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February 25, 2025

『ゆきてかへらぬ』

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目の光が心に残る映画だった。クローズアップやバストショットで切り取られる顔の、時にカメラを見つめ、時に地に視線を落とし、あるいは虚空を見つめる三人の、特に目の強さが『ゆきてかへらぬ』のなにごとかを語っているようだった。

中原中也(木戸大聖)。小林秀雄(岡田将生)。長谷川泰子(広瀬すず)。文学史に名高い三人の愛と葛藤を映画化するとなれば、ともすればドロドロの三角関係を予想もするけれど、それを裏切って長谷川泰子を軸にそれぞれの生のもがきと決断を追いかける。だからジャンルとしての恋愛映画ではない。

それぞれの邂逅の場面がいい。京都の中学生だった早熟の詩人・中也と駆け出し女優・泰子が出会って中也の下宿で花札にふける。泰子が中也から金を巻き上げる。下宿にいてもいいよ、と言う中也に泰子は、金をたくさん巻き上げるよ、という意味のセリフを吐く。二人が東京に移って、小林秀雄が部屋を訪れるようになる。喫茶店で秀雄と泰子がお茶を飲む。口説いてるみたいな口ぶりね、と言う泰子に秀雄は、口説いてるんだよ、と冷たい顔で言う。恋愛映画であればカットを重ね、音楽を入れて観客のエモーションに訴えるところだろうけれど、そうはならない。

脚本・田中陽造、監督・根岸吉太郎の熟練の職人たち。鈴木清順作品の脚本家として出発した田中の仕事は、『殺しの烙印』『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』が記憶に残るし、相米慎二監督の『魚影の群れ』も素晴らしかった。根岸は、永島敏行と石田えりが鮮烈だった『遠雷』はじめ、何本もの文芸映画を撮っている。

田中の脚本はずいぶん昔に書かれ「幻の脚本」と呼ばれていたらしい。でも、女性の描き方にジェンダー意識が今と異なった古臭さを感じない。演出によるところも大きいだろうけど、泰子の最後のセリフ、背骨が伸びたみたい(だったかな?)、とあるように、すっくと一人で立つ女性像が爽やかだ。

田中、根岸の二人とも日活ロマンポルノを支えたことでも共通している。女優を撮ってなんぼの映画を作ってきたから、ここでも広瀬すずがなんとも魅力的に撮られている。広瀬すずは美少女だった『海街diary』が印象に残るけど、ここでは成熟した美しさを色んな角度、光線で見せてくれる。

と書いてきて、連想したことがある。先日見た『阿修羅のごとく』(ネットフリックス)。四姉妹の末っ子、広瀬すずも良かったけど、長女の宮沢りえが抜群に良かった。元美少女の宮沢りえが年を重ねてこういう役者になったのかと思うと、広瀬すずは二十年後にどんな女優になっているだろう。あ、そのときこっちはもう生きてないか。

 

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February 19, 2025

ハン・ガン『別れを告げない』

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ハン・ガン『別れを告げない』(白水社)の感想をブック・ナビにアップしました。

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February 17, 2025

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』

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スペインのペドロ・アルモドバル監督は、いつもドラマティックな映画で僕らを楽しませてくれる。その映像、色彩感覚の官能的なことは、世界を見回しても右に出る者がいないんじゃないか。『ザ・ルーム・ネクスト・ドア(原題・The Room Next Door/La habitación de al lado)』はそのアルモドバル監督がアメリカで、英語で撮った作品。

作家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)は、かつて親しくつきあったジャーナリストのマーサ(ティルダ・スウィントン)が末期がんであることを知る。二人は同じ雑誌で働き、同じ男を恋人にしたこともある。シングルであるマーサは、違法な薬物を手に入れ安楽死を計画している。彼女はイングリッドに、最後の日々を隣の部屋で一緒に過ごしてほしいと頼み、マーサはそれを承諾する。

ニューヨークに住むマーサの部屋のカラフルだけど品のいいインテリア。壁に飾られた写真や絵画のアート作品。二人が着る服のこれもカラフルなセンスの良さ。最期の日々のために借りた、森のなかの斬新なスタイルの家。二人で見るキートンその他の古い映画。知的セレブリティと言ってしまえばそれまでだけど、二人の会話が面白く次々に登場するモノたちにも目を奪われる。

痩せて鎖骨が浮き出たマーサを演ずるティルダ・スウィントンが、最後にマーサの娘、若い女性として二役で登場したのにびっくり。昔見た『猟人日記』が記憶に残ってるけど、すごい役者だなあ。

と、たっぷり楽しませてくれたが、安楽死を計画するマーサが冷静に事を推し進め、化粧し着飾って死体となる最後の瞬間まで美意識を貫く自我意識の強烈さ(しかも違法行為に親友を巻き添えにして)には、ちょっと引いてしまう。先日見た日本映画の『敵』も、年老いた元大学教授が計画的に自殺する話だったけど、途中から妄想や錯乱にさいなまれる彼のほうに親近感を覚えてしまうのは日本人の故か。

 

 

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