『ザ・ライダー』 静謐に言葉少なく
『ザ・ライダー(原題:The Rider)』はネットフリックス・オリジナルではないけれど、日本未公開の2017年作品。こんな素晴らしい、ミニシアターならとびつくような映画が、なぜ公開されなかったんだろう。役者も監督もまったくの無名だからだろうか。
アメリカ中西部、サウス・ダコタに暮らすロデオ・カウボーイ、ブレイディ(ブレイディ・ジャンドロー)。彼がロデオで頭に大怪我を負って手術し、愛馬の夢を見て目覚めるところから始まる。手術した側頭部には皮膚を縫いつけた十数個のホチキス針。医者からはもう馬に乗れない、と言われている。あきらめられないブレイディは少しずつ馬に触れはじめるが、後遺症で手の指が固まり手綱を放せなくなる。
そんな失意の日常が淡々と重ねられる。愛馬との交流、ロデオ仲間と会い、やはり大怪我して車椅子の兄貴分レインへの見舞い。父は調教師だが貧しく、妹は障害をもっている。生活のため、スーパーマーケットで働く。調教師でもあるブレイディは荒馬の調教を引き受ける。馬に乗って走るのは広大なプレイリーとバッドランドと呼ばれる岩山地帯。最後、ブレイディは父親の制止を振りきりロデオの会場へ向かうのだが……。
驚くのは、主役のブレイディはじめ家族や仲間などほとんどの登場人物が役者でなく、実名で登場していることだ。だから馬との愛情の深さも荒馬の調教もほんもの。ブレイディの怪我も実際に負ったもの。障害をもつ妹も、車椅子の兄貴分も、現実そのまま。それでいて素人であることを少しも感じさせない。すべて素人を使った映画となると、どこかドキュメンタリーふうなテイストが出るものだけど、さらに驚くのは、それもなったくないこと。青春の挫折を言葉少なに語って、簡潔で、無駄のない劇映画として完成度がとても高い。
三たび驚くのは、脚本・監督のクロエ・ジャオは中国(北京)出身の女性で、これが第2作。アメリカへ来たのは高校時代で、ニューヨーク大学で映画製作を学んでいる。同じ大学出身でハリウッドで活躍している中国系の監督にアン・リーがいるけど、彼の『ブロークバック・マウンテン』を彷彿とさせる映画だった。この後、2本の新作をつくっているようで、なんとも楽しみ。
第53回全米映画批評家協会賞と第28回ゴッサム・インディペンデント映画賞の作品賞を受けている。なおネットフリックスだけでなく、アマゾン・プライムでも見られるようだ。映画好きなら見逃せない作品です。
Comments
雄さん、コメントありがとうございました。
>映画好きなら見逃せない作品です
もう全ておっしゃる通り!その通りの素晴らしい作品でしたね。
事前に情報を入れずに観たので、エンドロールで本当に驚きました。
アメリカという国の計り知れない広さを感じる作品でもありました。
Posted by: 真紅 | August 21, 2020 05:56 PM
監督はブレイディの怪我を知って、映画に向けて動きはじめたようです。本当のカウボーイたちの、本当の出来事を取り入れて、それでいて見事なドラマをつくりあげる。すごいですね。しかも「白人」の「男」の伝統的な世界を。
Posted by: 雄 | August 22, 2020 12:36 PM