April 05, 2019

妙行寺のモッコク

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30分歩いて妙行寺まで散歩。妙行寺には向かいの金毘羅堂に樹齢1100年の大カヤがあるが、境内にもう一本、樹齢600年のモッコクがある。太い幹は途中で枯れたらしく、現在は樹高7メートル。夏には黄白色の花が咲くそうだが、まだ見たことはない。妙行寺は鎌倉中期に建立された市内有数の古刹。モッコクは1407年にこの寺が臨済宗から日蓮宗に改宗されたとき植えられたとの伝説がある。

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「正元二年」(1260)の銘がある板石塔婆。

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寺の近くを流れる鴻沼水路の桜。風があり、桜吹雪が頬をなでる。

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April 03, 2019

調公園で

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調宮に隣り合った調公園で。「一杯呑んだらいい気持ちになっちゃってね。いま、お隣の若い人といろいろ話してたところなんですよ」

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調宮の春祭

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30分歩いて調宮へ。境内へ入ると笛と太鼓の音が聞こえる。今日は五穀豊穣を願う春祭で、本殿で祈念の行事が行われたそうだ。

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April 02, 2019

桜散歩

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1週間の治療が終ったので、今日からは遠出の散歩に。寒の戻りで気温が下がり桜が散っていないので、毎年訪れる桜を見ながら別所沼まで。

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ご近所の庭にある桜。この向かいにカフェがあり、毎年お茶を飲みながら桜見物していたけれど、残念なことに去年閉店してしまった。コーヒー豆を焙煎して売っている店だったが、人通りが少ない道なので無理だったのか。

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10分ほど歩いたところの空地に見事な桜が7本ある。高層マンションが建てられるので伐られるかと心配したが、桜の一角は公園として残されたようだ。

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別所沼の桜。別所沼は桜の季節になると近隣の住民が花見に訪れる。今日も寒い曇り空だけど、家族づれが何組も。桜はそんなに年輪を重ねたものではないが、公園の片隅にひっそりと見事な桜が2本ある。毎年、これを見るのが楽しみ。

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一瞬だけ陽が射した。

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March 27, 2019

病院で花見

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今日は通院日で、5時間の点滴。長時間なので点滴をしながら昼食の弁当を食べ、本を読み、眠くなると音楽を聞きながら寝る。今は副作用を抑えるいい薬があり、アレルギー反応も吐き気も出ないのがありがたい。終わって、構内に桜が3本ほどあるのをしばらくベンチに座って見上げる。8分咲き。

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帰りは新宿で降り、大西みつぐ写真展「まちのひかり」(~4月15日、新宿・ニコンプラザ The Gallery)へ。昭和の香りのする街と人が素材だけれど、ノスタルジアでなく人の営みの蓄積と時間を感じさせるのがいいな。

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March 24, 2019

玉蔵院の枝垂桜

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浦和でいちばん知られた桜は、この玉蔵院の枝垂桜。旧中山道の商店街から一本入った道にあるので開花すると多くの人が訪れ、しばし立ち止まって観賞してゆく。こちらも散歩と買物の帰りに足を止めてひと休み。


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March 21, 2019

はじめての遠出

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退院してはじめての遠出。信濃町の病院から新宿へ出て小田急に乗り、千歳船橋からバスで世田谷美術館へ。田沼武能写真展「東京わが残像 1948-1964」(~4月14日)。今年90歳になる、今も現役の写真家が記録した戦後日本と日本人。小生は1947年生まれだから、1950年代の写真は子供時代の記憶がそのまま目の前に再現されたような錯覚に陥る。

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March 16, 2019

駒場スタジアムで

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駒場スタジアムまで散歩。ここへは十数年前にできた新しい道路をゆく。新しい住宅ばかりで散歩の面白みはないけれど、車道と歩道の間に緑地帯があって車が目に入らず、一戸建ての低層住宅が多いので空が広く、伸び伸びした気持ちになれるのがいい。往復90分。疲れる。近くにある市立浦和高の陸上選手がスタジアムの周囲を走っている。

駒場スタジアムは、埼玉スタジアムができるまで浦和レッズの本拠地だった。今もサブグラウンドでときどきレッズが練習している。まだ日本リーグだった80年代、ここで三菱重工(後の浦和レッズ)とラモスがいた読売クラブ(後の東京ヴェルディ)の試合を見たことがあるのを思い出した。

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隣の日通グラウンドで日本通運と明治学院大の練習試合をしばし観戦。

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March 15, 2019

調神社の兎

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治療の過程で白血球数が下がる時期がある。今週がそれにあたり、人ごみに出ることができないので裏道を通って調(つき)神社まで散歩。往復90分。最後はいっぱいいっぱいになった。

調神社は浦和の氏神だが他とちょっと違う神社で、鳥居がなく、狛犬の代わりに狛兎が鎮座している。延喜式の式内社と古く、もともとは租庸調の倉庫だった場所が神聖化されて神社になったらしい。兎は入口だけでなく、江戸時代に建設された新旧の社殿にも兎の彫り物が彫られている。

なぜ兎かといえば、調(つき)の音が共通する月待信仰と結びついたからと言われる。月待信仰は特定の月齢の夜(近くに二十三夜の地名もある)に集まって月待行事を行う民間信仰。月といえば、もちろん兎である。

調神社の祭神のひとつはスサノオ。スサノオは、その弟である月読命(ツクヨミ)と重なる神話が多く、スサノオとツクヨミは同じ神だとの説もある。実際、調神社のことを「月読社」と書いた古文書もある。姉のアマテラスが「天」を統べるのに対して、ツクヨミ(スサノオ)は「夜の食国」を統べる。太陽に対して月である。

ところで、このあたりには氷川神社が多い。大宮の氷川神社は武蔵一宮として有名だ。氷川神社は荒川流域(埼玉と東京の一部)に集中している。この地域は出雲族が移住して開拓しており、その祖神を祀ったのが氷川神社。祭神はやはりスサノオだ。

出雲の地生えだった国津神は、アマテラス系の天津神に敗れて出雲の国を譲りわたした。だからこの一帯は、いわば流浪の敗者が移り住んだ土地(京都から東京へ移った明治天皇が最初の行幸の地として選んだのが大宮氷川神社だったのは興味深い)。同じスサノオを祀っていることもあり、調神社は氷川神社とも関係が深い。

松本清張に『神々の反乱』という小説がある。昭和前期、スサノオを祀る宮廷の一部・軍人・宗教家らが反昭和天皇の宮廷クーデターを起こそうとする、出来はともかく構想は実に面白い作品。実際、2.26事件は秩父宮擁立を狙った宮廷クーデターという側面もあった(原武史の著書に詳しい)。小説のなかで、スサノオを祀るグループの本拠は埼玉に設定されている。調神社の名前も出てくる。

そんなことを考えながら調神社を散歩していると、歴史の闇にちょっとだけ触れた気になる。

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March 05, 2019

与野の大カヤ

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この二日間、雨で散歩できなかったので、与野の大カヤまで歩く。北浦和駅前から埼大通りを荒川方向に向かい、東北新幹線のガードをくぐって右折。妙行寺金毘羅堂境内にある。往復70分ほど。

樹齢約1000年。応永年間(1400年前後)には関東随一の巨木として知られていた。樹高22メートル、根回り14メートル。1000年前といえば平安の世で、藤原道長が「この世をばわが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」と詠んで権勢をほしいままにした時代。それからずっと、この大カヤは(時に愚かな)人間の営みを見てきたことになる。

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