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July 31, 2025

『私たちが光と想うすべて』

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『私たちが光と想うすべて(英題:All We Imagine as Light)』は素晴らしいタイトルで、映画の核を見事に表している。巨大都市ムンバイを舞台にしたインド映画。ムンバイといえば歌と踊りのボリウッド映画が有名だけど、それとまったく違う、ふつうに暮らす3人の女性が、それぞれに悩みを抱えながらも静かに生きていく。その3人を包むように灯る都市の光が、まるで3人の、いやムンバイに生きる無数の人々の生のきらめきのようだ。

 

病院に勤める3人。看護師のプラバ(カニ・クスルティ)は見合い結婚して夫はドイツへ働きに出ているが、あまり連絡がない。プラバのルームメイトで若い看護師アヌ(ディヴィア・プラバ)にはイスラム教徒の恋人がいて、隠しているが病院で噂になっている。食堂で働くパルヴァティ(チャヤ・カダム)は、高層ビル建築のため住まいから立ち退きを求められている。プラバは同僚の医師から好意を持たれ、高層ビルの灯りが見える夜の公園で静かに語り合うけれど、2人の関係がそれ以上に発展することはない。夜、プラバの自室の窓からは、通勤電車の光が移動していくのが見える。アヌは、仕事を終えて恋人とデートする。立ち退きを決めたパルヴァティは故郷へ帰ることになり、3人そろって電車で海岸の村まで行く。そこで小さな出来事が起こるが、それも事なきを得、夜の海岸のネオンが光るテント小屋で3人は語り合う。

 

ドキュメンタリーを撮ってきた女性監督パヤル・カパーリヤーの長編第1作。冒頭、ムンバイの夜の町を車から移動撮影しながら、町の音と、ムンバイについて語る人々の声が重なる。そこからして引き込まれる。ネットや本でムンバイの映像としてよく見る高層ビル群や寺院、また巨大スラムといった典型的なものでなく、世界のどの大都市にもありそうな、でも確かにここはムンバイだと感じられる映像が見事。その風景と、空気感に、今まで知らなかった新しいインド映画の息吹を知った。

 

 

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July 19, 2025

夏祭り

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今日明日は浦和の夏祭り。街角から祭囃子が聞こえてくる。明日は各町の神輿が揃って旧中山道を調(つき)神社まで練り歩くが、今日は神輿がそれぞれの地域を回っている。浦和駅前では神輿が伊勢丹の店内に入っていた。

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『ヒルビリー・エレジー』を読む

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J.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』(光文社未来ライブラリー)の感想をブック・ナビにアップしました。

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July 17, 2025

『ハルビン』

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韓国映画『ハルビン(原題:하얼빈)』を見る。大韓帝国の独立運動家、安重根(アン・ジュングン)が旧満洲のハルビンで伊藤博文を暗殺した事件の映画化。いろんな意味で面白い映画だった。

冒頭、凍りつき幾重にもひび割れた極寒の豆満江を渡る安重根(ヒョンビン)を上空から撮影したショットが素晴らしく、一気に引き込まれた。面白かったことのひとつは、こういう政治的事件を戦闘シーンやアクションもある上質のサスペンス映画に仕上げたこと。監督のウ・ミンホは朴正煕大統領暗殺をテーマにした『KCIA 南山の部長たち』も撮っているから、社会派の素材をエンタテインメントに落とし込むのはお手のものか。ハリウッドやヨーロッパでこういうハードな娯楽映画があるけど、これもその一本。

安重根は大日本帝国の保護国となった大韓帝国の独立を掲げて戦う大韓義軍という組織のメンバー。現在の北朝鮮で日本軍との戦闘に敗れ、豆満江を渡ってロシア領内の隠れ家にたどりつく。戦闘で捕虜にした日本軍将校を解放したことから逆襲され団員が殺されたことで、組織内部の批判にも晒される。初代の韓国統監、伊藤博文(リリー・フランキー)がハルビンに来ることを知り、安は仲間と暗殺計画を立ててハルビンに向かうが、計画は日本軍に察知されることになる。

