December 07, 2009

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール

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菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールを聴いた(12月4日、Bunkamuraオーチャード・ホール)。2日続きのコンサートの初日。2日目は菊地成孔ダブ・セクステットで、ジャズのこちらは秋に聴きに行った。

ペペ・トルメント・アスカラールの音楽を、何と表現したらいいんだろう。「伊達男(ペペ)・拷問(トルメント)・砂糖漬け(アスカラール)」ってバンド名から想像できることは、第一にスペイン語圏の音楽らしいこと、第二に互いに無関係なものを接合しているらしいこと。

編成はハープ、ラテン・アフロ・パーカッション、弦楽四重奏、バンドネオン、ピアノ、ベースに、サックス+ヴォーカルの菊地で11人。この日はゲストとしてクラシックからソプラノの林正子が加わった。

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(会場に展示されてた菊地の楽譜)

最初は現代音楽ぽく始まり、これで突っ走られたらつらいなあと思っていたら、次はバンドネオンをフィーチャーしてサルサかタンゴみたいになる。菊地がごりごり吹きはじめるとジャズになる。ソプラノサックスを吹くコルトレーンみたいにもなる。

このバンドの音、サルサとタンゴとジャズの三角形を基礎に、現代音楽やクラシックやガムランや雅楽や歌謡曲や色んな音楽の断片が出入りする感じ、と言ったらいいのかな。といって実験音楽というわけでもなく、ダンサブルなクラブ音楽を意識してるみたい(もっともポリリズムというのか変拍子というのか、普通のノリで踊れるわけじゃないけど)。なにより、菊地のサックスがよく唄ってる、その唄ごころが心地よい。鋭い高音、身体が共振するような低音、音色も素晴らしい。

アンコールで、スタンダードの「時さえ忘れて」をチェット・ベイカーばりに(チェットほどうまくないけど)ささやき声で歌ったのはご愛嬌。

今年は菊地成孔を山下洋輔トリオ、ダブ・セクステット、そしてこのペペ・トルメント・アスカラールと3度、別々のバンドで聴いたことになる。唄心があって、音色がよくて、しかも彼以外誰もやってない音楽をやってて。来年も追っかけることになるかな。


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November 05, 2009

アラン・トゥーサン みずみずしいピアノ

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こんなセロニアス・モンク、聞いたことなかったなあ。ニューオリンズ・スタイルで演奏されるモンクの「ブライト・ミシシッピ(Bright Mississippi)」。アラン・トゥーサン(Allen Toussaint)の演奏だ。

モンク右手の独特のタッチと、時に不協にもなる左手の和音を消し、アラン・トゥーサンの快いピアノをニューオリンズ・スタイルのバックが支えると、まるでストーリーヴィルの路上で演奏されているみたいに陽気なモンクになる。モンクの斬新な音が、実はこういう伝統のなかから出てきたことがよく分かる。

アラン・トゥーサンはニューオリンズのR&Bシーンで活躍するピアニスト、歌手、作曲家。オーティス・レディングやローリング・ストーンズ、Dr.ジョンなんかが彼の曲をカバーしている。僕はほとんど聞いたことがなかったけど、最新アルバム『ブライト・ミシシッピ』(Nonesuch)を、ここんとこ毎日のようにかけている。ニューオリンズのR&Bとニューヨークのジャズが出会うとこんな音になるんだ。

ベテランのアラン・トゥーサン以外、ニューヨークのジャズ、ロックの若い腕っこきが周りをかためている。ニコラス・ペイトン(tp)、マーク・リボット(acoustic g)といった連中に、ブラッド・メルドー(p)、ジョシュア・レッドマン(ts)も1曲ずつ加わる豪華メンバー。

僕はモダン・ジャズ好きなので、ニューオリンズ・ジャズを聞くとどうもモダンジャズ前史をお勉強するみたいな気分になってしまう。去年、ニューオリンズでセント・ピーター・ストリート・セレナーダーズというバンドを聞いたときも、ニューヨークでウィントン・マルサリスのニューオリンズ・スタイルの演奏を聞いたときも、それなりにいいとは思ったけど、心が浮き立つような満足感はなかった。

