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April 30, 2018

『ワンダーストラック』 無声映画のスタイル

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Wonderstruck(viewing film)

トッド・ヘインズ監督の映画でいつも感心するのは、その時代の空気が見事に再現されていること。『エデンより彼方に』は1950年代東部の都市に住む裕福な白人住宅街が舞台になっていた。「豊かなアメリカ」の風景の中で白人主婦と黒人庭師の恋がメロドラマのタッチで描かれる。ボブ・ディランを複数の役者が演じた『アイム・ノット・ゼア』では、女優ケイト・ブランシェットがボブ・ディランそっくりの扮装で1970年代の空気を生きていた。『キャロル』では1950年代のニューヨークの街が再現され、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラーの女性同士の愛を彩っていた。

『ワンダーストラック(原題:Wonderstruck)』では二つの時代が舞台になっている。1927年と1977年の、ともにニューヨーク。二つの時代の少年と少女の物語が並行し、遂には一つになる。そのときの驚き(ワンダーストラック)は、こういう瞬間が映画を見る快楽だなと感じさせる。

1927年。ニュージャージー州ホーボーケン(ハドソン川をはさんでニューヨークの対岸)に住む少女ローズは耳が聞こえない聴覚障害者。裕福な家庭だが母は離婚して不在、無声映画で女優リリアン・メイヒューを見るのが唯一の楽しみ。孤独なローズは、リリアンに会いたい一心でフェリーに乗り、ニューヨーク自然史博物館に勤める兄を頼ってニューヨークに出る。

1977年。ミネソタ州に住む少年ベンは、父は行方不明、母は事故死。引き取られた叔母の家で落雷のため聴覚を失う。母の遺品で、父から母宛てに「愛してる」と書かれたニューヨークの書店の栞を見つけ、父を探そうとニューヨークに旅立つ。

1927年のパートはモノクロ、1977年のパートはカラーと描きわけられる。主人公の少年少女はともに耳が聞こえない設定。だから沈黙や、言葉でなく身振りや表情や手話でものごとを伝える場面が多くなる。ということは、ローズが見ている無声映画の世界に近くなる。実際、モノクロのパートは意図的に無声映画の手法が使われる。場面と場面をつなぐのは音楽。カメラも移動やズームはなしで、固定カメラで撮った短いカットが積み重ねられる。

動かないカメラが1977年になると動きだし、カラーになり、街路を歩くベンを追う。70年代のニューヨークはベトナム戦後で景気が悪化した時代。アフリカ系の住民はアフロヘアに原色の服装で闊歩しているが、街の空気はすさみはじめているようにも感じられる。このパートはネガのカラーフィルムで撮影されており、いかにもこの時代の猥雑な雰囲気が懐かしい。

ローズもベンも、時代は違うが自然史博物館に引き寄せられる。自然史博物館は『イカとクジラ』でも重要な役割を果たしていたけど、ここの有名なジオラマが二人を結ぶ鍵になる。時代を超えて、二人が同じ隕石にそっと触れるショットがいい。

二人が出会い、その関係が明かされるのはクイーンズ美術館にあるニューヨークの細密なパノラマ模型の前で。1977年のローズ(ジュリアン・ムーア)はベンに、ジオラマ製作者だったベンの父親のことを語る。映画の冒頭、ベンがオオカミの夢を見ているショットがつながってくる。

原作は『ヒューゴの不思議な世界』と同じブライアン・セルズニックの小説。どちらの映画も少年少女の目から見たこの世界の驚異を見事に映像化してみせた。トッド監督は人種差別や同性愛、障害者といったテーマをメロドラマや少年少女小説に巧みに溶かし込んで、さりげなく浮かび上がらせている。


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April 22, 2018

鶴橋の市場へ

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ボランティアの用事で大阪へ行ったので、鶴橋駅前の市場へ。ここへ来たら必ず買う岩ノリと、ホタルイカをネギ、ニラ、トウガラシで漬けたものがおいしそうだったので。

この漬物屋のおばちゃんとは30年以上の顔なじみ。当時、鶴橋で週1度、韓国語を勉強していて、帰りにここで漬物を買っていた。元気そうで、なにより。


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『さよなら、僕のマンハッタン』 父と息子の物語

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The Only Living Boy in New York

