December 19, 2009

『倫敦から来た男』 夢魔のような

The_man_from_london

夜。霧が流れる港。カメラが海面からゆっくり上昇しながら、光と影にくっきり分かれた船の船首をなめるように映し出す。カメラの前をアウトフォーカスになった窓枠らしきものの影が下方に横切るから、どうやらカメラは室内に、それもかなり高い位置に置かれているらしい。室内では男が後ろ姿を見せて窓の外を見ている。カメラは男の肩ごしにデッキに近づいて、船上でのある出来事を映しだす。上へと移動してきたカメラが今度は水平に移動すると、窓の外の桟橋に列車が横づけされ、発車を待っているのが見える。逆光で真っ黒になった男の歩き去る影が長く伸びている。

『倫敦から来た男(原題:The Man from London)』冒頭の十数分間、ゆっくり移動しながらの長回し。ここまで2カットだったか3カットだったか。音は不安げな弦楽の繰り返し。モノクロームの夢を見ているような感触に釘づけにされる。はて、これらの出来事を目撃している男が、そしてカメラが置かれている空間はどんなところだろう。

それが明らかにされるのは、男がその空間から出てゆき、また戻ってきたとき。そこは港に隣接した鉄道駅の管制室だった(上のポスター)。夜と霧。港と船。鈍く光る線路と列車。湾の向こうに遠く光る町の灯り。闇に輝く管制室。ざわざわと見る者の胸を騒がせる夢魔のようなイメージ。タル・ベーラ監督はこれを撮りたかったんだろうな。

この外界から閉ざされた「ガラスの檻」は、この映画の核となる出来事が、その男マロワン(ミロスラヴ・クロボット)の孤独な心のなかで生起することの比喩とも言えそうだ。映画は、男の心理描写を一切しないけれど。

初老の鉄道員マロワンが、ある夜、管制室から殺人を目撃する。彼は殺人の原因になった、大金の詰まったカバンを手に入れる。やがて、彼の周りにカネを探す殺人者や、殺人者を追う刑事が姿を現してマロワンを脅かす。

片隅で実直に生きてきた男が、ふとしたはずみで犯罪に巻き込まれる。メグレ警視シリーズで有名な、いかにもジョルジュ・シムノンらしい物語。北西フランスの寂しい港町を舞台に、暗く重苦しい空気をタル・ベーラ監督は余分なものを一切省いて再現している。

原作がどうなっているのか知らないけど、結末はすとんと腑に落ちるようにはつくられていない。いろいろ忖度はできるけど、疑問は残る。それもシムノンの世界ということかな。寂しい港のロケ地はコルシカ島、そこに管制室はじめセットをつくったらしい。

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November 25, 2009

『イングロリアス・バスターズ』のトリビア

Inglourious

タランティーノの映画には、映画オタクだった彼が耽溺した映画(1本の映画のこともあるし、ハードボイルドとかヤクザ映画とかジャンル全体のこともあるけど)を元ネタに色んな仕掛けがちりばめられてて、今度は何だろうと想像するのがファンの楽しみにもなってる。

冒頭、一面の野原に『アラモ』の主題歌「遥かなるアラモ(The Green Leaves of Summer)」が流れたとき、おや、『キル・ビル2』に続いてまたしても西部劇かと思いましたね。後で『荒野の1ドル銀貨』の主題歌も流れてくるし、映画の感触としては出来の悪いハリウッド映画『アラモ』より遊び心たっぷりのマカロニ・ウェスタンに近いけど。

連合軍のナチ狩り秘密部隊「イングロリアス・バスターズ(原題:Inglourious Basterds)」の面々を紹介するシーンはハリウッド製ながらマカロニの味がする『荒野の7人』ふうだし、リーダーのレイン中尉(ブラッド・ピット)は愛用のナイフ(西部劇の定番アイテム)を手に、ナチを捕まえたら頭皮を剥げと命令する。白人が善玉、インディアンが悪玉と決まっていた時代の西部劇の、偏見にみちみちたセリフですね。タランティーノはそういうセリフを、コミカルなタッチでブラピにしゃべらせてる。

その上、今なら「ポリティカリー・インコレクト」と言われるに違いない皮剥ぎシーンを(ナチ相手とはいえ)実際に見せてしまうのは、「遥かなるアラモ」が流れてきた冒頭で、これはお遊びの映画なんですよと言っているからこそ許されるのかな。

ほかにも、田舎のバーでのカード・ゲームと銃撃シーンは西部劇そのものだし、家族をナチに殺されたショシャナ(メラニー・ロラン)が復讐に立ち上がるとき頬にインディアンふうな紅を差すのも、かつての西部劇でよく見た場面だった。オマージュであり、遊びであり、批評でもあるような引用。

そんなふうに西部劇をネタにしたシーンがそこここに現れるんだけど、見ているうちに、待てよ、これはそれ以上に『特攻大作戦』じゃないか、と思えてきた。米軍のはみだし集団がナチのど真ん中に潜入して、彼らをやっつける。設定そのものがロバート・アルドリッチ監督の快作『特攻大作戦(The Dirty Dozen)』をいただいてるじゃないか(と思ったら、タランティーノ自身がインタビューでこの作品に言及してた)。

