のアジサイ模様の七宝花瓶(明治)もある。

明治工芸はほとんど輸出産業のない時代、主に輸出用につくられた。江戸の技巧を受け継ぎながら、欧米の美意識に合わせたために異胎をはらんだというか、過剰で超リアルで、時にグロテスク。職人技の極致。現代作家のものは、その技術を最新テクノロジーも使ってさらに発展させ、アートの目で捉えなおした。騙されたり、うなったり、思わず笑ってしまったり、あまりのリアルにぞっとしたり。楽しい。


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October 15, 2017

「拝啓つげ義春様」展へ

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「拝啓つげ義春様」展(表参道・ビリケンギャラリー、前期~10月15日、後期10月21日~11月5日)へ行く。つげ義春の傘寿と日本漫画家協会賞受賞を記念して、前後期あわせて60人近いマンガ家、美術家、写真家がつげ義春にトリビュートを捧げている。

友人のマンガ家、末永史さんの作品(下段左端)を見る。「紅い花」の少女などをあしらったもの。数年前、このギャラリーに彼女の個展を見にきたとき偶然につげさんがいらして、しばらく話をしたのは生涯の思い出。

出品しているのは他に前期は近藤ようこ、北井一夫、後期はしりあがり寿、つげ忠男、畑中純、南伸坊ら。


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February 02, 2017

銀座で二つの展覧会

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2 exhibitions in Ginza

銀座で展覧会を二つ、はしご。

寺崎百合子「図書館」(~2月24日、ギャラリー小柳)。ヨーロッパの古い図書館の蔵書と地球儀と、数百年の時間が降り積もった空間。この人の絵はいつも鉛筆画。モノクロームの写真のようでいて、指先で細密な描写を重ねることが生む肌触りは(大きなものは一年がかりだそうだ)、一瞬を切り取る写真とは別の厚みを持っている。すぐれた写真もそうだけど、ある種の精神性を感じさせる。

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青木美歌「あなたに続く森」(~2月26日、ポーラ美術館ANNEX)。この人の作品は初めてだけど、ガラスを素材に菌類やウイルス、細胞など目に見えない生命を形にしてきたとのこと。ガラスの森に迷い込んだような錯覚を覚える。

どちらも入場無料です。


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January 06, 2017

クラーナハ展へ

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Lucas Cranach exhibition

ようやく行ってきました、クラーナハ展(~1月15日、国立西洋美術館)。

クールなエロティシズムに参ります。宮廷画家にして企業家。時代(16世紀ドイツ)の先端を行く大量生産と、多色刷り版画や印刷など先端技術への関心。聖書や神話を素材に、それらが抑圧し排除してきたものを露出させてしまう背理。ポルノグラフィー製作者にして宗教改革のプロパガンダ画家。

ピカソやデュシャン、森村泰昌らクラーナハに刺激された現代美術家の作品も並んで、なんとも刺激的で面白い展覧会でした。


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October 25, 2016

「大久保喜一・須田剋太 師弟展」へ

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司馬遼太郎『街道をゆく』の挿画を描いた画家・須田剋太と、須田さんが画家になるきっかけをつくった大久保喜一の「師弟展」が故郷の鴻巣で開かれている(~10月29日、埼玉・鴻巣市吹上生涯学習センター)。

大久保喜一は須田さんが通った熊谷中学の美術の先生。東京美術学校(東京芸術大学)で黒田清輝らの指導を受けた。帝展に入選した「机上フラスコ」など10点が展示されている。外光が入る室内での静物や人物が多い。理科の実験室らしい教室で、机におかれたフラスコが窓からの光を受けて輝いている。大久保は学校外でも坂東洋画会を結成し、須田さんも参加した。

須田剋太の作品は46点。1970~80年代の油絵、グワッシュが多い。僕はこの時代の須田さんを知っているので、当時の絵はけっこう見ている。それ以外に戦前の若いころの作品が3点あって、これは初めて見た。

中学時代に描いた「道」。その後の須田さんを知っているせいか、すでに写実をはみだすものがあるような気がする。画家になる決心をし、吹上から浦和に移った時代の「ざくろ」。ごろんと放り出された果実に、写実にこだわらず須田さんの目にはこう見えているんだと納得させるものがある。浦和から奈良に移った時代の「鷲」(1940頃)になると強い生命力を感じさせる、まぎれもなく須田剋太の絵。

鴻巣には「須田剋太研究会」があり、須田さんの作品数百点が保存され、毎年のように展覧会が開かれている。須田さんも喜んでいるだろう。

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