映画は大筋で史実を踏まえているようだが、フィクションを交えて見せ場をつくってゆく。ロシアからハルビンに向かう安たちを、安によって解放された日本軍将校らが追う。ロシアの隠れ家を出たところで銃撃戦があり、西部劇のように馬車を疾走させるシーンがあったり、爆弾を入手するため砂漠を横断したり、夜行列車のなかで団員内部のスパイあぶりだしがあったり。

いまひとつ面白かったのは、映画が安の内面に踏み込もうとしないこと。結婚し子どももいた安の個人的背景には触れられないし、安が万国公法に従って捕虜を殺さなかったことで逆に仲間が殺されたことへの悔恨は、セリフや心理描写でなく凍った川に身を横たえるショットで示される。また、安が伊藤に銃弾を発した瞬間、カメラは冒頭のショットと同じように上空へ舞い上がって倒れた伊藤と取り押さえられる安を俯瞰する。並みの映画なら、その瞬間は安や伊藤のクローズアップを挿入するだろう。クローズアップは対象に肉薄することで観客の感情を揺り動かす手法だから。そうではなく俯瞰することで、この映画は昔の韓国映画にときどきあったように、過度にセンチメンタルにならない。この映画でセンチメンタルになるとは、反日感情を呼び覚ますこと。そこについては、この映画は全体として抑制的だ。この映画に限らないが、最近の韓国映画は例えば日本映画よりも成熟してるなと感ずることがままある。

『愛の不時着』でブレイクしたヒョンビンは、ここでは長髪の髭面にハンチングをかぶり、表情も変えず、二枚目を封殺。リリー・フランキーの伊藤博文は驚くほどよく似てる。日本軍将校役の俳優はかなり達者に日本語を話すが、重要な役でもありここは日本語ネイティブの役者を起用してほしかった。撮影監督のホン・ギョンピョは『哭声/コクソン』『パラサイト 半地下の家族』はじめ、日本映画『流浪の月』(李相日監督)『ベイビー・ブローカー』(是枝裕和監督)も撮っている名手。この映画の面白さに大きく貢献してる。

 

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July 13, 2025

水の町、三島

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カミさんの墓参りで静岡県三島へ。三島は富士山の伏流水が町なかに湧き出る水の町。冷たい清水の流れを飛び石伝いに散歩できる。この写真の両側は住宅街、すぐ近くに旧東海道の商店街もある。50年以上前に初めて行ったときは、町はさびれたように見え、流れもどぶ川のようになっていたが、「水」をキーワードに町の景観を整えて若い世代も増え、新しい店も増えている。

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July 10, 2025

『ルノワール』

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才能ってこういうものか、と驚いた。『ルノワール』は、早川千絵監督の長編デビュー作『PLAN75』につづく2作目。小学5年生の少女フキ(鈴木唯)を主人公に、ひと夏の体験を描く。そのみずみずしさが素晴らしい。

1980年代の地方都市。フキは学校の作文で「みなしごになりたい」と書いて母親(石田ひかり)を嘆かせる女の子。仕事に忙しい母親に距離を感じてるらしい。父親(リリー・フランキー)は癌で闘病中。フキはTVで流行のオカルトにはまり、同じ団地に住む屈託を抱えた女性(河合優美)に幽体離脱を試してみる。裕福な家の女の子と知り合って、自分の家と違う雰囲気を感じたり、伝言ダイヤルで若い男に誘われて会い、あやうく難を逃れたり。父親の癌は進行していて、両親には溝がある。母親は会社の研修で知り合った男と怪しげな関係になる。

それぞれに苦しみや傷を抱えた周囲の大人たちの傍で、フキはそれを黙って見ている。大きな意志的な瞳が印象的。あるいは、拒絶の意思を首を大きく振って無言で表す。フキが母親の自転車の後ろに乗って川の土手を走る。風に揺れる母親のブラウスにそっと触ってみる。自分で買って父親の病室に飾ったルノワールの少女の複製画を、父親が亡くなった後、自分の部屋にかけて手鏡で太陽の光を当ててみる。そんなショットの積み重ねから、フキの心のありようがじわっと浮かび上がってくる。

