November 05, 2009

アラン・トゥーサン みずみずしいピアノ

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こんなセロニアス・モンク、聞いたことなかったなあ。ニューオリンズ・スタイルで演奏されるモンクの「ブライト・ミシシッピ(Bright Mississippi)」。アラン・トゥーサン(Allen Toussaint)の演奏だ。

モンク右手の独特のタッチと、時に不協にもなる左手の和音を消し、アラン・トゥーサンの快いピアノをニューオリンズ・スタイルのバックが支えると、まるでストーリーヴィルの路上で演奏されているみたいに陽気なモンクになる。モンクの斬新な音が、実はこういう伝統のなかから出てきたことがよく分かる。

アラン・トゥーサンはニューオリンズのR&Bシーンで活躍するピアニスト、歌手、作曲家。オーティス・レディングやローリング・ストーンズ、Dr.ジョンなんかが彼の曲をカバーしている。僕はほとんど聞いたことがなかったけど、最新アルバム『ブライト・ミシシッピ』(Nonesuch)を、ここんとこ毎日のようにかけている。ニューオリンズのR&Bとニューヨークのジャズが出会うとこんな音になるんだ。

ベテランのアラン・トゥーサン以外、ニューヨークのジャズ、ロックの若い腕っこきが周りをかためている。ニコラス・ペイトン(tp)、マーク・リボット(acoustic g)といった連中に、ブラッド・メルドー(p)、ジョシュア・レッドマン(ts)も1曲ずつ加わる豪華メンバー。

僕はモダン・ジャズ好きなので、ニューオリンズ・ジャズを聞くとどうもモダンジャズ前史をお勉強するみたいな気分になってしまう。去年、ニューオリンズでセント・ピーター・ストリート・セレナーダーズというバンドを聞いたときも、ニューヨークでウィントン・マルサリスのニューオリンズ・スタイルの演奏を聞いたときも、それなりにいいとは思ったけど、心が浮き立つような満足感はなかった。

でもアラン・トゥーサンのピアノは聞いてて本当に楽しい。70代とは思えないみずみずしいタッチに、優しい音色がたまらない。なかでも「セント・ジェームズ診療院(St. James Infirmary)」のトゥーサンとリボットのかけあいは泣ける。

「エジプチアン・ファンタジー(Egyptian Fantasy)」などシドニー・ベシェやデューク・エリントンの曲をニューオリンズ・スタイルで、あるいはブルースでやっていながら、伝統的なニューオリンズ・ジャズやブルースそのままではない。古いけど新しい、新しいけど古い、不思議な音。このメンバーならそれも当然か。ストリート・ミュージックの香りがするのもいいな。


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August 13, 2009

菊地成孔DUBセクステット

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先日、日比谷野音で聴いた山下洋輔トリオ復活祭での演奏が素晴らしかった菊地成孔のライブへ(代官山・unit)。

今日のユニットはDUBセクステット。サックスとトランペット2管のクインテットに加え、デジタル・イフェクトが入ったセクステット。だからライブ演奏なのにDJ効果音が加わって、クラブのライブにふさわしい。

いきなり類家心平のミュート・トランペットから入って、おや、マイルスじゃないか。全員が細身のダーク・スーツ姿で、どうも60年代マイルス・クインテット(ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス)をイメージしてるらしい。この黄金期マイルス・クインテットをフリー・ジャズ化し、さらにクラブ・ジャズのフレーバーをふりかけたみたいな音。

菊地の音は相変わらず美しい。もっともフリーだから、さすがにこれでは踊れない。隣のカップルは、かなりうまく身体を動かしてたけど。

興奮した。だけど、ジジイには立ちっぱなしの4時間はしんどかった。

菊地成孔(ts)、坪口昌恭(p)、類家心平(tp)、鈴木正人(b)、本田珠也(ds)、パードン木村(de)


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July 21, 2009

日比谷公園で山下トリオとバジェナト

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日曜の午後、日比谷公園に行ったらラテンのリズミカルな音楽が風に流れてきた。小音楽堂に人が集まっている。屋台からおいしそうな匂いも漂ってくる。近づくと、ヒスパニックらしい人々が踊ったり談笑したり。

チラシをもらったら、コロンビア共和国の独立記念日を祝うフェスティバルなのだった。舞台ではコロンビアの伝統音楽バジェナトのグループが本国からやってきて演奏している。日本にこんなにたくさんコロンビアの人たちがいるなんて知らなかった。

陽気に踊りまくるコロンビア人に囲まれ、いい気持になって緑の向こうの高層ビルを眺めていると、日比谷公園がセントラル・パークみたいに思えてきた。

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ところで今日は、野外音楽堂の「山下洋輔トリオ復活祭」に来たんだった。結成から40年、歴代のメンバーが集まって、一夜だけのリユニオン・セッションを繰り広げる。拙ブログを読んでいただき、ニューヨークで出会ったoboさん夫妻もいらっしゃるということで、松本楼で待ち合わせ軽く再会を祝して会場へ。

満員で、立ち見も数百人! 満杯の日比谷野音なんて、40年前の色とりどりのヘルメットと旗が揺れていた風景を思い出してしまうなあ。

演奏は1980年代の最後のトリオ(+1)から、初代トリオへと時間をさかのぼってゆく。まずは洋輔、小山彰太、林栄一で軽くジャブを繰り出してから、故武田和命の代役として菊地成孔が加わる。中学時代に山下トリオを聴いてたという菊地のアグレッシブな音に興奮。とくに武田の曲「Gentle November」で、フリーなタッチを交えながらのバラードが絶品だったな。

東の空に虹がかかる。天上の武田和命が山下トリオの演奏を聞きつけて寿いでいるように感じたのは僕だけじゃないだろう。

続いて洋輔、小山に國仲勝男のトリオ。そこから國仲が抜けて坂田明が加わる。僕が聴いた山下トリオはこの時期までだった。坂田は相変わらずのテンションで吹きまくる。

小山が抜けて森山威男が加わり、あの挑むような笑みを浮かべてスティックを振り下ろすと、会場がひときわ盛り上がる。もっと豪快だと記憶してたけど、意外に繊細でシャープなドラミングなんだな。

そして最後に坂田がステージから退いて中村誠一が加わり、初代山下トリオ。僕はこのトリオをいちばんよく聴いたから、ひときわ思い出がある。「木喰」など中村の曲を演奏。トリオを抜けた中村はオーソドックスなジャズをやってたから、長いことフリーでやってないはずだけど、昔のまんまでした。坂田のすっこ抜けたような音に比べて、乾いた情感がある。

いま聞くと、このトリオがいちばんフリージャズらしいフリージャズだったんだな。坂田明が入って、童謡の旋律を取り入れたりして日本的というか、個性的というか、オリジナリティが増して、外国で評価されたのはそういうところだったんだろう。

アンコールは歴代メンバー全員が揃って一曲。真夏の夜の夢みたいなひとときだった。

フリージャズは聴くものでなく、参加するもの。それは人を興奮させる。銀座へ出てobo夫妻ともう一度盛り上がり、再会を約して別れる。

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June 12, 2009

嶋津健一トリオのレコーディング

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ジャズ・ピアニスト、嶋津健一のレコーディングに招待されて出かけた。

2006年に出た『This Could Be a Start of Something Big』もそうだったけれど、嶋津健一トリオの録音にはスタジオに20人ほどの友人・知人が招かれる。もっとも発売されるCDでは拍手などはカットされるから、聴いているぶんにはスタジオ録音と変わりない。でもジャズの場合、スタジオ録音とライブ録音では天と地ほどの差があることは(どちらがいいということでなく)、ジャズ・ファンなら先刻周知のことだ。

場の空気に反応するライブの生き生き感とスタジオの音の良さをともに取り込もうとするこのやり方は、嶋津健一の希望であるとともに、発売元ローヴィング・スピリッツのプロデューサー、冨谷正博さんの方針でもあるらしい。

「音が鳴っているときに思わず拍手してしまっても、それはそれで結構です。でも、できれば音が完全に消えてから拍手してくださいね」と、開始前に冨谷さんから注意がある。

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録音はまずピアノ・ソロで嶋津のオリジナル「Tender Road to Heaven」から。1週間前に亡くなった、嶋津のジャズ・ピアノの生徒であり、一緒に仕事もしていた中島梓(栗本薫)に捧げた、穏やかで美しい曲。梓先生(と僕らは呼んでいた)の魂がこの場に降りてきて、以後の演奏を見守っているように思えた。