リアリズムじゃなく荒唐無稽なお話であることも同じだから、タランティーノはこの作品というより、戦争アクションというジャンルそのものをそっくり頂戴してるんだな。

そういえば、『Inglorious Bastards』って、もともと1978年のイタリア映画『Quel Maledetto Treno Blindato』の英語題名なんですね。だからこれ、そのリメイク版なんだけど、僕は元の映画を見てない。プロットを読む限り、ナチ占領下のフランスを舞台にした戦争アクションという以外に共通点はなさそうだ。このタイトルは、だから先ほど言った戦争アクションってジャンルを拝借したって意味合いなんだろう。

と、ここまで書いてウィキペディア(英語)を見たら、面白いことが書いてあった。1978年版の英語題名は「inglorious bastards」だけど、タランティーノ版は「inglourious basterds」と、2語ともわざと綴りを間違えている。タランティーノは、この綴りの違いは1978年版のリメイクではなくオリジナル作品という意味だ、と語っているそうだ。いかにも彼らしい仕掛け。

ところで、この映画を『特攻大作戦』との比較で見はじめると、『特攻大作戦』がいかによくできた映画だったかが改めてわかる。『特攻』でブラッド・ピットの役に当たるのはリー・マーヴィンで、彼が率いる12人の部下は全員が軍規に反した囚人兵士。アーネスト・ボーグナイン、チャールズ・ブロンソン、テリー・サバラス、ジョン・カサベテスといったこわもての面々で、アルドリッチ監督はごく短いエピソードやちょっとしたセリフのやりとりでそれぞれの個性を見事に描きわけている。

アルドリッチの、役者ひとりひとりに見せ場をつくり、彼らが米軍のお偉いさんの鼻を明かすエピソードを挿入して反骨監督の面目を見せつつ、ナチスが集まる古城に潜入していくストーリーをテンポよく進める職人技にくらべると、タランティーノの語りはもったり見えてしまうなあ。

『特攻』が12人を描きわけているのに対して、「イングロリアス・バスターズ」の面々は”ユダヤの熊”(イーライ・ロス)とヒューゴ(ティル・シュヴァイガー)の2人以外は、はしょられている。そのかわり、『キル・ビル』みたいな女性の復讐劇がもう片方の筋になっている。でもそれ以外にもうひとり、二重スパイの女優ブリジット(ダイアン・クルーガー)も重要な役どころで登場する。「バスターズ」のナチ追跡とショシャナの復讐という2つの筋が絡み合い、ましてもうひとりの女優が出てくるから、ラストへ向けての仕込みに時間がかかる。途中、やや退屈したのはそのせいかな。

だからナチス指導者をまとめて吹っ飛ばすラストは、歴史を捏造する荒唐無稽な痛快さを狙ったんだろうけど、『特攻大作戦』みたいな爽快感はなかった。

おまけに『国民の誇り』という劇中映画(映画監督でもあるイーライ・ロスが演出)をつくり、しかもその映画フィルムを燃やしてナチスをやっつけるという形で映画へのオマージュを捧げている。タランティーノ監督は欲張りすぎだよなあ。あれもこれもで、そんなトリビアを面白がってればこの映画、十分に楽しめるんだけど、作品としての完成度はいまひとつに感じられた。戦争アクションものの見本みたいなアルドリッチの職人技を煎じて飲ませたい。まあ、2人は狙っているものも立ち位置も違うと言えば、その通りですけどね。

タランティーノは大作を次々につくりながら、ハリウッド内抵抗派だったアルドリッチと異なり、ハリウッドに属してない。この映画でも、ナチス大佐を演ずるクリストフ・ヴァルツ(いいね)がドイツ語と英語をしゃべりわけ、ほかにもフランス語やイタリア語が飛び交って、言葉がストーリーの重要なカギをにぎっている。ハリウッド映画なら、すべて英語になっちゃう(『特攻大作戦』もそうだった)。そういうところが、タランティーノの映画をハリウッドの戦争アクションと語り口の巧拙だけで単純に比較できない理由なんだろうけど。

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November 17, 2009

『脳内ニューヨーク』の生と死

New_york

『脳内ニューヨーク』の原題は「Synecdoche, New York」って、見たこともない単語だなあ。synecdoche(シネキドク)を辞書で引くと「提喩」とある。「部分で全体を、全体で部分を表わす修辞法」なんだって。例として、breadでfoodを表わし、sailでshipを表わす、というのが挙げられてる。

莫大な賞金を手にした劇作家ケイデン(フィリップ・シーモア・ホフマン)が、ニューヨークの巨大倉庫のなかにニューヨークの町並みの巨大セットをつくりあげ、この町に生きる自らの生をそのまま芝居にしようとしている。一方、ケイデンと別れた元妻の画家アデル(キャスリーン・キーナー)は、高倍率の拡大鏡を使わなければ見えない小さなミニチュア画のなかに自分やケイデンの肖像を描いている。

ニューヨークに生きる彼らの現実と、現実の「部分」を切り取った芝居やミニチュア画。芝居のセットやミニチュア画のキャンバスに閉じこめられた「部分」が、ニューヨークという都市とそこに生きる人々の「全体」を表わす。

セットのビル群の背後には、吹き抜け天井の骨組が見えている(ポスター)。ミニチュア画の肖像で顔の部分には、何も描かれていない欠落がある。そんな極大あるいは極小のフレームに閉じこめられた「部分」のほうが、実は「全体」の隠された姿を露わにしているのかもしれない。原題には、そんな意味合いが込められているような気がする。

『脳内ニューヨーク』って邦題は悪くないし、よく考えたと思うけど、ちょっとニュアンスが異なるようだ。日本の公式サイトやポスターに使われているイメージ──シーモア・ホフマンの頭蓋にニューヨークの町と人が詰まっている──も邦題に合わせてつくられたみたい。

