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February 15, 2018

『スリー・ビルボード』 怒りは怒りを来す

Three_billboards
Three Billboards Outside Ebbing, Missouri(viewing film)

『スリー・ビルボード(原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)』の脚本を書き演出したマーティン・マクドナー監督はイギリス出身で、演劇の脚本家として名をなした人。彼がアメリカ南部のジョージア、アラバマ、フロリダを旅行したとき未解決事件についての野外広告(ビルボード)を見たことから、この映画のアイディアを得たという(wikipedia)。映画では物語の舞台はミズーリ州の架空の町、エビングになっている。なぜ、マーティンが実際に見た南部の州でなく、中西部のミズーリに設定を変えたんだろう。

ここから先は推測だけど、ジョージアやアラバマなどディープサウスはアメリカのなかでも特殊な地域という印象が強い。南方の緑濃い森や沼地といった自然環境も独特だし、アフリカ系などマイノリティーへの差別がきついのもこの地域。「怒り」がキーワードになるこの映画の舞台を南部にすると、「ディープサウスの闇」といったかたちで地域の問題と受け取られかねない。そうした誤解を避け、特殊ではなく人間誰しもが抱える普遍的な問題であることを強調するために、あえて中西部の架空の町を設定したのかもしれない(ビルボードが中西部の平原にあるほうが映像として効果的ということもあるだろう。実際、霧のなかにビルボードが浮かぶ冒頭の映像に惹きこまれる)。

娘がレイプされ焼き殺され、犯人も見つからないのに怒りをつのらせたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、町の外に放置されていた3つのビルボードに広告を出す。「レイプされ殺された」「そしてまだ逮捕されない」「どうしてくれる? ウィロビー署長」。癌に侵され余命いくばくもない署長のウィロビー(ウディ・ハレルソン)は、ミルドレッドに「やりすぎだ」と説得するが、ミルドレッドは受け入れない。町の人びとは病気の署長に同情し、ミルドレッドに冷たい目を向ける。なかでも、黒人への差別意識むきだしのディクソン巡査(サム・ロックウェル)はミルドレッドに敵意をあらわにする。町に怒りと憎悪が充満し、事件が起こる……。

「怒りは怒りを来す(Anger begets more anger.)」というセリフが出てくる。ミルドレッドの元夫のガールフレンドであるペネロペ(ギリシャ神話に出てくる女性の名)という若い娘が口にする。映画はその怒りの連鎖を追ってゆく。この映画が普通のハリウッド映画とちがうのは、ミルドレッドもまた怒りの連鎖から自由でないこと。頑固で、タフで、周りがすべて反対しても自らの信念を貫くミルドレッドは、西部劇をはじめとするアメリカ映画の典型的な主人公。でも正義の人でなく、彼女もまた怒りにかられて警察署に火炎瓶を投げつけ、人違いと判明した容疑者にまで復讐しようとする。

一方で、この映画には悪人も出てこない。親子そろってレイシストで、そのくせ軟弱で、母親のいいなりになるマザコンのディクソン巡査は、ハリウッド映画によくある悪人タイプ。でも、「君はいい刑事になれる」というウィロビー署長の遺書に心動かされ、レイプ事件の犯人を捜そうとする。並みの映画なら、ここから犯人探しと、小さな町に潜む闇の人間関係があぶりだされそうだけど、そうもならない。ディクソンが出会った容疑者は、あっさりとシロであることが明らかになる。それでもなお、怒りに駆られたディクソンとミルドレッドは自分の行動への後悔を内に秘めながらも、州外に住むこの容疑者を痛めつけようと車を走らせる。

ラストもまた、分かりやすい結末にならない。男を痛めつける覚悟はできてるかと聞くディクソンに、ミルドレッドは「あんまり」と答える。同じ質問をされたディクソンもまた「あんまり」と答える。二人とも怒りに駆られて行動を起こしたものの、躊躇してもいる。さて、二人は車をUターンさせるのか。答えを出さずに映画は終わる。登場したときの印象と反対にまっとうな男であるウィロビー署長、ディクソンに痛めつけれれる広告会社の青年、小人症のヒスパニック、いろんな登場人物がふっと示す優しさが、画面が溶暗した後の二人の行動を暗示しているようではあるが……。複雑な余韻の残る作品だった。


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Comments

暴力の連鎖、を描いた映画と理解していましたが、セリフでもあったのですね、見逃してました。
begetsという単語を知らなかったのでした...
おしえていただき、ありがとうございます!

PSちなみに... 字幕はどうなってましたか?

Posted by: onscreen | February 18, 2018 12:12 PM

コメントありがとうございます。

僕もきちんと聞き取れなかったのですが、英語のウェブを検索すると、この台詞に複数のサイトでbegetsという単語を使っていたので、間違いないのではないかと。

字幕も「怒りは怒りを来す」となっていたと思います。若い娘が発する言葉としては固すぎると思いますが、もしかしたら古典(シェークスピアとか)に出典があるのかも。それならこの訳も納得できます。

Posted by: | February 19, 2018 04:13 PM

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