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December 21, 2020

原武史『「線」の思考』を読む

Senno_hara

原武史『「線」の思考』(新潮社)の感想をブック・ナビにアップしました。

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December 15, 2020

『別れの朝 夭折のDIVA・前野曜子』

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一冊の本が送られてきた。『別れの朝 夭折のDIVA・前野曜子』。A5判136ページの私家版。1988年に亡くなった歌手、前野曜子の三十三回忌にあわせて「前野曜子ファンの集い」というグループがつくった。1970年代、ペドロ&カプリシャスのヴォーカルとして「別れの朝」をヒットさせ、その後、ソロになって松田優作主演の映画「蘇る金狼」のテーマなどを歌ったが40歳の若さで病死した。その追想集と銘打たれている。

3年前、ネットで前野曜子の最後のアルバムが復刻されているのを知り、思わず購入した。久しぶりに彼女のハスキーヴォイスを聞いていたら50年近く前、週刊誌記者として彼女に取材したときの記憶が蘇ってきた。それをブログに書いたら「ファンの集い」の目にとまり、そのときの短文が本書に収録されている。

僕は生涯に一度、1時間ほどのインタビューをしたにすぎないけど、この本には彼女と濃密につきあった人たちの思い出が収められている。カプリシャスのリーダー、ペドロ梅村や、宝塚歌劇団時代の仲間である室町あかね、毎夜のように赤坂で共に飲み踊ったピアニスト、ミチコ・ヒルら。また、生前あるいは没後に前野曜子の歌に惚れた「集い」のメンバーたちの賛辞。年譜やディスコグラフィー、関連記事・書籍の資料も充実して、ファンの熱い思いが詰まった一冊だ(連絡先はmaenoyokofanclub@gmail.com)。

僕もファンの一人として、彼女の魅力を少しでも伝えるためブログに書いた文章を以下に再録しておこう。

     ☆     ☆     ☆     

ウェブを見ていたら前野曜子のCDが目に留まり、思わず買ってしまった。「TWILIGHT」(1982)。1988年に40歳で亡くなった彼女がその6年前にリリースした、生前最後のアルバムの復刻盤。

当時のフュージョンやソウルのサウンドをバックにした都会のポップスだ。グローバー・ワシントンJr.でヒットした「ワインライト」に日本語の詞をつけて歌っているのが、あの時代を思い出させる。オリジナルでは、「立ち去りかけた夜のうしろ影 青ざめた静寂におびえている」とはじまり、「許して 愛して」とリフレインがつづく「愛の人質」(作詞・冬杜花代子、作編曲・上田力)が切ないラブソング。メローなリズムに乗せ、高音がよく伸び透明だけど官能的な歌声に、ああこれが前野曜子だと一瞬感傷的になる。ほかに、ボーナストラックとしてアニメ「スペースコブラ」の主題歌「コブラ」など。

前野曜子には一度だけ、取材で会ったことがある。「別れの朝」がヒットしたあとペドロ&カプリシャスを抜け(無断欠勤や遅刻が度重なりクビになったらしい)、ロスでしばらく遊んで帰国した後、ソロで「夜はひとりぼっち」を出したときだった。水割りをちびちび飲みながら笑顔でインタビューに答えてくれたが、話の中身はまったくパブリシティにならない本音トークで、ロスのアパートでは毎晩ウィスキーのボトルを一本近く空けてたとか、困り顔のマネジャー氏の前で新曲や仕事への不満も口にした。

「ヨーコ、ラッキーでね。今まで変な苦労がなかったわけ。だから、はっきりいって、キャバレーの仕事なんか大っきらい。第一、バンドが合わないでしょ。歌う10分前に音合わせだから、メタメタになるよね。すごくブルーになっちゃいますよ」

そんなことを平気でしゃべる前野曜子は可愛かった。

この後も休養と復帰を繰り返し、アルコール依存からくる肝臓の病で亡くなった。体調を整え、いいスタッフに巡り合えて成熟したら、どんな歌い手になっていたろう。久しぶりのセンシュアルな歌声を涙なしに聴けない。

 

 

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December 13, 2020

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯へ』 成熟か閉塞か

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先日見た『凱里ブルース』だけでなく、今年2月に劇場公開されたビー・ガン監督の新作『ロングデイズ・ジャーニー
この夜の涯へ(原題:地球最后的夜晩)』もネットフリックスで見られるとは思わなかった。後半のワンシークエンスショット60分が3Dであることがこの映画のウリだけど、テレビ画面で見るわけだから3Dにはならない。でも当方、劇場ではIMAX3Dもあえて2Dを見るくらいだから何の支障もない。

『ロングデイズ・ジャーニー』は『凱里ブルース』とほぼ同じ構造をもっている。主人公が現実の場所を動き回るうちに夢とも記憶ともつかない架空の場所に紛れ込む。監督のデビュー作『凱里ブルース』は低予算で役者も親戚知人を使って撮った自主映画ぽい作品だったけど、これが世界の映画祭で評価されたことでつくることができた『ロングデイズ・ジャーニー』は、『凱里ブルース』の商業映画版リメイクといえるかもしれない。

ホンウ(ホアン・ジュエ)は母の死を知って故郷の凱里(貴州省)に帰ってくる。彼は死んだ友人<白猫>を殺したならず者ヅオの愛人だったチーウェン(タン・ウェイ)を見つけるが、彼女はホンウの夢に出てくる女とそっくりだった。ホンウとチーウェンは愛し合うようになりヅオを殺そうと話しあうが、ある日チーウェンは姿を消した。彼女がダンマイという町で歌っていると聞いて、ホンウはダンマイを訪れる……。

艶やかな映像が素晴らしい。赤くネオンが光る凱里の街角。濡れたトンネルを歩くチーウェンの緑のワンピース(『めまい』のキム・ノヴァクを思い出す)。天井から水の滴る廃屋(こちらはタルコフスキーか)。そして現実の町・凱里から劇場なら3D眼鏡をかけて架空の町・ダンマイへ。露天にしつらえられた舞台では、ひと時代前のようなCポップが歌われている。思い思いの恰好でそれを見る男や女や子供たち。ビリヤードに興ずる少年。駄菓子を売る夜店。夢のなか、あるいは記憶のどこかに残っている風景のような懐かしい気配がただよう。

これに似た風景に20年前に出くわしたことがある。一人旅で行った台南(台湾)。日曜日の夕方に町をぶらぶら歩いて、遠くから聞こえてくる台湾歌謡曲に導かれて広場に出た。野天の舞台では曲にのせてストリップまがいの踊りが披露されている。男たちが笑いながらそれを見ていて、その間を子供やイヌが走り回っている。露店では色とりどりのパジャマやネグリジェが売られている。台北よりもっと南の湿気の高い空気が肌にまとわりついて、ちょっと怪しげな、でもどこか懐かしい風景をしばらくながめていた。

そんな個人的記憶が引き出されたように、おおかたの中国人にとってもこの架空の町の手触りはどこか記憶の底にある風景に違いない。31歳のビー・ガン監督は台湾のホウ・シャオシェンや香港のウォン・カーウァイが好きだと語っている。郷愁を誘う風景を好むホウ・シャオシェンの影響は明白だけど、都会的な映画をつくるウォン・カーウァイの影はどこにあるだろうか。彼の映画には1990年代、中国返還前後の香港の植民地のような孤独な浮遊感が漂っていた。そんな孤独な魂の彷徨が、『ロングデイズ・ジャーニー』にも感じられる。その背後にあるのは、現在の中国社会の成熟と言えるかもしれないし、裏から見れば閉塞とも言えるかもしれない。

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