「脳内」って言葉は、この映画の監督チャーリー・カウフマンが脚本を書いた『エターナル・サンシャイン』や脳科学ブームからの発想だろうけど、映画はカウフマン流のユーモアはあるものの全体に沈鬱で、青空にシーモア・ホフマンの頭蓋が浮かぶ宣伝や「驚嘆と感動のライフ・エンタテインメント」というキャッチとは差がある(製作費2000万ドルに対し現在までの興行収入313万ドルと、興行的には失敗作みたいだから、配給会社が明るいイメージで売りたいのは分かるけど)。

アメリカの公式サイト入口のイメージは、死体らしきものが累々と重なる彼方にニューヨークの巨大セットが見えるというもので、いやでも9・11を連想させる。この映画に描かれた生と死、絶望と希望は、アメリカ人、なかでもニューヨーカーには9・11を下敷きにしていると感じられんじゃないだろうか。

そう考えると、ケイデンの恋人ヘイゼル(太めのサマンサ・モートン)が買おうとするのが燃えている家という現実にはありえない設定で、ケイデンはそれが気に入り、炎のなかに住んでいるというのも、意味深に思えてくる。

そんなふうに現実と虚構を行き来し、主人公たちは、彼らの役を演ずる劇中の主人公たちとドッペルゲンガーみたいに重なりあい、劇作家の日常を主題とした芝居は17年たっても始まらず、始まらないんだから永遠に終わらず、ケイデンの死で断ち切られるしかない。

なんとも不思議な映画だった『マルコヴィッチの穴』の脚本家チャーリー・カウフマンの初監督作品(無論、脚本も)。『マルコヴィッチ』『エターナル』の脚本家らしく現実と非現実が入り混じり、ひねりの効いた構成だけど、そんな仕掛けを別にすれば、作品の感触はロバート・アルトマンの群像劇のテイストとウッディ・アレンの心情告白をミックスした感じ。アルトマン亡く、アレンがアメリカを去ったいま、こんなふうに笑いや悲しみ織り交ぜてニューヨークを語ってくれる作り手が出現したのが嬉しい。

ニューヨークの巨大セットの1シーンで、僕が住んでいたアパートの近く、ブルックリンのDUMBO(ダンボ)がロケに使われていた(と思う)。元は港だった地域の、古い建物が立ち並ぶ倉庫街。石畳の道路に、かつての路面電車の線路が残る。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』でロケに使われた場所といえば、分かってもらえるか。ニューヨーカーが「ありうべき(あるいはかつてあった)ニューヨーク」を想像するとき、レンガ積みと鉄骨と石畳のこういう風景になるんだな。


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November 09, 2009

『母なる証明』の痛覚

Mother

『母なる証明(原題:マザー)』の最初のシーンと最後のシーンで、母(キム・ヘジャ)が踊る。最初のシーンは秋枯れの草原。ひとり歩いてきた母が立ち止まり、最初おずおずと両手を上げ韓国の伝統的な踊り方で体を動かしはじめ、やがてそれに熱中する。見る者は、こんな場所でなぜ彼女がひとり踊っているのか分からない。ふつう踊りだすのは何か嬉しいことがあったときだけど、何が嬉しくて踊るのかも分からない。

映画の終わり近く、この草原を母が歩くシーンが再び呼び出される。このとき見る者は、母が息子トジュン(ウォンビン)のために何をしたかを知っている。映画の最後にファースト・シーンに戻るのはよくある手だから、あ、これで母は踊りだすんだと思う。ところがポン・ジュノ監督は、もうひとつのエピソードをつけ加える。

(以下ネタバレです)母は、殺人犯で捕らわれた息子の無実を証明するために、現場に居合わせたクズ拾いの男を問いつめながら、実は殺人を犯したのは息子だったことを知ってしまう。その瞬間、ためらいもなく母は男を殺し、放火する。母が草原を歩くのは、その次のシーンだ。

釈放されたトジュンは男のバラックの焼け跡で、母のものである治療用の鍼の容器を拾う。母が放火殺人に関係していた証拠になりうるその容器を、トジュンは母に返す。なぜそれがそこにあったか、トジュンは母に聞かないし、母も何も言わない。

そしてラストシーン。母は仲間とバス旅行に出かける。バスの座席に座った母は鍼の容器を取りだして1本の鍼をつまみ、自らの太腿にその鍼を打つ。見る者は、鍼を打たれる一瞬の痛覚を母と共有する。母が踊りだすのはその後だ。物見遊山の旅で早くも踊りだした仲間にまじって、(たぶん)太腿に鍼を刺したまま母は踊る。カメラはシルエットになった彼女をクローズアップで捉えている。

ここがポン・ジュノだね。最後に草原のシーンに戻って母が踊るところで終わっては、よくある映画、になってしまう。母が鍼を自分の身体に打つ痛覚。その痛覚とともに踊ることで、この母と子、2人の殺人者の思い思われる関係がいっそう凄味を増す。

映画の舞台は韓国の地方都市に設定されているが、町の名前は明らかにされない。ロケもどこか1ヵ所ではなく韓国各地でやっているらしい。どこか1ヵ所でロケをすれば、韓国の観客にはだいたいの場所が分かってしまうだろう。複数の場所でロケをしているのは技術的理由もあるだろうけど、それだけでなく、見る者に場所を特定させないという意図も監督にあったかもしれないと思う。

