December 07, 2016

新安比温泉へ

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a trip to Shin Appi Spa

岩手県八幡平の新安比温泉へ出かけた。盛岡駅から北西へ車で1時間ほど。標高500メートル。さっそく露天に入ると雪が舞っている。

新安比温泉は、安比スキー場麓にある安比温泉から10キロほど北、東北自動車道の安代ジャンクション近くにある。東北道の工事で温泉が湧出し、1980年代に日帰り温泉から出発した新しい温泉。

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この温泉の売りものは強烈な赤錆色の強食塩泉。1キロの湯に20グラムの食塩を含んでいる。なめると海より塩辛い。赤錆色は鉄分を含むから。湯舟や床もこの色に染まっている。タオルも3日で薄くこの色に染まってしまった。ぬるめと熱め、二つの浴槽があり、ぬるめの湯に長くつかると芯からあったまる。アトピーなど皮膚病によく効くそうで、湯治客もいる。

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地下の温泉成分の結晶。古代の海が化石になり、地下水がこの層をくぐることで温泉になる。

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滞在している間、強風や雪、雨、かと思うと青空がのぞく不安定な天気。枯れ枝が揺れ、雲が動くのを見ていると飽きない。

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近くを流れる安比川。

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このあたり、昔から漆器生産が盛んなところ。宿から歩いて10分ほどのところに安比塗漆器工房がある。小鉢を、湯呑にするつもりで求める。


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November 21, 2016

京都 八瀬から若冲展へ

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from Yase to Jakuchu Exhibition in Kyoto

大阪でボランティアの用事があり、翌日は京都へ。

この季節の京都は何度も来てるけどたいてい仕事で、紅葉見物をしたことがない。そこで初めての八瀬へ行ってみることにした。叡山電車に乗ろうと出町柳駅へ行って驚いた。改札の外にずらっと人が並んでいる。外国人も多い。そうか。秋の京都はこんなに混んでいるのか。

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八瀬比叡山口駅を降りて、もう一度びっくり。瑠璃光寺へ参拝するために、もっとたくさんの人が高野川沿いに並んでいる。行列は苦手。2時間待ちと聞いて、すぐ諦めた。近くの散策路を歩く。

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比叡山七合目まで行くケーブルカーに乗る。運転しているのは若い女性で、「このへんの紅葉が見ごろです」とマイクで案内しながら。終点の七合目で降りると紅葉は終わっていた。

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午後は京都市美術館の「若冲の京都 KYOTOの若冲」展へ。

若冲の作品は、大作や代表作が残された京都の寺ばかりでなく、町なかのいろんな家に多くの掛け軸が残されている。そうしたものを中心に、120点余を展示している。

男の子の出世を願う鯉の図や福の神である布袋の図など、似たような図柄もたくさんある。若冲は錦小路の青物問屋の旦那で、人から「男の子が生まれたので鯉の絵をよろしく」なんて頼まれると気軽に描いていたんだろう。大作のような凄みはないけど、さらっと描いて親しみやすく、でも筆遣いも構図も大胆な若冲を楽しめる。こういう展覧会が成り立つのも京都の懐の深さだろう。

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夕方は宮川筋の知人を訪問。元お茶屋の建物だけあって、玄関前はいつも粋にされている。数年前に来たとき、若い舞妓に三味線の稽古をつけている場面に出会った。彼女が成人して芸妓になり、旦那をもったなんて、まったく縁のない花街の話を聞く。


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November 05, 2016

八ヶ岳山麓の旅

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a trip to Mt. Yatsugatake

友人に招かれて八ヶ岳山麓のお宅へ。茅野駅で出迎えてもらい、車で家へ向かうと八ヶ岳が見えてくる。山は数日前に初雪が降ったそうで、うっすらと白く染まっている。

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八ヶ岳の阿弥陀岳山麓に広がるカラマツ林のなかにお宅がある。エコハウスで、屋根には太陽光パネル。ここ諏訪郡原村は隣の茅野市などと合併せず、「日本で最も美しい村連合」に参加して自然環境を生かした村づくりをしている。