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演奏は嶋津のオリジナルが半分、残りは「シェルブールの雨傘」などミシェル・ルグランの曲と、「The Shadow of Your Smile」などジョニー・マンデルの曲を半分ずつ。

結成して4年になる嶋津健一(p)、加藤真一(b)、岡田佳大(ds)のトリオのアンサンブルは抜群にいい。CD2枚分をほとんど1テイクで、休憩をはさみ6時間ほどで録り終えてしまった。発売は秋になるらしい。

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October 13, 2006

バリー・ハリス at ふじみ野

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バリー・ハリスのコンサートを楽しんだ(12日、ふじみ野市勤労福祉センター)。バリー・ハリスは、バップと呼ばれるモダンジャズ・ピアノを創始したバド・パウエルのスタイルを伝える数少ない現役のピアニスト。尚美大学(ジャズ・コース)で教えるために来日し、地元のふじみ野で1回だけのコンサートを開いた。

足元もおぼつかない75歳、病に倒れ一時は指も思うように動かなかったと聞いたから心配したけれど、ピアノの前に座り鍵盤を弾きだすと、CDで聞いているいつものバリーの音があふれ出る。派手さはないけど、じっくり聞いていると人柄が滲み出てくるような年季の入ったピアノだね。バックは小杉敏(b)、木村由紀夫(ds)。

演奏したのは「チェロキー」「ラウンド・ミッドナイト」のバップの名曲。「ティー・フォー・ツー」などのスタンダード。「深い愛情」「ナシメント」といった自作の曲。

97年のアルバム「FIRST TIME EVER」は病後のせいかミディアム・テンポの曲(自作)が多かったけど、今回はアップ・テンポの曲もあって、50~60年代のバリーを思わせる速さでバップ・フレーズを弾ききる。すごいね。

「ラウンド・ミッドナイト」は、モンクふうな音も交えながら美しいバラード。この夜、いちばん印象に残った。

ミルトン・ナシメントに捧げた自作の「ナシメント」は軽快で、一度聞いたら忘れない独特のリズムとメロディーをもつ。作曲家としてのバリーも大したもの。「深い愛情」は日本でつくった曲で、静かな透明さを湛えている。

アンコールでは枯れたボーカルも披露した。会場の学生にも声を出させ、授業風景をかいま見せる。バリーはNYでもワークショップをやってすごい人気らしいけど、やっぱり教師である前に現役バリバリのミュージシャンであることに納得した2時間。心うきうきして会場を出た。


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January 14, 2006

追悼・本田竹曠

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ジャズ・ピアニストの本田竹曠が死んだ。1997年に脳内出血で半身不随になった後、リバビリして復帰し演奏活動をつづけていた。60歳。ということは、僕より2歳上でしかない。70年代に何度かライブを聴いていたころ、本田はまだ20歳代半ばだったんだなあ。髭をはやした風貌から、もっとずっと年上だと思ってた。

そのころの本田はファンキーでソウルフルな音をたたきだし、日本でいちばんの、いわゆるクロッぽいピアニストだった。フリー系の山下洋輔やバラードが泣かせる菊池雅章と並ぶ人気者。僕は山下洋輔トリオを聴きにいくことが多かったが、たまに本田のピアノを聴くと楽しくて身体がひとりでに弾みだした。

何年か在籍したナベサダ・カルテットもよかったけど、印象に残るのは鈴木良雄(b)、日野元彦(ds)とのトリオ。写真は3人が久しぶりに顔を合わせてつくった「バック・オン・マイ・フィンガーズ」(FUN HOUSE・1990)のジャケット。右が本田で左(訂正。コメント参照)が日野(彼も死んでしまった)。改めて聴くとタッチの力強さは70年代と変わらないし、バラードもいい。

復帰後の演奏に接する機会はなかったけど、一度、聴いてみたかった。今日は一日、このアルバムをかけて冥福を祈ろう。

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December 20, 2005

マッコイ・タイナーに陶酔

青山ブルーノートでジャズのライブを聴いていつも感ずるのは、演奏時間が1時間ちょっとで短いこと。ミュージシャンも聴くほうも調子が出てきて、さあこれからというところで終わってしまい、いつも欲求不満がつのる。

でも今回は同じ時間、しかもアンコールもなかったのに大満足。マッコイ・タイナー(p)、チャーネット・モフェット(b)、ジェフ・ワッツ(ds・訂正。コメント参照)のトリオがものすごいテンションで70分を駆け抜けた。これだけの演奏をした67歳のマッコイにアンコールを求めるのは酷だねと、客もみんな納得していた(12月15日、2ndセット)。

マッコイのオリジナルをはじめ、コルトレーンと演奏した曲(タイトル思い出せない)、古いブルース、ゴスペル調の曲など7曲。

10年前に聴いたときは、マッコイらしいものすごい早弾きで曲の最初から最後まで飛ばしまくっていた。今回は早いタッチで高音を連ねていく(コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」に対応した)スピードに衰えはないものの、途中でゆったりしたソロも聴かせる。それがまたいい。

特に、最後に演奏したオリジナルの「パッション・ダンス」。3人のインタープレイが素晴らしかった。ふつう、テーマの演奏が終わると、1人がソロを取って他のメンバーはサポートに回り、次々にソロを受け渡していく。でもこのトリオはソロとサポートという役割分担をあいまいにして常に3人が一体になって音楽をつくっている。そのなかで、まずマッコイが次いでモフェットが、そしてワッツが主導権を握りながら対話がつづいてゆく。

マッコイはもちろん、モフェットのベースがすごい。音の良さ、乗りの良さ、ものすごいテクニック。加えて、ワッツの踊るようなリズム感。ここにこういう音がほしいなというところに、ボボボン、ズシンと入ってくる。その快感。3人が織りなす音の世界にエクスタシーを感じてしまった。今年聴いた、屈指のライブ。

この3人、レギュラー・バンドではなく臨時編成らしいが(特にワッツは来日直前に代役に立った)、マエストロ3人が組んだこのトリオのアルバムを聴いてみたいな。

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December 07, 2005

『VGのハービー・マン』のアフリカ

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あまりの懐かしさについ買ってしまった。再発された『ヴィレッジ・ゲートのハービー・マン』(ATLANTIC・1962)。高校時代にジャズを聞きはじめて、最初に買った何枚かのLPのうちの1枚。確か最初に買ったのがMJQ、次がこれ、それからマル・ウォルドロンで、次がオーネット・コールマンのストックホルム・ライブと、あきれるくらい一貫性がないね。

このハービー・マンのライブは当時、ジャズ喫茶の人気盤だった。2時間か3時間ねばっていると、たいてい1回はかかった。ヒット曲「カミン・ホーム・ベイビィ」と名曲「サマータイム」がカップリングされたA面がかかることが多かったけど、たまにかかるB面の「イット・エイント・ネセサリー・ソウ」も捨てがたい。

20年ぶりくらいで聞いて、「サマータイム」のハービー・マンの見事なアドリブを、フルートに合わせて今でも口ずさめるのが嬉しかった。

もうひとつの「発見」は、濃厚にアフリカ色があること。当時は、ノリのいいポップなジャズだとばかり思っていた。コンガにアフリカン・ドラムと2本のアフリカ楽器が入り、ハービー・マンの背後で絶えることなくアフリカのリズムを叩きだしている。とくに「イット・エイント・ネセサリー・ソウ」は、アフリカのジャズかと思えるほど。

その後、ダラー・ブランドをはじめアフリカのミュージシャンがジャズ・シーンに登場するけど、その先駆をなすような意欲的な盤だったのかもしれないな。

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December 01, 2005

ディジー・ガレスピーの音色

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ディジー・ガレスピーのトランペットの音色はいいなあと、『ザ・チャンプ』(savoy)を聴いて改めて思った。チャーリー・パーカーとともにビバップをつくりあげたスピード感や新鮮なアドリブに、すごいと感じたことはあっても、いい音色と感じたことはなかった。

それは、僕の聴いたのが1940年代から50年代初期の録音が多く、音がどこかヴェールをかぶったように聞こえていたからだろう。デジタル・リマスターされたこのシリーズの音は、1951年録音というのに、その場に立ち会っているような臨場感がある。