マーク・ウェブ監督はミュージック・ビデオの出身らしい。『さよなら、僕のマンハッタン(原題:The Only Living Boy in New York)』には、1960~70年代の音楽がいっぱい散りばめられている。というより、その時代の音楽にインスパイアされた映画といってもいいくらい。

そもそもThe Only Living Boy in New Yorkというタイトルからして、サイモンとガーファンクルの曲から取られている。この曲の歌詞は「トム」という男に呼びかける形になっているが、トムはこの映画の主人公トーマスの愛称だ。NYでひとりぽっちの少年。それからルー・リードの「パーフェクト・デイ」。ジェフ・ブリッジス(僕と同年代)の姿にこの曲がかぶさると、1970年代の空気が蘇る。さらにボブ・ディランの「ジョハンナの幻」。映画のなかで主人公が憧れる年上の女もジョハンナだ。懐かしいプロコル・ハルムの「青い影」、ジャズのデイブ・ブルーベックやビル・エヴァンスも流れている。

みんな「あの時代」の音。それにひたり、甘酸っぱい物語に身を委ねていれば、ま、たまにこういう映画もいいか、という気分。

トーマス(カラム・ターナー)は、上品なアッパー・ウェストサイドで育ったコロンビア大学の学生。家を出て、雑多な人種が住むロウワー・イーストサイドのアパートで暮らしている。ガールフレンドのような友だちのようなミミ(カーシー・クレモンズ)は、トーマスと別れて外国に行こうか迷っている。トーマスの隣の部屋に初老のW.F.(ジェフ・ブリッジス)が引っ越してくる。ある日、トーマスは出版社を経営する父イーサン(ピアース・ブロスナン)が女性と親密にしているのを見てしまう。その女性、ジョハンナ(ケイト・ベッキンセール)の後をつけ、知り合いになったトーマスは年上の彼女に惹かれていく……。

と書いてきて気づいたけど、これはサイモンとガーファンクルの名曲がフィーチャーされた『卒業』のヴァリエーションだなあ。もちろん、それをなぞるわけでなく、こちらは「父と息子」の話。トーマスは作家志望だが、書いたものへの父の評価は「よくある話」。でも、作家であることがわかったW.F.は、トーマスの書いたものに才能があると評する。さらにはトーマスの両親とも古い知り合いであることがわかってくる。

両親とW.F.の過去にはちょっと無理があるけど、ま、リアリティを求めるのも野暮というもの。アッパー・ウェストサイドの典雅な褐色砂岩の住宅街。ロウワー・イーストサイドの、下層階級や移民や貧乏アーティストが暮らすアパートメント。ダウンタウンの、チャイナタウンなどの街並み。ニューヨークという魅力的な都市を舞台にした苦く甘い青春物語を楽しめばいいんだろう。僕も10年前に住んだニューヨークを懐かしみながら、気分だけは若くなっていた。それ以上の、またそれ以下の映画ではないけれど。


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April 20, 2018

『レッド・スパロー』 大人になったジェニファー

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Red Sparrow(viewing film)

ジェニファー・ローレンス、シャーロット・ランプリング、ジェレミー・アイアンズと気になる3人の役者が出ているとあっては、見ないわけにいかないなあ。しかも好みのスパイ・ミステリーものだし。

ジェニファー・ローレンスを最初に見たのは『あの日、欲望の大地で』。シャーリーズ・セロンの子供時代を演じて、魅力的な少女だった。次の『ウィンターズ・ボーン』では、貧しい白人の村に生きる健気な少女。大人になりかけた意思的な表情が素晴らしかった。『ハンガー・ゲーム』は見てないけど、アカデミー主演女優賞を取った『世界にひとつのプレイブック』でブレイクし、『アメリカン・ハッスル』では、え、こんな色っぽい女優になったの? と驚いた。少女時代とこんなに印象が違うなんて。

『レッド・スパロー』のジェニファーは、セックスと心理操作で敵を絡めとるロシアの女スパイ、ドミニカ。バレエ団のスターだったがケガでバレエを断念し、情報機関で働く叔父(プーチンそっくりなのが笑わせる)によってスパイ養成学校に送り込まれる。与えられた任務は、米のCIA要員ネイト(ジョエル・エドガートン)に接触し、ネイトに内通するロシア高官の名前を掴むこと。