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太陽光発電でお湯を沸かし、室内暖房、風呂、キッチンのお湯をまかなう。室内のあちこちに設置された赤いパネルのなかをお湯が流れている。夜になれば外気温は0度近くまで下がるが、家全体が20度近くに暖房されほんわかと暖かい。太陽光発電で家の電気をまかない、余ったときは電気を売るそうだ。

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ここは標高1800メートルほどで、紅葉の真っ盛り。近くに温泉施設があり(竹下政権が地方創生で1億円配ったとき村で温泉を掘ったとのこと)、温泉で温まる。

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近くの池に夕暮れの山を見にいく。正面に阿弥陀岳と赤岳が重なり、赤く染まっている。村人は年に一度、近くの山に登る感覚で3000メートル級の阿弥陀岳に登り、酒盛りをするそうだ。

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翌日も快晴。北八ヶ岳の白駒池へ。八ヶ岳の北にある蓼科山も白い。

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白駒池の周囲はツガ、トウヒなどの原生林で、地面は「苔の森」になっている。

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白駒池は標高2100メートル。日本でいちばん標高の高い天然湖。岸辺は凍っていた。

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午後は諏訪市の諏訪大社上社へ。御柱祭で運ばれた4本の御柱が立つ。友人は上社の氏子で、大祭に参加した。うらやましい。

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上社前の新しいカフェでお茶する。正面に八ヶ岳を望む見事な展望。短い旅の終り。30代のころ、若くして死んだ友人Yをリーダーに小学生だった息子と南八ヶ岳を縦走したのを思い出し、ひととき感傷的になる。


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August 25, 2016

作並温泉から立石寺へ

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from Sakunami Spa to Risshakuji-temple

宮城の作並温泉に4日ほど滞在した。三つの台風が続けて東北から北海道へ抜ける合間、二つ目の台風の後を追って新幹線に乗り、温泉に着くと三つ目の台風が追いかけてくる。

作並温泉は仙台から天童へ抜ける作並街道沿い、広瀬川の渓谷にある古い温泉。泊まった宿は源泉を三つ持っている。湯は無色透明で無臭。「ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉」だそうだ。

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露天風呂は三つ。広瀬川渓流沿いの風呂と、崖上にカモシカや猿が来るという崖下の湯、源泉の一つを使ったぬるめの湯。

三つ目の台風は深夜。いっとき激しい雨と風に見舞われたけど大きな被害はなかった。翌日も雨模様。前日は細い流れだった崖上からの水が滝のように流れている。崖下の湯に寝そべると、頭上は濃い緑。暗い空から落ちてくる雨が顔を打つのが気持ちいい。

ぬるめの湯は、台風の雨で源泉の湯温が下がったそうで入浴できなくなっていた。

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翌日は天気がもちそうだったので、山形の立石寺へ。JR仙石線の作並駅から山寺駅まで20分ほど。作並駅では名物のこけしが観光客を迎える。

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山寺駅を降りると、ホームから立石寺が見える。

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根本中堂を見て山門をくぐり、1000段の石段を登りはじめる。右膝に不安があるので、ゆっくりと。

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300段ほど登って、せみ塚の近く。せみは鳴いているけど、夏休みとあって人は多く、「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」とはいかない。 

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仁王門が見えて来た。ここで600段くらいだったか。

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崖上に建つ納経堂が見えてきたと思ったら、にわかに空が暗くなり、雨が落ちてくる。

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展望のきく五大堂で雨宿り。雨はすぐに上がった。この後、奥の院まで上り、華蔵院で御朱印をいただいて下山。


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June 27, 2016

竹内街道から当麻寺へ

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from the Takenouchi Road to Taima Temple in Nara

ボランティアで大阪へ行く用事があったので、翌日は奈良へ。竹内(たけのうち)街道を歩くことにする。

近鉄南大阪線磐城駅を降りてすぐのところに、竹内街道の始点になる長尾神社がある。竹内街道は「日本書紀」に「推古天皇二十一(613)年、難波より京(飛鳥)に至る大道を置く」とあり、全長30キロにわたる大和朝廷の官道だった。ここから二上山の南にある竹内峠を越え、河内平野を横切って堺に至る。法隆寺の仏像なども、この道を通って難波から飛鳥へ運ばれたんだろう。