突き抜けるハイノート。明るく力強い中低音。ガレスピーって、こんないい音出してたんだ。一世代若いマイルス・デイビスとは対照的。というより、マイルスはガレスピーを意識しながら自分の個性を探って、細く消え入るようなミュートの音に行き着いたんだろう。

このアルバムのもうひとつの聴きどころは、ガレスピー・バンドの錚々たる顔ぶれ。ミルト・ジャクソン、パーシー・ヒースという後のMJQ組、J.J.ジョンソン、ケニー・バレル、ウィントン・ケリー、そしてジョン・コルトレーン。「キャラバン」「スターダスト」「バークス・ワークス」などなど、おなじみのナンバーをビッグバンド風な楽しいサウンドで。

ミルト・ジャクソンは大きくフィーチャーされて、のりのいいヴァイブを聞かせているし、ウィントン・ケリーは短いながら、ころがるようにリズミックなピアノを弾いている。新人コルトレーンはまだアドリブを取らせてもらえない。

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November 22, 2005

MJQ以前のMJQ

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MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)のいちばん始めのかたちがMJQ(ミルト・ジャクソン・カルテット)だったことは、MJQのファンならたいてい知ってる。でも、その音を聴いたことがある人はそんなに多くないだろう。僕もそう。

『ザ・カルテット』(SAVOY、1952)を聴いて驚いた。このアルバムは、MJQがミルト・ジャクソン・カルテットだったころの音を聴かせてくれる。メンバーはミルト・ジャクソン、ジョン・ルイス、パーシー・ヒースに、ドラムスがコニー・ケイではなくオリジナル・メンバーのケニー・クラーク。

『ザ・カルテット』はディジー・ガレスピー楽団のリズム・セクションだった4人の初録音。アルバムのジャケットのどこにも、まだ「モダン・ジャズ・カルテット」とは記されていない。

まさしくこれはモダン・ジャズ・カルテットではなかった。全12曲、ミルト・ジャクソンの独り舞台。ジョン・ルイスはサイドメンとして、控えめなピアノに徹している。アルバムにはMJQの重要なレパートリーである「朝日のようにさわやかに」「ブルーソロジー」「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」も収録されているけれど、いずれもMJQの演奏とはかなり違う。ミルト・ジャクソンのソウルフルなアドリブの嵐。

これはこれで、とてもいい。聴きごたえがある。でもこの4人のグループがミルト・ジャクソン・カルテットのままだったら、いっときの人気バンドで終わったような気もする。ジョン・ルイスがリーダーとして西洋音楽の構成的な精神とジャズのソウルを融合させたユニークな音楽を創造したからこそ、MJQ はMJQになりえたし、ジャズ史に残るグループになったんだろう。

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November 17, 2005

嶋津健一のバラード

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レコーディングに立ち会った(6月6日のエントリ参照)ピアニスト嶋津健一のCD『All Kinds of Ballads』(Rovinfg Spirits)が発売された。

当日、ピアノトリオで演奏された17曲からセレクトされると聞いていたけど、捨てるのは惜しいというプロデューサーの判断で2枚のアルバムに分けられ、全曲が生かされるらしい。ほとんどの曲が1stテイクで、しかもどれも素晴らしい出来だったのを知っている身としては嬉しい。その1枚がバラードばかりを集めたこのアルバム。もう1枚はアップテンポの曲を集めて来年、発売されるという。

1曲目の「モア・ザン・ユウ・ノウ」から、嶋津の美しくエモーショナルな音の世界に引き込まれてしまう。ジャズ・バラードばかりでなくブルースやボサノバ、ロック・バラードなど色んなバラエティーを交えて、9曲目の「ザ・グッド・ライフ」まで聞き惚れた。

嶋津健一の音のいちばんの特徴を一言でいえば、「歌心にあふれている」ことに尽きる。美しいメロディライン、エモーションがこぼれて落ちるようなアドリブ。その果ての突き抜けるような爆発の快感。そんな瞬間を体感させてくれるジャズは、そんなに多くない。

嶋津健一に「アドリブって何ですか」と聞いたことがある。「アドリブは鼻歌みたいなものです」というのが彼の答えだった。「元歌を頭の中で鳴らしながら、元歌から触発された鼻歌を指先で弾くのがアドリブです」というのだった。言葉にすれば簡単だけど、実行するのは至難の技。初心者(僕のことです)に向けた簡単なアドバイスだったけど、嶋津のあふれる歌心の秘密をのぞいたような気がした。

このアルバムは「ハーマン・フォスターに捧ぐ」とタイトルされている。ハーマン・フォスターは、嶋津がアメリカで「教わったことはないが、『追っかけ』のように聴いて、いちばん深く学んだピアニスト」。彼の音は、嶋津の表現を借りれば「女性を愛撫するようなエッチなピアノ」だそうだ。僕のコレクションでは、ルー・ドナルドソン『ブルース・ウォーク』のピアノをハーマン・フォスターが弾いている。

『All Kinds of Ballads』は、ハーマンとの付きあいからたくさんのものをもらったという嶋津の言葉が何を意味しているのかが、聴いていてまざまざと分かるアルバムだった。

太くて深い音を出す加藤真一のベース、岡田啓太の「メロディアスなドラム」。嶋津の音楽をよく知る2人が、嶋津とトリオで見事な対話を繰り広げている。

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November 13, 2005

「イッツ・オール・ライト・ウィズ・ミー」

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トロンボーンの音っていいいよね。カイ・ウィンディングとJ.J.ジョンソン、トロンボーン2本のソフトなジャズ。2人が吹いたコール・ポーターの名曲「イッツ・オール・ライト・ウィズ・ミー」はジャズ・ファンならたいていどこかで聴いた覚えがあるだろうけど、このアルバム(『K+J.J.』1955)に入ってるとは知らなかった。

2人のアドリブは、何度聴いてもうっとりする。メロディをトロンボーン2本の音を重ねて吹いた後、カイからアドリブに入り、J.J.がミュートで応える。カイもミュートをつける。サックスやトランペットと違って、ゆったりしたテンポ。J.J.のミュートは柔らかく、一方、J.J.のは少しハード。やがて2人ともミュートをはずして交互に対話するのだけど、途中からカイとJ.J.の区別がつかなくなって迷い道に入りこんだような気分がまたいい。2人が2人、なんとも気持ちのいい音を出している。

休日の秋の夕暮れに名手2人のトロンボーンを聴いていると、ちょっとセンチメンタルな気分。

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November 12, 2005

嶋津健一・かなさし庸子ライブ

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嶋津健一(p)、かなさし庸子(vo)のライブ(11日、六本木・リラキシン)。

この夜のかなさし庸子は普通にスタンダードを歌うのでなく、ほとんどスキャット(それもシャバダバダというやつでなく彼女独特の)というユニークな歌い方でバップの曲なんかを。声が言葉でなく音として聞こえてくると、身体が見事な楽器だというのがよく分かる。ピアノトリオ+ヴォーカルというより、ボディという楽器の加わったカルテットの演奏に聞こえた。

アメリカ先住民の詩に新井満が曲をつけた「千の風になって」や、最後の「キャラバン」までたっぷり楽しむ。

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September 24, 2005

モンク&コルトレーン 1957 凄い!

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「伝説」を聴いた!
想像以上の凄さだった!

