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January 24, 2026

「いつも となりに いるから」展

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「いつも となりに いるから 日本と韓国、アートの80年」展(~3月22日、横浜美術館)へ。戦後の日本と韓国の、互いに影響しあい、協働した美術を一望する展覧会。「はざまに─在日コリアンの視点」「ナムジュン・パイクと日本のアーティスト」「ひろがった道─日韓国交正常化以後」「あたらしい世代、あたらしい関係」「ともに生きる」の5パート。抽象画やインスタレーションにはあまり興味がわかないけれど、初めて見る在日の作品群は戦後の在日が置かれた状況を反映して強い印象を受けた。北朝鮮に渡った日本人妻を撮影した作品は、僕の小学校の同級生が北朝鮮に帰国し、その後音信不通になったことを思い出して心が痛む。折に触れ見てきた富山妙子や、金仁淑はじめ若い世代の作品も面白かった。

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January 22, 2026

『BLACK BOX DIARIES』

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『BLACK BOX DIARIES』は、公開前から伊藤詩織さんの元弁護士が記者会見を開いて映像や音声の無断使用を指摘するなどニュースになっていた。その後、伊藤さんもコメントを出し、別の関係者からも意見が出て、いくらかの修正を経て公開されたようだが、まずは映画を見なければと劇場へ。映画として、よく出来たドキュメンタリーだと思った。

伊藤さんが元TBS記者を訴えた民事裁判の進行を軸に、そもそもの「事件」の経緯、そして裁判を抱えた伊藤さんの日常が「日記」として入れ子のように描かれている。裁判所の内外で、彼女は多くの支援者に囲まれている。メディアを避け友人の家に泊まる伊藤さんは、よく笑い、そして泣く。発端となった、泥酔した伊藤さんを記者がホテルへ連れ込む映像は、たぶん裁判でも最大の鍵になり、映画もこの映像なくしては成り立たなかったろう(その無断使用が問題とされ、日本版はCG加工して公開)。捜査途中で異動になり、内部情報を伊藤さんに漏らす同情的な捜査官。当日夜に二人を乗せたタクシー運転手とホテルのドアマンの証言。これだけの声をよく集めたと思う。そしてこれが性暴力事件以上の広がりを持ったのは、元記者が当時の安倍晋三首相と親しかったことから、一度出た逮捕状が握りつぶされたのではという政治の「ブラック・ボックス」を開けてしまったこと。

このドキュメンタリーを優れたものにしているのは、闘う被害者の私的な「日記」でもなく、といって政治の闇に切り込む社会派的なものでもなく、両方の要素を持ちながらそれが渾然一体になった作品として成立しているからだろう。

この映画への批判のいくつかが、伊藤さんを支えた弁護士はじめ、伊藤さんを支援してきた人たちからも出たことは、何を意味しているだろう。関連した発言を読んでいちばん納得したのはドキュメンタリー映画監督・森達也のものだった。彼は、自分だったら問題となった映像と音は「全て使う」とした上で、「自分のエゴを常に最優先して、社会規範や組織のルール、誰かの良識などに従属しないことだ」と言う。法の秩序を求める弁護士には弁護士の、MeToo運動を進める側には運動の論理があるのは当然だけど、この映画はそこからも独立している。一映画ファンとして、置かれた状況はまったく違うけれど、法を破り、国のタブーを破り、そのため投獄されたり、映画製作禁止を言い渡されたり、国外に亡命せざるをえなかった監督たちの、すぐれたトルコ(クルド)映画、中国映画、イラン映画、ソ連映画などを見てきた。それらの映画がこの国の映画ファンにまで届いたのは、やはり映画そのものに力があったからだろう。

一人の映画監督の誕生を喜びたい。

 

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January 20, 2026

『ブラッド・コバルト』

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シッダルタ・カラ『ブラッド・コバルト』(大和書房)の感想をブック・ナビにアップしました。

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January 10, 2026

『星と月は天の穴』

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こういうのを反時代的な映画と言うのか。『星と月は天の穴』は今の日本映画界に色んな意味で背を向け、にもかかわらずとても刺激的な映画だった。吉行淳之介の原作を荒井晴彦が監督している(脚本も)。