左の森が長尾神社。ここから1.5キロほどが国道166号から離れた旧道として整備されている。

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道は竹内峠に向けてゆるい上り坂になっている。道の左側から水の流れる音がする。暗渠になっているが、かつては流れが見えたんだろう。新しい家が多いが昔ながらの白壁の家もある。

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左手の背後に葛城山が見えている。このあたりの水田は飛鳥に京ができて以来、千数百年にわたってこのままの姿なんだろうな。

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右手には二上山(にじょうさん)。

竹内で幼少年期を過ごした司馬遼太郎は、当時の風景をこう描写している。

「むかって左の翼は葛城山であり、右の翼は二上山である。その山脈のふもとには幾重にも丘陵がかさなり、赤松山と落葉樹の山が交互にあって、秋などは一方では落葉樹が色づき、一方では赤松がいよいよ赤く、また右の翼のふもとの赤松山の緑に当麻寺の塔がうずもれ、左の翼のふもとには丘陵のほかに古墳もかさなり、白壁の農家が小さく点在して、こう書いていても涙腺に痛みをおぼえるほどに懐しい」

これは戦前の、あるいは戦後も高度成長期以前の記憶だろう。いま、拡張された国道にはひっきりなしに車が行き交い、建物も新しくなったけれど、目をこらせば司馬遼太郎が見た風景を想像することはできる。

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国道165号を越えると竹内の集落に入り、傾斜が少しきつくなる。

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日曜日の午前中、時間がゆったり流れている。

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元造り酒屋の建物が休憩所に整備されている。

裏に綿引塚という松尾芭蕉の句碑がある。芭蕉の門人が竹内にいて、芭蕉はここに滞在したこともあり、句もつくった。

綿引や琵琶になぐさむ竹のおく

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二上山の麓にある当麻寺へ、当麻の集落を歩く。玄関先に面白い注連縄があった。近くにある天神さんの講で、20年にいちど、つけかえるそうだ。

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塀の角に七福神がいる家も多い。

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当麻寺の三重塔。東塔、西塔と、ふたつの塔が創建当時から現存するのは当麻寺だけだそうだ。

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本堂(正面)と講堂(右)、金堂(左)。本堂の本尊は当麻曼荼羅。原曼荼羅は損傷が激しく、現在安置されているのは室町時代に転写された文亀曼荼羅と呼ばれるもの。印刷でしか知らなかったが、じっくり見ることができた。

3時間ほどの散歩。梅雨の晴れ間で日差しが強い。門前でソバを食べ、当麻寺駅まで歩く。


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November 12, 2015

加仁湯と八丁湯

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奥鬼怒温泉郷の加仁湯と八丁湯に行ってきた。

東武・鬼怒川温泉駅からバスで110分、さらにマイクロバスで20分。鬼怒川の源流近い鬼怒沼山の谷あいに四つの一軒宿が点在している。鬼怒沼山を越えて西へ行けば尾瀬沼、北へ行けば福島県桧枝岐になる。

加仁湯は山奥の宿にしては大きな建物だった。

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加仁湯は五つの源泉を持っている。四つは白濁する硫黄泉で、ひとつは透明の湯。この「第三露天」はふたつの硫黄泉が混合されている。片側はぬるめで、片側は熱め。硫黄泉といっても草津や万座のような強い湯でなく、肌に柔らかい感じ。白濁の度合いも草津・万座みたいなとろとろの白ではない。湯治ではないから、こちらのほうがゆっくり浸かっていられる。

対岸の崖が迫っている。標高1300メートル、鬼怒川温泉では見事だった紅葉はここでは終わり、ブナ、ナラ、カエデは落葉している。急な崖の獣道を2頭のカモシカが歩いていった。

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河原につくられた「第二露天」(ちなみに、よくポスターに使われる「第一露天」は女性専用。いちばんいい湯が女性専用というのは、時代というか。第一と内湯以外は混浴)。

源泉を入りくらべられるよう小さな風呂が五つ並んだ露天もある。硫黄泉は白濁の度合い、匂いがそれぞれ。体が見えないほど白濁した湯、青味がかった白濁の湯。、半透明の湯。硫黄臭に加えて鉄のような匂いのするのもあった。肌にまつわる感じもなめらかなのと、こするときゅっきゅとするものと。透明な湯は熱かった。