1957年、セロニアス・モンクがジョン・コルトレーンを加えたカルテットで、ニューヨークのファイブ・スポットに出演したときの演奏はさまざまに語られ、「伝説」となっている。

「伝説」となったのは、このときのライブが録音されなかったこともあるが、ライセンスを取り上げられてNYで演奏できなかったモンクが久しぶりに現場復帰し、麻薬でマイルス・デイビスのバンドを馘になった新鋭コルトレーンがモンクに鍛えられることによって日毎に変化し、そのプレイが後の「コルトレーン神話」の出発点になったと言われているからだ。

『ライブ・アット・カーネギー・ホール1957/セロニアス・モンク&ジョン・コルトレーン』(BLUE NOTE)は、モンク・カルテットがファイブ・スポットに出ていたまさにその時期に、カーネギー・ホールのコンサートに出演した際のライブ。今年の4月、ワシントンの国会図書館で48年ぶりに録音テープが発見された。ニューヨーク・タイムスに載ったテープ発見の記事は日本でもすぐ紹介されたから、いつ聴けるのかとわくわくしていたファンも多かったろう。僕もその1人。

十何年か前にも、ファイブ・スポットのライブが残っていたと、鳴り物入りでアルバムが発売されたことがあった。個人がテープレコーダーに録音したものだったから、「研究」ならともかく音楽としては聴くに耐えない音質で、噂に聞く演奏の凄さはまったく伝わってこない。僕も1、2度聴いただけでしまい込んでしまった。

今回の盤は、はじめから興奮させられる。オープニングの拍手がなりやむ間もなく、モンクが「モンクス・ムード」のメロディを弾き始める。驚きに満ちた音遣いのモンクがひとりで1コーラス弾いたあと、コルトレーンが低く、静かに入ってくる。今度はコルトレーンが瞑想するようにメロディを吹きはじめ、モンクがバックに回る。バッキングというにはあまりにすごすぎる刺激的なピアノ。ベースとドラムスはごく控え目にしか入ってこないから、2人の絡みあうようなデュオが延々とつづく。

曲が終わると聴衆の拍手を無視して、モンクはすぐに次の「エヴィデンス」に入る。イントロの後、コルトレーンがメロディを吹きはじめ、そのままソロに入って、ぐいぐい熱くなる。「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれるコルトレーン独特の16分音符が敷き詰められた激しいプレイの連続。すごい!

このコンサートは11月29日。その2カ月前にコルトレーンは初期の名盤『ブルー・トレイン』を録音している。『ブルー』は50年代のハードバップ・スタイルだったけど、この夜の演奏はもう50年代ではなく、明らかに60年代の疾風怒濤のコルトレーンを予感させる。

それ以上に興味深いのがモンク。モンクのアルバムで主だったものは持ってるつもりだけど、曲や音遣いのユニークさと対照的に、モンク自身のプレイはいつでも淡々としていて、そのなかに独特のユーモアと明るさを湛えているのが印象的だった。

それがこのライブ盤では、コルトレーンに刺激されてだろう、モンクが熱くなっている! こんなにアグレッシブな音を出し、時にはコルトレーンとバトルを繰り広げるモンクを初めて聴いた。弾きながら出すうなり声(キース・ジャレットより凄みのある)もちゃんと録音されていて、泣かせるね。

1曲が終わると間髪を入れずモンクは次の曲に入り、息もつかせぬモンクの名曲のオン・パレード。「ナッティ」のテンションの高さ、「スウィート&ラブリー」でのモンクらしいバラードのソロと、ダブル・タイムで急速調になるコルトレーンのソロ、「ブルー・モンク」でのコルトレーンの火の出るようなソロに、興奮しまくり。

録音がまた臨場感あふれていい。ボイス・オブ・アメリカが放送用に録音したらしいけど、スタジオでないにもかかわらず音がクリアで、会場にいるようなリアルさがある。目をつぶって聴いていると、1957年のニューヨーク、伝説のモンク・カルテット演奏の現場にタイム・トリップしたような幸せな気分を味わえる。

「歴史的名盤」という言い方があるけど、これは間違いなく歴史に残るアルバムだ。モンク・ファン、コルトレーン・ファンは必聴です。


 

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September 03, 2005

ウォーレン・ウルフはウェスになれるかな

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「INCREDIBLE JAZZ VIBES WARREN WOLF」のジャケットを見て思わず、なにこれ、って笑ってしまった。だってウェス・モンゴメリーの名盤「THE INCREDIBLE JAZZ GUITAR OF WES MONTGOMERY」(写真右)のパクリというもおろか(パクリには後ろめたさがある)、これはもう堂々たるコピーだったから。ウェスはこのアルバムのヒットで一躍有名になったから、それにあやかろうってことか。ジャケット・デザインは日本人の手になるらしいけど、どうもね。

それにしてもヴィブラフォンのアルバムとは珍しい。70年代のゲイリー・バートンやボビー・ハッチャーソン以来、ジャズ・ヴァイブを久しく聴いたことがなかった。たまに聴くのは定番中の定番、MJQとミルト・ジャクソンばかり。

1曲目の「I Hear A Rhapsody」。普通はミディアム・テンポで演奏されることの多いこの美しい曲が、猛烈なアップ・テンポで演奏される。ウォーレン・ウルフのヴァイブ・ソロは、聴いたことがないようなスピードの超絶技巧。ちょっと、これは選択を間違えたかなと不安になった。

最近の若いジャズ・ミュージシャンは誰も彼も、とにかく驚くほど巧い。巧いなあと感心はするのだけど、聴き終えて心に響いてこない。そんなことが重なって、新人のアルバムを不見転で買うのは警戒するようになった。このウォーレン・ウルフも警戒しながら買ったのだけど、ライナーを読むとクラシックのヴァイブ奏者としても活動していると書いてあり(テクニックあるはずだ)、しかも1曲目が超絶技巧だったので、またしても、と思ってしまったのだった。

でも聴き進むうちに、4曲目のバラード「Masquerade Is Over」あたりから、うーん、やるじゃない、と思えてきた。音がエモーショナルだし、軽いタッチが心憎い。殊に3曲あるオリジナルが聴かせる。

オリジナルの1曲目「Why Is There A Dolphin On Green Street」は、タイトルからも分かるようにスタンダード「On Green Dolphin Street」をヒントにつくられた曲。メロディーが引用されるし、ベースとピアノのバッキングが誰だったかの盤(よく聴くのに、思い出せない。年だね)にそっくり。ウルフのソロが軽快だ。

「Howling Wolf」はブルース・シンガーの名前をそのままタイトルにした熱い演奏だけど、泥臭いブルースっぽさは薄い。マルグリュー・ミラー(懐かしい!)のピアノはマッコイ・タイナーみたいだし、ウルフのソロも洗練されてる。

オリジナルの3曲目「Lake Nerraw Flow」は一転してクールな曲。ベースが印象的なフレーズを繰り返し、その上に乗るミラーとウルフのソロが気持ちいい。

他にスティービー・ワンダーやハービー・ハンコック、モンクの曲なんかも演っている。パクリ元の盤に入っているウェスの曲「Four On Six」も入っているのはご愛敬。でも演奏はウェスばりに熱く、興奮させる。

買ってきて1週間、毎日聴いているけど、だんだん好きになってきた。1週間聴いていると、飽きるものは飽きる。好きになってきたということは、これからもよく聴くことになるかもしれない。

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June 06, 2005

嶋津健一のレコーディング

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ジャズ・ピアニスト嶋津健一のレコーディングに立ち会うという幸運を得た。スタジオに20人ほどの人を入れての録音。ジャズに限らず、スタジオ録音とライブ録音の差は大きいが(それぞれ長所短所があり、どちらがいいとも言えない)、スタジオの音の良さと、聴衆がいることによるテンションの高さの双方を狙ったのだろう。

嶋津健一(p)、加藤真一(b)、岡田啓太(ds)のトリオでスタンダード中心の選曲。といっても、オリジナリティーの強い嶋津のことだから、普通のピアノ・トリオとはちょっと違う。アップテンポの曲では実によくスイングして思わず体が動き出し、おっと音を立てちゃいけないんだ。けっこうたくさんあったバラードでは、個性的なアドリブにうっとり陶酔状態。6時間で17曲、ほとんどが1テイクでokになった。

長時間のセッションだったが、アルコール持ち込み可で、いい気分で聴く。こちらは拍手だけの「出演」だけど、弾き終えてピアノの残響が切れたとたんに間髪を入れず手をたたく。何曲かでは最初の拍手の音がこの僕です。10月の発売が楽しみ。写真は打ち合わせをする嶋津と加藤。

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May 31, 2005

カンナ・ヒロコ・ライブ

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友人でニューヨーク在住のジャズ・ヴォーカリスト、カンナ・ヒロコが、ご亭主のギタリスト、ラス・モローと里帰りしてコンサートを開いた(5月27日、名古屋・Johnny)。彼女はニューヨークで、僕は東京で、同じ先生にジャズ・ピアノを習っている(いた)。彼女はプロ、こっちはど素人という差を無視して言えば、兄弟弟子ということになる。

ブルックリンのクラブで夫婦でライブ活動をしているだけあって、息はぴったり。ご亭主のギターを初めて聴いたけれど、とても繊細で柔らかな音を出す。カンナ・ヒロコの歌はもともと低音に魅力があるが、発声を勉強しなおしたということで高音もよく伸びている。スタンダードを中心に、リラックスしたライブを楽しんだ。