でもアラン・トゥーサンのピアノは聞いてて本当に楽しい。70代とは思えないみずみずしいタッチに、優しい音色がたまらない。なかでも「セント・ジェームズ診療院(St. James Infirmary)」のトゥーサンとリボットのかけあいは泣ける。

「エジプチアン・ファンタジー(Egyptian Fantasy)」などシドニー・ベシェやデューク・エリントンの曲をニューオリンズ・スタイルで、あるいはブルースでやっていながら、伝統的なニューオリンズ・ジャズやブルースそのままではない。古いけど新しい、新しいけど古い、不思議な音。このメンバーならそれも当然か。ストリート・ミュージックの香りがするのもいいな。


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August 13, 2009

菊地成孔DUBセクステット

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先日、日比谷野音で聴いた山下洋輔トリオ復活祭での演奏が素晴らしかった菊地成孔のライブへ(代官山・unit)。

今日のユニットはDUBセクステット。サックスとトランペット2管のクインテットに加え、デジタル・イフェクトが入ったセクステット。だからライブ演奏なのにDJ効果音が加わって、クラブのライブにふさわしい。

いきなり類家心平のミュート・トランペットから入って、おや、マイルスじゃないか。全員が細身のダーク・スーツ姿で、どうも60年代マイルス・クインテット(ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス)をイメージしてるらしい。この黄金期マイルス・クインテットをフリー・ジャズ化し、さらにクラブ・ジャズのフレーバーをふりかけたみたいな音。

菊地の音は相変わらず美しい。もっともフリーだから、さすがにこれでは踊れない。隣のカップルは、かなりうまく身体を動かしてたけど。

興奮した。だけど、ジジイには立ちっぱなしの4時間はしんどかった。

菊地成孔(ts)、坪口昌恭(p)、類家心平(tp)、鈴木正人(b)、本田珠也(ds)、パードン木村(de)


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July 21, 2009

日比谷公園で山下トリオとバジェナト

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日曜の午後、日比谷公園に行ったらラテンのリズミカルな音楽が風に流れてきた。小音楽堂に人が集まっている。屋台からおいしそうな匂いも漂ってくる。近づくと、ヒスパニックらしい人々が踊ったり談笑したり。

チラシをもらったら、コロンビア共和国の独立記念日を祝うフェスティバルなのだった。舞台ではコロンビアの伝統音楽バジェナトのグループが本国からやってきて演奏している。日本にこんなにたくさんコロンビアの人たちがいるなんて知らなかった。

陽気に踊りまくるコロンビア人に囲まれ、いい気持になって緑の向こうの高層ビルを眺めていると、日比谷公園がセントラル・パークみたいに思えてきた。

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ところで今日は、野外音楽堂の「山下洋輔トリオ復活祭」に来たんだった。結成から40年、歴代のメンバーが集まって、一夜だけのリユニオン・セッションを繰り広げる。拙ブログを読んでいただき、ニューヨークで出会ったoboさん夫妻もいらっしゃるということで、松本楼で待ち合わせ軽く再会を祝して会場へ。

満員で、立ち見も数百人! 満杯の日比谷野音なんて、40年前の色とりどりのヘルメットと旗が揺れていた風景を思い出してしまうなあ。

演奏は1980年代の最後のトリオ(+1)から、初代トリオへと時間をさかのぼってゆく。まずは洋輔、小山彰太、林栄一で軽くジャブを繰り出してから、故武田和命の代役として菊地成孔が加わる。中学時代に山下トリオを聴いてたという菊地のアグレッシブな音に興奮。とくに武田の曲「Gentle November」で、フリーなタッチを交えながらのバラードが絶品だったな。