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ロビー脇の囲炉裏部屋。ここへ来る途中のバス停に「マタギの里」があった。マタギが捕ったクマ、鹿、カモシカ、キツネ、テンが飾られている。肉は料理に、皮は敷物に。

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加仁湯から10分ほど河原の遊歩道を下ると八丁湯がある。

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八丁湯は透明。この湯は熱かったけど、滝の脇にある露天ともうひとつの露天はぬるめで、お湯も柔らか。加仁湯と八丁湯は湯質が違うし散歩がてら行けるので、どちらの宿に泊まった客もたいてい二つの湯に入る。

八丁湯はログハウスの部屋もあって若い人も多い。加仁湯は昔ふうの宿で団体も湯治客も来る。

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もう一軒の宿、日光沢温泉のほうへ歩いていくと、下流の常総市で堤防が決壊した9月の大雨によって道路が崩れ土嚢が積まれていた。崖を覆う工事をしている直下の遊歩道が崩落したという。そういえば、鬼怒川温泉駅からのバスに乗っているときも、路肩が崩れて片側通行になっている個所があった。

あの日は激しい雨が1日半つづき、500ミリが降ったという。日光沢温泉では橋の上まで水がきた。

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バスの終点、女夫淵の橋の上から、影の自写像。女夫淵には温泉があったが、東日本大震災で泉脈が変わって温泉が出なくなった。ホテルは廃業し、今は更地になっている。

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July 09, 2015

高湯温泉につかる

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visiting Takayu Spa in Fukushima

2カ月のオフィス通いの仕事がようやく終わり、福島県の高湯温泉に行ってきた。福島駅から吾妻山連峰へ向けてバスで40分、標高750メートルの山間にある。400年前に発見され、古くから薬湯として有名な温泉だ。

泊まったのは玉子湯という旅館。明治元年創業で、当時の茅葺の湯小屋がそのままの姿で再現されている。

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湯小屋の内部。男女別で5、6人も入ればいっぱいになってしまうほどの浴槽。むろん、今も入れる。たいていの人は覗くだけで別の湯に行ってしまう。ちょっと熱めの湯にひとりのんびりつかった。

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湯小屋のそばにある源泉。この宿には、源泉がもうひとつある。

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湯小屋のほかに、内湯がふたつ、露天風呂がふたつ。これは露天の天渓の湯。湯は白濁した硫黄泉。湯の向こうに阿武隈川の支流、須川が流れている。対岸はミズナラ、エドヒガン、アカマツなどの林。まだ真夏の緑でなく、初夏の黄緑色。渓流の音を聞き、緑を目にし、ぬるめの湯につかっていると時間を忘れる。

日に三度、温泉につかり、散歩し、本を読み、食って寝て、それだけの四日間。持っていった本は青木正夫ほか『中廊下の住宅─明治大正昭和の暮らしを間取りに読む』という建築の専門書。昭和3年建築、築87年のわが家が明治以降の住宅の歴史のなかでどんな位置にあるのかがよくわかった。

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明治20年代の旅館。ここに寝泊まりし、先ほどの湯小屋で温泉につかったのだろう。農閑期の湯治場として栄えたそうだ。

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内湯の湯口。硫黄で木が変色している。

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宿から15分ほど上流へ歩くと温泉神社がある。周辺に7、8軒の宿がある。

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須川の河原にある源泉。高湯温泉は湯量が豊富で、どの宿も「源泉かけ流し」になっている。「源泉かけ流し」は湯が豊富で、しかも適当な湯温度でないとできない。僕は必ずしも源泉かけ流しにこだわらないけど、ぜいたくなことではある。

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March 11, 2015

幻のアーチ橋

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the arch bridge sunk in Lake Nukabira

水位の下がった糠平湖の湖面から姿を現した旧国鉄士幌線のタウシュベツ川橋梁。

士幌線は1939年に帯広-十勝三股間が開通した。大雪山の森林から伐り出したクロマツ、エゾマツなどを輸送するための山岳鉄道。建設費を抑えるため現地調達できる砂利や砂を使ったコンクリートのアーチ橋が60ほどもつくられた。

タウシュベツ川橋梁もそのひとつで、長さ130メートル。1950年代に糠平ダムが建設されることになって士幌線はルートが変わり、タウシュベツ川橋梁は糠平湖の底に沈んだ。夏から秋にかけて、ダムが満水になると橋は水面下に隠れるが、水位が下がる1月になると姿を現す。

