『ROMA/ローマ』 先住民召使いとの甘美な記憶
メキシコを舞台にした映画がなんで『ROMA/ローマ(原題:ROMA)』なのかと思ったら、メキシコ・シティ市内の地名なんですね。歴史地区の西にある上・中流階級の住宅地。その漆喰造りの邸宅(僕らの感覚からすると邸宅)に住む医師一家と、住込みんでいる先住民の召使いとの日常が美しいモノクローム画面で描かれる。アルフォンソ・キュアロン監督の自伝的映画だ。
1971年。メキシコは制度的革命党の一党独裁が長くつづき、腐敗した政権に対する国民や学生の不満が高まっていた。それが物語の背景。
医師のアントニオと妻で教師のソフィアの仲は壊れかけている。アントニオは仕事でカナダへ行くと言って家を出るが、実は愛人とアカプルコで暮らしている。子どもは4人兄弟で、次男坊のパコ(カルロス・ペラルタ)が少年時代のキュアロン監督らしい。パコは召使いのクレオ(ヤリッツア・アパリシオ)と仲良し。まるで母子のように睦まじい。クレオはメキシコ中部の先住民ミシュテカ族。もうひとりの召使いもミシュテカで、二人でいるときはミシュテカ語を話す。家庭ではスペイン語に英語が混じる。
クレオにはマーシャル・アーツをやっている先住民系のフェルミンという恋人がいて、ある日、妊娠していることに気づく。映画館でフェルミンにそれを告げると、彼は失踪してしまう。デートの場面では立派な映画館がたびたび出てきて、この時代の空気を伝えてくれる(フランス映画『大進撃』がかかっている)。
お腹が大きくなったクレオは一家の祖母に連れられ、ベビーベッドを買いに町なかへ出る。街路では政府に不満を持つ学生デモが行われている。クレオがベッドを選んでいるといきなり発砲音が聞こえ、学生が店に逃げ込んでくる。武装した集団が学生を追って乱入し、学生を殺す。ひとりの男がクレオにも銃を突きつけるが、それは失踪したフェルミンだった。
フェルミンが属しているのは「ロス・ファルコンズ(鷹)」という民間武装団体。政権党である制度的革命党が組織し、アメリカで訓練をほどこされ反政府的な団体や学生の弾圧に使われている「政府の犬」だ。カソリックの祝日であるこの日は、120人のデモ隊が虐殺された事件として知られる。恋人に銃を向けられショックを受けたクレオは死産してしまう。
そんな歴史的事件を点描しながらも、一家の日常はつづく。映画の基調は、あくまでもパコ少年の眼から見たクレオとの甘美な記憶。一家のなかでは、白人系の一家と先住民のクレオとの間に差別意識はまったくない。キュアロン監督の映画は、同じく自伝的な『天国の口、終りの楽園。』もそうだったけど、社会的な問題に深入りしない。それが彼の個性なんだろう。それはそれでよし。この映画がこれ以上政治を描いたら、監督の個性もこの作品の良さもそがれてしまう。
ある時間を切り取り、それを物語として構成せず(言いかえれば時間を濃縮せず)、映像として切りとった時間に流れる物語の断片を淡々と積み重ねる。冒頭の、廊下のタイルに流れる長い長い水のタイトル・ロール、ラストで邸宅の上空を遠く飛ぶ飛行機のショットなどが、キュアロン監督の時間(映像)感覚を示している。
この映画は今年のアカデミー外国語映画賞で、『万引き家族』などを抑えて受賞した。『万引き家族』は物語の結構といい社会的問題意識といい実によくできた映画だけれど、キュアロン監督のこのスタイルの新しさが評価されたのではないかと思う。
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Comments
映画館がよく出てくる映画がほとんど映画館でかからない...
って、実に不思議ですね(笑)
Posted by: onscreen | March 31, 2019 02:32 PM
いま体調が悪くて映画館へ行けませんが、大スクリーンで見たいもんです。
Posted by: 雄 | April 10, 2019 07:15 PM