11歳の女の子がいろんな経験をして少しだけ大人になるさまを、少ない言葉と見事な映像で納得させてくれる。デビュー作『PLAN75』は社会派的な映画だったけど、やはりセリフは抑制的で、はっとするようなショットがあった。そんな資質が2作目で全開した感じ。

 

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July 07, 2025

類家心平カルテット

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高校の授業をさぼって一緒にジャズ喫茶へ行った仲間のUと類家心平カルテットのライブへ(7月6日、渋谷Body & Soul)。

類家心平は菊地成孔ダブ・セクステットのメンバーとして何度か聞いてるけど、自身がリーダーのバンドは初めて。中嶋錠(p)らのトリオをバックに。中嶋の時に美しく、時に波のようにうねるピアノに、類家の身の内から絞りだすような、スモーキーなトランペットが重なる。MCもあったりなかったりだけど、たぶん類家の自作曲を中心にスタンダードも。アンコールではエリントンのIn a Sentimental Moodをストレートに、でも類家の音色で吹いて、大満足でした。

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July 01, 2025

『メガロポリス』

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フランシス・フォード・コッポラ監督の『メガロポリス(原題:Megalopolis)』、作品としての出来は正直言って良くないけど、それでも見てよかった。たぶんコッポラ最後の映画になるだろうけど、同時代に見てきたハリウッドの最も大きな存在だったコッポラが、最後になにをつくりたかったか、どこへ回帰したかを見られた、という意味で。

ニューヨークを古代ローマに見立てた未来都市の叙事詩。21世紀、アメリカのニューローマという架空の都市にローマ帝国が重ねられ、無声映画以来のハリウッドの「ローマもの」が重ねられ、現実の都市や20世紀の政治が重ねられる、いかにもコッポラらしい大作。

アールデコ様式で名高いクライスラービルや、古代ローマの神殿のようなウォール街の証券取引所ビルが出てくるから、ニューローマはニューヨークを模した都市。享楽に耽る富裕層と貧困層の対立のもと、富裕なクラッスス一族の天才建築家カエサル(アダム・ドライバー)が、発明した新素材で理想の未来都市をつくろうとする。市長のキケロはそれに反対しカジノ建設を目論む。キケロの娘がカエサルといい仲になる。クラッスス家の跡目をめぐる争いもある。カエサルを貶めようとフェイク画像も飛び出す。富裕層が浸る享楽のシーンでは、無声映画『月世界旅行』のように作り物の三日月に座る薄物をまとった女性や、『ベン・ハー』のような戦車競走も出てくる。カエサルやキケロ、クラッススという名前もそうだが、メイクや衣装も過去の「古代ローマもの」映画のような雰囲気。かと思うと、いきなりヒトラーの記録映像が挿入され、9.11のグラウンド・ゼロのような風景や、ポピュリストの政治家が登場したりもする。そんなふうに色んなものが詰め込まれている。

映像のひとつひとつを見ているぶんには、さすがコッポラというヴィジュアルがあって飽きないのだが、それがニューローマという都市の叙事詩として見る者に届かない。未来都市の風景はどこかで見たような「未来」だし、カエサルと彼をめぐる人間模様も、恋にしても敵との対立にしても物語的な展開を排除しているから焦点を結ばないし、過去のハリウッドへのオマージュもVFXが時にチープに見える。

僕がコッポラをよく見たのは1980年代までで、以後は『ゴッドファーザー PARTⅢ』以外見ていない。この映画は構想40年(何度も挫折し、私財も投じた)というから、コッポラがどうしても撮りたかった映画だろう。コッポラ自身とアメリカとハリウッド映画、その過去・現在・未来を壮大な叙事詩に謳いあげる。でも意図はともかく、カエサルが信じた理想都市と人類への希望は、『地獄の黙示録』のカーツ大佐が呟いた「恐怖だ」の一言に負けた、と感じた。

 

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