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August 04, 2024

『恋恋風塵』

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三十数年ぶりに映画館のスクリーンで見た『恋恋風塵』。真っ暗なトンネルの先に出口の光がかすかに揺れる冒頭から、やっぱりときめいてしまった。単線、1両だけの車両。トンネルを抜けた瞬間、亜熱帯の濃い緑と光が差し込むなか幼馴染の中学生ワンとホンが言葉少なに会話を交わすシーンの情感に、心をぎゅっと掴まれてしまう。台湾のホウ・シャオシェン監督が1987年につくった作品が久しぶりに上映されている(「台湾巨匠傑作選2024」、~8月30日、新宿・K's cinema)。

中学を卒業し台北に出て働くワンとホンの淡い恋物語。素晴らしいのは二人を囲む人と風景がたっぷり描きこまれているところだ。台湾の土とともに生きてきたワンの祖父や炭鉱で働く父。二人が住んでいた十分という村の、雲が走り光が翳る緑の山々。駅につづく長い石段。台北の昔ながらの町のたたずまいと、ブルース・リーの看板が置いてある映画館の屋根裏。民主化が始まったばかり、まだ産業らしい産業も育っていない1970~80年代の台湾がまるごと切り取られている。そんななかで語られる二人のぎこちない恋が切ない。僕が生涯に見た映画から10本挙げるなら、『恋恋風塵』は間違いなく入るだろう。

30年前、『侯孝賢(ホウ・シャオシェン)』というムックをつくるため写真家の平地勲さんたちと3週間、台湾に行ったことがある。映画に写るのと同じ電車に乗って、舞台になった十分を訪れて写真を撮った。当時は誰も訪れることのない村だったが、今はすっかり観光地になっているらしい。

認知症を患っているホウ・シャオシェンは今年、引退を発表した。もう彼の新作が見られないのは寂しい。

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