October 27, 2009

湯の小屋温泉へ

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2年ぶりに昔のオフィスにに通う仕事が一段落したので、群馬の湯の小屋温泉に行ってきた。湘南新宿ラインで高崎まで行き、上越線水上行きに乗り換える。前橋を過ぎると右の車窓に赤城山、左に榛名山が見えるはずだけど、この日は今にも降り出しそうな厚い雲で、風景は霞んでいる。写真は後閑あたり。

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湯の小屋温泉は、水上から利根川の上流へバスで1時間ほど遡った木の根沢川沿いにある。標高が上がると、木々が紅葉してくる。

このあたりには藤原ダム、矢木沢ダム、奈良俣ダムと、いま問題になっている利根川水系のダムがかたまってある。バスに乗っていると次々にダムが現れる。それを見ても、200年に1度の洪水のためにあと十数基のダムをつくるという計画がどんなに無理なものか想像がつく。

道は栃木、福島との県境近くを走り、峠を越えると尾瀬になる。湯の小屋には数軒の旅館があり、以前に2度ほど泊まったことがある。

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旅館(龍洞)には17の風呂がある。僕はこの、斜面の下にあるいちばん古くて大きな露天が好き。拙い写真ではスケール感が出ないけど、ぬるめの湯に体をひたすと山にすっぽり包まれた気分になるのがたまらない。前回来たとき、風呂の周りは数十センチの積雪で真白だった。今日は、ブナ、カエデなどの色づいた木々にかこまれる。湯につかりながら紅葉を見上げ、冷たい雨に顔を打たれるのもいいもんです。

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こちらは木の根沢川に面した風呂。

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ここから5キロほど遡ると照葉峡という紅葉の名所がある。バスは通ってなく、車でしか行けないので行ったことはないけど。

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この旅館、昔は湯治場だったんだろうけど、今は露天風呂をたくさんつくり、すべて貸切で入れるようにして若いカップルを狙っているようだ。

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近くの道路脇では農家の人がテントを張って、きのこの路上販売。きのこ汁がうまかった。


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August 24, 2009

上海の旅(2) 古い街

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前日に行った外灘(バンド)から南へ行ったところに、山手線のようにぐるりと回る中華路・人民路という道路がある。この道には、かつて城壁が巡っていた。上海が城郭都市だったころの名残りというわけだ。

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(The walled city of Shanghai during the Ming Dynasty, from Wikipedia)

城壁は明代の1554年、倭寇から町を守るために建設された。城壁の高さ10メートル、周囲5キロ。だから円形の中華路・人民路の内側がいちばん古い上海ということになる。そこを歩いてみた。旧城内には観光スポットとして有名な豫園もある。

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地下鉄2号線の大世界駅から東に5分ほど歩くと中華路・人民路にぶつかり、そこに大境閣古城壁がある。大境閣古城壁は、明代の城壁が唯一ここだけ残っている場所だ。うーん、ずいぶん立派な城壁と門。明代の豊かさがうかがわれる。

古城壁脇の大境路を行くと塀に仕切られた空地があり、パンツ一丁のおじいさんが歩いている(最初の写真)。このあたりは庶民の町なんだ。先に商店街が見えてくる。

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大境路の商店街。こういう場所へくるとなぜか心が弾んでくる。

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八百屋、魚屋、食べ物屋、雑貨屋、日々の生活に必要な店が並んでいる。

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路上の靴修理。

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ロースト・ダックの店。正面には客が何人も並んでいた。

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路地の向こうに豫園が見えてきた。

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江南の古典庭園と言われる豫園は、観光客が必ず訪れるスポット。周囲は再開発され、豫園商城と呼ばれるショッピング・モールになっている。

28年前に来たときは、こんなに整備されていなかった。庭の周囲には雑然とした店が密集し、戦前、犯罪や阿片窟がはびこって魔窟と呼ばれたころの面影をとどめていた。今はすっかり東映映画村状態になっている。

清朝の覗き眼鏡を再現した見世物をやっていた。

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豫園の南に上海老街と呼ばれる通りが走っている。古い商店建築と、それを模した新しい建築でオールド上海を再現した商店街。土産物屋、お茶屋、茶館、骨董品店なんかが並んでいる。

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そのなかの1軒、老上海茶館で一休み。壁には古い地図やポスター、レコード盤がかけられている。

