『ブルックリンでオペラを』
『ブルックリンでオペラを(原題:SHE CAME TO ME )』には見たいと思わせるフックがいくつかあった。まず映画の舞台がブルックリン。十数年前にブルックリンで一年ほど生活したので、懐かしい風景を見たい。そして記憶に残る女優が二人出ていた。マリサ・トメイとヨアンナ・クーリク。マリサは落ちぶれたストリッパー役を演じた『レスラー』が、ヨアンナは冷戦で引き裂かれた恋人同士を演じたポーランド映画『COLD WAR』が、映画もよかったけど二人が魅力的だった。もうひとつ加えればこの映画、ブルース・スプリングスティーンが主題歌を歌っている。
で、結果はといえば、いろんな要素を詰め込みすぎたきらいはあるけど、大人の恋愛映画として十分に楽しめました。
オペラ作曲家のスティーブン(ピーター・ディンクレイジ)は新作が書けずスランプ状態。妻の精神科医パトリシア(アン・ハサウェイ)に促され散歩に出る。二人の住まいはブラウンストーンの家が連なる高級住宅街ブルックリンハイツ。そこから南へ、レッドフックあたりまで歩いたらしい。レッドフックはイーストリバーに面した、かつての港湾・工場街。小生がいた十数年前は荒廃していた。そこのバーで、スティーブンは物資を輸送する曳舟の船長カトリーナ(マリサ・トメイ)に出会う。恋愛依存症だというカトリーナは、自らが暮らす船にスティーブンを誘いこむ。日本でもかつて『泥の河』のように船で暮らす生活があったけど、アメリカは今も港から港へ物資を運び船で暮らす人々がいるんだな。
カトリーナに刺激を受けたスティーブンは、彼女をモデルに新作オペラを完成させ評判をとる。カトリーナが偶然にパトリシアの診察を受けたことから、パアトリシアは夫とカトリーナの関係を知ってしまう。もともと潔癖症のパトリシアはそれを契機に精神を破綻させ、修道女となる。パトリシアの連れ子である息子の高校生(どうやら父親はインド系らしい)にはガールフレンドがいて、その母親がマグダレナ(ヨアンナ・クーリク)。マグダレナの夫は、娘(こちらもマグダレナの連れ子)が肌の色の異なるボーイフレンドとセックスしたのが許せず、警察沙汰にすると騒ぐ。親世代と子供世代、二組のカップルのどたばたが続いて、、、。
いかにもニューヨークらしい、いくつもの階層と民族と宗教がごっちゃになった物語。スティーブンとパトリシアは絵に描いたようなセレブ。一方、カトリーナは父親ゆずりの古い曳舟で生活している零細自営業者。東欧移民らしいマグダレナが結婚した男は裁判所の速記者で、一家は建売住宅のような家に住んでいる。マグダレナは家政婦(仕事先がパトリシアの家)をしているから裕福ではないのだろう。精神科医のパトリシアはユダヤ系だが少数派のカソリック。パトリシアと、彼女の家の家政婦であるマグダレナが共にカソリックであることを確認する会話がある。マグダレナの夫は、南軍の軍服を着て南北戦争の野外再現劇に加わるのが趣味。そんなセリフは出てこないが、たぶんトランプ支持者だろう。そんな多様というか、ごたまぜのあれこれが盛り込まれて、映画のスパイスになっている。
ビジュアルの見どころは現代的なオペラの舞台と、古びた曳舟が行き来するニューヨークの河口と、ブルックリンの風景。役者では『スリー・ビルボード』にも出ていた小人症のピーター・ディンクレイジの存在感が際立つ。ごひいきのマリサ・トメイも、キャップから髪をはみ出させ、化粧っ気のない労働着姿が素敵だ(原題はスティーブンが書くオペラのタイトルだが、SHEはアン・ハサウェイでなくマリサ・トメイのこと)。ヨアンナ・クーリクも働く母親役だから、こちらも化粧っ気ないひっつめ髪で登場するけど、悲し気な青い瞳と厚い唇の魅力は変わらない。原作・脚本・監督は小説家でもあるレベッカ・ミラー(父はアーサー・ミラー)。ラストはお約束どおりだけど、こういう映画はそうでなくちゃ。
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