『旅と日々』
脱力系とでも言うんだろうか。『旅と日々』は力の抜けた、淡々とした、それでいてふっと異世界を感じさせながら見る者を旅にいざなう映画だった。原作はつげ義春の「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」。原作も「ねじ式」みたいな夢幻世界でなく、日常の旅のなかで一瞬別世界が顔をのぞかせる体のマンガだったけど、その感じがとてもよく出ている。
脚本家の李(シム・ウンギョン)が「海辺の叙景」をシナリオ化しようとしている。カメラは彼女が書くハングル文字を追いながら、劇中劇のように「海辺の叙景」に転換する。都会から海辺にやってきた男(高田万作)と女(河合優美)が出会う。二人はぼそぼそ話し、翌日も雨の海のなかで泳ぐ。それだけの話なのだが、上空から俯瞰した鮮烈に青い海や激しい雨のなかを泳ぐショットに引き込まれる。最後、マンガの最終コマと同じ、雨のなかで泳ぐ男を女が傘をさして眺めるショット(女も泳いで濡れてるのに)に「あなた すてきよ」と台詞がかぶさる。そのちくはぐなおかしみが何ともいえない。
やがて李が冬の東北に旅に出る。そこから「ほんやら洞のべんさん」になるのだが、今度は脚本家の李自身がマンガの登場人物になり劇中に入り込んでしまう。李が雪深い村の崩れそうな一軒宿に泊まる。主のべん造(堤真一)は商売っ気なく、布団も敷かずに酒を飲んで寝てしまう。翌日、李はべん造が雪のなかを別れた妻の実家に鯉を盗みに行くのにつきあう。こちらもただそれだけの話なのだが、雪原をゆく二人の遠景や、雪にぼこっと沈んで揺れながら歩く李の後ろ姿を見ていると、そのなかに吸い込まれそうになる感覚を味わえる。
監督の三宅唱は『きみの鳥はうたえる』とか『ケイコ 目を澄ませて』とか国際的に評価される力作をつくってきたけど、こういう力の抜けた、でも映画の楽しさを持った作品もいいなあ。


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