『さよなら、僕のマンハッタン』 父と息子の物語
The Only Living Boy in New York
マーク・ウェブ監督はミュージック・ビデオの出身らしい。『さよなら、僕のマンハッタン(原題:The Only Living Boy in New York)』には、1960~70年代の音楽がいっぱい散りばめられている。というより、その時代の音楽にインスパイアされた映画といってもいいくらい。
そもそもThe Only Living Boy in New Yorkというタイトルからして、サイモンとガーファンクルの曲から取られている。この曲の歌詞は「トム」という男に呼びかける形になっているが、トムはこの映画の主人公トーマスの愛称だ。NYでひとりぽっちの少年。それからルー・リードの「パーフェクト・デイ」。ジェフ・ブリッジス(僕と同年代)の姿にこの曲がかぶさると、1970年代の空気が蘇る。さらにボブ・ディランの「ジョハンナの幻」。映画のなかで主人公が憧れる年上の女もジョハンナだ。懐かしいプロコル・ハルムの「青い影」、ジャズのデイブ・ブルーベックやビル・エヴァンスも流れている。
みんな「あの時代」の音。それにひたり、甘酸っぱい物語に身を委ねていれば、ま、たまにこういう映画もいいか、という気分。
トーマス(カラム・ターナー)は、上品なアッパー・ウェストサイドで育ったコロンビア大学の学生。家を出て、雑多な人種が住むロウワー・イーストサイドのアパートで暮らしている。ガールフレンドのような友だちのようなミミ(カーシー・クレモンズ)は、トーマスと別れて外国に行こうか迷っている。トーマスの隣の部屋に初老のW.F.(ジェフ・ブリッジス)が引っ越してくる。ある日、トーマスは出版社を経営する父イーサン(ピアース・ブロスナン)が女性と親密にしているのを見てしまう。その女性、ジョハンナ(ケイト・ベッキンセール)の後をつけ、知り合いになったトーマスは年上の彼女に惹かれていく……。
と書いてきて気づいたけど、これはサイモンとガーファンクルの名曲がフィーチャーされた『卒業』のヴァリエーションだなあ。もちろん、それをなぞるわけでなく、こちらは「父と息子」の話。トーマスは作家志望だが、書いたものへの父の評価は「よくある話」。でも、作家であることがわかったW.F.は、トーマスの書いたものに才能があると評する。さらにはトーマスの両親とも古い知り合いであることがわかってくる。
両親とW.F.の過去にはちょっと無理があるけど、ま、リアリティを求めるのも野暮というもの。アッパー・ウェストサイドの典雅な褐色砂岩の住宅街。ロウワー・イーストサイドの、下層階級や移民や貧乏アーティストが暮らすアパートメント。ダウンタウンの、チャイナタウンなどの街並み。ニューヨークという魅力的な都市を舞台にした苦く甘い青春物語を楽しめばいいんだろう。僕も10年前に住んだニューヨークを懐かしみながら、気分だけは若くなっていた。それ以上の、またそれ以下の映画ではないけれど。
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