February 20, 2017

鶴橋商店街

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大阪へ行ったとき、たいてい寄るのが鶴橋駅前のガード下の商店街。色鮮やかなチマ・チョゴリが並んでいる。30年以上前、この町で朝鮮語を習っていたとき、授業のあとたいていここを通って飲みに行っていたから、なんとも懐かしい。町はどんどん変わるのに、この商店街は観光客相手の店がちらほらできたほかは、ほとんど変わっていない。

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30年前から通っているなじみの店で、必ず買うのは岩のり。これを白いご飯に載せたり、酒の肴にすると至福。

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January 28, 2017

懐かしい映画館

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昔ふうの懐かしい映画館。伊勢佐木町の横浜ニュー・テアトル。もっとも、座席やスクリーン、音響装置は新しいもので快適だった。

ジョニー・トー『ホワイト・バレット』を見に、浦和から上野東京ラインに乗って。


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January 21, 2017

喫茶店のナポリタン

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いつもペペロンチーノでは飽きるので、今日は喫茶店のナポリタンに挑戦(というほどのことじゃないけど)。

トマトソースでなくケチャップをベースに、ウスターソース、バター、牛乳、砂糖などを入れるのが、あの懐かしい和風味の秘訣のようだ。学生時代にサテンでよく食べた味、ほぼ再現できました。


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January 16, 2017

霜柱立つ

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frost columns in my garden

このところ連日、朝起きると霜柱が立っている。

門の鍵を開け、新聞を取りに出るとき、サクサクと踏むのが楽しみ。


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January 03, 2017

明けましておめでとうございます

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good-luck arrow of the year of the cock

明けましておめでとうございます。

毎年の習慣で、浦和の氏神、調宮(つきのみや)に初詣して破魔矢を求め、神棚に。

昨年秋から家族の入院や仲間とやりはじめた仕事などもあり、ブログの更新がとどこおりがちです。
特に映画は見る本数も感想のアップも減ってしまいました。なんとか元に戻したいものです。

今年もよろしくおつきあいください。
皆さまの健康をお祈りします。


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November 24, 2016

雪の北浦和駅

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11月の雪は54年ぶりだそうだ。小生、高校生だったはずだけど記憶にない。午前10時半、重い牡丹雪が舞っているが、道路には積もっていない。電車も動いているようだ。


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November 18, 2016

工藤律子さんを祝う

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『マラス 暴力に支配される少年たち』で開高健ノンフィクション賞を受けた工藤律子さんを祝う会へ。選考委員の姜 尚中氏からお祝いの言葉をかけられる工藤さん。

彼女とは30年前に出会った。週刊誌の編集者をしていたとき、当時、学生だった工藤さんがメキシコのストリート・チルドレンを取材した原稿を持ち込んできた。新鮮だったので、3週にわたって掲載させてもらった。そのころからのつきあい。一貫した姿勢が素晴らしい。


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October 28, 2016

アカリ・ベーカリー

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my friend's bakery

ヨガ仲間が結婚して、去年12月に旦那さんと開業したベーカリーを訪れる。国立市のアカリ・ベーカリー。国立駅南口から線路沿いに西へ数分歩いたところにある。小さいけれど明るい光がたっぷり入る店。勤め帰りの女性が次々にやってくる。

店内には数十種類のパンと、ラスクなどの菓子が並べられている。ガラス窓を通してパンを焼いているところを見ることもできる。

旦那さんはホテルやレストランでパンを焼いてきたそうだ。クリームパンや本格的なバゲットもあるが、いちばん自信があり人気なのはアカリブレッド(食パン)。店名をデザインしたシールには「日々のパン」とあった。毎日食べるパンにこそ力を入れているということだろう。トーストにしてバターをつけると、しっとりした食感。パン本来の味がする。

