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May 12, 2023

『レッド・ロケット』

Red_rocket_film

共感できる人間がひとりも登場しないのに、見終わってなんともやるせない気持ちになる映画だった。

落ちぶれたポルノ俳優のマイキー(サイモン・レックス)が無一文になり、長距離バスでロスから故郷のテキサスに帰ってくる。やはりポルノ女優だった元妻と義母の家へ、二人をうまく言いくるめて転がり込む。マリファナの売人として日銭をかせぎ、ドーナツ店でアルバイトする女子高生ストロベリー(スザンナ・サン)を口説いて恋人同士になり、彼女を相方にポルノ業界への復帰を夢みる。

マイキーの自慢は「ポルノのアカデミー賞に5度もノミネートされた」こと。加えて口先三寸で元妻もストロベリーもたらしこむ。元妻もネット売春で暮らしているらしい。マイキーが家賃を払うことで話がつき、元妻と義母をごちそうに連れて行くのはドーナツ店。ストロベリーはそこでアルバイトしている。元妻の家には車がなく、マイキーは自転車でストロベリーを口説きに通う。撮影はヒューストン郊外の港町テキサス・シティ。製油工場のプラントと、そこから出る煙を背景にマイキーが自転車をこぐシーンが何度も出てくる。大統領選挙の年で、トランプの”Make America Great Again”の巨大な看板が立っている。デート帰りには、ストロベリーが母に借りたピックアップトラックで送ってもらう。大都市ならともかく、アメリカで車を持たないことはかくも悲しい。気弱な善人である隣人の車に同乗して大事故を起こし、しかし起訴された隣人はマイキーの存在を明かさず、自分も罪に問われるのを心配していたマイキーはひそかに裏庭でガッツポーズを取る。隣人の老いた父親が、フェンス越しにそれを黙って見ている。

最後、ぶちのめされ、ストロベリーとロスへ行く金を奪われ、元妻の家を追い出されたマイキーは、夜通し歩いてストロベリーの家、ピンク色のチープな建売住宅の前にやってくる。そこでもマイキーはなお夢を見る。

16ミリフィルムで撮影された、粒子の粗い風景がリアル。ショーン・ベイカー監督の前作『フロリダ・プロジェクト』は、マイアミのディズニーワールド近くで売春して暮らす貧困層の母と小さな娘の話だった。今回も同じような構造。社会の底辺に生きる人間たちの、トランプが出てくる背景をえぐる眼をもち、でも楽天的で、ちょっとエロチックで、救いもあり、楽しめる映画に仕上げる。アメリカ映画のパワーを見た。

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