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April 16, 2005

三条木屋町の渡辺貞夫

仕事で京都へ来ている。京都へ来るといつも寄る三条木屋町の店でうまい肴を食していい気分になり、ふらふら歩いていたら、「渡辺貞夫カルテット2005」という手書きの看板が目に飛び込んできた。ここ10年、ホールやブルーノートのような広い空間でナベサダを聴いたことはあっても、ライブハウスで聴いたことはない。RAGというその店に、誘われるように入ってしまった。

ちょうど1stセットが始まったばかりらしく、ドアを開けたとたん、ごりごりのバップの音が聞こえてきた。あ、ナベサダの音だ、と嬉しくなる。立ち見でよければとステージの脇に案内され、ほんの数メートルの距離でナベサダを聴く至福。

1stセットはハードバップふうなナンバーが多かった。フルートの幻想的なイントロで始まり、アルトに持ちかえて熱いアドリブを披露した曲が圧巻。

2ndセットは自作の曲を中心に。神戸震災後に当地のコンサートでつくったという美しいバラード「I'm With You」。次に「モーニング・アイランド」の頃を思わせる軽快で気持ちいいナンバー。アフリカの歌手、セザリア・エヴォラに触発されたというアフリカン・リズムの「カポ・ヴェルデ・アモーレ」(この日の朝、僕はセザリアを聴いていたのだ!)。サンバを続けて2曲。4人のメンバーの歌とチャーリー・パーカーを引用したクロージング。ピアノとデュオでアンコールに応えた「私のすべての愛を」。

こんな間近で渡辺貞夫を聴けるなんて、京都はいい。ホールでやれば千人単位で客が入るのに、小さなライブハウスで力のこもった演奏を聞かせるナベサダの姿勢も素敵だ。

初めて渡辺貞夫を生で聴いたのは1967年、大塚のライブハウス、ジャズギャラリー8だった。菊池雅章(p)、稲葉国光(b)、渡辺文男(ds)という、いま考えるとものすごいメンバーだったように記憶する。

まだアメリカから帰ってきて間もなく、彼が日本に紹介したボサノバを中心に、渡辺貞夫がそこから出発したバップ・ナンバーがあり、合間にビートルズの「イェスタデイ」をさらりと吹いて泣かせた。休憩時間にアート・ペッパーがかかり、「こんなすごい曲やられたら困るよなあ」と笑ってつぶやきながら2ndセットを吹きはじめた姿が忘れられない。

その後、何年かに1度は聴いているけれど、艶やかで温かな音色は変わらない。自分のアドリブが終わると、シャツの袖をまくった右手でアルトを支え、左手をポケットに突っこんでリズムを取りながら、孫の世代にあたる若いプレイヤーの演奏に耳を傾けインスパイアする姿も変わらない。

納浩一の切れのいいベースは相変わらずだし、初めて聴く小野塚晃のノリのいいピアノには興奮する。マイルス・デイビスやアート・ブレイキーがそうだったように、渡辺貞夫も次代を背負う若手を発掘し、次々にメンバーに起用してきた(山下洋輔もここの出身だし、世界的ミュージシャンになったリチャード・ボナを初めて聴いたのもこのグループだった)。半世紀、常にジャズ・シーンの最前線にいる貞夫さんに脱帽。

ジャズ・ファンとして、渡辺貞夫と同時代に生きる幸せを噛みしめた夜だった。

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February 20, 2005

イリアーヌ・プレイズ&シングス・ジョビン

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ブラジル・ジャズの心地よさと楽しさを堪能した。イリアーヌ・イライアス(p,vo)のライブ(2月15日、ブルーノート東京、1st.セット)。

ブラジル・ジャズというのは、もちろんボサノバをベースにしたジャズ。最新作『ドリーマー』(右上)のヴォーカル+ピアノを中心に、昔の『プレイズ・ジョビン』(右下)のピアノ・カルテットからアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲を数曲。メンバーはルーベンス・デ・ラ・コルテ(g)、マーク・ジョンソン(b)、武石聡(ds)。

ジョビンの曲で短いイントロがあった後、『ドリーマー』から「コール・ミー」「ビーズと指輪」の2曲。いずれもアメリカの古いポップスでバラードだけれど、イリアーヌが歌のパートを終えてピアノを弾きはじめると、とたんにボサノバの香りがしてくるのがうれしい。直前まで仕事をしていて、こわばった自分の体の芯がゆるんでくるのが分かる。

つづけて、ジョビンの名曲「おいしい水」。ヴォーカル抜きでピアノをたっぷり聴かせる。『プレイズ・ジョビン』ではエディ・ゴメス、ジャック・デ・ジョネットと組んでいたせいかバリバリのジャズだったが、ここではライブということもあってか、ノリのいいフレーズとリズム。ボサノバは、アドリブでどんなに熱くなっても、どこか爽やかな風を感じさせるのがいい。もともとトロピカルな熱さを都会の洗練でくるみ、2つの要素を絶妙にブレンドした音楽だから、そのクールさが今の時代の空気に合っているのかも。

そこから『ドリーマー』のヴォーカル+ピアノに戻ってジョビンの「フォトグラフ」、ブラジル音楽の宝庫バイーア地方の作曲家・カイミの「ドラリシ」、古いアメリカのポップス「タンジェリン」を、これもボサノバで。

ボサノバは、あまり複雑でない、でも魅力的なメロディーにたくさんの歌詞をつけて、語るように、ささやくように歌うことが多い。『ドリーマー』(この盤については04年7月3日のブログに書いた)は明らかにダイアナ・クラールを意識したつくりだけど、イリアーヌの歌は、だからクラールよりアストラッド・ジルベルトと比べたくなってしまう。

一世を風靡したジルベルトの「イパネマの娘」の透明な歌声に対して、イリアーヌの唄は低音域で、艶を感じさせる。彼女は若くしてブラジルで名をなし、1980年頃にニューヨークへ渡ったというから、たぶん40代前半だろう。当時のアストラッドは小娘のくせに全てを見てしまったような虚無の雰囲気がよかったが、イリアーヌには穏やかな歳相応の成熟を感じる。

セットの最後は、もう一度ヴォーカル抜きでジョビンの「デサフィナード」。名盤『ゲッツ/ジルベルト』でおなじみの曲。ベースのマーク・ジョンソン、ドラムスの武石聡も燃えた。僕が座ったのは彼女の右後ろ2メートルくらい、ピアノを弾く右手がよく見える席だった。柔らかなタッチは、演奏がどんなに激しくなっても変わらない。その柔らかさが、ボサノバの軽く、はずむような音を生むのだろう。演奏の途中、揺れる金髪からときどきのぞかせる横顔のライン、とくに唇の表情が、なかなか色っぽかった。

アンコールは「ワン・ノート・サンバ」「3月の雨」と、これもジョビンの名曲。ビギナー向けの選曲とはいえ、たっぷり楽しませてくれました。

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January 30, 2005

ベニー・ゴルソンを聴く

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ベニー・ゴルソンのライブを聴いて、満ち足りた気分で帰ってきた(1月25日、ブルーノート東京)。

ベニー・ゴルソンといえば、映画『ターミナル』で彼の演奏を耳にしたばかり。その後、何気なくジャズのライブ・スケジュールを眺めていたら、ブルーノート東京に予定が入っているではないか!

