『シャドー・オブ・ナイト』 インドネシアの格闘技映画
ネットフリックスのオリジナル作品はアメリカ映画が圧倒的に多いけど、ネット配信に進出した国々でそれぞれにオリジナル映画をつくったり配給権を買ったりしている。だから、日本ではあまり見る機会のない国の映画(主にエンタテインメント系)を見ることもできる。『シャドー・オブ・ナイト(原題:The Night Comes For Us)』はインドネシアのアクション映画。
インドネシアやマレーシア、ベトナムには「シラット(プンチャック)」と呼ばれる伝統武術がある。素人の見た目では、ブルース・リーの中国拳法に関節技を加えたような実践的格闘技。実際に、軍隊や警察に取り入れられているらしい。この映画の主な役者は、シラットの男女の武術家たち。彼らが映画の冒頭から終わりまで入れ替わり立ち替わり死闘を繰り広げる。血糊の海、首や指がちぎれ内臓が飛び出し、そのすさまじさと残虐さは半端じゃない。かつての香港カンフー映画を、うんとどぎつくした感じ。
イトゥ(ジョー・タスリム)は、東南アジアに広がる麻薬組織トライアッドの殺人部隊の幹部。ある村で村人を虐殺したとき、レイナという少女を助けたことから、逆にトライアッドから命を狙われることになる。イトゥを殺すために、イトゥの昔の仲間で、やはりトライアッドの構成員としてマカオにいたアリアン(イコ・ウワイス)が呼び戻される。アリアンを筆頭に、腕に覚えのある何十人もの団員が次々にイトゥの命を狙う。イトゥはレイナを守りながら、3人の仲間とそれに立ち向かう……。
もともとシラットによる格闘を見せる映画だから、リアリズムじゃない。昭和の時代劇でヒーローが何十人もの敵をばったばったと斬って捨てたように、次々に襲いかかる相手を血みどろになりながらも叩き伏せる。そういう「お約束」の世界。インドネシアの観客はそれを楽しんでるんだろう。女対女の格闘を見せるために、レイナを守る仲間たちが危なくなると、どこからともなく黒づくめの謎の美女が現れてイトゥの仲間に加勢し、敵の女格闘家との戦いになる。謎の女の正体は、遂に明かされない。物語の整合性なんかどうでもよく、そんな説明をしている暇があればシラットの格闘を少しでも多く詰めこもうという姿勢が、いさぎよいといえばいさぎよい。
格闘の背後に写るのは、近代化しつつあるインドネシアの都市風景。高速道路や港や倉庫、イトゥが住む、ちょっと古びた感じのビルのアパート。そして海や自然風景。そういった点景が、いいアクセントになっている。
最後はお約束通り、かつての仲間であるイトゥとアリアンの対決になる。カッターの刃が口中から皮膚を破って外へ突き出たり、これまたすさまじい格闘になって、けりがついたと思ったら、さらにまた次がある。僕はカンフー(シラット)映画のファンではないし残虐趣味もないので、そのサービス精神に辟易しつつも、中国(香港)映画やハリウッドがワイア・アクションからVFXへの道をたどったのに、インドネシアのシラット映画が肉体と肉体のぶつかりあいにとことんこだわっているのに(経済的事情もあるだろうが)好感を抱いたりもした。
僕は見ていないけど、シラットをふんだんに盛り込んだアクション映画『ザ・レイド』(2011)が世界の映画祭で評判になった。ジョー・タスリムとイコ・ウワイスは、この映画でも主演を務めていたシラット格闘家。それ以来、シラット映画は盛り上がり、日本でも何本か公開されたようだ。
監督はティモ・ジャント。若い監督だけど、深みのある映像と切れのいい演出に才能を感ずる。
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