上野・谷中・南千住を歩く
正月、今年初めてのブログで新年のあいさつを書いていたら、古くからの知人の訃報を受けとった。となると、おめでとう、なんてとても書けない。そうこうしてるうち松の内も終わってしまった。故人についてはいずれ追悼の文章を書きたい。
今年の仕事はじめは、雑誌のコラムを書くための取材。明治維新で彰義隊と官軍が戦った跡を追って上野周辺を歩く。動物園前の広場には、かつて寛永寺の中心、根本中堂などの建物があった。官軍のアームストロング砲で破壊され、以来、がらんとした空間のまま現在に至る。
今の東京国立博物館正門にあった旧本坊表門。官軍の砲撃、銃撃で大小の穴が開いている。現在は隣の輪王殿に移築されている。
寛永寺の裏口にあたる三崎(さんさき)坂の寺に残る彰義隊の砲弾。
寛永寺の正門にあたる広小路の黒門は今、南千住の円通寺に移築されている。多数の銃弾の跡が激しい戦闘をしのばせる。
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