それは母に名前が与えられていないことに対応している。特定の場所、特定の母ではなく、どこにもない場所の、誰でもない、ということは誰でもありうる母の物語なのだ。

ポン・ジュノは『ほえる犬は噛まない』でも『殺人の追憶』や『グエムル』でも、作品としてのまとまりを崩してでも自分のこだわりを執拗に描写する監督、という印象を受ける。この『母なる証明』でも、そのこだわりは一層強まっている。だからカンヌで賞を取れなかったのかもしれないけど、やはりこのほうがポン・ジュノらしい。


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October 22, 2009

『アンナと過ごした4日間』 曇天の光

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『アンナと過ごした4日間(原題:Cztery noce z Anna)』で、太陽の光が顔を出し、このポーランドの田舎町を照らしているシーンはわずかに1カットしかない。ポスターやチラシに使われている、教会の尖塔を中心に町並みを俯瞰した印象的なショットで、それも尖塔の向こうには黒々とした雲が流れている。

それ以外の昼間のシーンはすべて、厚い雲がかかって暗欝な光を町に投げかけている。焼却場から出てきたレオン(アルトゥル・ステランコ)が、淋しい路地を歩いて教会の辻でアンナ(キンガ・プレイス)に気づいて隠れるファースト・シーンの重く鈍い光を見て、やっぱりポーランド映画だなあ、と思った。

僕の記憶に残るかつてのポーランド映画、『夜行列車』も『水のなかのナイフ』も『大理石の男』も曇天の重苦しい光に満ちた映画だった。どの監督も決まって曇天の光を好むのは、それぞれの個性というより風土と、風土に影響された精神の姿勢に関係しているんじゃないか。

1960年代にデビューして注目されたスコリモフスキーはポランスキーと同世代だから(僕は『早春』を見てないけど、『水の中のナイフ』『夜の終わりに』の脚本家として知っていた。役者としても出演していたと記憶する)、ワイダ、カワレロウィッチからムンク、ポランスキーに至るポーランド黄金世代に共通した感性をもっているんだなあ。

そんな重苦しい光に満ちたこの映画は、それだけでなくかなりの部分が夜のシーンになっている。夜こそ、この映画の主題だから(原題は「アンナとの4つの夜」)。闇のなかをレオンが動きまわるとき、ほんのかすかな光で撮影されているらしく、人や物の輪郭すらはっきりしない。映画が真の暗闇を表現することはできないけど(何も写らないんだから)、こんなわずかな光が暗闇の存在を指し示すことができる。

画面は最初から不穏な空気を漂わせている。病院の雑役夫レオンが、ゴミ箱から手首を無造作に取り出して焼却炉に放り込む。犯罪の匂い。夜、暗くした自室にいるレオンは壊れかけた双眼鏡を手に、庭をへだてた看護師寮のアンナの部屋を覗いている。レンズ越しのショットが秘密めいてていい。回想シーン(と後で分かるのだが)のなかで、レオンが川で釣りをしていると、不気味な牛の死骸が流れてくる。激しい雨のなか、レオンは廃屋で男がアンナをレイプしているのを目撃する。

スコリモフスキーは曇天の鈍い光だけでなく、音を効果的に使って見る者を映画に引きずり込んでゆく。ギイーッと不意に鳴るアコーディオン。かすかな遠雷。ちょろちょろと流れる水音や鳥の鳴き声。激しい雨音。パトカーのサイレン。印象的な光と闇、そして音の使い方は1950年代の映画ふうで、とりわけヒッチコックを思い出させる。

レオンは遂にアンナの部屋に忍び込むのだけど、それまで犯罪映画のようなふりをしていた映画が、そこから別の顔をのぞかせはじめる。1つ目の夜。睡眠薬でぐっすり寝込んだアンナの裸の胸に触ろうとして、レオンは手を引っ込める。2つ目の夜。レオンはアンナの足の爪に真っ赤なペディキュアを塗る。3つ目の夜。アンナの誕生日にレオンは花束と指輪をおいてくる。そして4つめの夜……。

犯罪者の烙印(冤罪)を押された中年男の、強迫観念にとらわれた愛、と言葉にしてしまうと、いかにも類型的に思える。でもスコリモフスキーは、ほとんど説明しない。レオンの犯罪者と間違われるような(部屋に忍び込むのはまぎれもなく犯罪だけど)行動を、黙って見る者に差し出す。しかもスコリモフスキーは、最初のうちあたかもレオンを犯罪者のように描いて、見る者を騙しにかかる。一筋縄ではいかない。観客はレオンの胸の内を、その行動から推し量るしかない。

レオンの思いは映画の中で遂に誰にも共有されない。アンナですらレオンの冤罪は信ずるものの、彼の愛を理解しない。それを分かっているのは、暗闇でアンナを覗くレオンの行動を暗闇のなかで見ている者、つまり観客だけだ。暗闇のなかでレオンと僕だけ(観客はひとりひとりがそう思う)が秘密を共有している。そんな暗闇のなかの親密と、外界との孤絶が、この映画の芯なんだなと思った。

『アンナと過ごした4日間』はイェジー・スコリモフスキーが17年ぶりにポーランドへ帰って撮った作品だそうだ。ラストシーンは、その17年間の不在と重なってみえる。


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October 17, 2009

『空気人形』 言葉なんか覚えるんじゃなかった

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空気人形のペ・ドゥナがふわふわと不思議な抑揚で「わたしは心をもってしまいました」とつぶやいたとき、ひとつの詩が頭をかすめた。田村隆一の「帰途」。最後の一節を書き写そうと思ったけど、書いているうちに全文をうつしてみたくなった。そんなに長い詩じゃない。