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茶館の窓から外の上海老街を見る。古い商家を改築中だ。

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観光スポットを離れ、再び古い街へ。くねくねとくねる細い道、金家坊を迷いながら老西門を目指して歩く。

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戦後、いやひょっとしたら戦前の建築だろうか。長屋ふうな小さな家屋が密集している。昔ながらの街。といってもエアコンの室外機がついている家も多い。

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頭髪を洗っていたおばさん。

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デッキチェアでお菓子を食べていた子。

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足場は昔ながらの竹で組まれていた。

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よく見ると凝った装飾。

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路地の向こうに再開発されたビルが見えてきた。旧城内でも、こういう密集した地域が取り壊され、高層アパートに建て替えられているところも多い。ここも同じ運命にあるんだろうか。

 


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August 22, 2009

上海の旅(1) 新しい街

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ほんの4日ほどの旅で、上海に行ってきた。

以前に上海に行ったのは1981年だから、28年ぶりのことになる。まだ鄧小平の改革開放はおろか、文化大革命の余波が残っている時代だった。仕事で行ったんだけど、通訳は黒竜江省に下放され、運よく上海に戻って大学で日本語を学んだ文革世代の青年。彼の通訳で、文革で痛めつけられた老詩人に会って話を聞いた。

その後、テレビなどで見るにつけ、上海の変貌はすさまじい。どんなふうに変わったのか、一度行ってみたいと思っていた。

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ホテルを出て、地下鉄の静安寺駅に向かって歩く。南京西路と華山路が交わるこのあたりは高層ビルが建設中で、繁華街に近い。金ぴかの静安寺の屋根が見える。

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静安寺は朝からすごい人出。西暦247年創建と伝えられる真宗の古刹だ。もっとも建物は新しく、なかには巨大な釈迦と観音が坐している。革命後、仏教は保護されていたとはいえ、あまり大っぴらに人が集まる場所ではなかった。少なくとも1981年に来たとき、訪れた寺はひっそりしていたし、道教の道観は荒れ果てていた。当時と違って、まるで台北の寺や道観を思わせるにぎやかさ。人々が線香を手に、四方を拝んでいる。

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上海の第一印象は、「工事中の街」。上海万博を来年に控え、建物、高速道路、地下鉄、すべてが工事中だ。まるで東京オリンピック前の東京状態、って言っても分かる人は少ないか。写真は繁華街の南京東路を一本裏に入った通りだけど、両側が建物がずらっと改築中。昔は足場が竹で組まれていたけど、さすがに鉄骨になっている。できあがれば洒落たショップになるんだろうか。

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植民地時代の上海の象徴する外灘(バンド)へ。28年前に泊まったホテル、和平飯店は閉鎖され改築中だった。万博までに新しいホテルとしてオープンするらしい。バンドの植民地時代の建物は、和平飯店と同じように多くが改築中。

向かいの黄浦公園も工事中で入れなかった。黄浦公園からバンドの歴史的建造物と、黄浦江の向こう岸にそびえる高層ビル群を同時に眺めたらどんな気持になるだろうと思ってたんだけど、残念。

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いくつかの建物は改装が終わっている。そのひとつ、外灘18号は元インド・オーストラリア・チャータード銀行。外観は新古典主義、内部はアール・デコ調の優美な建物だ。

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カルティエなどのブランド・ショップやバー、レストランが入った複合施設。2006年のアジア太平洋文化遺産保護賞を受けている。

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黄浦公園に入れなかったので、その上流にかかる外白渡橋まで行くと、対岸の浦東に建てられた高層ビル群が見えた。28年前、黄浦江の向こうに広がるこの地は一面の草原だった。外灘沿いの中山東路に車は少なく、朝晩は自転車でいっぱいだった。

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僕の記憶では草原の地、浦東の地下鉄駅を出ると、中国各地や外国から来た観光客でいっぱいだ。いかにも中国的な建物、東方明珠塔なんかを写真に撮っている。

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ここも、いたるところ工事中。埃っぽく、おまけに34度の暑さと肌にべとつく湿気がたまらない。東方明珠塔の展望台や、森ビルが建てた上海環球金融中心といった観光名所に行く気も起らず、早々に引き上げることにする。ここの風景は映画の『ダーク・ナイト』で堪能したから、まあいいか。

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地下鉄は8ラインが営業し、さらに4ラインが工事中。乗客の服装は東京と変わらない。ニューヨークよりお洒落かも。と思ったら、一目で地方出身と分かる労働者が大きな袋をかかえて乗っていた。