画面はモノクローム。ただし赤信号、夕焼け、サーモンの切り身、唇、ヒロインの身体の疵は赤いパートカラーになる。赤は主人公の欲望に対応している。セリフは今ふうの自然な言い回しでなく、小説の文章語によるセリフがそのまま口にされる。それがまた美しい。主人公のモノローグは語りでなく、画面にワープロで文字を打つように文字で表現される。主人公が書く小説の世界、男(綾野剛の二役)と女がそのまま画面に現われ、劇中の現実と仮構が切れ目なく接続されたりもする。

時代は1969年。妻に去られた小説家の矢添(綾野剛)は、なじみの娼婦・千枝子(田中麗奈)と時々会いながら、画廊で偶然に会った大学生の紀⼦(咲耶)とつきあいはじめる。紀子との出会いは、彼女が車のなかで粗相し、矢添は40代なのに総入歯という互いに隠したい失敗や負い目が二人を結びつける梃になったようだ。とはいえ矢添にとって二人とは身体のつきあい、彼女たちを自分の内面には決して立ち入らせない。千枝子とは金銭を介した関係だし、紀子が矢添の部屋に行きたいと繰り返し懇願してもそれを許さない(部屋とは矢添の内面の喩だろう)。もっともそれは矢添の意思というより、愛に失敗した男が自分を持て余し、それ以上に踏み込む勇気を持てないようにも思える。

この映画からは、荒井が脚本家として手がけた1970~80年代の『遠雷』『時代屋の女房』『ひとひらの雪』といった文芸映画の香りがする。とはいえこういう男と女の映画にとって、それを取り巻く環境はずいぶん変わった。フェミニズムの洗礼を受けている(上野千鶴子が吉行淳之介の女性の描き方について厳しく分析批判したことがあったと記憶する)。#MeToo以後、映画の性表現もずいぶん変わった。特に日本映画は若い監督を含め性表現について抑制的になった、あるいは性という主題にあまり興味を示さないようにも見える。そんな風潮に抗するように、この映画の性表現はかなり激しい(今こういう映画をつくる現場にはインティマシー・コーディネーターの存在は不可欠だ。本作では西山ももこ)。僕は見ていて荒井が脚本を書いた日活ロマンポルノの傑作『赫い髪の女』(原作・中上健次、監督・神代辰巳)を思い出していた。『星と月は天の穴』は、荒井が脚本家としてでなく監督としてつくった50年後の日活ロマンポルノのように思えた。もちろんこれ、誉め言葉です。

ラストシーン。橋の上で矢添と紀子が距離が取り、詰める、ロングショットが素晴らしい。

 

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January 09, 2026

『ワン・バトル・アフター・アナザー』

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『ワン・バトル・アフター・アナザー(原題:One Battle After Another)』は、去年見逃した映画のなかでいちばん気になっていた作品。渋谷にかかっていたので、今年最初の映画館通いに。いやあ、面白かったです。

アメリカ映画はこういうロード・ムービーの犯罪ものが大好きだなあ。『イージー・ライダー』や『俺たちに明日はない』以来、何本つくられたことか。無論、その根っこにはケルアックの『オン・ザ・ロード』がある。この映画の原作もトマス・ピンチョンの小説で、1960年代カウンター・カルチャーの時代を舞台にしていたのを、映画は現代アメリカに置きかえてある。

カリフォルニアの収容所に収容された不法移民を武力で解放しようとする革命派「フレンチ75」と、白人至上主義者による秘密結社の民兵組織との銃撃戦、追っかけ。ディカプリオがかつては爆弾の専門家だったが今は娘が心配なだけの元過激派を、ショーン・ペンが民兵組織の指揮官を、実に楽しそうに演じてる。定番の車での追っかけは平原の直線的な道でなく、起伏の激しい坂で見えたり見えなかったりするのが視覚的に面白い。その起伏が最後の対決の伏線になっている。

P.T.アンダーソン監督は作家性と興行成績を両立させる映画を何本もつくってるけど、これは今まででも一番の興行収入らしい。年末に「2025年の映画10本」をリストアップしたけど、去年見ていれば当然入れてたなあ。

 

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