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January 13, 2019

『迫り来る嵐』 チャイナ・ノワールの魅力

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The Looming Storm(viewing film)

『迫り来る嵐(原題:暴雪将至)』は初めから終わりまで、一度も太陽が姿を見せない。冬の、いまにも雪になりそうな冷たい曇り空。あるいは激しい雨。ずっと遠雷が鳴りひびいている。だから画面はいつも暗い灰色。それがこの映画の基調になっている。

1997年、湖南省の架空の町。国営の製鋼所が舞台になる。改革開放経済がはじまり、赤字の国営企業は次々に閉鎖される運命にある。ここも、そんなひとつ。工場の外に広がる原野で凌辱された女性の惨殺死体が発見される。同じ手口で、三人目。工場の保安部の警備員ユイ(ドアン・イーホン)は事件に興味を持ち、上司のジャン警部(トゥ・ユアン)から情報を聞いて、犯人探しにのめりこんでいく。

ユイには娼館のイェンズ(ジャン・イーチェン)という恋人がいる。ある日、ユイはイェンズが被害者たちと似ていることに気づく。ユイはイェンズを娼館から請け出し、美容院を借りて犯人をおびき出そうとする……。

間もなく取り壊される運命にある製鋼所の古い工場や施設が、いろんな角度から切り取られる。暗い工場のなかで燃え盛る溶鉱炉の炎。はっと息を呑むような美しさの操車場。ドン・ユエ監督は現代写真をよく見ているなと思ったら、北京電影学院では写真を専攻し、もともとスチール・カメラマンとして映画にかかわったそうだ。そんな暗く緊迫した画面のなかで、ユイは犯人らしき男を追って格闘する。ここも激しい雨と泥濘。

ユイとイェンズは恋人同士だけれど、身体の関係はないらしい。イェンズは、なぜ私に触らないのかとユイを責める。ユイは仕事でいつも電気ショック棒を手にしているが、それがユイにとって男根に代わって力を象徴するものだろう。仕事で暴力をいとわないユイと、イェンズとの純愛の落差もまたユイの精神風景。そんな二人が、鉄道の陸橋の上でデートする二度のシーンが美しい。

数年前、『薄氷の殺人』という中国映画を見たことがある。中国東北部の地方都市を舞台にした、チャイナ・ノワールとでも呼べそうなクライム・ストーリーだった。この映画の監督は『マルタの鷹』や『第三の男』といったノワールの古典を参照したと語っていたが、『迫り来る嵐』のドン・ユエ監督(脚本も)は韓国映画『殺人の追憶』をヒントにしたように思う。ちょうど黒沢明がハメットのハードボイルド『血の収穫』をヒントに『用心棒』をつくり、それが『荒野の用心棒』を生んだダイナミックな相互関係のように。

ドン・ユエ監督はたぶん『殺人の追憶』の設定や骨格を改革開放時代の中国に置き換え、時代の大きなうねりから取り残された人々をノワール感覚あふれる映像で捉えた。ノワールは政治を直に扱わず、でも時代の風景を犯罪というかたちで切り取るから、検閲も通りやすい。志ある監督にとって挑戦しがいのあるジャンルだと思う。

最後に、閉鎖された工場や煙突が爆破される。ユイがかつての工場前からバスに乗ろうとすると、バスはエンストを起こして動かなくなり、空から雪が落ちてくる。ユイたち、時代から取り残された人たちの未来を暗示して映画は終わる。

こんなチャイナ・ノワールが出てきて、中国映画を見る楽しみがまたひとつ増えた。今年最初に見た映画。新年にふさわしい内容ではなかったけど、堪能しました。


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Comments

こんにちは。
素晴らしい作品でした。
時代の只中に居ると虚勢を張っていた主人公が、時代から取り残されていくという哀しみが胸を突く作品でした。
ロードショー公開してくれた配給会社に感謝です。

Posted by: ここなつ | January 14, 2019 at 01:07 PM

こんにちは。

ここなつさんはこの映画、東京国際映画祭でご覧になったのですね。ここなつさんの記事が気になっており、公開されたので早速見に行きました。
過去のいろんな国のノワールをたくさん見て、その蓄積の上に撮っているのがわかり、しかも監督自身の個性も出ているという見事な映画でしたね。
ここなつさんもこういうテイストのアジア映画がお好きなようですが、私も大好きです。

Posted by: | January 14, 2019 at 07:50 PM

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