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January 28, 2020

製本所を見学

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昨年5月から単行本を1冊、自分でつくっている。本文やカバーの印刷も終わり、ようやく本づくりの最終段階、製本にかかってきた。デザイナーと相談しフランス装という特殊な装幀をしたので、都内にたくさんある普通の製本所では引き受けてくれない。印刷所の担当者があちこち探してくれて、ようやく手づくりで製本してくれるところが横須賀市に見つかった。「一冊から製本、一部から製作」がモットーのその三栄社へ、デザイナーと2人で見学に出かけた。京急安針塚駅から冷たい雨のなかを5分ほど歩いた国道16号沿いにある。

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社長の津野さんがひとりでやっている製本所。ワンちゃんとともに迎えてくれた。

印刷所からは、印刷し綴じて糊で固めた本文、表紙とカバーが送られてきている。まず、断裁機で表紙を寸法に合わせて断裁する。フランス装は表紙と裏表紙の三方を内側に折りこむので、そのための折り線を断裁機を利用してつける。折りこむ部分に糊を塗り、内側に折りこんで圧をかけて接着する。次に本文の背上部に糊を塗り、栞を張りつける。さらに背にもう一度糊を塗り、内側に折りこんだ表紙を接着させる。ここで本の形ができあがる。最後にカバーを同じように断裁機で寸法を合わせて断裁し、折り目をつけて、表紙の上からくるむ。これで1冊の本が完成。大きな製本所では、もう少し機械化されているらしいが、ここではすべての工程が手作業だ。

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右が断裁機。後ろには箔押しに使う金属活字の棚がある。博士論文から革装の本まで1部から引き受けるというから、採算よりは製本の仕事そのものが楽しそうな津野さんだ。

 

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January 21, 2020

『マリッジ・ストーリー』 苦いけど最後は…

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先日、アカデミー賞のノミネート作品が発表になった。かつてはカンヌやベネツィアに比べてハリウッドの業界(商業)的色彩が濃厚だったけど、投票権をマイノリティに開放するなど改革が進んで、受賞作の傾向が多少変わってきたように思う(逆にカンヌやベネツィアが商業的になってきた)。

今年のノミネートで驚いたのは、ネットフリックスのオリジナル映画が『アイリッシュマン』に『マリッジ・ストーリー(原題:Marriage Story)』と2本も作品賞に入っていること。さらに『マリッジ・ストーリー』の主演アダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンがそれぞれ主演男優・女優賞に、監督のノア・バームバックは脚本賞にノミネートされている。『アイリッシュマン』もいくつもの部門でノミネートされているから、今年もネットフリックス映画が受賞する可能性は高い。製作や配信を含めデジタル化をめぐる業界再編にどこが主導権を握るか。映画の潮流がはっきりと変わってきた。

昔、『イタリア式離婚狂想曲』という映画があった。結婚と離婚はいつの時代、どの世界にもあるけど、特に離婚は民族や宗教や法体系、社会の仕組みによってずいぶん違ってくる。『マリッジ・ストーリー』はアメリカ式離婚狂想曲といった趣きの映画。僕たちの常識と違うのは、まずアメリカという国がユナイテッド・ステイツで、州によって法律が異なること。もうひつとは裁判で物事を決着させる訴訟社会であること。そのことで、本来は夫婦の間の話が複雑になってくる。

女優のニコール(スカーレット・ヨハンソン)はニューヨークでオフ・ブロードウェイ劇団の演出家チャーリー(アダム・ドライバー)と結婚して、小学生の息子がいる。結婚前はロスで映画女優だったニコールにドラマ出演の声がかかり、ニコールは撮影のあいだ息子を連れてロスの実家に戻ることを決める。チャーリーとの仲はうまくいってなく、離婚話が進行していて、ロスにやってきたチャーリーに弁護士を立てて離婚の書類を渡す。ニコールと息子がロス在住なのでカリフォルニア州での裁判となり、チャーリーはあわててロスで弁護士を探さざるをえなくなる。親権争いで不利にならないため自身もロスにアパートを借り、ちょうどブロードウェイ進出の声がかかっていたチャーリーはNYとロスを行ったり来たり。ニコールが立てた辣腕の女性弁護士に対抗するため、チャーリーも辣腕の弁護士を立て、二人の本来の気持ちとは裏腹に互いを傷つけあう展開になってゆくのだが……。

離婚を言い出したニコールのいちばんの不満は、結婚前は映画女優として未来が開けていたのに今は一劇団員にすぎないという、自分のキャリアが中断されたことにあるらしい。だからロスからドラマ出演の声がかかったことで、踏ん切りをつけた。といって、チャーリーへの愛が冷めたわけでもなさそうだ。映画の冒頭、調停の前段階(らしい)で互いの長所を書いた文章を読み上げるとき、ニコールがそれを拒否するのは、そのことで自分で気持ちが揺れるのを恐れたからだろう。一方のチャーリーは、調査員がやってくるので、がらんとしたアパートに鉢植えを持ち込み絵を飾り、料理をつくって息子と一緒に食べる姿を見せる。親権を取られまいと、いささか演出気味で、無理も感じさせる。

