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February 02, 2018

『ジュピターズ・ムーン』 都市の空中浮遊

Photo
Jupiter's Moon(viewing film)

シリア難民の青年アリアン(ゾンボル・ヤェーゲル)がハンガリーに不法入国しようとして警察に追われ、ラズロ刑事(ギエルギ・ツセルハルミ)に銃で撃たれる。背中に3発の銃弾を食らって死んだはずのアリアンが、空中にふわっと浮き上がる。森の上をゆっくり浮遊し、回転する。

アリアンが浮き上がった瞬間、それまで緊迫したドキュメンタリーふうだった映画が、まったく別の次元に入りこむ。アリアンは重力から解放され、重力を自在に操れるようになる。登場人物の一人は、アリアンを「天使」と呼ぶ。

コーネル・ムンドルッツォ監督の前作『ホワイト・ゴッド』は、不思議な魅力を持った映画だった。野良犬の人間への反乱を少女と犬の目から、社会派であり寓意劇でありアクション映画でもありといった独特のスタイルで描いたエンタテインメント。その姿勢は『ジュピターズ・ムーン(原題:Jupiter'in Uydusu)』でも変わらない。

もっとも、このハンガリー映画を楽しむには予備知識があったほうがいいかも。シリア内戦で国にいられなくなった難民は、受け入れに寛容なドイツを目指した。彼らはシリア→トルコ→ギリシャ→マケドニア→セルビア→ハンガリー→オーストリアと遙かな距離の「バルカン・ルート」をたどってドイツに向かった。しかしハンガリー政府は難民の流入に反発し、セルビア国境にフェンスを築いて入国を厳しく制限した。それもあって、アフリカのリビアからイタリアを目指す「地中海ルート」が以後の難民移動の中心になる。映画は、難民取締りが強化された国境とブダペストを舞台にしている。

医師のシュテルン(メラーブ・ニニッゼ)は医療ミスでブダペストの病院を追われ、難民収容所で働いている。難民から金を受け取って収容所から逃がし、医療ミスの賠償金に充てようとしている。ある日、シュテルンは傷ついたアリアンに出会い、彼が空中浮遊することを知って匿うことになる。アリアンは難民を装ったテロリストにパスポートを奪われており、刑事のラズロは執拗にアリアンを追う。

何といっても目を瞠るのはアリアンが空中浮遊する場面だ。シュテルンは、救いを求める者にアリアンの「奇跡」を見せて金をせしめようとする。またアリアンの能力を使って罰を与えようとする。重力の場が90度、180度とひっくり返り、部屋中のあらゆるものががらがらと落下するのをスローモーションで捉えたシーンが素晴らしい。あるいは、ブダペストの街並みや高速道路を真上から俯瞰し、真下から見上げる。宇宙空間の無重力シーンは『ゼロ・グラビティ』が疑似体験したと感じられるほどすごかったけど、その感覚が都市のなかで繰り広げられるのが新鮮。デジタルでなくフィルムで撮影されていることでリアル感が増す。

一方、テロや難民取締りで騒然とするブダペストの風景が見えてくる。手持ちカメラを多用し、ぐらぐらと揺れる映像がリアル。ラズロはアリアンとシュテルンを追跡する。疲れた表情の、しかしタフな老刑事がノワールかハードボイルドのテイストで味がある。アリアンのパスポートを持ったテロリストが地下鉄で爆弾を爆発させ、捜査網が狭まる。シュテルンはアリアンを国外へ逃がそうとする。路面すれすれのカメラアイでのカー・チェイス。ラストはホテルでの銃撃戦。最後に、もちろんアリアンが街の上を空中浮遊する。ラズロは拳銃でアリアン=天使を狙うのだが、、、。

気弱な難民青年を演ずるゾンボル・ヤェーゲル、人生に敗れた中年インテリのメラーブ・ニニッゼ、疲れた老刑事のギエルギ・ツセルハルミ、3人の役者それぞれに存在感がある。

原題は「木星の月」。木星(ジュピター)には多くの衛星(月)があるが、そのひとつが「EUROPA」で、ヨーロッパの語源。エウロパの地下には塩分を含んだ水があり、生命体がいる可能性もあるとか。「木星の月」はエウロパ(ヨーロッパ)を指し、天使になったアリアンは、もうひとつの生命体の比喩と取れるかもしれない。

ここでもまたムンドルッツォ監督は、社会派、宗教劇、ハードボイルド、アクション、いろんな映画のテイストを取り込んで実に面白く刺激的な映画をつくりあげた。すごい。

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Comments

はじめまして。
TBありがとうございます。
突然のことで戸惑っております。
クレーンを使ったという街の上空に浮き上がるシーンがかなり高くて、珍しく感じました。
難民に関する予備知識はありませんでしたが、浮遊映像がすごいと思いました。
Yahoo!ブログは他社ブログ様にTBが出来ず、お返しが出来ないのでコメントだけですみません。

Posted by: すぷーきー | February 02, 2018 at 05:17 PM

コメント、ありがとうございます。

この映画について書いているブログは少なく、探していてすぷーきーさんのものを見つけました。

空中浮遊のシーンは、おっしゃるようにワイヤーで撮影され画像処理されているのでしょうね。宇宙空間でなく都市上空なのが新鮮でした。

すぷーきーさんは「目撃者」もアップされてますね。映画の好みが似ているかも。

Posted by: | February 02, 2018 at 08:33 PM

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