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国道273号線からスノーシューを履いて森のなかへ入る。スノーシューはかんじきに似ていて、ストックを使いながら歩く。スノーシューがないと太ももまで雪に埋もれてしまう。300メートルほど歩くと、橋を展望できる場所に出る。

橋は腐食が進み、いつ崩れるかわからない状態だという。冬は凍った湖面を歩いて橋までいくツアーもあるが、今年は氷の溶けるのが早く、3月1日に湖面に入るのが禁止された。

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旧士幌線の線路跡。1978年に十勝三股-糠平間が、1987年に糠平-帯広間が廃止された。アーチ橋も解体されるはずだったが、住民の保存運動が実って北海道遺産に登録された。今ではアーチ橋を訪れる観光客も増えている。

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士幌線終点の十勝三股駅跡。鉄道の修理工場だった建物が残る。

林業全盛期には1500人の住民がいたが、いま残るのは2軒だけ。うち1軒は喫茶店を経営していて、昔ふうの小屋が懐かしく繁盛しているとか。

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かつての町の跡形もない。徐々に自然に還りつつある。沼までの踏み跡はシカが水を飲みにきたもの。背後は東大雪山系の石狩岳につづく山々。

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第五音更(おとふけ)川橋梁。長さ109メートル。十勝三股駅と幌加駅の間にある。

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幌加-糠平間の三の沢橋梁。長さ40メートル。雪がなくなれば橋上を歩くこともできる。


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March 10, 2015

湖と温泉

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flozen Lake Nukabira

結氷し、雪をかぶった糠平(ぬかびら)湖。ニペソツ山、ウペペサンケ山を中心とする東大雪地域の麓にある。糠平の地名は、ヌカ・ピラ(形ある崖)というアイヌ語から。

糠平湖は人造湖。1950年代に十勝川支流の音更(おとふけ)川につくられた糠平ダム建設によって生まれた。冬はワカサギ釣りが楽しめる。今年は氷の溶けるのが早く、3月1日には湖面への立ち入りが規制された。

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ぬかびら温泉(温泉名はひらがな表記)は大正期に発見された。昭和に入り鉄道が通ったことで十勝方面や林業関係の客でにぎわったという。でも1980年代をピークに林業の衰退、鉄道の廃線、スキー人気の低迷などもあって客は減っていった。

いちばん大規模な大雪グランドホテルは2003年に倒産、その廃墟は今も温泉街のなかに寂しく残っている。「みやげ」と看板のある店も数軒あるけれど、営業しているのは1軒だけ。

でもここの温泉は湯量は豊富で泉質もいい。全国に先駆けて「源泉かけ流し宣言」して、温泉としての魅力をアピールしている。高度成長期のような大きな温泉ホテルでなく、小さな宿泊施設もでき、さまざまな工夫で生き残ろうとしているようだ。頑張ってほしい。

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部屋から外をながめていたら、シカの親子がやってきた。今はシカ猟の季節だけれど、町なかなら撃たれる心配がないので、人のいるところへ出てくるという。

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夕方、雪が激しく降りはじめた。さあ、また露天に温まりにいこう。

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March 09, 2015

糠平温泉の露天

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Nukabira Spa in Hokkaido

北海道の糠平(ぬかびら)温泉郷へ。とかち帯広空港からバスで2時間弱。大雪山の東麓にある温泉だ。宿へ着き部屋から外をながめると、窓の下、渓流のそばに露天風呂が見える。

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木の階段を40段ほど下ると、雪景色のなかに風呂がある。

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ちょうど誰も入っていなかった。お湯は無色透明で無臭。湯加減は長く入ってものぼせない程度。手足をのばしてゆったり浸かる。見上げると、わずかな風にクロマツの枝から雪が粉のように落ちてくる。

お湯はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉。飲用できないけど、なめるとかすかに塩味がする。ここは全国でもいち早く源泉かけ流しを宣言した。

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宿には同じ源泉だけど内湯がふたつ、別の露天がふたつある。深夜、別の露天に入っていると雪が降ってきた。お湯に浮いていると顔に雪がかかって冷たいのが気持ちいい。

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