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August 06, 2018

『ウィンド・リバー』 アメリカの「インビジブル・ピープル」

Windriver
Wind River(viewing film)

10年前、ニューメキシコ州サンタフェから先住民プエブロ族の保留地を車で走ったことがある。リオ・グランデ川の両岸に灌木の茂った荒野(砂漠)が延々とつづき、人家はほとんど見当たらない。そんな荒涼とした風景のなかに、いきなりカジノとホテルが出現する。先住民の保留地は自治権を持っているが、雇用と利益を生む産業(?)としてカジノが認められている。とはいえ鎌田遵『ドキュメント アメリカ先住民』(大月書店)によれば、カジノがうまくいっている保留地は少なく、大半の保留地では失業、アル―コール依存、ドラッグ依存、性暴力、ギャングなどの問題が蔓延している。

『ウィンド・リバー(原題:Wind River)』は、ワイオミング州にあるアラパホ族、ショショニ族の保留地。9000㎢の広大な地域にわずか26000人が住み、その80%が先住民だ(wikipedia)。そもそも保留地は、土地を追われた先住民を「人が住むべきでない地」(テイラー・シェリダン監督、公式HP)に強制的に押し込め、名目的な自治を与えたがドラッグ、暴力などさまざまな問題を生んだ「アメリカの最大の失敗」(同監督)と言われる場所だ。この映画は、そこを舞台にしている。

ワイオミングの映画といえば、心に残るのは雪の風景。『シェーン』で主人公シェーンは雪の山道を踏み越えてやってきたし、『ブロークバック・マウンテン』でも2人の男の背後にある山は雪に覆われていた。『ウィンド・リバー』の冒頭も夜の雪原。先住民の少女が、なにものかから逃げるように走っている。この映画でも、雪の風景が登場人物のさまざまな心象を映すイメージの鍵になっている。

先住民の妻と離婚した野生生物局のハンター、コリー(ジェレミー・レナー)が、保留地の雪原で狩りをしていて先住民の娘の死体を見つける。殺人事件なので部族警察でなくFBIが呼ばれ、新人捜査官のジェーン(エリザベス・オルセン)がやってくる。雪原での動き方すら知らないジェーンはコリーに助けを求め、部族警察のベンとともに捜査に当たることになる。死体があったのは人家から遠く離れた雪原だが、何キロも先にあるのは犯罪者やドラッグ中毒が集まる先住民の家と、石油掘削基地にある白人のトレーラー住宅だった。

保留地は自治ということになっているが、広大な保留地に部族警察官は6人しかいない。無法地帯と変らない。捜査は命がけだ。札付きの先住民の家では銃撃戦になる。石油掘削基地でも従業員は武装し、はじめから喧嘩腰で互いに銃を向け合うことになる。

捜査のなかであぶりだされるのは先住民の置かれた環境だ。札付きの先住民の家にたむろしていた被害者の弟はドラッグ中毒。先住民の妻との間にできたコリーの娘も、かつて行方不明になり死体で発見された。夜、コリーの妻の実家を訪れたジェーンに、コリーはそう自分の家族のことを語る。コリーの娘と被害者は高校の同級生だった。

それがコリーがジェーンに協力する理由なのだが、だから最後にコリーが犯人を追い詰めたとき、(もともと警察権を持ってないし)法の執行でなく復讐の色合いを帯びることになる。傷ついたジェーンもそれに同意していた。

いくつもの短いショットが先住民の悲しみを伝える。防寒具を用意してこなかったジェーンがコリーの娘(殺されていたことが後に観客にわかる)のものを着て部屋から現れたとき、娘の祖母が見せる一瞬胸をつく表情。無力感にとらわれながら、淡々と自分のなすべきことをする部族警察のベン。これから収監されたドラッグ中毒の息子を迎えにいく、と静かにコリーに語る被害者の父。

保留地とそこに暮らす人々は、ケイト・ブランシェットが『万引き家族』を評した言葉を借りれば、アメリカ人にとっての「インビジブル・ピープル(見えない人々)」だろう。8年前に公開された『フローズン・リバー』もカナダ国境の保留地を舞台にしたクライム・ストーリーで、コートニー・ハント監督の長編第1作だった。『ボーダーライン』の脚本家テイラー・シェリダンが監督第1作に選んだこの映画も居留地と先住民が主題になっていて、アメリカ(ハリウッド)でも意欲的な新鋭がこういうテーマを積極的に選ぶことに頼もしさを感ずる。

シェリダン監督は、本作の前に劇場公開しないネットフリックス・オリジナル映画『最後の追跡(原題:Hell or High Water)』の脚本を書き、これも評判になった(ジェフ・ブリッジス主演。アカデミー賞にノミネート)。いま、ネットフリックス・オリジナルやアマゾン製作などで、次々に意欲作がつくられている。劇場未公開映画のノミネートをめぐって、カンヌ映画祭とネットフリックスが対立したことは記憶に新しい。映画をつくる、見る環境がどんどん変わってゆく。映画館の暗闇、という映画を見ることの魅惑は20世紀のものだったのかもしれない。


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