『軍中楽園』 亜熱帯の甘やかさ

Paradise in Service(viewing film)
台湾映画『軍中楽園(原題:軍中樂園)』のタイトルを日本ふうに言えば軍慰安所ということになる。日本の軍慰安所は、日本軍が関与し部隊に同伴して設けた管理売春施設。日本人女性ばかりでなく、当時は大日本帝国の植民地だった朝鮮や台湾の女性を時に騙して慰安婦とした。そのことへの日本政府の謝罪と補償が十分でないため、現在まで鋭い人権問題、政治問題になっている。
軍慰安所は戦後の台湾にもあった。1950年代から1992年に廃止されるまで、金門島などに「軍中特約茶室」(通称・軍中楽園)として存在した国防部の正式機関。金門島は中国大陸と2キロ弱しか離れていないため、中台が対立する最前線だった。
徴兵されたバオタイ(イーサン・ルアン)は金門島の精鋭部隊に配置される。でも長距離を泳げないことから、特約茶室を管理する831部隊に配置換えされてしまう。バオタイは女たちの世話をするうち、他人と打ち解けず陰のあるニーニー(レジーナ・ワン)に親しみを覚える。バオタイの元上官で蒋介石とともに中国大陸からやってきたラオ(老)ジャン(チェン・ジェンビン)はアジャオ(アイビー・チェン)に惚れ、結婚しようと考えている。バオタイの友である同期兵は古参兵にいじめられ、女のひとりと逃げ、海を泳いで大陸へ亡命しようとする。
まだ女を知らず純情なバオタイと、大陸に家族を残したラオジャンの望郷の念を軸に、特約茶室の日常が描かれる。バオタイたちは女たちの身の回りを世話し、脱いだ下着を「洗っといて」とばかりに渡されたりする。女たちをトラックに乗せ外出して美容室や買い物に行くとき、囚人であるニーニー(夫を殺し、刑期を短くして早く子供に会いたいため茶室に志願した)には手錠がかけられる。女たちの喧嘩。妊娠。
亜熱帯の濃い緑と花に囲まれた「楽園」の古い建物。金門島の繁華街はセットだろうか。大陸からは決まった曜日の決まった時間に儀礼のような砲撃があり、そのたびに人々は地下に逃げ込む。最前線ではあるが、本当の意味での緊張はない。特約茶室の享楽的な空間も、明日の命も知れない戦時の切羽詰まった空気とは違う。どこかのんびりしている。
特約茶室にやってくる、いろんな事情を抱えた女たち。兵隊もひとりひとりそれぞれの思いを抱えている。そこでいろんなことを目撃し、体験し、バオタイは大人になってゆく。ニーニーが特赦を受けて茶屋を去る最後の夜、互いの気持ちを確認しながら、バオタイはニーニーの心を傷つける言動をしてしまう。
この映画にはホウ・シャオシエンが編集協力している。ホウ監督ふうな風景ショットが挿入されたりもする。監督のニウ・チェンザーは、少年のころ俳優としてホウ・シャオシエンの『風櫃の少年』に主演していた。そのホウ監督の『恋恋風塵』では、主人公のワンは兵役について金門島に配属されていた。それを考えあわせると『軍中楽園』は、実はワンの『恋恋風塵』で描かれなかった隠されたエピソードと考えるのも面白いかもしれない。バオタイもワンも内気な少年というあたり似ているし、ワンの幼馴染みホンへの一途な思いを考えると最後の行動も納得がいく。
1992年に廃止された後、特約茶室のことは台湾でも誰も触れたがらなかったという。それをこんなふうに、いわばイデオロギー抜きで映画にしたのがいかにも台湾らしい。この映画では、例えば日韓の慰安婦問題のような歴史認識をめぐる問題はない。でも現在、国際的に関心を集める慰安婦問題は歴史認識というより人権問題である側面がある。いくら国家や民族間の葛藤がないといっても、男の視線から見たこの映画の女性の描き方は、フェミニストから見れば問題ありといわれかねない。そのあたりがおおらかというか、ゆるいというか。だからこそ、青春映画ぽい甘やかな香りがするのだけれど。
エンドロールで、別の選択があればありえたかもしれない写真が3枚、挿入される。バオタイとニーニーと彼女の子供の三人が一緒に笑って写っているショット。ラオジャンと彼が逆上して殺してしまったアジャオと、ラオジャンの夢だった餃子屋を二人で営んでいるショット。大陸へ逃げようとし、たぶん溺れて死んだ同期兵と女が、天安門広場で笑っている記念写真。映画としての完成度はいまひとつながら、それぞれの生と死が悲しい。

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