コーヒー味のラスクも美味でした。わが家から遠いのが残念だなあ。


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September 25, 2016

一葉旧宅からロシア民謡の日

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walking around Hongo,Tokyo

雨のなか、本郷へ。仕事に関連して樋口一葉の旧宅跡を見にいった。本郷は起伏が多い。菊坂から一本裏へ入った菊坂下道。下道の反対側は鐙坂で両側が高くなっており、谷を走る道であることがわかる。江戸から明治初めにかけて、台地は武家や富裕層が住み、低地には細民が暮らしていた。菊坂下道は当時の地割りをそのまま残していて、人ひとりやっと通れる道や行き止まりの道もある。

下道から細い路地を入った奥に、一葉が住んだ旧居跡がある。階段を上ると鐙坂に通じている。手前の井戸は一葉も使ったものという。一葉はここに18歳から21歳まで住み、針仕事で家族を養いながら小説を書きはじめた。

ここから5分ほど歩いた西片町の崖下には、一葉が最後に住み結核で亡くなった旧居跡もある。谷底と崖下に住んだ一葉。そういう場所と一葉の小説とは深くつながっている。

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夜は本郷(元富士町)の喫茶店で「うたごえ喫茶ナイツ!」。

友人のソプラノ歌手、室井綾子さんはじめ、クラシック畑の声楽家5人の出演。みな「ロシア声楽曲研究会」のメンバーだそうで、ロシア語と日本語で「黒い瞳」「カリンカ」などおなじみの曲を歌う。

団塊に属する小生あたりが、時代現象としての「うたごえ喫茶」を体験したいちばん若い世代だろうか。大学に入りたてのころ、先輩に誘われて新宿の「ともしび」に行ったことがある。甘く物悲しい旋律のロシア民謡はよかったが、声をそろえて歌う雰囲気になじめなくてそれきり行かなかった。ロシア民謡をこんなにまとまって聞くのは、それ以来かも。

室井さんがひとりで歌った「モスクワ郊外の夕べ」はジャズでもときどき演奏されるけど、澄んだ歌声に感情がこもって聞きほれました。


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September 16, 2016

下谷和泉橋通りの医学所を探す

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lookinf for the hospital in Edo period

ある仕事の必要から、幕末に下谷和泉橋通りにあった「医学所」を探すことになった。「医学所」は幕末に幕府がつくった西洋医学の病院で、後に東京帝国大学医科大学付属病院となる。大槻俊斎、伊東玄朴、緒方洪庵、松本良順(司馬遼太郎『胡蝶の夢』の主人公)らが頭取(病院長)を務めた。

和泉橋はJR秋葉原駅近くにある。和泉橋通りは現在の昭和通り。ほかに分かっているのは、藤堂藩邸の近くだったこと。藩邸の塀を過ぎると伊東玄朴の住まいがあり、医学所はその隣だったこと。

国会図書館で幕末に刊行された「江戸切絵図」の「下谷絵図」を(デジタル・アーカイブに入っているので自宅のパソコンで)見る。和泉橋から北へたどる。藤堂和泉守と書かれた屋敷の二筋先に「伊藤玄ト」と書かれている。もうひとつ、「御府内往還其外沿革図書」という地図を見る。こちらは藤堂藩邸の先に「種痘所」と記された一画がある。神田お玉が池に開設され、火事で焼けて下谷和泉橋通りに移ってきた「種痘所」は「医学所」の前身だ。

プリントアウトした二枚の地図と現在の地図を持って、秋葉原へ。ヨドバシカメラのアーケードを抜けて昭和通りへ出、御徒町方向へ向かう。藤堂藩邸跡には三井記念病院があるはずだが、昭和通りには面していない。切絵図では藩邸から二筋だけど、現在は細い通りが何本も走っている。どこなんだろうと歩いているうちに蔵前橋通りにぶつかると、角に台東区教育委員会の案内板が建っていた。「伊藤玄朴居宅跡・種痘所跡」とある。跡地には高層ビルが建設中だった。

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昭和通りを戻り、東に入って三井記念病院へ。病院の由来を記したパネルが貼ってある。維新後、明治政府は横浜の軍事病院を旧藤堂藩邸に移し、医学所を含めて「大病院」と称した。1876(明治9)年、「大病院」は本郷の現在地(東大病院)へと移転し、その跡地に三井家が三井慈善病院を開設したそうだ。

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