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夕方、ホテルに戻ろうと静安寺駅を出ると空が真っ黒。部屋へ入って5分後、ものすごいスコールと雷が来て2時間つづいた。雨が上がった後も、外の空気はねっとりと熱く、湿っている。


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June 13, 2009

黒部峡谷露天風呂巡り

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黒部峡谷へ露天風呂巡りの旅に出かけた。目指したのは黒薙温泉と鐘釣温泉。

JR魚津駅で富山地方鉄道に乗り換え、宇奈月温泉へ。そこから黒部峡谷鉄道、通称トロッコ電車に乗り込む。

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黒部といえば思いつくのはクロヨン・ダム。中島みゆきの「地上の星」じゃないけれど、右も左も無邪気に近代化を信じられた時代の最大の「プロジェクトX」だった。

黒部川はクロヨンはじめ10箇所もの発電所があることから分かるように、電源開発では日本有数の川。トロッコ電車は、もともとダムや発電所の工事用につくられた鉄道だった。宇奈月を出た電車は、さっそく宇奈月ダムの脇を走る。

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黒薙駅で降りると、本線から別れて普段は使われない支線のトンネルがある。数年前まではトンネルを歩いて黒薙温泉に行けたのだが、国交省から「鉄道トンネル内の歩行は罷りならぬ」と無粋なお触れが出て、今は通行できない。

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階段を上り、細い山道をたどること15分、黒部川の支流である黒薙川と、一軒宿の黒薙温泉が眼下に見えてきた。

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山道を下り、宿を見下ろすと高度成長以前、昭和30年代の記憶がふっと現れたような風景。黒薙温泉旅館は昔ながらの木造の宿で温泉巡りの先達、嵐山光三郎兄貴に言わせれば、「穴場中の穴場」の温泉だ。宿はカエデ、クリ、ナラ、ケヤキ、イヌシデ、クルミなど深い落葉樹林に囲まれている。

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黒薙川の河原に、大岩で囲まれた豪快な露天風呂がつくられている。湯は無色透明のアルカリ性単純泉。やや熱い。湯量は豊富で、宇奈月温泉街の湯はすべてここから6km余りを太いパイプで送られているそうだ。

深い谷に囲まれ、急流の音と鳥の声以外なにも聞こえない。他に泊り客もなく、この湯と風景を独占できたのは最高の贅沢だなあ。

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黒部峡谷を歩いていると、日本でそういう体験はほとんどないけれど、地球が生きていることを実感できる。ここは今、雨が激しく山を穿ち谷を刻んでいる最中なのだ。川は深い谷の底を激しく流れ、両岸の崖は実感としては垂直に近く切り立っている。沢のあちこちが崩落して、水が大岩や大量の土砂、樹木を押し流している。写真は宿の向かいの崩落。

そんな地球の営みに人間が巻き込まれると災害ということになるのだが、ここにいると、それも自然の営みにちょっかいを出した人間側の都合にすぎないと思えてくる。クロヨンも「大自然への挑戦」などでなく、その力をちょっと借りているんだと思わないと、思わぬしっぺ返しを食らうことになるかもしれない。

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翌日はトロッコ電車で黒部峡谷を更に奥へ。出し平ダムの脇を通る。

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黒部川が電源開発に利用されたのは、豪雪地帯にあるため水量が豊かで、平均河床勾配1/40(40m流れて高度が1m下がる)と勾配が激しいから。黒部の山と川は地球年齢からいえば若く、荒々しいのだ。

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この日は鐘釣温泉へ。ここも黒部川の河原から湯が沁み出し、岩で囲っただけの露天風呂がつくられている。流れの向こうに見えるのは万年雪。

増水すると川の流れに浸かって風呂が使えなくなり、その都度修理しなければならない。でも入浴は無料。管理しているのは一軒宿の老夫婦で、「もう辞めようと毎年のように話すけど、お客さんに喜んでもらうともう少し続けようって」。

トロッコ電車が終わる夕方には日帰り客も帰り、この日も他に泊り客はなかったから、あたりは人っ子ひとりいなくなる。ぬるめの湯に長時間浸かっていると、皮膚の穴という穴がぜんぶ開いて身体に湯が沁みこんでくる。それだけでなく、見る聞くかぐ味わう触れるの五感がすべて周りの自然に対して開いていき、自分という輪郭があいまいになってゆく気がする。それが快い。こういう経験は一軒宿のこういう温泉でしか味わえない。

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