言葉なんか覚えるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

若いころ愛唱した詩だけど、いま読んでも胸がつまる。映画のなかでは吉野弘の「生命は」という詩が、やはりペ・ドゥナによってひとりごとのようにつぶやかれる。吉野弘の柔らかな言葉は、この映画の空気にふさわしい。それでも僕は、田村隆一の突き刺すような言葉をこの映画に重ねてみたくなる。

ペ・ドゥナの人形が「こころを持ってしまいました」とつぶやくとき、それは「言葉をもってしまいました」と言うのに等しい。人のこころを持ってしまったとは、言葉を持ってしまったということなのだから。

「言葉のない世界」に生きていたころのペ・ドゥナは、人形の持主でファミレス店員・秀雄(板尾創路)を「ただそれを眺めて」いるだけだった。秀雄が人形のペ・ドゥナに倒錯した愛を寄せても、セックスの代用品にしても、空虚な目で秀夫を眺め、機械的に事後の処理をしているだけだった。「そいつは 無関係」なのだから。

でも、こころを持ってしまったペ・ドゥナは、死にかけている元教師(高橋昌也)の「沈黙の舌から落ちてくる痛苦」に寄り添う。あるいは、事件が起こるたびに「自分が犯人」と交番に名乗り出る老夫人(冨司純子)の「涙のなかに立ちどまる」。孤独なレンタル・ビデオ店の店員・順一(ARATA)の「きみの血のなかにたったひとりで帰ってくる」。

順一の血にまみれたペ・ドゥナは、こうつぶやいているように思える。「きみの一滴の血に この世界の夕暮れの ふるえるような夕焼けのひびきがあるか」。

それにしてもペ・ドゥナは美しい。眼をぱっちり見開いた人形メーク。大胆なヌード。是枝裕和監督は女優を美しく撮る監督だけど、『空気人形』のペ・ドゥナは際だってる。秀雄のベッドに横たわるペ・ドゥナを正面から捉えたカット。ペ・ドゥナがバスでシャワーを使うのを舐めるように捉えるカット。リー・ピンビンのカメラにためいきが出る。

なかでも、空気が抜けたペ・ドゥナに順一が息を吹き込んで生き返らせるシーンは、どんなセックス・シーンより官能的だ。順一がペ・ドゥナの人形の空気穴から息を吹き込むたびに、しおれていた空気人形のペ・ドゥナが蘇り、エクスタシーの表情を浮かべる。これが順一と人形のペ・ドゥナが結ばれる愛のかたちなのだ。

設定や物語はそんなふうに倒錯的だけれど、例えば乱歩もの(『陰獣』とか『屋根裏の散歩者』とか)や谷崎潤一郎映画(『刺青』とか『卍』とか)のような妖しさには行かない。官能的だけど変態的ではない。それは、これまでの作品を見ればわかる是枝監督(脚本も)のまっとうな人柄と、暖かみのある画面のせいだろう。東京のリアルな風景のなかで繰り広げられるファンタジーみたいな味わいを持っている。

中央区湊あたりでロケされてるみたいだ。隅田川に沿って古い日本家屋と空地と高層アパートが混在する今の東京の風景を、リー・ピンビン(ホウ・シャオシェンやウォン・カーウァイのお気に入り)のカメラが横移動で、あるいは俯瞰で捉える。とくにファースト・シーン、かすかにカメラを移動させたり、ズーミングしたり、微妙に視覚を揺らせながら物語のなかに見る者を引きこんでいくあたりは、ホウ・シャオシェンの『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の冒頭と同じで見事だ。

でもこの映画は、リー・ピンビンのでもなく、是枝監督のですらもなく、ペ・ドゥナの映画だね。彼女を好きになったのは『子猫をお願い』からだけど、この映画のペ・ドゥナは最高に美しい。欲をいえば、30歳になって成熟したペ・ドゥナでなく、まだ少女の面影を残した『子猫をお願い』のペ・ドゥナで見たかったけど。

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September 20, 2009

『サブウェイ123 激突』 地下鉄6号線

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『サブウェイ123 激突(原題:The Taking of Pelham123)』は、去年夏まで毎日のようにニューヨークの地下鉄に乗っていた身には楽しい映画だったな。

ニューヨークの地下鉄は、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクスを26路線が縦横に走ってるから、地下鉄(とバス)を使えば市内のどこへでも行ける。しかも30日間72ドルのメトロカードで乗り放題(バスも)だから、日本の地下鉄やJR・私鉄の電車を利用して東京や大阪を歩きまわるよりずっと安い。

この映画で、ぺラム駅1時23分発の6号線ダウンタウン方面行きがサブウェイ・ジャックされたのは、42丁目・グランドセントラル駅近くに設定されているようだ。実際のロケも42丁目駅で深夜に行われたという(wikipedia)。アップタウン方面、ダウンタウン方面の2つのうち片側の線路とホームをロケに提供した。ニューヨークの地下鉄は24時間営業だから、いくら深夜とはいえ大変だったろう。

サブウェイ・ジャック犯ライダー(ジョン・トラボルタ)たちが脱出に使うルーズベルト廃駅は42丁目・グランドセントラル駅からの引き込み線で、ウォルドフ・アストリア・ホテルの下にある。これもちゃんとロケしてるみたい。東京でも銀座線に新橋廃駅があって、昭和初期に使われたホームが残っているから、こういうのを使えば面白い映画ができるんだけどな。

