『ビジランテ』 血と憎悪の物語
埼玉県川口市に住んでいたガキのころ、病弱だった母親が温泉療養で草津へ行くのにくっついて大宮駅からよく東北線の汽車に乗った。鋳物工場の並ぶ工場街に育ったので、大宮を出るとすぐ車窓に一面の畑が広がりはじめ、まっ平な関東平野をどこまで行っても同じ風景なのが面白かった。突起といえば、遠く西のほうに秩父山地が見えるだけ。
『ビジランテ』で、その懐かしい風景に出会った。今では大宮を出ても延々と住宅地がつづき、熊谷を過ぎこの映画のロケ地である深谷あたりまで行かないと、ガキのころ見た光景は見えてこない。望遠レンズで捉えられた秩父山地を背景に畑のなかを電車が走ってゆくショットに、その記憶が蘇った。
この映画でも駅が出てくるシーンがあるけれど、深谷と明示されているわけではない(深谷は入江悠監督の出身地)。設定は関東平野の地方都市。市議会を牛耳る議員の死を契機に、彼の三人の息子が再会する。
長男の一郎(大森南朋)は10代のころ家を飛び出したが30年ぶりに愛人を連れて帰り、父が住んでいた無人の屋敷にころがりこむ。次郎(鈴木浩介)は父を継いで市議会議員になっているが、父の後釜のボスに頭があがらない。三郎(桐谷健太)は、デリヘルの雇われ店長で食っている。
町では後釜のボスを中心に、三兄弟の父が所有していた土地にアウトレットモールを建設する計画が進んでいる。その土地を一郎に譲るという公正証書を、一郎が持っている。一郎にその相続を放棄させろと、後釜のボスは次郎に圧力をかける。ボスとつながる暴力団幹部も三郎に圧力をかける。一方、莫大な借金を背負った一郎には、住んでいた土地の暴力団から取り立て人がやってくる。
三兄弟の父は、子供に暴力で君臨した父だった。そのトラウマを三人とも抱えている。父に反抗し家を飛び出した一郎は、セックスの最中に父と一緒に撮った子供時代の写真を見て無意識に首をかきむしるような動作をする。次郎は、父に従順に市会議員となった。末の弟の三郎は、兄二人を見ていたからだろうか、風俗業界でふわふわと根無し草の生活をつづけている。父の屋敷を舞台にして、三兄弟の確執に加えて暴力団が絡む。
もうひとつの暴力もある。市会議員の二郎は、自警団(ビジランテ)のリーダーをやっている。地域には出稼ぎ中国人が住み、騒音のもめごとから双方の暴力の応酬に発展する。
この映画のリアリティは、いま、この国に流れている空気を濃縮し、血と憎悪の物語として取り出してみせたことだろう。地方都市という狭い空間を舞台に、三兄弟を中心にさまざまな人間関係が入り乱れ、炎上する。この10年くらい、われわれの社会が持ちはじめた危険な空気の行き着く先を、いささか過激に描いている。面白かった。
冒頭、夜の川を少年時代の三人が父を刺して逃げるシーンはじめ、夜のショットが多い。その闇の暗さが、映画全体の空気を表わしている。撮影は大塚亮。この名前、憶えておこう。
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