そんな夫婦を演ずるアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンがうまい。長髪のアダムはいかにも知的なニューヨーカーといった風情。スカーレットは、いつもの美女役よりスッピンに近い(たぶん)化粧。そんな彼女が目くじらを立てる表情が、ちょっと怖い。アカデミー賞にノミネートされたのは、ショートカットのスカーレットが従来の役どころと違う新しい顔を見せたからだろうか。

それにしてもアメリカの離婚裁判は金がかかりそうだ。女性弁護士が1時間の料金を確か400ドルとか言ってたから、ニューヨークのアパートしか財産がないらしいチャーリーは、ロスのアパートも維持しなければならず、いずれすっからかんになるんだろう。

『イタリア式離婚狂想曲』はマルチェロ・マストロヤンニ主演で、離婚が禁止されていた時代の艶笑コメディだったけど、こちらは苦い途中経過を経て最後は落ち着くべきところに落ち着く家庭劇。『イカとクジラ』や『ヤング・アダルト・ニューヨーク』といった都会の現代的ホームドラマをつくってきたバームバック監督らしい映画だ。

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January 18, 2020

鬼海弘雄「や・ちまた」展へ

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病院で検査を受けた後、渋谷へ出て鬼海弘雄「や・ちまた」展(渋谷・NANZUKA、~1月26日)へ。浅草で、歩いている人に声をかけて撮ったポートレート。以前に写真集で見た作品もあり、はじめての作品もある。浅草には銀座とも渋谷とも違う、さまざまな人が集まってくる。被写体となった人の人生を想像して、どの写真の前でもしばし佇んでしまう。それだけの力を持った写真。

鬼海さんは体調を崩していると聞いた。回復を祈りたい。

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January 17, 2020

『マザーレス・ブルックリン』 NY開発の光と影

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12年前、ニューヨークに1年滞在したとき、ブルックリンのフォート・グリーンという地域にアパートを借りた。『マザーレス・ブルックリン(原題:Motherless Brooklyn)』の舞台がここで(設定は1950年代だが)、フォート・グリーン地域の高速道路建設とアフリカ系住民立ち退きに伴う犯罪がテーマ。実際に、僕が住んだアパートから5分ほど歩くとブルックリンとクイーンズを結ぶ高速道路が走っていた。その脇には、50年代に建設された「ザ・プロジェクト」と呼ばれる低所得層向け高層団地が建っている。ここがこの映画の「現場」。これは見にいかねば。

映画は、今では懐かしさを感じさせるほど古典的なハードボイルドだった。もちろん現代ふうな味つけはされているけど、そのミックス具合が心地よい。

ハードボイルド映画だから、主人公はもちろん私立探偵。探偵のフランク(ブルース・ウィリス)が事件を調査中に殺される。そのフランクに孤児院から救い出され、事務所のスタッフになっていたライオネル(エドワード・ノートン)が、フランクが殺された理由を調べ始める。ライオネルの前には、立ち退きを迫られる住民を支援するアフリカ系のローラ(ググ・バサ=ロー)や謎めいた男ポール(ウィレム・デフォー)、そして市の都市計画を推進するモーゼス(アレック・ボールドウィン)が現れる……。

古典的なハードボイルド映画を代表する役者はハンフリー・ボガートだけど、ボガートのキャラクターを引き継ぐのは冒頭に特別出演ふうに出てくるブルース・ウィリス。彼をボスと慕うエドワード・ノートンの探偵はチック症状に悩まされ、自分に自信を持てない男。そのかわり記憶力は抜群。でもチック症状に伴って、相手が嘘をついたりすると内心の声が自分の意思と関係なく声になってしまう。それが映画のピリッとした辛みになり、情けないあたりは今ふうでもあるところ。主人公が悩みや弱さを抱えているのは1970~80年代、ベトナム戦争後に生まれたネオ・ハードボイルドに似てる。

ハードボイルドにもうひとつ欠かせないのは男をたぶらかす魅力的なファム・ファタール。古典的なハードボイルド小説・映画では、主人公がいっとき惚れるファム・ファタールが犯人であることが多い。でもこの映画ではその定型を踏まない。ローラがアフリカ系でありながら肌の色が薄いところが謎解きの鍵になってくるのだが、探偵ライオネルとローラの道行きよりもニューヨーク再開発の光と影という社会的要素が前面に出てくる。

モーゼス(名前)のモデルになっているのは1920~70年代の長期にわたってニューヨーク州と市にさまざまな役職で大きな権力を持ち、橋や高速道路、公園などの都市インフラを整備したロバート・モーゼス(姓)。 マンハッタンとブルックリンやスタッテンアイランドを結ぶいくつもの橋を架け、高速道路網を整備して、都市で働き郊外に住むというアメリカ中産階級の生活スタイルの基盤を築いた男だ。その陰ではスラムや低所得者層が住む地域が取り壊され、アフリカ系住民は周辺へ、周辺へと追いやられた。