ところで地下鉄6号線はブロンクスのペラム・ベイパーク駅を始発に、マンハッタンに入ってレキシントン街を南下し、ダウンタウンのブルックリン橋・市役所駅までを走る。ブロンクスでは別の地域を走っていた4号線、5号線もマンハッタンで合流して、同じ線路を走る。マンハッタンで4、5号線は「急行」だけど、6号線は各駅停車だ。

セントラル・パークの東、アッパー・イーストサイドを走る地下鉄はこの4、5、6号線しかない。このあたりには、メトロポリタン美術館はじめ、グッゲンハイム美術館、ホイットニー美術館、フリック・コレクションなどが集まっている。僕が6号線を使うのは、たいてい美術館へ行くためだった。

この映画のオリジナル版『サブウェイ・パニック』は1974年につくられている(公開時に見たきりだけど、ウォルター・マッソーがいい味出してた)。ニューヨークの治安が悪化して、地下鉄も危険と言われていた時代だから、それなりにリアリティがあったかもしれない。今は当時よりずっと安全になって、僕も滞在していた1年間、地下鉄で危ない目に会ったことはないし、大きな事件もなかった。だから映画にリアリティを感ずるというより、純粋なフィクションとして楽しんだ。

もうひとつ懐かしかったのは、ラスト近くで出てくるマンハッタン橋。地下鉄運行司令室のオペレーター、ウォルター・バーガー(デンゼル・ワシントン)とライダーが対決するシーン。ウォルターは橋上を通過する地下鉄をやりすごしてライダーに銃をつきつける。この地下鉄はQラインで、僕はブルックリンのアパートからマンハッタンの語学学校に通うのに毎日のように乗っていた。

ライダーとウォルターが向かい合う歩道も何度も歩いたことがある。マンハッタン橋のマンハッタン側入口はチャイナタウンのはずれにある。チャイナタウンで食事や買い物をして、マンハッタン橋を歩いてブルックリンに渡ると40分ほどで僕が住んでいたアパートに着く。

この歩道を歩くのが好きだったのは、ここから見る景色が素晴らしかったから。下流にあるブルックリン橋の美しい石造橋とウォール街の摩天楼が、朝は逆光に輝き、夕方は夕陽に染まっているのを一望するのは、ニューヨークに暮らしているんだなあと実感できる瞬間だった。僕の個人的なニューヨーク・ベスト・スポットのひとつ。

Qラインに乗るときは、マンハッタン橋にさしかかると必ずこの風景に心を震わせたし、日本から友人が来ると、よくブルックリン側から歩道を渡ってチャイナタウンに食事に誘った。

デンゼル・ワシントン(主演)、トニー・スコット(監督)、ブライアン・ヘルゲランド(脚本)という組み合わせは『マイ・ボディガード』と同じ。小気味よいエンタテインメントをつくりながら、ちょっとした描写で人間の陰影を浮き彫りにするのも前作と似ている。

バーガーは次期車両を選定する任務で日本へ行き、ワイロをもらったとして告発されている。ライダーは乗客に銃をつきつけながら、収賄を否定するバーガーに、お前はやったんだろと迫る。ライダーは乗客の命を守るために、心ならずも嘘をついてワイロを受け取ったと答える、と観客には思わせる。

ところが事件が解決した後、バーガーと市長とのやりとりで、バーガーがワイロを受け取ったのかもしれないと思わせる言葉をしゃべる。本当はどうだったのか? よく分からない(と感じられた)まま、映画は終わる。だからこそ、大パックのミルクを手にアパートに戻るデンゼルの姿が心に残る。

ハリウッド流のハッピーエンドで終わらせないあたり、いかにもヘルゲランド(『LAコンフィデンシャル』『ミスティック・リバー』)の脚本だなあ。(後記:いくつかのブログを見ると、バーガーは嘘をついたのではなく、本当にワイロを受け取ったのだと理解している人もいる。そんなふうにどちらとも取れる描き方こそ、ヘルゲランド=スコットが狙ったところかもしれない。)

アクション映画としてゆるいところや無理もあるけど、個人的思い入れもあって楽しめた。

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September 06, 2009

『ちゃんと伝える』 微かなやりすぎ

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すべてが過剰でやりすぎだった『愛のむきだし』の園子温(その・しおん)監督の新作『ちゃんと伝える』は、前作が信じられないくらい普通の映画だったなあ。

素材からして、今はやりの「余命もの」と園監督が名づけたジャンル。難病で「余命あと○カ月」と宣告されることでドラマが始まるやつだ。

もっとも『愛のむきだし』も素材それ自体はボーイ・ミーツ・ガールの青春ものだったけど、男の子と女の子が出会うまでのそれぞれの過去を映画1本分ずつの時間を使って描くという「非常識」な映画だった。『むきだし』は上映時間237分と普通の映画2本分だったけど、『ちゃんと』は常識の範囲内に収まってる。

主人公と彼を取り巻く人物も、『むきだし』は特異なキャラクターが多かったけど、『ちゃんと』は誰もが普通の人々だ。

史郎(AKIRA)は地方都市のタウンマガジン誌で働いている。父(奥田瑛二)がガンで入院し、それまで父とろくに話もしなかった史郎は病院にかけつけるが、ついでに受けた検診で自身もガン、それも父親より悪いと宣告される。史郎には結婚を約束した恋人の陽子(伊藤歩)がいる。史郎は、父にも陽子にもちゃんと向き合い、ちゃんと伝えることを決心する……。