東の空に虹がかかる。天上の武田和命が山下トリオの演奏を聞きつけて寿いでいるように感じたのは僕だけじゃないだろう。

続いて洋輔、小山に國仲勝男のトリオ。そこから國仲が抜けて坂田明が加わる。僕が聴いた山下トリオはこの時期までだった。坂田は相変わらずのテンションで吹きまくる。

小山が抜けて森山威男が加わり、あの挑むような笑みを浮かべてスティックを振り下ろすと、会場がひときわ盛り上がる。もっと豪快だと記憶してたけど、意外に繊細でシャープなドラミングなんだな。

そして最後に坂田がステージから退いて中村誠一が加わり、初代山下トリオ。僕はこのトリオをいちばんよく聴いたから、ひときわ思い出がある。「木喰」など中村の曲を演奏。トリオを抜けた中村はオーソドックスなジャズをやってたから、長いことフリーでやってないはずだけど、昔のまんまでした。坂田のすっこ抜けたような音に比べて、乾いた情感がある。

いま聞くと、このトリオがいちばんフリージャズらしいフリージャズだったんだな。坂田明が入って、童謡の旋律を取り入れたりして日本的というか、個性的というか、オリジナリティが増して、外国で評価されたのはそういうところだったんだろう。

アンコールは歴代メンバー全員が揃って一曲。真夏の夜の夢みたいなひとときだった。

フリージャズは聴くものでなく、参加するもの。それは人を興奮させる。銀座へ出てobo夫妻ともう一度盛り上がり、再会を約して別れる。

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June 12, 2009

嶋津健一トリオのレコーディング

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ジャズ・ピアニスト、嶋津健一のレコーディングに招待されて出かけた。

2006年に出た『This Could Be a Start of Something Big』もそうだったけれど、嶋津健一トリオの録音にはスタジオに20人ほどの友人・知人が招かれる。もっとも発売されるCDでは拍手などはカットされるから、聴いているぶんにはスタジオ録音と変わりない。でもジャズの場合、スタジオ録音とライブ録音では天と地ほどの差があることは(どちらがいいということでなく)、ジャズ・ファンなら先刻周知のことだ。

場の空気に反応するライブの生き生き感とスタジオの音の良さをともに取り込もうとするこのやり方は、嶋津健一の希望であるとともに、発売元ローヴィング・スピリッツのプロデューサー、冨谷正博さんの方針でもあるらしい。

「音が鳴っているときに思わず拍手してしまっても、それはそれで結構です。でも、できれば音が完全に消えてから拍手してくださいね」と、開始前に冨谷さんから注意がある。

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録音はまずピアノ・ソロで嶋津のオリジナル「Tender Road to Heaven」から。1週間前に亡くなった、嶋津のジャズ・ピアノの生徒であり、一緒に仕事もしていた中島梓(栗本薫)に捧げた、穏やかで美しい曲。梓先生(と僕らは呼んでいた)の魂がこの場に降りてきて、以後の演奏を見守っているように思えた。

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演奏は嶋津のオリジナルが半分、残りは「シェルブールの雨傘」などミシェル・ルグランの曲と、「The Shadow of Your Smile」などジョニー・マンデルの曲を半分ずつ。

結成して4年になる嶋津健一(p)、加藤真一(b)、岡田佳大(ds)のトリオのアンサンブルは抜群にいい。CD2枚分をほとんど1テイクで、休憩をはさみ6時間ほどで録り終えてしまった。発売は秋になるらしい。

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October 13, 2006

バリー・ハリス at ふじみ野

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バリー・ハリスのコンサートを楽しんだ(12日、ふじみ野市勤労福祉センター)。バリー・ハリスは、バップと呼ばれるモダンジャズ・ピアノを創始したバド・パウエルのスタイルを伝える数少ない現役のピアニスト。尚美大学(ジャズ・コース)で教えるために来日し、地元のふじみ野で1回だけのコンサートを開いた。

足元もおぼつかない75歳、病に倒れ一時は指も思うように動かなかったと聞いたから心配したけれど、ピアノの前に座り鍵盤を弾きだすと、CDで聞いているいつものバリーの音があふれ出る。派手さはないけど、じっくり聞いていると人柄が滲み出てくるような年季の入ったピアノだね。バックは小杉敏(b)、木村由紀夫(ds)。

