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March 26, 2019

『風の向こうへ』 O.ウェルズ、未完の遺作

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The Other Side of The Wind(viewing film)

 

『風の向こうへ(原題:The Other Side of The Wind)』は、タイトルだけ知っていたオーソン・ウェルズ監督の未完の遺作。それがネットフリックスで見られるとは思わなかった。

 

もともとこの映画は、ヨーロッパからアメリカに戻ったウェルズがハリウッドでの再起をかけて1970年から1976年にかけ断続的に撮影していた。けれども製作資金に行き詰まり、またイランを追われた前国王パーレビの縁者から資金を得ていたことから、(詳しいことはよく分からないが)裁判で撮影済フィルムの所有権は彼の手元を離れてしまった。そのままウェルズは85年に亡くなる。

 

100時間以上あったという撮影済みフィルムの権利を500万ドルで買ったのがネットフリックス。この映画に協力し、出演してもいるピーター・ボグタノヴィッチ監督が、残された脚本やメモをもとにフィルムを編集して作品に仕上げた。オリジナル映画を製作するだけでなく、こういうこともやるからネットフリックスは侮れない。

 

作品の出来は、ひとことで言えば壮大な失敗作。いかにも天才と言われつつ監督としては不遇をかこったオーソン・ウェルズらしい。

 

映画は劇中劇の入れ子構造になっている。年老いた映画監督ジェイク・ハナフォード(ジョン・ヒューストン)が人生最後の映画をつくっている。「シネマのヘミングウェイ」と呼ばれるハナフォードのまわりには、商業的に成功した映画監督でハナフォードを崇拝するオターレイク(ピーター・ボグダノヴィッチ)や映画評論家(スーザン・ストラスバーグ)など、さまざまな人間が集まってくる。彼らを相手に、ハナフォードはヘミングウェイばりに葉巻を手に酒を飲み、それらしいセリフを吐く。パーティではスタッフや取り巻きが乱痴気騒ぎを演じている。

 

ハナフォードが撮影している映画は、男と女の話。「イージー・ライダー」ふうのバイクに乗ったジョン・デール(ボブ・ランダム)が、アメリカ先住民の女性レッド(オヤ・コダール)を追いもとめる。友人が運転する車のなかで、彼らは長いセックスをする。それ以上、さしたる筋はない。デールが廃墟になった映画セットを彷徨うのは、ウェルズを受け入れなかったハリウッド批判なのか。そのジョン・デールは、撮影途中で行方をくらませてしまう。パーティの日、映画の上映会が催されるが、それが完成した映画なのか未完成のままなのかよく分からない。

 

映画製作の場面と劇中劇の場面のスタイルは対照的だ。劇中劇は、男と女の髪型、服装や鮮やかなカラー画面の流麗な映像など、当時流行っていたアメリカン・ニューシネマふう。現在から見ると、アメリカン・ニューシネマは反ハリウッドのインディペンデント精神に貫かれていたというより、あっという間にハリウッドに取り込まれ、そのスタイルもいっときの流行にすぎなかったから、オーソン・ウェルズがこだわるほどのものではなかった。

 

一方、映画製作のシーンは、即興でストーリーをつくり演出をほどこすヌーベルヴァーグふう、というかゴダールふう。実際に映画のなかでゴダールやアントニオーニ、ベルトルッチなどの名前が出てくるから、ウェルズが彼らを意識していたのは確かだろう。早いテンポで映像に、筋と関係ない早口の台詞がかぶさってくるのも、ある時期のゴダールに似ている。アメリカン・ニューシネマといい、ヌーベルヴァーグといい、1970年前後の世界の新しい映画を意識しながら、俺ならその双方を軽く超えてみせるぜ、というのがオーソン・ウェルズの心の内だったろうか。

 

映画製作の部分はほとんど自伝的というか、ウェルズのアメリカでの孤立や、少数の崇拝者のひとりボグダノヴィッチとの関係など、現在進行形の私小説めいている。『風の向こうへ』のメイキング映画『オーソン・ウェルズが遺したもの』によると、ウェルズは映画製作中に起こった出来事を、そのまま即興的に映画に取り込んでいった。実験的ではあるが、話はどんどん拡散してゆく。その上、行方不明になったフィルムもあるらしく、「shot missing」「scene missing」といった字幕が頻繁に出てくる。まあ、起承転結のある映画ではないから、部分部分を楽しめばいいのだが……。作品としての完成度は低くても(オーソン・ウェルズがこれを見たら、俺がつくりたかったのはこんなもんじゃないと怒りだすかもしれないが)、映画監督ジェイク・ハナフォード(=オーソン・ウェルズ)の孤独と苦悩だけは十分に伝わってくる。

 

ハナフォードを演ずるのは『マルタの鷹』などでハリウッドの巨匠監督として知られるジョン・ヒューストン。風貌からも実績からしても「シネマのヘミングウェイ」にふさわしい。ヒューストンは俳優としても活動しており、『チャイナタウン』で見たことはあるが、こんな素晴らしい役者だとは思わなかった。彼はハリウッドで、ウェルズの数少ない友人のひとりだった。

 

ともかく映画好きには話題満載で、オーソン・ウェルズに興味があれば『オーソン・ウェルズが遺したもの』(ネットフリックス・オリジナル映画)とともに必見の一本。

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