ストーリーだけでなく、映像もクローズ・アップがやたら多かった『むきだし』に比べて、ごく普通。『おくりびと』と同じように地方の風景を取り込んだ引きの画面をたくさん使ってる。『むきだし』にあった観念的なイメージ・カットもない。

メジャーな資本から「余命」ものをと声がかかったわけではなさそうだから、こういう「普通」の映画を園子温監督は意識的につくってる。エンドロールで「父に捧ぐ」と出るから、父親の死を悼む個人的動機がこういうスタイルを取らせたんだろうか。

その結果は、ちょっと面白みのある、よくできた映画。

最後に史郎が父との約束を果たすシーンまで、画面は抑制がきいている。見る者の感情をわざと揺さぶったり、涙を強要しない姿勢はいいなあ。

でも、「よくできた映画」と言ってしまえば、それ以上つけくわえることもない。僕が面白いと思ったのはそこではなく、ごく当たり前の映画のなかにも微かに感じられる「やりすぎ」の部分だった。

史郎が家を出て職場までジョギングで通勤する。母親(高橋恵子)が夫が入院する病院に通うため、決まった時間にバスに乗り、いつも同じ運転手と挨拶をかわす。史郎と陽子は商店街を歩き、昭和ふうに懐かしい金鳥の看板がかかった四つ辻で分かれる。

そんなシーンが繰り返される。常識的な編集なら、こうしたショットは1度か、せいぜい2度で処理される。それで観客には説明できるからだ。ところが園監督は、同じショットを3度、4度と繰り返す。

その繰り返しは『むきだし』のようにあからさまな過剰でなく、映画全体の「よくできた」感を壊すことはないけれど、微妙ななにものかをにじみ出させる。それは、日常の繰り返しのなかに密かにしのびこんでくる死の影、とでも言ったらいいか。

もっとも、そのにじみ出てくるものも微かで、「よくできた」感を突き抜けて映画を別次元に持っていってしまうほどのものではないように思えた。園子温監督は、やっぱりやりすぎが似合うなあ。

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September 02, 2009

『九月に降る風』 鞄の中の飯島愛

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『九月に降る風』の原題は「九降風」。映画の舞台になる海辺の都市・新竹で9月に吹く季節風のことだそうだ。台湾では入学と卒業の季節でもある。

男子7人、女子2人の高校生が卒業までの日々に友達として、あるいは恋人として交わった友情とその終わり――青春映画の永遠のテーマだね。遠くからは同じように見える青春もひとりひとりに眼をこらせばそれぞれの色があるわけだから、あらゆる国あらゆる世代で瑞々しい青春映画は次々に生まれる。トム・リン(林書宇)監督が自分の体験を基にしたデビュー作『九月に降る風』も、そんな1本だった。

台湾ならばエドワード・ヤンの『クーリンチェ少年殺人事件』やホウ・シャオシェンの『風樻の少年』『恋恋風塵』といった青春映画の傑作がある。『九月に降る風』はそれら80年代の台湾ニュー・ウェーブを十分に意識しながら、でも先行世代の2人ほどスタイルの冒険はせず端正な作品に仕上げたのはリン監督の意図したことか。

ヤン、ホウ両監督の作品を踏まえていると言えば、少年少女の群像劇という構造は『クーリンチェ少年殺人事件』に似ているし、登場人物を見詰める静かな視線はホウ・シャオシェンに近い。主人公イエン(リディアン・ヴォーン)とガールフレンドがビデオルームで見ている映画はホウ・シャオシェンの『恋恋風塵』だ。『恋恋風塵』の印象的なアコースティック・ギターのメロディを、次のシーンではこの映画の同じアコースティック・ギターのメロディが引き継ぐ。2本の映画が共鳴している。

青春映画は、いつもその背景になる時代と密接にからんでる。『九月に降る風』でも1990年代の台湾の事件や風俗が取り入れられている。軸になっているのは台湾プロ野球。主人公はイエンを中心にした竹東高校の悪がき(といっても、たばこ吸ったりビール飲んだりする程度の)グループで、彼らは野球場へ出かけて時報イーグルスを応援する熱心なファンだ。映画の時間として設定された1996年、イーグルスのスター、リャオ・ミンシュン(寥敏雄)が野球賭博事件で追放された。

スポーツ用品店の息子イエンは、偽造したリャオのサイン・ボールをたくさん持っていて、親友のタン(チャン・チエ)にもわける。下級生のチョンハンはリャオのベースボール・カードを集めている。そんなリャオとイーグルスへの思いが映画の最後で裏切られ、それがひとりは死に、ひとりは退学になり、ひとりは(おそらく)逮捕され、恋人たちは別れ、ほのかな思いは届かず、9人がばらばらになる彼ら自身の蹉跌に重なってくる。リャオ本人が登場するラストシーンが台湾人にどんな感慨を呼び起こすのかは、外国人の僕らには本当のところよく分からない。

もうひとつ90年代の風俗といえば、グループの優等生、タンがカバンに入れているのは飯島愛の写真集だった(僕は90年代に3度台湾に行ってるけど、この時代、のりピーも大人気だった)。

タンは、グループのリーダー格で女の子にもてるイエンのガールフレンド、ユンにほのかな思いを寄せている。タンはユンの勉強を見てやっているのだが、ユンが、タンのカバンのなかに飯島愛の写真集を見つけてしまったり、タンがユンに勉強を教えながら彼女の胸元にそっと視線をやるあたり、高校時代の誰にもでもある思い出で、切ないリアリティがあるなあ。携帯ではなくポケベルで連絡しあうあたりも時代を感じさせる。

