January 15, 2021

ホウレンソウがようやく

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この冬はホウレンソウとシュンギクを育てているけど、種を蒔くのが遅れたので、なかなか大きくならない。冬で太陽が傾き、隣家や庭のカエデの影がミニ畑にかかっていることもある。年が明けて、ホウレンソウがようやく収穫できる程度になってきた。シュンギクは鍋の季節だというのに、まだ小さなまま。春まで大きくならないのか。

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January 07, 2021

モニカからの年賀

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モニカから新年のグリーティング・カードが届いた。モニカは南米コロンビアからニューヨークへやってきた美術アーティスト。14年前にアメリカで一年間暮らしたとき、マンハッタンの語学学校で知り合った。当時20代半ばだったろう。英語を勉強しながら美術活動をしていて、一度彼女のスクラップブックを見せてもらったら、1ドルショップで売っているような日用品や新聞の切れ端に加工して日々の記録ふうな作品になっていた。

モニカと話すようになったきっかけは授業中の小さな出来事。そのとき彼女はアナイス・ニンの小説を持っていて、そのエロチックな表紙を見た若いクラスメートが「モニカがポルノを読んでる」と言い出し、何人もが「見せて、見せて」と教室中がうるさくなった。教師が困惑顔をしていたので、僕が「アナイス・ニンはポルノじゃないよ。ちゃんとした小説だよ(実はかなりエロチックではあるのだが)」と言ってその場は収まった。授業が終わった後、帰りがけにモニカとしゃべったら、シャーデーの曲とかポランスキーの映画とか好みが共通していて、それから時々話すようになった。日本へ帰ってきてからも、ニューヨークの彼女とフェースブックでつながっていたから折々にメッセージを交換していた。

去年、病気治療をしているあいだに自費で1冊の本をつくり、それをモニカに贈呈した。むろん彼女に日本語は読めないけれど、フランス装で装幀した本の手づくりな触感を気に入ってくれて、自分の作品を飾った部屋の机にディスプレイしたと、その写真をグリーティング・カードとともに送ってくれた。手紙にはもうひとつ、漁網をピンクに染めた「Cherry Blessings」というモニカの作品のポストカードが入っていたので、フレームに入れて本棚に飾った。その写真を彼女にメールで送ったら、さっそく「とても嬉しい」と返事が来て、そんなわけで今日は気分のいい日なのです。

 

 

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January 01, 2021

明けましておめでとうございます

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明けましておめでとうございます。
今年は初詣に行けないので、浦和の氏神である調宮の神を祀ったわが家の神棚に挨拶しました。
このところ諸事情がありブログの更新もままなりません。
でも時間を見つけてなんとか続けたいと思っています。
よろしくお付き合いください。

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October 20, 2020

鬼海弘雄さんを悼む

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写真家の鬼海弘雄さんが亡くなった。

鬼海さんから携帯に電話がかかってきたのは6月17日のことだった。その日付をなぜ覚えているかというと、昨年秋に悪性リンパ腫が寛解した後、再発がないかどうか調べるため病院で定期検査を受けていたからだ。ちょうど会計を済ませたところに呼び出し音が鳴った。その数カ月前、抗がん剤治療中に自費出版した本を鬼海さんに送り、その中で病気について触れていた。

携帯を耳にあてるといきなり、「私、山崎さんと同じ病気なんですよ」と、いつもの鬼海さんの声が聞こえてきた。悪性リンパ腫は血液のがんなので手術はできず、抗がん剤治療が中心になる。聞くと最初の抗がん剤の効果がはかばかしくなく、別の薬を使って入院中らしい。といっても声の調子からは元気な様子で、同じ病気仲間としてエールを交換した。今年1月、渋谷での「や・ちまた」展に鬼海さんは病院から姿を見せたようだが、そのとき会えなかったので少し安心した。

鬼海さんから「トルコに行きたいんです」と相談されたのは、『アサヒカメラ』編集部にいた1996年の秋だった。『王たちの肖像』や『INDIA』に感銘を受けていたので、一も二もなく承知した。2カ月の取材のうち最初の1週間だけ、編集部のSさんに同行してもらうことにした。そのときの作品は1997年4月号に「アナトリア紀行」として16ページ掲載されている。Sさんは同行記で、鬼海さんのこんな言葉を記録している。「人を撮るには絶対的に相手を肯定しなきゃ。第三者になって分析するんじゃなくて、対象の中に自分自身が見えなきゃ、おもしろくない」。これは浅草を舞台にしたポートレートでも、インドやアナトリアのスナップでも、また東京の風景を撮っても共通する鬼海さんの基本的な姿勢だろう。

その後、暑くなったころにまた電話がかかってきた。声に以前より張りがないのは気になったけれど、「まだ写真集を2冊、つくりたいんですよ」と意欲は満々だった。出版社とも話がついたという。「1冊は東京の風景で、タイトルも決めた。あと少し撮りたせばできるんですけどね。早く東京を歩きたい」というのが、鬼海さんから聞いた最後の言葉だった。「そうしたらまたSさんと3人で、いつかみたいに神楽坂で飲みましょう」と約束したのだが、その約束も果たせなくなってしまった。合掌。

 

 

 

 

 

 

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September 02, 2020

クチボソ釣り

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30分ほどの激しい雷雨がおさまったので高沼東縁排水路を散歩していたら、近くの人がクチボソ釣りをしていた。この排水路には50センチ以上の大きな鯉がたくさんいるけど、誰も手を出さない。悠々と泳いでいる。昔ながらの生態系が保たれているけど、ここから少し下流には誰かが雷魚を放したらしく、雷魚が繁殖してクチボソはいなくなったという。雷魚は姿かたちが気味悪いので、誰も釣ろうとしない。

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August 27, 2020

病院へ

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3カ月ぶりに病院へ行って検査。PET/CT検査というもので、微量の放射性薬剤を血液に入れ、その動き具合を画像診断するもの。これをやると微量の放射能が身体から出るらしく、検査を終えて帰るときに妊婦や子供に近寄らないよう注意書きがある。なんだか自分が事故を起こした超小型原子炉になった気分。9時間ほど絶食したので腹が減り、遅い昼飯を食べて信濃町駅周辺を少し歩いて帰る。もちろん妊婦さんと子供に近づかないよう気をつけて。

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August 22, 2020

ゴーヤの収穫

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今年はじめてのゴーヤ。わが家は前年に採ったゴーヤの種を畑に直播きするので発芽が遅く、だから実がなるのも遅い。それでも8月下旬にはじめて収穫というのは今までなかった。長梅雨のせいだろうか。でも、いったん実がなりはじめると、次から次へと採れるはじめる。今年もそうなるといいんだが。

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August 15, 2020

ブドウの収穫

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今年はじめてのブドウの収穫。種ありのデラウェア。40年前に植えたものだけど、2代目の樹が今も実をつける。小粒だけど、家で食べるぶんには十分。例年なら色づくとヒヨドリが食べにくるのだが、今年はあまり姿を見せない。

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August 13, 2020

雷雨のあと

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2日続きの猛暑と激しい雷雨のあと、暑さもすこし和らいだので散歩に出る。ミンミンゼミの声が響いている。こういう日の雲の変化はいくら見ていても飽きない。

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August 01, 2020

今日の収穫

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久しぶりに晴れたので、庭の畑で収穫。今年は2種類のミニトマトをつくっているが、長雨のせいかどちらも出来が悪い。赤味がまだらになり、皮も固く、甘みも少ない。まあ、プロがつくっても出来が悪いみたいだから仕方ないか。ミョウガは花が咲いてしまったのが多かった。

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