またモーゼスは「プロジェクト」と呼ばれる低所得者向け高層住宅を市内にいくつもつくったが、これが暗褐色レンガ造の陰気な建物。従来そこにあったコミュニティは破壊され、街が荒廃した1980年代には犯罪の温床となった。僕が暮らしていたときも、フォート・グリーンの「プロジェクト」の敷地を横切るときは周りに注意しながら歩いた。

映画では、こうした計画の住民立ち退きを巡る汚職が殺人を引き起こす。 アフリカ系住民の側に立ったライオネルは最後にモーゼスと対面する。現実のモーゼスは今にいたるまで評価の分かれる人物だが、ここでは全くの悪玉として描かれているわけではない。

もうひとつ、楽しんだこと。途中で、ハーレムのジャズ・クラブが何度か出てくる。トランペッターのグループが演奏しているのだが、これが素晴らしい音。調べたらウィントン・マルサリスが参加しているので納得。
『バードマン』が印象に残るエドワード・ノートンは製作、脚本、監督、主演を兼務。なかなかの才能だ。

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January 14, 2020

『パラサイト 半地下の家族』 不敵な面構え

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先の読めない面白さを持ったエンタテインメントであり、同時に作家的メッセージも強烈。『パラサイト 半地下の家族(原題:기생충─寄生虫)』は、なんとも不敵な面構えの映画。韓国映画のパワーを思い知らされた。

不敵な、という印象を持ったのは、ポン・ジュノ監督をはじめとする作り手の大胆さを感じたから。テーマとして、格差社会に生きる3家族を取り上げ、貧しい者による富める者への寄生・復讐劇という本筋だけでなく、弱者が弱者をいたぶる、「良心的な映画」が避けるような脇筋もからめる。そして屈折した笑いを基調に、ホラー映画ふうなドキドキ感もたっぷり。倒錯したホームドラマであり、サバイバル映画であり、ホラー的な要素もありと、こういうのが映画だぜ、という監督の自信を感ずる。

一家4人が無職のキム一家が住むのは半地下のアパート。窓からは酔っぱらいが小便しているのが見える。大学受験に失敗したフリーターのギウ(チュ・ウシク)は友人のエリート大学生から、裕福な一家の娘に英語を教える家庭教師のアルバイトを紹介される。坂上の豪邸に住むのはIT企業の社長。社長には娘と絵が上手な息子がいて、娘の家庭教師になったギウは美術教師の知り合いがいると偽って、美大受験に失敗した妹のギジョン(パク・ソダム)を息子の家庭教師として送り込む。ギジョンは送迎してくれた社長の車に下着を残し、社長のお抱え運転手を追放して、失業中の父親ギテク(ソン・ガンホ)を新しい運転手として送り込む。豪邸には先代の住人から仕える家政婦がいるが、ギテクはその家政婦が結核にかかっていると社長の妻に信じ込ませ、自分の妻のチュンスク(チャン・ヘジン)を新しい家政婦として送りこむ。

と、ここまでが映画の前半。果たしてこの寄生は成功するのか。見る者ははらはらするけど、それが思いもかけない展開になってゆく。実は豪邸には社長一家も知らない地下室があって……。手持ちカメラが秘密の階段を下ってゆくあたり、ぞくぞくする面白さ。その先に新たな登場人物が出てきて、社長一家に寄生しているのがギテク一家だけでないことがわかり、弱者と弱者のたたき合い、サバイバルもからみ二転三転しながら話が進む。そして最後の惨劇。

キム一家は上流階級である社長一家の「純情で優しい」心根につけこんで入りこんでゆくのだが、その社長一家が下層のギテクに対して無意識に発する差別発言の元が匂いであるというあたりがうまい。半地下に住むギテクが知らずに発する匂いを社長や妻は敏感に感じてしまう。五感からする無意識の差別は、言葉による差別より深く人に突き刺さる。ギテクが車を運転しながら自分の服の匂いを嗅いでみるあたり微妙な表情におかしさと悲しさが入りまじるのは、名優ソン・ガンホならでは。

坂上の台地の豪邸と、大雨で浸水する低地のキム一家のアパート。建築家が設計したモダンで広々とした邸宅と、電線が錯綜するごみごみした密集地の半地下アパートの対照は黒澤明『天国と地獄』のような構図だけど、僕の知るかぎり丘と坂の町であるソウルは実際にそうなっている。この2軒の家と周辺の街路は、すべてセットをつくって撮影されたそうだ。

この映画はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞すると同時に、韓国やアメリカでの興行成績も大ヒットといえる数字らしい。もともと大衆的なエンタテインメントから出発し、娯楽でもありアートでもある映画の、ストライクゾーンのど真ん中に投げ込まれた作品。日本でも、こういう大人のエンタテインメントがほしい。

 

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