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December 15, 2020

『別れの朝 夭折のDIVA・前野曜子』

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一冊の本が送られてきた。『別れの朝 夭折のDIVA・前野曜子』。A5判136ページの私家版。1988年に亡くなった歌手、前野曜子の三十三回忌にあわせて「前野曜子ファンの集い」というグループがつくった。1970年代、ペドロ&カプリシャスのヴォーカルとして「別れの朝」をヒットさせ、その後、ソロになって松田優作主演の映画「蘇る金狼」のテーマなどを歌ったが40歳の若さで病死した。その追想集と銘打たれている。

3年前、ネットで前野曜子の最後のアルバムが復刻されているのを知り、思わず購入した。久しぶりに彼女のハスキーヴォイスを聞いていたら50年近く前、週刊誌記者として彼女に取材したときの記憶が蘇ってきた。それをブログに書いたら「ファンの集い」の目にとまり、そのときの短文が本書に収録されている。

僕は生涯に一度、1時間ほどのインタビューをしたにすぎないけど、この本には彼女と濃密につきあった人たちの思い出が収められている。カプリシャスのリーダー、ペドロ梅村や、宝塚歌劇団時代の仲間である室町あかね、毎夜のように赤坂で共に飲み踊ったピアニスト、ミチコ・ヒルら。また、生前あるいは没後に前野曜子の歌に惚れた「集い」のメンバーたちの賛辞。年譜やディスコグラフィー、関連記事・書籍の資料も充実して、ファンの熱い思いが詰まった一冊だ(連絡先はmaenoyokofanclub@gmail.com)。

僕もファンの一人として、彼女の魅力を少しでも伝えるためブログに書いた文章を以下に再録しておこう。

     ☆     ☆     ☆     

ウェブを見ていたら前野曜子のCDが目に留まり、思わず買ってしまった。「TWILIGHT」(1982)。1988年に40歳で亡くなった彼女がその6年前にリリースした、生前最後のアルバムの復刻盤。

当時のフュージョンやソウルのサウンドをバックにした都会のポップスだ。グローバー・ワシントンJr.でヒットした「ワインライト」に日本語の詞をつけて歌っているのが、あの時代を思い出させる。オリジナルでは、「立ち去りかけた夜のうしろ影 青ざめた静寂におびえている」とはじまり、「許して 愛して」とリフレインがつづく「愛の人質」(作詞・冬杜花代子、作編曲・上田力)が切ないラブソング。メローなリズムに乗せ、高音がよく伸び透明だけど官能的な歌声に、ああこれが前野曜子だと一瞬感傷的になる。ほかに、ボーナストラックとしてアニメ「スペースコブラ」の主題歌「コブラ」など。

前野曜子には一度だけ、取材で会ったことがある。「別れの朝」がヒットしたあとペドロ&カプリシャスを抜け(無断欠勤や遅刻が度重なりクビになったらしい)、ロスでしばらく遊んで帰国した後、ソロで「夜はひとりぼっち」を出したときだった。水割りをちびちび飲みながら笑顔でインタビューに答えてくれたが、話の中身はまったくパブリシティにならない本音トークで、ロスのアパートでは毎晩ウィスキーのボトルを一本近く空けてたとか、困り顔のマネジャー氏の前で新曲や仕事への不満も口にした。

「ヨーコ、ラッキーでね。今まで変な苦労がなかったわけ。だから、はっきりいって、キャバレーの仕事なんか大っきらい。第一、バンドが合わないでしょ。歌う10分前に音合わせだから、メタメタになるよね。すごくブルーになっちゃいますよ」

そんなことを平気でしゃべる前野曜子は可愛かった。

この後も休養と復帰を繰り返し、アルコール依存からくる肝臓の病で亡くなった。体調を整え、いいスタッフに巡り合えて成熟したら、どんな歌い手になっていたろう。久しぶりのセンシュアルな歌声を涙なしに聴けない。

 

 

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