ここ数年、新譜が出た記憶もないし、近年はアレンジャーと教育者としての仕事が多いと聞いていたから、ベニー・ゴルソンを生で聴く機会があるとは思っていなかった。今回の来日は、映画出演がきっかけになって実現したのかも(店に映画のチラシがおいてあった)。そうだとしたら、『ターミナル』のアメリカ礼賛はうさんくさいなどと書いたけど(1月18日)、それはそれとして、スピルバーグさまさまだ。

ベニー・ゴルソンで日本人がいちばんなじみ深いのは、彼が作曲した「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」だろう。カーティス・フラーのトロンボーンとゴルソンのサキソフォーンが織りなすソフィスティケートされた「ゴルソン・サウンド」の旋律はテレビCMにも使われたから、彼の名前を知らなくとも、音を聴けばたいていの人が、ああ、この曲ね、とうなずく。村上春樹の新作『アフターダーク』でもこの曲をめぐる会話が出てくるし、小説の題名もここから取られている。

僕が聴いた9時半からのセカンド・セットでは、残念ながらこの曲の演奏はなし。でも最初からエンジン全開で、自作の名曲、ヒット曲のオン・パレードだった。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの演奏でなじみの「アロング・ケイム・ベティ」。同じくジャズ・メッセンジャーズのためにつくった「ブルース・マーチ」。僕はウィントン・ケリーの演奏が好きな「ウィスパー・ノット」。映画にインスパイアされた新曲「ターミナル1」。

極めつけは、クリフォード・ブラウンの死を悼んで作曲した「アイ・リメンバー・クリフォード」。25歳の若さで亡くなったブラウニーのトランペットが聞こえてきそうな切々としたバラード。何百回、何千回と演奏してるにちがいないのに、ベニー・ゴルソンの柔らかく、ハスキーな音色で途切れるとみせて息ながくつづくアドリブは、ブラウニーの死をたったいま知ったみたいな悲しさでその面影を現前させた。わたくし、泣きました。

若いピアノのマイク・ルドンが、とてもいい。ゴルソン節をファンキーに奏でてるかと思うと、チック・コリアふうにバリバリ弾いたりもする。ベース(バスター・ウィリアムス)とドラムス(カール・アレン)はゴルソンと息の合ったベテランだから、ルドンの存在がこのカルテットを懐メロではない今のバンドにしていると思った。

どの曲もテーマ→アドリブ→他のメンバーのアドリブ→テーマとシンプルな構成。1ホーンのカルテットだから、サックスとトロンボーン、あるいはサックスとトランペットを重ねる「ゴルソン・サウンド」は聞かれない。でもアレンジャーとしても名高いゴルソンのこと、それぞれのアドリブ・パートでは節々で指示が出ているらしい。ゴルソンが手でリズムを取りながらピッと指さすと、ピタリとピアノやベースの音が入る。それがまた、気持ちよい。

大満足の夜。翌朝から、ゴルソン、ジャズ・メッセンジャーズ、ゴルソンとフラーのジャズテットのCD を繰り返し聴いている。

 

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November 20, 2004

ノーダール・プレイズ・ミンガス

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ペーター・ノーダールを食わず嫌いだった。ヨーロッパ・ジャズ、それもピアノ・トリオが流行りはじめたころ、何人かをちょっと聴いただけで止めてしまった。癒し系のヤワなジャズだからというより、スタンダードをお定まりのフレーズで聞かせるだけなのが多く、すぐに飽きてしまったような気がする。ペーター・ノーダールもそういうひとりだと思っていた。

それなのに新作「THE NIGHT WE CALL IT A DAY」(ARIETTA)を買ったのは、9曲のうち4曲でチャールス・ミンガスの曲を取り上げていたから。へえーっ、という驚き。

チャールス・ミンガスといえば、その代表作『直立猿人』は1960年代の学生時代にジャズ喫茶に長時間たむろしていると、たいてい一度はかかった。「前衛ジャズ」と呼ばれた実験的な音と、アフリカ系を差別するアメリカ社会への挑戦的なメッセージをもった音楽だった。そんな熱いミンガスを、クールで叙情的なノーダールがどう弾くのかという興味。

ノーダールはまず、ミンガスの「前衛的」な部分をきれいに捨てた。これはうなずける。いま聴くと、不協和音にみちた当時の「前衛ジャズ」の音が、いささか時代からずれて聞こえるのは仕方がない。それだけでなくノーダールは、ミンガスのブルース・フィーリングやグルーブ感(ミンガス・グループは少人数なのに時にオーケストラのように聞こえる)までも捨てた。その結果残ったのは、なんとも魅力的な旋律を生みだすメロディー・メーカーとしてのミンガス。

取り上げた4曲はいずれもバラードだけれど、「Weird Nightmare」にかすかなブルース・フィーリングを感ずる以外、どの曲も穏やかで、え? これがミンガス? と、思わずつぶやいてしまう。そんな可憐とさえいえるような表情を見せている。うーん、ミンガスはこんなきれいな曲を書いていたのか。これは発見だった。

そう思って久しぶりに『直立猿人』を聴いてみると、改めてミンガスの曲が美しいメロディー・ラインをもっていることを確認することになる。「直立猿人」で2本のサックスがケモノの咆吼のように吼えまくった後、一転してジャッキー・マクリーンがかすれたトーンで憂いにみちたメロディーを吹きはじめるあたりは、何十回、いや何百回聞いてもしびれる瞬間だ。

「Profile of Jakie」も「Love Chant」も、いま聴くと実験的というよりファンキー・ジャズのように聞こえるけれど、メロディだけを取りだしてみると、なんとも都会的な洗練と憂愁の香りがする。でも当時はミンガスのそんな部分よりも、「前衛」としての攻撃的な音に興味が行っていた。

ノーダールの弾くミンガスは、彼の強烈なブルース・フィーリングをここまで漂白してしまっていいの、という気もするけれど、それによってミンガスの繊細で心にしみるメロディーに光が当てられたのなら、それもまたアリ。

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October 23, 2004

嶋津健一の宙(そら)の音

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嶋津健一の「AIR 空間が紡ぎ出す即興演奏の広がり」(10月22日、四谷・コア石響)に行った。嶋津はもともとジャズ・ピアニストだけれど、今日はジャズクラブではなく小ホールでのコンサート。「空」と書かれた3枚の書をバックに、いわゆるジャズとは少し違った、あまり聴いたことのない音の世界に浸った。

第1部は山下弘治(bass)、加藤真一(bass)という2台のベースとのセッション。このダブル・ベース・トリオについては以前にブログに書いたことがある(8月18日「嶋津健一の冒険」)。ユニークな編成と音。今夜は3人とも気合いが入ってる。なかでも嶋津のオリジナル「Harapeko」はマイナー・ブルースの、ジョン・ルイスの「Jjango」はバラードの、体の芯がとろけるようなピアノに聴きほれた。この2曲はまぎれもなくジャズの興奮。

一方、やはり嶋津のオリジナル「宙(そら)の音」や、デューク・エリントンの「African Flower」は、ジャズの即興演奏という方法を使いながらも、聞き手が刺激されるエモーションの質がいわゆるジャズから受けるものとは少しずれている(別にジャズであってもなくてもいいのだけれど)。ジャズのリズムやグルーブ感とは別の音の配列から、これはもう嶋津のオリジナルと言うしかない美しい音の世界が紡ぎだされる(音を言葉にホンヤクするのはむずかしい)。

第2部に入ると、それはもっとはっきりしてくる。田辺洌山(尺八)、かなさし庸子(voice)、加藤真一(bass)とのユニット。尺八という日本の楽器が入り、日本の曲も演奏されるのだけれど、ジャズが日本的な要素を取り入れようとするときによく陥る逆オリエンタリズム風のジャズにはならない。

「鹿の遠音~Blue In Green」は、まず尺八とヴォイス(歌というより声なのです)の応答で尺八の古典(だそうだ)が演奏された後、ピアノとベースがマイルス・デイビスの曲へと移行してゆく。…と、これはプログラムを見ているから分かるので、知らずに聴いていたらひとつの曲としか聞こえないだろう。それほど自然に尺八の曲とマイルスが融合して、どこか遠い世界から人間に呼びかけてくる音のような不思議な空間が現れてきた。

「さくら」と、アンコールの「りんご追分」はサービス精神いっぱいの演奏。ゆったりと揺れるようなリズムに、気がついたら体が動いていた。

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September 29, 2004

スローなフランク・カステニアー

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ドイツのピアニスト、フランク・カステニアーの第1作『フォー・ユー(For You)』(UNIVERSAL)は全曲がバラードだった。といって、甘く心地よいだけのバラードではなく、抒情的なピアノのなかに斬新なフレーズがきらめいて聞き流せない。

このピアニストを知ったのは、僕がいまいちばん好きなトランペット、ティル・ブレナーのアルバム『チャッティン・ウィズ・チェット』(VERVE)のサイドメンとして。特に印象に残るピアノではなかったけれど、ブレナーがカステニアーの初リーダー・アルバムをプロデュースし、バックに参加もしているというので、そそられた。ピアノ・トリオを中心に、何曲かにブレナーが加わり、ストリングスも入る。