ドミニカがネイトを誘惑し、でも2人は愛しあうようになったように見え、ドミニカは国を裏切ったのか、あるいはスパイとして仕事に忠実なのか、見ていてわからないところからサスペンスが生まれる。といって、あまり内面の葛藤みたいな描写はない。演技派というより、存在が醸しだす魅力で見せる女優かな。ジェニファーを少女時代から見ている身としては、こんな大胆なシーンもやるようになったんだと複雑な気持になる。

シャーロット・ランプリングはスパイ養成学校の校長。グレーのツーピースに身を包み、生徒にハニートラップの仕掛け方を冷たい表情で指導する。似合いの役柄。1960年代の『地獄に堕ちた勇者ども』から見てるけど、50代になって『まぼろし』や『スイミング・プール』あたりから若い頃とは別の年齢を重ねた魅力を発するようになった。見ているだけで満足する女優。

ジェレミー・アイアンズはロシア軍の将軍。出番は少ないけど複雑な役どころを演ずる。『戦慄の絆』以来、いい役者だなあと思って見ている。役者としての格を考えると、内通者は誰か想像がついてしまうけれど……。でも、終盤でもうひとひねりあって、ドミニカは自分をスパイに送り込んだ叔父に復讐する。

最後に飛行場で互いの人質を交換するシーンは、米ソが対立していた時代のスパイ映画の雰囲気。『寒い国から帰ったスパイ』を思い出してしまった。スパイものスリラーとして特に際だった映画じゃないけど、東西冷戦時代のスパイものの雰囲気を出しているのが面白かった。

そういえば、ソ連が崩壊しロシアになってからの話なのに、なんで「レッド・スパロー(赤いスズメ)」なんだろう。「レッド」は共産主義を意味しソ連国旗も赤なのに対し、ロシア国旗は赤・青・白の三色旗。原作(未読)のタイトル通りだけど、ソ連もロシアも体質として同じということか。映画でも小説でもエンタテインメントでは強力で魅力的な敵役が必要で、クリミア半島を強奪したロシアはソ連を引き継いでその資格十分というところ。

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April 18, 2018

吉田裕『日本軍兵士』を読む

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吉田裕『日本軍兵士』(中公新書)の感想をブック・ナビにアップしました。


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April 14, 2018

国会前へ

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森友・加計問題解明と安倍退陣を求める国会前の集会へ。

始まって1時間余、歩道は参加者で身動きが取れなくなってきた。人の群れがさらにふくらんで警備の柵が押し倒され、車道にあふれ出る。国会前の道路をこれだけの人が埋めつくすのは、3年前の安保法制反対集会以来かな。

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奥田愛基君ら元SEALDsのメンバーが、ラップのリズムに合わせてコール。

公・式・文・書を・改・竄・するな
本当のことを言え
安倍は出てこい
昭恵も出てこい
勝手に決めるな
奴らを通すな
ノー・パサラン(No Pasarán!)
Tell me what democracy look like.
This is waht democracy look like.
♪あ♪べ♪は♪や♪め♪ろ♪

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April 10, 2018

川湯温泉へ

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北海道の川湯温泉へ行ってきた。女満別空港からバスで1時間半。雪の残る美幌峠を越え、屈斜路湖畔を走り、活火山の硫黄山に向かって少し入ったあたり。その先に摩周湖がある。

源泉掛け流しの湯は硫黄泉。硫黄泉といえば白濁していることが多いけど、ここのはかすかに緑白色がかっているが透明。湯の花もない。天候によってちょっと熱かったり、ぬるめだったり。外は白樺とアカエゾマツの林。時折雪が舞い、冷たい風を顔に感じながら小一時間つかっていると体の芯から温まる。

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湯の出口には硫黄の結晶。強い酸性の湯で、目に入るとしみる。塩分も多く、舐めると塩味。

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町なかを温泉が川になって流れている。かつてはアイヌ語でセセクベツ(熱い川)と呼ばれていた。

こんなに大きな温泉だとは知らなかった。大きなホテルが何軒もあるが、廃業して雑草が生えたままの建物もある。団体客で持っていた宿はきついだろう。

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水蒸気が立ちのぼる硫黄山。熱された地下水が噴気孔近くまで上昇し、手前に広がるイソツツジの群落の地下を流れ温泉街近くで湧出する。

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エコミュージアムの背後に広がるアカエゾマツの森。酸性土壌で植物にはきびしい環境。国立公園なので、倒木もそのまま自然の成り行きにまかせる。

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晴れていたと思っていたら、いきなり降ってきた。10分ほど激しく降り、あっという間に止む。


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