『霧のごとく』
台湾映画『霧のごとく(原題:大濛)』は不思議な感触の、でもとてもよく出来た、楽しめる映画だった。
1953年、戒厳令下の台湾・嘉儀。阿月<アグエー>(ケイトリン・ファン)は反政府の罪で逮捕された兄が処刑されたと知らされ、遺体を引き取りに台北へ行く。右も左も分からない彼女をだまそうとした男から阿月を救ったのは輪タク運転手の公道<ゴンダオ>(ウィル・オー)。公道は元国民党軍兵士で広東出身、蒋介石に従って大陸からやってきた。公道の元上官がスパイの疑いをかけられたことから、公道も公安につきまとわれている。兄の遺体を引き取るにも金がかかり、その金のない阿月と、彼女を助けようとする公道が金を工面しようと動き回り、騒動に巻き込まれ……。
台湾の戒厳令はホウ・シャオシェン監督が『悲情城市』で描いた2.28事件をきっかけに、大陸から台湾に渡ってきた国民党政府によって布かれ、1987年に解除されるまで50年近く続いた。嘉儀に住む本省人(台湾ネイティブ)である阿月の兄は学生で、仲間と反政府的な行動を起こしたため警察に追われる身となっていた。一方、この時代、公道のように国民党兵士として台湾に来た者の多くは、除隊後も台湾に残って外省人と呼ばれた。大陸の家族と離れ離れになった彼らは政府からも冷遇され、老いて、一人で、貧しくなった者も多いと言われる。
……と、物語とその背景を語ると重たい社会派映画と誤解されるかもしれない。これが違うんですね。外省人の青年と本省人の少女が台北のあちこちを駆け回るのが、ユーモアたっぷり、1950年代のノスタルジックな町を舞台にしたエンタテインメントに仕立てられている。2人が賭博場に行ってすっからかんになったり、歌手・ダンサーになっている阿月の姉を訪ねて舞台のショーを見たり。場面転換では必ず音楽が挿入されて、ミュージカルふうな雰囲気もある(歌い出しはしないが)。公道を追う公安が絡んで殺人事件も起きる。人情ものの気配もある。そしてなにより、戒厳令下で犠牲になった阿月の兄のような無名の死者を悼む寓話が披露される。映画の体温が暖かい。
ラストシーンは戒厳令解除後。ほろりとさせられ、笑いました。
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