全編バラードとはいえ、ともかくテンポがゆったりしている。スタンダードの「今宵の君は(The Way You Look Tonight)」「いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)」、1920年代ドイツのヒット曲という「バイ・ディア・ヴァー・エス・インマー・ゾー・シェーン」、ギルバート・オサリバンの名曲「アローン・アゲイン(Alone Again)」などが、スロー・バラードという言い方を超えた、なんともゆったりしたテンポと穏やかなリズムで演奏される。

あまりにもスローなので、逆に少し緊張していないと音と音のつながりを追えないくらい。聞き流していたら、なんかバラードふうなピアノが鳴ってるなあ、くらいにしか感じられないだろう。そのテンポと少ない音数で「今宵の君は」など10分以上を弾ききるのだからすごい。

そんなふうに気持ちを集中させて聴いていると、じわっとカステニアーの世界が立ち上がってくる。クールで官能的なピアノは、都会(彼の場合はベルリン)の夜の気分とでも言おうか。

なかでアクセントとなっているのが、ブレナーが参加している曲。「メンシュ」は去年、ドイツでヒットした曲らしい。8ビートのバラードで、バックでささやくようなブレナーのフレンチ・ホルンが利いている。ブレナー得意の、アンニュイな雰囲気。「フォー・ユー」はカステニアー自身の曲。ブレナーとカステニアーのデュオにストリングスが入り、美しいメロディーだけをアドリブ抜きでさらりと聴かせる。

参加しているミュージシャンは皆、長年組んできた仲間らしいけど、どの曲も互いの呼吸を知りつくしたリラックスした空気が漂っている。暑い夏の夜にこういうジャズは向かないけど、これからの季節にはいいね。

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September 15, 2004

『ピアノ・ブルース』は濃い

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1月ほど前、WOWOWで『ピアノ・ブルース』(演出=クリント・イーストウッド)というドキュメンタリーを放映した。劇場公開はない(イーストウッドの希望。つまり「作品」ではありませんよってことか)ので要チェックと思っていたのに見逃した。残念に思っていたら、友人が録画してあるという。

ちなみに、その男は日に数本の映画、テレビ映画(主に60年代アメリカのTVシリーズ)を録画しているのだけれど、CMを抜いて編集し直したり作品データを調べるのに忙しくて、録画したものを見る暇がないとボヤいている。リタイアしたら映画三昧だと言うのだが、自分の部屋は未見のヴィデオやDVDで天井まで埋まっているらしい。

クリント・イーストウッドが大のジャズ好きというのは、よく知られている。チャーリー・パーカーをモデルにした映画『バード』をつくっているし、自分でもピアノを弾く。そのイーストウッドがピアノを前にレイ・チャールズやデイブ・ブルーベック、Dr.ジョン、ジェイ・マクシャンらブルース・ピアニストにインタビューし、おまけにピアノを弾いてもらうという好き放題(?)やってるドキュメント。

ニューオリンズやシカゴのブルース・ピアノ、ブギウギ・ピアノなど過去の映像が次々に紹介される。その指に「神が宿る」と言われたアート・テイタムのピアノを初めて映像で見たし、セロニアス・モンクのユニークな演奏も、ブギウギ・ピアノの流れのなかに置いてみると何の違和感もなく、伝統にのっとりながら新しいものをつけ加えていることがよく分かる。

現役では、ニューオリンズのブルースとはあまり関係なさそうなデイブ・ブルーベックが子供の頃の思い出を語り、彼らしいやり方で弾いたブルースが、アフリカ系のピアニストとはまったく違うアプローチで素晴らしかった。

個々のミュージシャンを知らなくとも、音に耳を傾けているだけでたっぷりと濃いブルース・ピアノを堪能できる。9月20日深夜に再放送があるので、ブルース・ファン、ジャズ・ファン、イーストウッド・ファンは是非。

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August 18, 2004

嶋津健一の冒険

嶋津健一というピアニストを追いかけている。有名ではないけれど、知る人ぞ知る存在。6、7年前にはじめて聴いたとき、こんなすごいプレイヤーがいるのかと驚いた。

嶋津はいくつもの顔を持っているピアニストだ。

ヴォーカルの伴奏を務めれば、歌い手の個性に合わせて自在にサポートし、インスパイアされた歌手がどんどんノッてゆくのを何回も目撃した。もっとも、アメリカにいた10年の間にジミー・スコットのグループでレギュラー・ピアニストを務めていたというから、うまいのも当然か。今年の夏は、来日したサリナ・ジョーンズのバックで弾いていた。

サイドメンとしても、原朋直、大坂昌彦、向井滋治らのグループで演奏してきた。どんなスタイルのグループでも、その音にきっちり溶けこみつつ、ソロになると、その枠をはみ出す個性的な音を聴かせてくれるのが楽しみで、よくライブに出かけた。

そして自分のグループでは、思いきりオリジナルな世界を展開する。

これまでに出ている4枚のCDのうち、僕は最初のCD『double・S』(徳間ジャパン)と、最新作『Double Double Bass Session』(Roving Spirits)が好きでよく聴く(『double・S』は、今は『アンフォゲッタブル』として3361*blackから発売)。

『double・S』は、西海岸で演奏してきたベテランで、最近では東京を本拠にしているスタン・ギルバートと組んだピアノとベースのデュオ。演奏している11曲は、オリジナルの2曲はじめ、スタンダード、モンク、エリントン、クラシックのパガニーニとバラエティーに富む。

そのうち4曲演奏されているバラードがいい。「Amapola」や「Unfogettable」「Georgia On My Mind」といったなじみの曲を、息の長いソロを少しづつ変化させながら情感を徐々に高めてゆく。唄ごころあふれる美しいピアノ。ギルバートの暖かな音色のベースがぴったり寄り添う。

最近、「素人おじさんピアノ」で話題の井上章一『アダルト・ピアノ』(PHP新書)もこのCDを取りあげていて、井上は「私はここにおさめられた『アマポーラ』を、こよなく愛している」と書いている。

バラード以外の曲も、もちろんいい。よく「ジャズっぽい」と言うとき、いわゆるファンキーなフィーリングを指していることが多い。嶋津のアップテンポの曲は、そこから意識的に(と思う)遠ざかった独特のスイング感に満ちている。

自作の「Harapeko」ではバップの匂い、モンクの曲ではフリージャズに近い音も聞こえ、エリントンの曲ではオクターブの音を重ねて、ピアノ1台でふとエリントン・オーケストラを思わせる厚みのある音をつくりだしている。アップテンポのジャズを聴いていて、聞き手の内部の水位がどんどん上がり、その果てに精神がふだんの自分の殻を突きぬけて別次元に飛び出したと感ずる、あの至福の瞬間を体験できる。

このCD、僕にとってはジャズのリラクゼーションと緊張をともに味わわせてくれる1枚なのだ。

『Double Double Base Session』は、加藤真一、山下弘治という個性の異なる2人のベーシストと組んだ、ピアノに2ベースという一風変わったトリオ。

ふつう、グループのなかでベースの位置は、一定のリズムでフロント楽器をサポートしながら、ときどき短いソロを取るというもの。嶋津は2本のベースを使うことで、ベースをそんな固定的役割から解放し、弓での演奏も多用しながら、ベースを自由自在にフロント楽器として動かしている。

僕が好きなのは、11曲中3曲を占める加藤真一のオリジナルで、どれも素晴らしい演奏。

「黒ネコの理由」は、重力を感じさせないネコの足取りのようなピアノに、加藤のベースが自在に絡んでゆく。「ピコ」は2ベースだけのデュオで、エモーショナルな加藤に対し、クールな山下という2人のベースの対照が面白い。「Old Diary」では、嶋津の悲しみに満ちたピアノにうっとりする。

嶋津のオリジナルも2曲演奏されている。こちらは静謐なピアノ。ジャズの枠組みを使いながら、ジャズのリズムや「ノリ」からは意識的に離れた音が紡ぎだされる。「はるかなる山の呼び声」(どこかで聴いた曲だと思ったら『シェーン』の主題歌)やレノン=マッカートニーの「Nowhere Man」も同じで、主に山下の構成的に音を配置してゆくベースとの組み合わせが透明な音宇宙を生みだしている。