演奏したのは「チェロキー」「ラウンド・ミッドナイト」のバップの名曲。「ティー・フォー・ツー」などのスタンダード。「深い愛情」「ナシメント」といった自作の曲。

97年のアルバム「FIRST TIME EVER」は病後のせいかミディアム・テンポの曲(自作)が多かったけど、今回はアップ・テンポの曲もあって、50~60年代のバリーを思わせる速さでバップ・フレーズを弾ききる。すごいね。

「ラウンド・ミッドナイト」は、モンクふうな音も交えながら美しいバラード。この夜、いちばん印象に残った。

ミルトン・ナシメントに捧げた自作の「ナシメント」は軽快で、一度聞いたら忘れない独特のリズムとメロディーをもつ。作曲家としてのバリーも大したもの。「深い愛情」は日本でつくった曲で、静かな透明さを湛えている。

アンコールでは枯れたボーカルも披露した。会場の学生にも声を出させ、授業風景をかいま見せる。バリーはNYでもワークショップをやってすごい人気らしいけど、やっぱり教師である前に現役バリバリのミュージシャンであることに納得した2時間。心うきうきして会場を出た。


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January 14, 2006

追悼・本田竹曠

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ジャズ・ピアニストの本田竹曠が死んだ。1997年に脳内出血で半身不随になった後、リバビリして復帰し演奏活動をつづけていた。60歳。ということは、僕より2歳上でしかない。70年代に何度かライブを聴いていたころ、本田はまだ20歳代半ばだったんだなあ。髭をはやした風貌から、もっとずっと年上だと思ってた。

そのころの本田はファンキーでソウルフルな音をたたきだし、日本でいちばんの、いわゆるクロッぽいピアニストだった。フリー系の山下洋輔やバラードが泣かせる菊池雅章と並ぶ人気者。僕は山下洋輔トリオを聴きにいくことが多かったが、たまに本田のピアノを聴くと楽しくて身体がひとりでに弾みだした。

何年か在籍したナベサダ・カルテットもよかったけど、印象に残るのは鈴木良雄(b)、日野元彦(ds)とのトリオ。写真は3人が久しぶりに顔を合わせてつくった「バック・オン・マイ・フィンガーズ」(FUN HOUSE・1990)のジャケット。右が本田で左(訂正。コメント参照)が日野(彼も死んでしまった)。改めて聴くとタッチの力強さは70年代と変わらないし、バラードもいい。

復帰後の演奏に接する機会はなかったけど、一度、聴いてみたかった。今日は一日、このアルバムをかけて冥福を祈ろう。

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December 20, 2005

マッコイ・タイナーに陶酔

青山ブルーノートでジャズのライブを聴いていつも感ずるのは、演奏時間が1時間ちょっとで短いこと。ミュージシャンも聴くほうも調子が出てきて、さあこれからというところで終わってしまい、いつも欲求不満がつのる。

でも今回は同じ時間、しかもアンコールもなかったのに大満足。マッコイ・タイナー(p)、チャーネット・モフェット(b)、ジェフ・ワッツ(ds・訂正。コメント参照)のトリオがものすごいテンションで70分を駆け抜けた。これだけの演奏をした67歳のマッコイにアンコールを求めるのは酷だねと、客もみんな納得していた(12月15日、2ndセット)。

マッコイのオリジナルをはじめ、コルトレーンと演奏した曲(タイトル思い出せない)、古いブルース、ゴスペル調の曲など7曲。

10年前に聴いたときは、マッコイらしいものすごい早弾きで曲の最初から最後まで飛ばしまくっていた。今回は早いタッチで高音を連ねていく(コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」に対応した)スピードに衰えはないものの、途中でゆったりしたソロも聴かせる。それがまたいい。