台湾の青春映画の舞台として定番になっているビリヤード場も登場するし、ガジュマルの大樹の下に悪がきがたむろしているのもホウ・シャオシェン映画でおなじみだ。教室の窓の外に火焔樹の赤い花が咲いている風景が印象深いし、繰り返し登場する、高校の屋上から見る低い山並みに囲まれた新竹の変哲もない風景も忘れがたい。

こういう古典的とでも言えそうな青春映画は、今の日本ではなかなかできない。その意味でも、ノスタルジーを感じるなあ。トム・リン監督はカリフォルニア芸術大学で映画を学んだ後、ツァイ・ミンリャン監督の『西瓜』で助監督を務めている。『海角七号』が大ヒットし(日本でも来春公開予定)、この映画もいくつかの賞をもらい、沈滞していた台湾映画に活気が出てきたようで嬉しい。


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August 31, 2009

『キャデラック・レコード』 ビヨンセに聞き惚れる

Cadillac_records

ビヨンセの歌を聞けただけでも、『キャデラック・レコード(原題:Cadillac Records)』を見てよかった。

ブルース歌手マディ・ウォーターズに扮したジェフリー・ライトや、元祖ロックン・ローラーのチャック・ベリーに扮したモス・デフも聞かせるけど、なんといってもR&B歌手エタ・ジェームズを演じたビヨンセの情感のこもった歌が素晴らしいね。

僕はビヨンセ自身の今ふうなヒット曲に惹かれたことはないけど、ビヨンセが目にいっぱい涙をためて歌う60年代のソウルフルな曲、「I'd Rather Go Blind」に参った(YOUTUBEに「BEYONCE'AS:Ms.ETTA JAMES-I'D RATHER GO BLIND」として映画のシーンがアップされている)。それを聞きながら部屋を出ていくエイドリアン・ブロディの悲しげな顔もいい。ビヨンセは、こんなうまい歌手だったのか。

この映画で彼女はほかにエタ・ジェームズのヒット曲「At Last」や「All I Could Do Was Cry」を歌っている。「At Last」は、オバマ大統領就任祝賀パーティーでビヨンセが歌い大統領夫妻がダンスして世界中で有名になったバラード。

ビヨンセやヒップ・ホップのモフ・デフの歌がうまいのは本職だから当たり前だけど、役者としてもなかなかのもの。ビヨンセの、白人のボスに心を寄せるアフリカ系女性の切なさがいい。一方、マディ・ウォーターズになるジェフリー・ライトは役者だけど、ブルースを歌ってちゃんとサマになってる。アメリカの音楽映画はこういう才能に支えられているんだなあ。

南部アフリカ系の間で歌われていたブルースが北上して都市(シカゴ、カンザス・シティ、デトロイトなど)に流れ込み、シティ・ブルースやロックン・ロールが生まれる。その音楽に影響を受け、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンら白人ロックが生まれる。そんなブラック・ミュージック史のさわりを、シカゴのチェス・レコードを生んだレナード・チェス(エイドリアン・ブロディ)を主人公に面白く見せてくれる。

ポーランド移民2世のレナード(本当は兄弟なんだけど、映画では1人になってる)が、自身が経営するアフリカ系向けナイトクラブでマディ・ウォーターズに出会い、黒人音楽専門のレーベル、チェス・レコードを立ち上げる。マディはじめ、ハウリング・ウルフ、チャック・ベリー、エタ・ジェームズらの曲がヒットチャートを駆けのぼる。

そのあたりが手際よくまとめられている。昔読んだチャールズ・カイル『都市の黒人ブルース』(1968、音楽之友社)を引っ張り出したら、チェス・レコードについてこんな記述があった。

「マディ・ウォーターズは、会社設立(1940年代後半)ごろから、一枚の契約書もなしにこの会社の仕事をしている。これは、競争の激しいブルース界でウォーターズとレナード・チェス間の相互信頼を示す貴重な証拠といえるかもしれない。しかし、契約の仕方の中には、いまだにプランテーションと温情主義の匂いがする。マディ・ウォーターズが、歯医者の治療代、または自動車の支払いに窮してチェス・レコードに行けば、その場で『レコード印税の前金』を受けとれるのではないか。その反面、マディが高飛車に出たら、いままでのブルース生活が瓦解することも考えられる」

筆者のチャールズ・カイルは当時のニュー・レフトだから「プランテーションと温情主義の匂い」を嗅ぎつけているけれど、ともかく金に関して(異性やクスリに関しても)善くも悪くもいいかげんだったんだろう。映画でも、レナードはマディたちに印税のかわりにキャデラックの新車をばんばん買い与える。後でミュージシャンが「あの印税は?」と聞くと、レナードは「キャデラックで払ったろう」と答える。

ブラック・パワーが台頭してアフリカ系アメリカ人の意識が先鋭化する以前の1950年代、アフリカ系に偏見を持たなかった白人とブルースマンのうたかたの共同体みたいな空気が映画から感じられるのが嬉しい。

僕は車に興味がないけど、何台ものキャデラックの最新モデルが動いてるのは、車好きには応えられないだろうな。もうひとつ。エンド・ロールを見ると、ニュージャージーのいくつもの町でロケされている。『レスラー』もここのロケだったけど、ニュージャージーは50~60年代の空気を残す場所として貴重なんだな。

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