ほかにも、MJQの名曲「ジャンゴ」をバラードで演奏したピアノは絶品。

嶋津健一は、秋にはまた別のグループでライブをするらしい。今度はどんな音を聴かせてくれるのか。

http://www.rovingspirits.co.jp/shimazu/

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July 14, 2004

ジェリ・アレンのスタンダード

ジェリ・アレンのピアノが好きだ。特に自分のなかのエネルギーを掻きたて、元気になりたいときに、魔法みたいに効く。そういうときにかけるのが、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)と組んだ『トウェンティ・ワン』(somethin'else)。

もともとフリー系のピアニストで、そっち方面のミュージシャンと組むことが多かったけれど、この盤は珍しく元マイルス・クインテットの2人の巨匠とのトリオ。これも珍しくスタンダードを12曲中6曲も演奏している。

「ララバイ・オブ・ザ・リーブス(木の葉の子守歌)」が泣かせる。日本人好みのマイナーの曲で、一度聴けばすぐ覚えてしまう哀感あふれるメロディー。名曲「ララバイ・オブ・バードランド」にしろ、子守歌というのはなんてジャズとなじむんだろう。

これをジェリ・アレンは、センチメンタルなところのまったくない音で弾く。ジャズでよく言う「粒立ちのいい音」とは、こういう音を言うのだろう。1音1音がくっきりと立ち上がり、聴く者に突きささる。基調として流れるマイナーなメロディーと、ポキポキした彼女独特のフレーズがブレンドされたアドリブが、いかにもジェリらしい。

そういえば、映画『カンザスシティ』に出た彼女が弾いていたのがこの曲だった。

モンクの曲「イントロスペクション」もたまらない。もともとジェリはモンクが好きで、ポール・モチアンのアルバムに参加した「オフ・マイナー」とか、ラルフ・ピーターソンのアルバムの「ベムシャ・スイング」とか、何度聴いても鮮やかなアドリブで興奮させてくれる。

ここでも、ロン・カーターとトニー・ウィリアムスのオーソドックスかつパワフルなサポートを得て、ジェリは気持ちよさそうにスイングしてる。『ジェリ・プレイズ・モンク』なんてアルバムを、どこかつくってくれないか。

誰もがメロディーを知ってる「ティー・フォー・ツゥー(2人でお茶を)」は、最初から最後まで、すごいスピードで弾ききる。以前、マッコイ・タイナーのライブに行って、人間業とは思えない驚異的な早さに驚いたけれど、この曲の彼女もどんな指使いをするのか、見てみたい気がする。

「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」も、ジャズ・ファンなら必ず聴いたことのある曲。くちずさみたくなるようなメロディーだけれど、ちっともべたつかないのが彼女らしい。

この歳になると、ばりばりのフリー・ジャズはちょっとしんどい。ジェリがよく組むのはフリー系のポール・モチアン、チャーリー・ヘイデンだけれど、このトリオは、よほどこちらにエネルギーがないとCD1枚を聴き通せない。

だから、オーソドックスで、しかも名人級のミュージシャン2人と組んだこのアルバムは、気持ちよく聴けて、しかもジェリの個性が輝いている。トニー・ウィリアムスの轟くようなドラムの嵐のなかで、ジェリの抜き身の刀がぎらりと光るようなアドリブの瞬間が好きだ。

最近、ジェリの新譜が出ない。癒し系のピアノ・トリオ全盛のなかで、彼女のようなピアノは敬遠されているのだろうか。それとも、結婚し、子供を産んで、活動自体が活発でないのか。ちょっと寂しい。


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July 07, 2004

スティーブ・キューンの「シャレード」

ピアノ・トリオが全盛だ。かくいう僕も、ピアノ・トリオを愛するひとり。毎月、新作のCDが何枚も発売されるから、つい買ってしまう。僕は新しいCDを買うと、ともかく1週間、毎日聴くことにしているけれど、なかには1週間ももたず飽きてしまうものもある。

そのなかで、2年前に買ったにもかかわらず、いまだによく聴くのがスティーブ・キューンの「シャレード」。キューンは、いま僕がいちばん好きなピアニストで、「シャレード」は彼が演奏するスタンダードのなかで、いちばん好きな曲だ。

『ワルツ』(VENUS)という2枚組(別売)のアルバムに入っている。『ワルツ』は「レッド・サイド」と「ブルー・サイド」に分かれていて、それぞれ9曲のうち8曲が同じ曲という構成。大胆というか、ずるいというか。

なにが違うかといえば、ベーシストが違う。「レッド」はエディー・ゴメス、「ブルー」はゲイリー・ピーコックという対照的な2人。ベーシストによって、トリオの演奏が同じ曲でこんなに変わるの? という驚きがこのアルバムの狙いであり、面白さでもある。

ヘップバーン主演の映画音楽の有名なテーマがピアノで演奏された後、ベース・ソロに入る。エディー・ゴメスのベースは、ゆったりと心地よくスイングしながら情感を盛り上げてゆく。ゲイリー・ピーコックのベースは、ペースを崩さずに淡々と自分の世界を紡ぎだしてゆく。

だから、ベース・ソロの後のピアノのアドリブの入りが、最初の音からして違う。「レッド」は、既に感情が高まっている。「ブルー」は、抑え気味。ゴメスのベースは、キューンの音を支え、ピアニストの情感をさらに挑発してゆく。ピーコックのベースは、キューンの音に距離を取りながらからみつき、ピアニストを煽ることをしない。

「レッド」の「シャレード」は、だから熱い。「ブルー」の「シャレード」は、冷たい官能、とでもいうべき美しさを湛えている。

こんな変化のあるプレイができるのも、もともとキューンがフリー・ジャズ的なアルバムも出してきた(あるいは本来そっちの)プレイヤーだからだろう。その音は、ECMの一連のアルバムで聴ける。

「レッド」にしろ「ブルー」にしろ、キューンの弾くスタンダードはよくスイングし、エモーショナルだけれど、ノリのよいジャズに時々あるように、繰り返し聴いていると飽きるということがない。そのようなキャリアをもっているミュージシャンだから、アドリブが常套句にならず、難しいことをやっているわけではないのに新鮮な音が次々繰り出されてくるのだと思う。

僕は、何かをしながら聴くときは「レッド」をかけ、じっくり聴きたいときは「ブルー」を選ぶことが多い。はじめての人には、「レッド」がお薦め。


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July 03, 2004

イリアーヌの風

このところ毎朝、イリアーヌ・イライアスの『ドリーマー』(BMG)を聴いている。朝起きるとまずCDをかけて、顔を洗ったり食事の支度をしたりする。それが一日の気分を決めたりもするから、けっこう大事な「儀式」。

イリアーヌはブラジル生まれのピアニスト、ヴォーカリストで、このアルバムでもブラジルのミュージシャンと組んでいる。すると、50年代の映画音楽も60年代のポップスも、みんなボサノヴァになってしまうから不思議。

もちろんアントニオ・カルロス・ジョビンの曲も入っていて、はじめから終わりまで、まろやかに熟した果実のようなヴォーカルに、ゆったりした風を感じる。

2曲だけ参加しているマイケル・ブレッカーも、いつものごりごりした音ではなく、ボサノヴァのリズムに柔らかなテナーをのせている。だから、気分は夏の先取り。

イリアーヌのアルバムを買ったのは、91年の『プレイズ・ジョビン』(somethin'else)以来、十数年ぶりのことだ。このアルバムはエディー・ゴメス(b)、ジャック・デジョネット(ds)の強力メンバーとトリオを組んでいたから、ボサノヴァの名曲を素材にした本格的なジャズだった。そのなかで1曲だけ、イリアーヌは素人くさいヴォーカルを披露している。

それが今では、どちらかといえばヴォーカル主体になってしまった。ダイアナ・クラールとか弾き語り全盛だから、彼女もその流れに乗ったということか。そういえば、世界的なベストセラーになったクラールの『ザ・ルック・オブ・ラブ』(VERVE)同様、このアルバムにもストリングスが入っている。

最近のクラールのアルバムではピアノは添えものだけれど、イリアーヌはピアノもしっかり聴かせてくれるのがいい。いかにもブラジル生まれらしい、軽快で心地よい音。

ジャケットがイリアーヌのスナップショット的な顔のアップで、これがまたいい女。『プレイズ・ジョビン』の田舎出の女の子といった風情とは大違い。NYの風に磨かれたということか(彼女はNY在住)。思わず“ジャケ買い”してしまった。


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