特に、最後に演奏したオリジナルの「パッション・ダンス」。3人のインタープレイが素晴らしかった。ふつう、テーマの演奏が終わると、1人がソロを取って他のメンバーはサポートに回り、次々にソロを受け渡していく。でもこのトリオはソロとサポートという役割分担をあいまいにして常に3人が一体になって音楽をつくっている。そのなかで、まずマッコイが次いでモフェットが、そしてワッツが主導権を握りながら対話がつづいてゆく。

マッコイはもちろん、モフェットのベースがすごい。音の良さ、乗りの良さ、ものすごいテクニック。加えて、ワッツの踊るようなリズム感。ここにこういう音がほしいなというところに、ボボボン、ズシンと入ってくる。その快感。3人が織りなす音の世界にエクスタシーを感じてしまった。今年聴いた、屈指のライブ。

この3人、レギュラー・バンドではなく臨時編成らしいが(特にワッツは来日直前に代役に立った)、マエストロ3人が組んだこのトリオのアルバムを聴いてみたいな。

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December 07, 2005

『VGのハービー・マン』のアフリカ

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あまりの懐かしさについ買ってしまった。再発された『ヴィレッジ・ゲートのハービー・マン』(ATLANTIC・1962)。高校時代にジャズを聞きはじめて、最初に買った何枚かのLPのうちの1枚。確か最初に買ったのがMJQ、次がこれ、それからマル・ウォルドロンで、次がオーネット・コールマンのストックホルム・ライブと、あきれるくらい一貫性がないね。

このハービー・マンのライブは当時、ジャズ喫茶の人気盤だった。2時間か3時間ねばっていると、たいてい1回はかかった。ヒット曲「カミン・ホーム・ベイビィ」と名曲「サマータイム」がカップリングされたA面がかかることが多かったけど、たまにかかるB面の「イット・エイント・ネセサリー・ソウ」も捨てがたい。

20年ぶりくらいで聞いて、「サマータイム」のハービー・マンの見事なアドリブを、フルートに合わせて今でも口ずさめるのが嬉しかった。

もうひとつの「発見」は、濃厚にアフリカ色があること。当時は、ノリのいいポップなジャズだとばかり思っていた。コンガにアフリカン・ドラムと2本のアフリカ楽器が入り、ハービー・マンの背後で絶えることなくアフリカのリズムを叩きだしている。とくに「イット・エイント・ネセサリー・ソウ」は、アフリカのジャズかと思えるほど。

その後、ダラー・ブランドをはじめアフリカのミュージシャンがジャズ・シーンに登場するけど、その先駆をなすような意欲的な盤だったのかもしれないな。

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December 01, 2005

ディジー・ガレスピーの音色

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ディジー・ガレスピーのトランペットの音色はいいなあと、『ザ・チャンプ』(savoy)を聴いて改めて思った。チャーリー・パーカーとともにビバップをつくりあげたスピード感や新鮮なアドリブに、すごいと感じたことはあっても、いい音色と感じたことはなかった。

それは、僕の聴いたのが1940年代から50年代初期の録音が多く、音がどこかヴェールをかぶったように聞こえていたからだろう。デジタル・リマスターされたこのシリーズの音は、1951年録音というのに、その場に立ち会っているような臨場感がある。

突き抜けるハイノート。明るく力強い中低音。ガレスピーって、こんないい音出してたんだ。一世代若いマイルス・デイビスとは対照的。というより、マイルスはガレスピーを意識しながら自分の個性を探って、細く消え入るようなミュートの音に行き着いたんだろう。

このアルバムのもうひとつの聴きどころは、ガレスピー・バンドの錚々たる顔ぶれ。ミルト・ジャクソン、パーシー・ヒースという後のMJQ組、J.J.ジョンソン、ケニー・バレル、ウィントン・ケリー、そしてジョン・コルトレーン。「キャラバン」「スターダスト」「バークス・ワークス」などなど、おなじみのナンバーをビッグバンド風な楽しいサウンドで。

ミルト・ジャクソンは大きくフィーチャーされて、のりのいいヴァイブを聞かせているし、ウィントン・ケリーは短いながら、ころがるようにリズミックなピアノを弾いている。新人コルトレーンはまだアドリブを取らせてもらえない。

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