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July 16, 2023

「甲斐荘楠音の全貌」展

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三島へお盆の墓参帰りに東京駅で「甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと)の全貌」展(~8月27日、東京ステーションギャラリー)を。

近年の「あやしい絵」ブームで名の知れた甲斐荘楠音は大正から昭和初期に活躍した日本画家。でも昭和10年代には画家としての活動を休止し、映画界で溝口健二らの衣装デザイナー、時代・風俗考証などを担当し、アカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされたこともある。今回の展示は日本画家として晩年までの作品を網羅するだけでなく、「旗本退屈男」シリーズ(小生、小学生時代に何本も見た)で甲斐荘がデザインした着物の実物、演劇愛好家として女形に扮した多数の写真など、絵画・映画・演劇にわたる活動の全体が見渡せる。

会場入口のパネルに、甲斐荘が「セクシュアル・マイノリティ」だったとある。そのことを知って展示を見ると、たしかに彼の描く美人画はそのことと深く関係していると感じられる。彼が女形に扮した写真と彼の美人画を見比べると、甲斐荘が描く女性は自画像を理想化した夢のようなものかも、と思う。それが彼の絵の「あやしい」魅力とも関係しているだろう。

画壇で忘れられた存在だった甲斐荘の再評価は、世界的なLGBT運動と無縁ではない。こんなふうに、われわれの意識的無意識的な偏見で存在を抹殺された表現が、絵画にとどまらずまだまだたくさんありそうだ。

写真のパネルは今回初公開の「春」(メトロポリタン美術館蔵)。

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スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』を読む

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スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)の感想をブック・ナビにアップしました。

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July 05, 2023

『カード・カウンター』

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こんなにエンドロールに見入った映画はない。刑務所。面会室のアクリル板を介して、受刑者の男の人差し指に面会人の女の人差し指が重なる。アップにされたその画面が、じっと動かない。数分に及ぶだろう、そこにスタッフ、キャストの名前が流れる。ふつうなら、これはストップモーションにするところ。でもよおく見ていると、指や掌がかすかに動く。カメラはずっと、指と指を重ねて動かない二つの手を撮りつづける。男と女の思いが痛いくらい伝わってくる。

男は、イラク戦争後にアルグレイブ刑務所でイラク兵を拷問し、その写真が流出して(実際、そういう事件があった)罪に問われ服役したウィリアム・テル(オスカー・アイザック)。テル(むろん偽名だ)は獄中でカードゲームに精通し、出所してプロのギャンブラーとしてカジノを渡り歩いている。小さく賭けて小さく稼ぐ。決して目立たないことが彼の信条。ホテルでなくモーテルに泊まり、壁の絵をはずし机やスタンドをすべて白いシーツで覆う。刑務所の部屋を再現するような強迫的な行動は、彼がいまだ罪の意識にさいなまれていること、世界と和解できていないことを意味してるんだろう。あるカジノのホテルで、テルは彼に拷問の仕方を教えた上官で、今はセキュリティ会社を経営しているゴード(ウィレム・デフォー)を見かける。

前後してテルは二人の人間と出会う。一人はブローカーでアフリカ系のラ・リンダ。テルの腕を見込んだ彼女は、スポンサーを探すから高額賞金のポーカー大会に出ないかと誘う。もう一人は、テルと同様にアルグレイブで拷問に従事した元兵士の息子、カーク。帰還した元兵士は破滅し、カークは拷問の責任者・ゴードに復讐しようと機会を狙っている。カークはテルと旅することになるが、大きな借金を抱えたカークのために、テルはラ・リンダの申し出を受けてポーカー大会に出ることになる。

 テルは勝ち進み、テルとラ・リンダの間に男と女の感情が流れ、カークも絶縁した母親と和解する気になり、すべてはうまく運びそうだったのだが……。

 親子ほど歳の差がある二人の男が金ぴかのカジノとうらぶれたモーテルを舞台に、都市から都市へ流れるロード・ムーヴィであり、ブラック・ジャックやポーカーの勝敗を競うサスペンスでもある。ポーカーでテルに立ちはだかる敵は、星条旗模様のタンクトップを着て、勝つと「USA!USA!」と雄たけびを上げる男。それを無言で見つめるテルとの対比が鮮やかだ。

 イラク戦争のトラウマに捕らわれたテルは、カークに人生をやり直させることで自分も世界と和解しようとしている。それが失敗しカークが殺されたとき、テルは復讐のため再び拷問技術を使うことになる。

最近、こういう暗い情熱に貫かれた映画を見ることが少なくなった。この映画でどうしても思い出すのは『タクシー・ドライバー』。『カード・カウンター』の脚本・監督ポール・シュレイダーと製作マーティン・スコセッシは、『タクシー・ドライバー』の脚本(シュレイダー)、監督(スコセッシ)チームでもあったから。ベトナム戦争を背景にした1970年代の傑作の精神を半世紀後に今日の問題としてたどり直した、静かで暗い輝きに満ちた映画だった。

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