『マリッジ・ストーリー』 苦いけど最後は…
先日、アカデミー賞のノミネート作品が発表になった。かつてはカンヌやベネツィアに比べてハリウッドの業界(商業)的色彩が濃厚だったけど、投票権をマイノリティに開放するなど改革が進んで、受賞作の傾向が多少変わってきたように思う(逆にカンヌやベネツィアが商業的になってきた)。
今年のノミネートで驚いたのは、ネットフリックスのオリジナル映画が『アイリッシュマン』に『マリッジ・ストーリー(原題:Marriage Story)』と2本も作品賞に入っていること。さらに『マリッジ・ストーリー』の主演アダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンがそれぞれ主演男優・女優賞に、監督のノア・バームバックは脚本賞にノミネートされている。『アイリッシュマン』もいくつもの部門でノミネートされているから、今年もネットフリックス映画が受賞する可能性は高い。製作や配信を含めデジタル化をめぐる業界再編にどこが主導権を握るか。映画の潮流がはっきりと変わってきた。
昔、『イタリア式離婚狂想曲』という映画があった。結婚と離婚はいつの時代、どの世界にもあるけど、特に離婚は民族や宗教や法体系、社会の仕組みによってずいぶん違ってくる。『マリッジ・ストーリー』はアメリカ式離婚狂想曲といった趣きの映画。僕たちの常識と違うのは、まずアメリカという国がユナイテッド・ステイツで、州によって法律が異なること。もうひつとは裁判で物事を決着させる訴訟社会であること。そのことで、本来は夫婦の間の話が複雑になってくる。
女優のニコール(スカーレット・ヨハンソン)はニューヨークでオフ・ブロードウェイ劇団の演出家チャーリー(アダム・ドライバー)と結婚して、小学生の息子がいる。結婚前はロスで映画女優だったニコールにドラマ出演の声がかかり、ニコールは撮影のあいだ息子を連れてロスの実家に戻ることを決める。チャーリーとの仲はうまくいってなく、離婚話が進行していて、ロスにやってきたチャーリーに弁護士を立てて離婚の書類を渡す。ニコールと息子がロス在住なのでカリフォルニア州での裁判となり、チャーリーはあわててロスで弁護士を探さざるをえなくなる。親権争いで不利にならないため自身もロスにアパートを借り、ちょうどブロードウェイ進出の声がかかっていたチャーリーはNYとロスを行ったり来たり。ニコールが立てた辣腕の女性弁護士に対抗するため、チャーリーも辣腕の弁護士を立て、二人の本来の気持ちとは裏腹に互いを傷つけあう展開になってゆくのだが……。
離婚を言い出したニコールのいちばんの不満は、結婚前は映画女優として未来が開けていたのに今は一劇団員にすぎないという、自分のキャリアが中断されたことにあるらしい。だからロスからドラマ出演の声がかかったことで、踏ん切りをつけた。といって、チャーリーへの愛が冷めたわけでもなさそうだ。映画の冒頭、調停の前段階(らしい)で互いの長所を書いた文章を読み上げるとき、ニコールがそれを拒否するのは、そのことで自分で気持ちが揺れるのを恐れたからだろう。一方のチャーリーは、調査員がやってくるので、がらんとしたアパートに鉢植えを持ち込み絵を飾り、料理をつくって息子と一緒に食べる姿を見せる。親権を取られまいと、いささか演出気味で、無理も感じさせる。
そんな夫婦を演ずるアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンがうまい。長髪のアダムはいかにも知的なニューヨーカーといった風情。スカーレットは、いつもの美女役よりスッピンに近い(たぶん)化粧。そんな彼女が目くじらを立てる表情が、ちょっと怖い。アカデミー賞にノミネートされたのは、ショートカットのスカーレットが従来の役どころと違う新しい顔を見せたからだろうか。
それにしてもアメリカの離婚裁判は金がかかりそうだ。女性弁護士が1時間の料金を確か400ドルとか言ってたから、ニューヨークのアパートしか財産がないらしいチャーリーは、ロスのアパートも維持しなければならず、いずれすっからかんになるんだろう。
『イタリア式離婚狂想曲』はマルチェロ・マストロヤンニ主演で、離婚が禁止されていた時代の艶笑コメディだったけど、こちらは苦い途中経過を経て最後は落ち着くべきところに落ち着く家庭劇。『イカとクジラ』や『ヤング・アダルト・ニューヨーク』といった都会の現代的ホームドラマをつくってきたバームバック監督らしい映画だ。
Comments
2人の、アクション俳優?!印象を一気に塗り替えまくる演技に圧倒されました...
Posted by: onscreen | January 26, 2020 09:18 AM
スカーレット・ヨハンソンがこれまでのイメージとがらっと変わったのが面白かったですね。かつてのキム・ベイシンガーの変貌を思い出しました。
Posted by: 雄 | February 23, 2020 05:13 PM