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October 15, 2017

『立ち去った女』 聖性と獣性と

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The Woman Who Left(viewing film)

今年3本目のフィリピン映画。『ローサは密告された』も『ダイ・ビューティフル』も面白かったけど、世界中の映画祭で注目されているフィリピン映画の、今年の「本命」。ベネチア映画祭の金獅子賞を得た。

『立ち去った女(原題:Ang Babaeng Humayo)』で驚くのは冒頭からワンシーン・ワンショットの徹底ぶり。刑務所の庭で、元教師のホラシア(チャロ・サントス・コンシオ)が女囚たちに本を朗読させ、自ら詩を語る。やがて仲間の女囚が、ホラシアが罪を問われた殺人の真犯人だったことを告白し、30年服役していたホラシアの冤罪がわかる。出所。そんな展開を、カット割りしない長回しで語る。

ワンシーン・ワンショットは、よほど力のある監督でないと緊張を持続させられない。かつてのテオ・アンゲロプロスやホウ・シャオシェン、タル・ベーラの映画のように。これを3時間48分もやるのかと思ったら、その通りだったのにびっくり。このスタイルは正直言って体力気力が弱った年寄りにはきつい。途中何度か落ちそうになったけど、白黒のコントラストがくっきりしたモノクロームの映像が素晴らしく、話が進むほどにしゃんとした。

物語はホラシアの復讐譚。ホラシアに罪を着せたのは彼女の元恋人であるロドリゴ。大地主だ。出所したホラシアはロドリゴの大邸宅のある島に家を借りて復讐の機会を狙う。と、筋だけ書くとサスペンスかアクションものみたいだけど、そうではない。ホラシアが島で出会う人間たちをじっくり描いてゆく。

ロドリゴの情報を得るために、教会の前で声をかけた物乞いの女。ロドリゴ屋敷の武装した守衛に夜食を売るバロット(アヒルの卵)売りの老人。路上で踊りながらてんかんの発作を起こす女装のゲイ、ホランダ(ジョン・ロイド・クルズ)。スラムや路上で生きる貧しい人間たち。

ホラシアは彼らと親しくなり心を通わせて手をさしのべる。一方、秘めた復讐の意思はゆるぎない。バロット売りの老人に頼んで拳銃を買う。ホラシアの秘密を知ったホランダの額に銃をつきつける。でもその後で、彼女は言う。「あなたが家に来た夜、ロゴリゴを殺すつもりだった。あなたのお蔭で殺人者にならずにすんだ」。

ホラシアは善人でも悪人でもない。あるいは善人でも悪人でもある。獣性と聖性をともに持つ宿命から逃れられないのがわれわれ。ホラシアが昼はクリスチャンとして白いベールをかぶり、夜は男のような服装をしているのがそれを象徴している。時折はさみこまれる善と悪、光と闇に関する哲学的つぶやきとともに(監督はトルストイの短編からこの映画の想を得たという)、そんなホラシアの肖像と、彼女が生きるフィリピンの社会を観客に差し出す。

固定カメラで長回しの映像がつづいた後、一カ所だけ、手持ちカメラがホラシアの目線になってぐらぐらと揺れて移動する。それまでまったくなかった音楽も聞こえてくる。ホラシアが海岸に出ると、人々が歌い踊っている。この海辺のシーンだけ、生きる歓びがあふれている。その解放感が快い。

ラヴ・ディアス監督は自ら脚本・撮影・編集も手がける。ディアス監督の作品は上映時間8時間とか11時間とかの超長編が多い。一般公開されるのは本作が初めて。機会があれば他の作品も見てみたい。

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