『ゲッベルスと私』 103歳に刻まれた皺
ナチの宣伝大臣ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼル。撮影当時103歳の老女の顔、というより皮膚のすべてに刻まれた無数の深い皺を、カメラがあらゆる角度から撮影している。黒い背景のなか、椅子に座った彼女が語る。目元や口元のアップから上半身のバストショットまで、ほとんど変化のないモノクローム映像。時に皮膚の細部は人間のものとは思えない相貌を見せてぎょっとさせられる。その映像の力が、『ゲッベルスと私(原題:A German Life)』を支えている。
ブルンヒルデの語りの合間に、各国が製作したニュース・プロパガンダ用の記録映像が挿入される。彼女は30歳の1942年からナチスが敗北するまでの3年間、ゲッベルスの秘書として彼の近くにいた。でも「言われたことをタイプしていただけ」で「ホロコーストについては何も知らない」と言う。彼女が本当のことを語っているのかどうかはわからない。挿入される強制収容所や虐殺されたユダヤ人の映像。69年の沈黙を破った語りと記録映像。映画はそれを何のメッセージもなしに交互に観客に見せる。そこから何を受け取るかは観客に任されている。
ブルンヒルデの皮膚に刻まれた深い皺は、69年という時間を意味していよう。でも、ホロコーストを生んだ人種差別やナショナリズムの問題は何ひとつ解決していない。というより、21世紀になって人種や宗教上の対立や排外主義、ナチスと同様に大衆を動員するポピュリズムは世界のあらゆる場所で燃えさかり、世界は野蛮に向かっている。ブルンヒルデが仮に何も知らなかったとしても、知らなかったこと、知ろうとしなかったことが、ナチスを支えた。それは、この映画を見る私たちの問題でもある。
監督はクリスティアン・クレーネスら。クリスティアンが設立した映像プロダクション、ブラックボックス・フィルムの製作。撮影機材はソニーの高精細ビデオカメラHD-CAM。
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